【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季

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【後日譚①】辺境行きの馬車の中で

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──その馬車の中は、奇妙な緊張感と悲愴感に満ちていた。

大型の幌馬車には、ぎゅうぎゅうに人が押し込まれていた。季節が季節ならその熱気に耐えられず、早々に茹だって何人か倒れていたことだろう。
向かい合うように設置されたベンチには、走行時の衝撃を吸収するスプリングのような気の利いたものが設置されているはずもなく、当然のようにクッションの付いていない硬い座面は、目的地に近づくにつれて悪化していく路面の状況を的確に教えてくれた。

その馬車の中に、トリスタン・フィングレイはいた。

侯爵家の嫡男─と言っても、すでに降爵が決定している─であっても、平民を含めたその他大勢と待遇が変わることはない。
何故ならこの馬車が向かう地は、爵位や身分というような国の中央で権威をもつものが一切役に立たぬ土地であるからだ。

中央からはただ『辺境』と、時には侮蔑をこめて呼ばれる地──カルヴァート辺境伯領。
この幌馬車に押し込まれた年若い騎士たちは、その地へと送られているのだ。
この国で最も魔物による脅威に晒されている地へ。

カルヴァート辺境伯領は国の西端、魔の森と呼ばれる鬱蒼とした森と接している。
そこは隣国との緩衝地帯であるのだが、隣国がこの森を越えて攻め入ってきたことは歴史上ない。
なぜなら、その森が文字通り魔窟であり、人の世の理から外れた場所であるからだ。

辺境伯は有事に備えて兵をもつことを許されていたが、その屈強な私兵はすべて魔物を退けるためにのみ使われている。
それでも慢性的な人手不足で、国の計らいによりこうして年に数度、国が擁する騎士団から一定数が派遣されていた。
貴族家の嫡男以外の騎士たちが、騎士人生のうちどこかで最低2年は辺境へと送られるのだが、嫡男以外であるのは死亡率がどの任地よりも高いからだ。

だから、死地と呼んでも大げさではない辺境行きの幌馬車の中は、静かで重い沈痛な空気で満ち満ちているのだ。
ある者は青い顔でただただ震え、ある者はぼんやりと虚空を見つめ、またある者は俯いて何事か呪詛を唱えている。

ちなみにだが、貴族家の嫡男以外にも辺境への派遣から逃れる方法がある。
辺境行きの声がかかる前に、騎士団内である程度の地位まで出世してしまうか、辺境伯家に対して一定額以上の献金を行うかだ。
だから、将来声がかかることに備えてコツコツ給金を貯める者や、金に余裕があって子供が可愛い家などは、その手段を取ることが多かった。

そう思えばこの馬車の中にいるのは、金が貯まり切る前に声がかかった者か、実家に金を工面する余裕がなかった者か、──自分のために金を出すことを、親が惜しんだ者か。
辺境行きから逃れたかった者で、しかも本人が家の金を当てにしていたとなれば、その落胆や絶望ぶりは想像するに余りある。

だから、その中においてトリスタンは完全に異色だった。
彼は同乗の騎士たちの様子を見たり、悪路に苛まれる尻の痛みにため息をついたりする余裕があった。
それは、彼が受動的にこの馬車に乗せられたわけではなく、能動的に乗ったからに他ならない。

彼は、座った股ぐらに置いた袋に視線を落とした。
そうして、この馬車に乗り込む前、辺境行きの騎士たちが家族と最後の別れを惜しんだ騎士団詰所の一角にある広場を思い出した。


周囲には、泣き顔の者ばかりだった。
見送りに来た家族と別れを惜しみ合う──これが今生の別れになるかもしれないから。
特に、この王都近郊の騎士を集めて出発する隊は、他の地域よりも死亡率が高い─王都近郊は比較的治安がいいからか、騎士も軟弱だと言われている─から、より不安が強いのだろう。
そうやって涙を流す者がいる一方、どうせ見送りは来ぬからとさっさと馬車に乗り込む者もいる。
一人で呆然と突っ立っている者は、その決心もつかずにいるのか、それとも家族が見送りにも来てくれなかったのか。

家族は見送りに来ぬだろうと分かりきっていたトリスタンは、特に感傷に浸ることなく馬車に乗り込もうとした。
その背に、予想外にも声がかかったのだ。

「トリスタン!」

久方ぶりに聞いたその声に、思わず振り返ってしまった。
その先には──白い顔色をした母親と姉、それに付き添う元家令がいた。

「母上、姉上⋯⋯」

ぽかんとして彼女たちを呼べば、母がすぐさま駆け寄ってきた。

「よかったわ、間に合って」
「⋯⋯どうしてここに」
「辺境行きの馬車が今日出ると聞いたからよ」

淡々と答える姉の顔を睨む。

「そうではなくて、何故俺なんかのところに──」

言い差したトリスタンに、姉が布包みを押しつけた。

「餞別よ。お母様に感謝なさい」

思わず受け取れば、それなりの重さが腕にかかる。
それを見下ろしていると、腕を組んだ姉がため息をついた。

「⋯⋯元お父様は、どう騙くらかしたの」
「え?」
「この辺境行きのことよ。騎士団もさすがに許諾なりは取っているでしょう。貴方は跡取りですもの」

トリスタンはしばらく俯いていたが、やがて口を開いた。

「⋯⋯愚かな行動により、辺境に飛ばされることになったと」
「あくまで騎士団からの辞令だと、嘘をついたわけね」

相変わらず姉は遠慮がない。
セシリア、と横から母が咎めるように名を呼ぶ。

「そんな風に誤魔化すのなら、大人しく騎士を辞めていればよかったのでしょう。どうしてそこまでしてしがみついたの」
「⋯⋯出来のいい姉上には分からないだろうな」

思わず憎まれ口が飛び出した。
姉はどういう意味だとばかりに眉を釣り上げて首を傾げる。

「姉上のように頭の出来のよくない自分は、武働きでないと手柄が挙げられない。⋯⋯愚かな行動の始末をつけるには、騎士であることは必要だと思っただけだ」

だから、と彼は言葉を続ける。先程言い切れなかった言葉を。

「父上には、3年以内に手柄を挙げて、無事に帰るとも伝えてある」
「⋯⋯随分と軽く言うのね」

姉が顔を顰める。

「辺境伯領よ?そこで手柄を挙げるってことは、魔物との戦闘で武勲を挙げるってことなのは分かっているわよね?⋯⋯トリスタン貴方、魔物と戦った経験はあるの?」
「⋯⋯訓練で何度か」

姉は額を押さえて深々とため息をついた。

「⋯⋯まだ夢見がちなところは治っていないようね」
「では聞くが、それ以外に俺に何ができる」
「そのくらい自分で考えなさい。貴方ももう子供ではないでしょう」

姉はぴしゃりと切り捨てる。

「セシリア、そのくらいになさい。貴女だって、トリスタンをやり込めるためだけに私について来たわけではないでしょう?」

母の言葉に、確かにとトリスタンも思う。
姉が母の付き添いとはいえ、わざわざ自分に会いに来るとは思わなかった。
姉は険しい顔つきのまま、ふぅと息をついた。

「⋯⋯手柄を挙げる、ね。あの男を追ったわけでも、死にに行くつもりでもないようね」
「それは、もちろん⋯⋯」
「自意識過剰な妄言吐きになるつもりはないと言うのなら⋯⋯──辺境伯軍のグイドという人物を訪ねなさい」

突然飛び出した名前に、トリスタンは寸の間固まった。

「⋯⋯グイド?それは⋯⋯」
「ラザル子爵様が辺境にいた頃にお世話になった方らしいわ。平民出身だけど一部隊を任せられるほどの実力者で、誰よりも魔物の生態や倒し方に詳しいと」

ラザル子爵──アルフレート・ラザル第一騎士隊長騎士団長への昇進も噂される騎士である。
貴族としてはそこまで家格の高くない彼がそこまで昇り詰めようとしているのは、若い頃に辺境で立てた武勲が大きいとも言われていた。

「と言っても、辺境伯軍でも有名な変わり者で、たいそう気難しい方らしいわ。貴方には難しい相手でしょうね」

姉は、トリスタンが騎士学校時代に他者と打ち解けられなかったことから、そんなことを言うのだろう。

だが、今の彼にはそんな言葉も気にならなかった。むしろ、刺々しい言葉も以前の自分の態度を思い出せば、当然だとしか思わなかった。

それどころか──こんな自分に対して、無駄になる可能性も想定した上で、求めないと手に入らないだろう情報を得て、それを与えるためだけにこの場に現れてくれたのだと、そこまできちんと想像できたから。

「姉上──恩に着ます」

素直に口から滑り出た言葉は、しかし、彼女には予想外だったのだろう。姉はしばし固まっているようだった。
その隙に、トリスタンは母に向き合う。彼女は少し、涙ぐんでいた。

「母上も、わざわざありがとうございます」
「⋯⋯命を大事にしなさいね、トリスタン。遠い地からではありますが、貴方の無事を毎日祈っています」

母が手を伸ばし、トリスタンの手を包み込んだ。掲げたそれに額をつけるようにして、祈りを捧げる。
どこまでも母の慈愛に溢れたその言葉と行動に、トリスタンは深く礼を返した。

返しながら──どうして以前の自分は、姉の言葉や母の愛情を素直に受け取ってこれなかったのだろうと、苦い後悔を感じていた。

別れを惜しむ人々の間を割くように、出発の合図となる鐘が打ち鳴らされた。

トリスタンは改めて、見送りに訪れたかつての家族に向けて頭を下げた。

「武運を祈っているわ。くれぐれも健勝で」

最後に、母が万感の思いをこめ、震える声でそう言った。
初めて見たかもしれない母の涙が、いつまでも焼きついて離れなかった。


出発した馬車は、一刻も早く荷を運ばねばならぬとばかりに、まともな休憩も取らずに進む。
激しい揺れに悩まされる馬車の中、股ぐらに置いた頂き物の袋の中には、衣類や乾燥させた果物等の捕食、そして金貨が入っているのを確認していた。
愚かな息子に渡すにしては、上等すぎるものたちだった。

「──早く、帰れるように頑張らないと」

ぽつりと呟けば、近くの者がこちらを窺う気配を感じたが、その視線もすぐに逸れた。
もとより、この馬車に乗る者で他者を気にかける余裕のある者などいない。

トリスタンの脳裏には、最後の姉の一言が残っていた。

『3年と言わず、なるべく早く手柄を立てて戻りなさい。さもなくば、あのお父様がフィングレイの家を潰してしまうわよ』

思い出して、微かに笑みが零れる。

それならば、なるべく早く、なるべく大きな手柄を立てなければ。
たとえ父が家を潰してしまっていても、自分の手柄だけで爵位をもらえるような、そんな武勲を。
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