ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

あめの みかな

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第8章 第8話

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 その夜、なかなか寝付けなかったのは、タカミだけでなく、階下の部屋のレインも同じだった。
 元々彼女は寝つきが悪く、教団にいたときも、アンナに連れられてふたりで教団を離れた後も、大人になりこのマンションに住むようになってからも、アンナによく寝かしつけてもらっていた。

 アンナの胸に顔をうずめ、心臓の音を聞いていると、とても落ち着いて眠ることができた。
 今思えば、あれは彼女が自分の姉だったからかもしれない。同じ父を持つだけでなく、ふたりの母もまた姉妹だった。異母姉であり、従姉妹でもあったから、数十人いる他の異母姉妹や異母兄弟たちよりも、アンナは自分に最も血や遺伝子が近い存在だった。

 それでも眠れないときは、赤ん坊のように乳首を吸わせてもらったりもしていた。
 ふたりの母は教団の幹部としてテロに荷担した後、行方不明となり指名手配されていた。今はどこにいるのか、生きているのかさえわからなかった。
 だから、この13年の間、アンナは彼女の姉代わりであり、母親代わりのような存在でもあった。実際に姉だったと知ったのは、つい最近のことだったが。

 幼い頃、母から聞かされたクルヌギアのおとぎ話をあれだけ鮮明に思い出せたのは、思えばアンナがレインを寝かしつけるときに、彼女から同じおとぎ話を繰り返し聞いていたからだった。
 大人になってからはしばらく聞いていなかったからおとぎ話の存在自体をすっかり忘れてしまっていたが、一度思い出すとすらすらと話せた。
 学校で覚えさせられた「すいへーりーべーぼくのふね」や「今は昔、竹取りの翁と言うものありけり」、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」といったものと同じで、子どもの頃に覚えたことは記憶の引き出しの中にいつもちゃんとあり、きっかけさえあればすぐに思い出せるものなのだろう。

 湯船につかりながらおとぎ話を思い出し、それをタカミやショウゴに話した後、レインは疑問に思ったがふたりにはまだ話していないことがあった。

 母も叔母も、おとぎ話から自分がクルヌギア(=アリステラ)の女王の血を引く末裔である(かもしれない)ことを知っていたはずだった。
 それなのに、なぜ千のコスモの会のような、名前からして怪しい宗教に入信したのだろうか。
 なぜ、レインやアンナの父であり、千のコスモの会の教祖である朝倉現人は、千年細胞を発見した小久保ハルミを「我が同士」と呼び、その研究が権力者たちに奪われ、闇に葬られると嘆き悲しんだのか。

 父や小久保ハルミもまた、アリステラの末裔だったのではないだろうか。

 彼女がもし千のコスモの会の信者であったなら、彼女は研究成果を学会や世間に発表するよりも先に、まず父に千年細胞を貢ぎ物として献上していただろう。父との間に子どももいたかもしれない。
 それがなかったということは、彼女は父の信者ではなかったということだ。
 つまり、ふたりの間には、千年細胞発見以前には面識はなかったとしか思えなかった。
 だが父は、彼女を「我が同士」と呼んだ。
 千年細胞の発見は世紀の大発見と呼ばれ、20世紀初頭の核融合反応の発見に匹敵すると言われていた。
 西暦という2000年あまりの歴史の中で、新たな発見によって時代や世界を牽引してきたのは、常にヤルダバや世界各地に散らばったアリステラの民の末裔だった。
 だから父は、彼女もまたアリステラの末裔だと気づいたのだろう。

 父が自ら称していた「至高神の化身」とは、もしかしたら「アリステラの父」と呼ばれる初代王ブライのことだったのかもしれない。
 父が「劣悪で傲慢な創造主」と呼んでいたのは、この世界の人口のおよそ6割、40億人あまりが信じていた神のことだ。
 野蛮なホモサピエンスの大半が信じる神を父が否定し、至高神の化身=アリステラの父ブライを自称したのは、アリステラの末裔だったからだと考えれば納得できる気がした。

 父もまた王族の末裔だったのか、あるいは民の末裔だったのかまではわからない。
 だが、アリステラの女王となる資格を持っていた母や叔母が、父にその身を捧げてまで自分やアンナを生んだのは、父が民の末裔ではなく王族の末裔だったからかもしれない。
 女性として父がしたことを理解したくはなかったが、信者の女性たちに次々と手を出しては子どもを孕ませ生ませていたのは、自分の血を引くアリステラの末裔を増やし、「新たなアリステラの父」になるという目的があったのかもしれない。

 2000年前に、劣悪で傲慢な神の子とされるメシアが見せたという奇跡を、父もまた信者たちに見せた。それが千里眼や未来予知、潜在意識の増幅だ。
 父の起こした奇跡は、遣田ハオトによって与えられたものでしかなかった。
 遣田にとって都合の良い知識や予知だけが天啓のように与えられる偽りの奇跡だった。
 もしかしたらメシアに天啓や奇跡を与えていたのも遣田であったのかもしれない。

 父が何の特殊能力も持ってはいなかったことは間違いなかった。
 エーテルがなければ、あったとしてもその扱い方を知らなければ、奇跡も特殊能力も起こすことはできないからだ。
 エーテルが失われていたこの10万年の間、遣田が能力を使い続けてけられたのは、おとぎ話にあったように聖石、結晶化したエーテルを持っていたからだろう。だがエーテルは消耗品だ。だから遣田は世界中をまわり、結晶化したエーテルを回収したに違いなかった。
 父がたとえ王族の末裔であったとしても、体の中にエーテルを持って産まれてくることができるのは、女王になる資格を持つ者だけだからだ。幼い頃にクルヌギアのおとぎ話を母親から聞かされる女子だけだ。
 女王となる資格を持たず、何の特殊能力も持ってはいなかったとしても、父が王族の末裔であった可能性は十分あった。

 父は、小久保ハルミが産み出した千年細胞からエーテルを作り出せることを、偽りの天啓によって知らされていたのかもしれない。
 だから父は小久保ハルミを「我が同士」と呼び、その研究が権力者たちに奪われ、闇に葬られると嘆き悲しんだのだ。
 本来ならば、アリステラよりも先に教団が彼女に接触するはずだったのかもしれない。
 しかし、遣田の未来予知や千里眼、さらには潜在意識の増幅という、偽りの天啓に操られていた父は、彼女に接触するよりも先にテロを起こしてしまった。その間に、別のアリステラの末裔の組織が、彼女に接触してしまった。
 テロを起こさず、彼女に接触して教団に引き入れていたのなら、千のコスモの会が新生アリステラになっていたかもしれない。
 女王として担ぎ上げられていたのは、レインかもしれなかった。

 レインは母や叔母がいてくれれば、と思った。
 すべては、レインの憶測、想像でしかなく、それを確かめるすべがないからだ。
 母や叔母は、きっとすべての疑問に答えてくれるはずだった。

「お母様……叔母様……アンナ……会いたいですわ……」

 明け方が近づいてきた頃、レインはようやく気を失うように眠りについた。
 その枕は、涙で濡れていた。

 そして、彼女は夢の中で不思議な空間にいた。
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