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第0部「RINNE -友だち削除-」&第0.5部「RINNE 2 "TENSEI" -いじめロールプレイ-」
第5話 出席番号男子15番・大和省吾 ①
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先生が始めたいじめロールプレイというゲーム。
ゲームで人が死ぬと言われて、最初は驚きこそしたけれど、ぼくにはいまいち実感がわいていなかった。
死ぬ、とはどういうことだろう。高校生にもなって、ぼくにはまだそれがよく理解できていなかったのだ。
半年前、ぼくは父さんを飛行機事故で失った。
ぼくが物心ついたころには父方も母方も祖父母は共に亡くなっていて、身近な死というものを経験したのは父さんの事故死がはじめてのことだった。
けれど、父さんは飛行機の爆発でひとかけらの肉片も残さずに死んでしまった。
その飛行機に父さんが搭乗していたというパスポートの出国履歴の事実確認でのみ、父さんの死は事故死として処理された。
遺体も遺品すらないまま葬式が行われた。
だからぼくはいまだに父さんが死んだという実感がない。
僕が物心ついた頃から、父さんは国立の研究所で国のためのある重要な研究に参加しており、研究に没頭するあまり、平日はもちろん、土日にも家にはいなかった。研究所で寝泊りし、家に帰ってくるのは1年に数回あるかどうかといった程度で、家族サービスなんてものをまるでしたことがないような父だった。
だからぼくは父さんがいなくなってしまった喪失感というものを事故から半年たった今も感じていない。
どこか遠くへ出張に行ってしまった、それくらいにしか感じていなかった。
──内藤美嘉に変なあだ名をつけろ。
いじめの首謀者から最初に送られてきたその指令メールも、人の死とはかけ離れすぎた内容で、ぼくは、いやぼくたち1年2組の全員は、苦笑するしかなかった。
「なんだこれ。しょーもな」
そう言ったのは野中恵成だ。
野中は平井達也、中北知道のふたりをいつも従えている不良だった。内藤美嘉が女子の中心的グループのリーダーなら、野中はその男子版だ。
野中たちは中学校からの同級生で、噂だけれどいじめで同級生を自殺に追い込んだことがあると聞いたことがある。その話はぼくが直接彼らから聞いたわけではなかった。けれど彼らは時折、取り巻きの不良たちに武勇伝としてその話を語ることがあるらしく、それがぼくの耳にも届いてきたというだけのことだったけれど。
「しかし、あだ名はいじめの基本でしょう? ねぇ、野中恵成くん」
まただ。たった今、教壇の上にいたはずの先生が、教室の一番後ろの席の野中の肩をたたいていた。先生は時を止めているのか、それとも瞬間移動をしているのか、そんなこと考えてしまうぼくはちょっと漫画の読みすぎだろうか。
「君はたしか中学校で同じテニス部の同級生を自殺に追いやったそうじゃないですか」
先生の口からその話が出るとは思わなかった。先生も噂話を耳にしたのだろうか。それとも内申書に書かれていたのだろうか。後者ではないような気がする。いくら問題のある生徒であっても、教師は内申書に生徒にマイナスになるようなことは書かないと聞いたことがある。
「君はその少年のことを何て呼んでいたんだい?」
野中は答えなかった。
「白豚」
先生が代わりに答える。
「でしたよね、野中くん」
そうだよ、と野中は短く答えると、肩に置かれていた先生の手を払った。
「白豚か。傑作ですね。色白の醜く太った少年が目に浮かぶようです」
先生はうっとりとした表情で両手を広げ、クラス全員を見渡した。
「野中くんが自殺に追いやった少年は、遺書にこう書いていたそうです。
『人間じゃないみたいなんで、死にます。ごめんなさい』
死にますブヒ! ごめんなさいブヒ! ってわけですね。あははははは!」
「黙れクソ教師!」
その瞬間、野中の前の席の女子が先生に殴りかかっていた。伊藤香織だ。
女子ソフトボール部の一年生エースだった。華奢なその体のどこにそんな力があるのかわからないけれど、彼女の投げる剛速球を打てるバッターは県内でも数人しかいないと聞いている。
「おやおや、先生に暴力はいけませんよ伊藤香織さん」
伊藤香織の固く握り締められた拳を先生は片手で受け止めていた。先生が彼女の手首をひねると、伊藤香織の体が宙に舞った。先生は軽々とそれをやってみせた。床に叩きつけられた伊藤は、何が起こったのかわからないという顔をしていた。
「あなたはたしか、その自殺した少年の恋人だったそうですね。よかったじゃないですか、あなたがうまくたち振る舞えば、もしかしたらこのにっくき人殺しどもに復讐できるかもしれませんよ」
それははじめて聞く話だった。
ぼくは伊藤香織のことを、よく知らなかった。同じ町内に住んではいるけれど、中学校区が違っていたし、ぼくは彼女が女子ソフトボール部のエースだということと、実家が八十三町の駅前にあるルナっていう美容室だってことくらいしか知らなかった。隣に中古ゲーム屋さんがあって、学校帰りにぼくはそこによく顔を出していたけれど、彼女の家の美容室には行ったことがなかった。ぼくは髪をいつも姉ちゃんに切ってもらっていたし、美容室のオシャレじゃなきゃ入れない店構えがぼくは苦手だった。無理してかしこまって行くくらいなら、床屋でいい。けれど近所の床屋は腕が悪いから姉ちゃんで十分だった。
伊藤香織は美人だったが、誰も寄せ付けないといったオーラをいつも醸し出していて、男子だけでなく、鮎香に言わせれば女子にとっても近寄りがたい存在だった。部活動以外で彼女が誰かといっしょにいる姿を見たことがなく、そんな彼女に中学時代に恋人がいたというのは少しというか、かなり意外だった。
自分の恋人を殺した連中と同じ高校の同じ教室で同じ空気を吸う。それがどんなに辛いことか、初恋もまだのぼくには想像もつかない。先生の言う通り彼女は連中に復讐するためにあえてそんな辛い人生を歩んでいるのだろうか。
「ですが、あなたは先生に暴力をふるったので、ペナルティです」
先生はそう言うと、まだ起き上がれないでいる伊藤の太ももに、バタフライナイフを突き刺した。
伊藤が悲鳴を上げる。
そのそばで野中が不思議そうな顔をしていた。
胸のあたりを何度も手で触って確かめて、不審そうにしている。何だ? 一体何が起きてる?
先生がバタフライナイフを引き抜いた。水道の蛇口をひねったように、伊藤の太ももから鮮血が噴き出した。
「これは君に返しておきますね」
そう言って、先生は折りたたんだバタフライナイフを野中の胸のポケットに返した。
ありえない。先生はいつ、野中の胸ポケットからバタフライナイフを盗み出したのだろう。そもそも彼がバタフライナイフを持っていることを、それを胸ポケットに隠していたことを何故知っていたのだろう。噂や内申書なんかじゃ知り得ることのできない情報だ。伊藤香織のこともそうだ。もしかしたら先生は興信所が探偵か何かを使って野中や伊藤のことを調べていたのかもしれない。けれどふたりだけにそんなことをするだろうか? もしかしたらこの教室の全員の習慣や癖まで把握しているのかもしれない。
ぼくがそんなことを考えている間に、鮎香が席を立って伊藤のそばに駆け寄っていた。自分の制服のスカーフで伊藤の太ももをきつく縛り、止血した。
「すぐに救急車を呼んでください。出血の量が多いです」
鮎香が言う。祐葵も席を立ち、伊藤と鮎香のそばに駆け寄った。
「どうしてナイフを抜いたんだ。抜かなきゃこんなに血は出なかったのに」
祐葵が先生に食ってかかった。
ぼくは目の前で起きたことが信じられなくて、こわくて身動きひとつとれなかった。
ゲームで人が死ぬと言われて、最初は驚きこそしたけれど、ぼくにはいまいち実感がわいていなかった。
死ぬ、とはどういうことだろう。高校生にもなって、ぼくにはまだそれがよく理解できていなかったのだ。
半年前、ぼくは父さんを飛行機事故で失った。
ぼくが物心ついたころには父方も母方も祖父母は共に亡くなっていて、身近な死というものを経験したのは父さんの事故死がはじめてのことだった。
けれど、父さんは飛行機の爆発でひとかけらの肉片も残さずに死んでしまった。
その飛行機に父さんが搭乗していたというパスポートの出国履歴の事実確認でのみ、父さんの死は事故死として処理された。
遺体も遺品すらないまま葬式が行われた。
だからぼくはいまだに父さんが死んだという実感がない。
僕が物心ついた頃から、父さんは国立の研究所で国のためのある重要な研究に参加しており、研究に没頭するあまり、平日はもちろん、土日にも家にはいなかった。研究所で寝泊りし、家に帰ってくるのは1年に数回あるかどうかといった程度で、家族サービスなんてものをまるでしたことがないような父だった。
だからぼくは父さんがいなくなってしまった喪失感というものを事故から半年たった今も感じていない。
どこか遠くへ出張に行ってしまった、それくらいにしか感じていなかった。
──内藤美嘉に変なあだ名をつけろ。
いじめの首謀者から最初に送られてきたその指令メールも、人の死とはかけ離れすぎた内容で、ぼくは、いやぼくたち1年2組の全員は、苦笑するしかなかった。
「なんだこれ。しょーもな」
そう言ったのは野中恵成だ。
野中は平井達也、中北知道のふたりをいつも従えている不良だった。内藤美嘉が女子の中心的グループのリーダーなら、野中はその男子版だ。
野中たちは中学校からの同級生で、噂だけれどいじめで同級生を自殺に追い込んだことがあると聞いたことがある。その話はぼくが直接彼らから聞いたわけではなかった。けれど彼らは時折、取り巻きの不良たちに武勇伝としてその話を語ることがあるらしく、それがぼくの耳にも届いてきたというだけのことだったけれど。
「しかし、あだ名はいじめの基本でしょう? ねぇ、野中恵成くん」
まただ。たった今、教壇の上にいたはずの先生が、教室の一番後ろの席の野中の肩をたたいていた。先生は時を止めているのか、それとも瞬間移動をしているのか、そんなこと考えてしまうぼくはちょっと漫画の読みすぎだろうか。
「君はたしか中学校で同じテニス部の同級生を自殺に追いやったそうじゃないですか」
先生の口からその話が出るとは思わなかった。先生も噂話を耳にしたのだろうか。それとも内申書に書かれていたのだろうか。後者ではないような気がする。いくら問題のある生徒であっても、教師は内申書に生徒にマイナスになるようなことは書かないと聞いたことがある。
「君はその少年のことを何て呼んでいたんだい?」
野中は答えなかった。
「白豚」
先生が代わりに答える。
「でしたよね、野中くん」
そうだよ、と野中は短く答えると、肩に置かれていた先生の手を払った。
「白豚か。傑作ですね。色白の醜く太った少年が目に浮かぶようです」
先生はうっとりとした表情で両手を広げ、クラス全員を見渡した。
「野中くんが自殺に追いやった少年は、遺書にこう書いていたそうです。
『人間じゃないみたいなんで、死にます。ごめんなさい』
死にますブヒ! ごめんなさいブヒ! ってわけですね。あははははは!」
「黙れクソ教師!」
その瞬間、野中の前の席の女子が先生に殴りかかっていた。伊藤香織だ。
女子ソフトボール部の一年生エースだった。華奢なその体のどこにそんな力があるのかわからないけれど、彼女の投げる剛速球を打てるバッターは県内でも数人しかいないと聞いている。
「おやおや、先生に暴力はいけませんよ伊藤香織さん」
伊藤香織の固く握り締められた拳を先生は片手で受け止めていた。先生が彼女の手首をひねると、伊藤香織の体が宙に舞った。先生は軽々とそれをやってみせた。床に叩きつけられた伊藤は、何が起こったのかわからないという顔をしていた。
「あなたはたしか、その自殺した少年の恋人だったそうですね。よかったじゃないですか、あなたがうまくたち振る舞えば、もしかしたらこのにっくき人殺しどもに復讐できるかもしれませんよ」
それははじめて聞く話だった。
ぼくは伊藤香織のことを、よく知らなかった。同じ町内に住んではいるけれど、中学校区が違っていたし、ぼくは彼女が女子ソフトボール部のエースだということと、実家が八十三町の駅前にあるルナっていう美容室だってことくらいしか知らなかった。隣に中古ゲーム屋さんがあって、学校帰りにぼくはそこによく顔を出していたけれど、彼女の家の美容室には行ったことがなかった。ぼくは髪をいつも姉ちゃんに切ってもらっていたし、美容室のオシャレじゃなきゃ入れない店構えがぼくは苦手だった。無理してかしこまって行くくらいなら、床屋でいい。けれど近所の床屋は腕が悪いから姉ちゃんで十分だった。
伊藤香織は美人だったが、誰も寄せ付けないといったオーラをいつも醸し出していて、男子だけでなく、鮎香に言わせれば女子にとっても近寄りがたい存在だった。部活動以外で彼女が誰かといっしょにいる姿を見たことがなく、そんな彼女に中学時代に恋人がいたというのは少しというか、かなり意外だった。
自分の恋人を殺した連中と同じ高校の同じ教室で同じ空気を吸う。それがどんなに辛いことか、初恋もまだのぼくには想像もつかない。先生の言う通り彼女は連中に復讐するためにあえてそんな辛い人生を歩んでいるのだろうか。
「ですが、あなたは先生に暴力をふるったので、ペナルティです」
先生はそう言うと、まだ起き上がれないでいる伊藤の太ももに、バタフライナイフを突き刺した。
伊藤が悲鳴を上げる。
そのそばで野中が不思議そうな顔をしていた。
胸のあたりを何度も手で触って確かめて、不審そうにしている。何だ? 一体何が起きてる?
先生がバタフライナイフを引き抜いた。水道の蛇口をひねったように、伊藤の太ももから鮮血が噴き出した。
「これは君に返しておきますね」
そう言って、先生は折りたたんだバタフライナイフを野中の胸のポケットに返した。
ありえない。先生はいつ、野中の胸ポケットからバタフライナイフを盗み出したのだろう。そもそも彼がバタフライナイフを持っていることを、それを胸ポケットに隠していたことを何故知っていたのだろう。噂や内申書なんかじゃ知り得ることのできない情報だ。伊藤香織のこともそうだ。もしかしたら先生は興信所が探偵か何かを使って野中や伊藤のことを調べていたのかもしれない。けれどふたりだけにそんなことをするだろうか? もしかしたらこの教室の全員の習慣や癖まで把握しているのかもしれない。
ぼくがそんなことを考えている間に、鮎香が席を立って伊藤のそばに駆け寄っていた。自分の制服のスカーフで伊藤の太ももをきつく縛り、止血した。
「すぐに救急車を呼んでください。出血の量が多いです」
鮎香が言う。祐葵も席を立ち、伊藤と鮎香のそばに駆け寄った。
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