74 / 123
第8章 第9話
しおりを挟む
眠りについたはずのレインは、気がつくと不思議な空間にいた。
地に足がついておらず、そもそも地面や床と呼べるようなものがなかった。
彼女の体は、淡い翡翠色の光の中を、無重力空間にいるように浮かび、上下左右にゆっくりと回転しながら漂っていた。
レインは三半規管が弱かったが、気持ち悪いと感じずにすんだり、吐き気をもよおさないですんでいるのは、おそらくここが夢の中だからだろう。
その空間では、左右は自分の手足からかろうじて分かるが、方角はまるでわからず、上下についてはまったくわからなかった。方角や上下という概念が存在するのかどうかさえも疑問だった。
「アリステラの真の最後の女王、アナスタシア」
懐かしい声が、つい先日レインが封印したばかりの教団での名前を呼んだ。
レインの母の声だった。母が彼女をアナスタシアと呼んだことはなかったが、確かに母の声だった。
「わたしたちはずっと、あなたが『アカシャの門』を開き、ここを訪れるのを待っていました」
今度は叔母の声だった。
「お母様、叔母様、ここは一体どこなんですの? アカシャの門って? 門なんて開いた覚えはないですわ」
夢だと知りながら、レインはどこから聞こえてきているのかすらわからないふたりの声に尋ねた。
「アカシャの門とは、門の形をしているわけではありません。
同じ時代に複数存在する女王の資格を持つ者たちがさまざまな事象によって間引かれていき、最後のひとりになったときにだけ開かれ、アリステラの最後の真の女王になるべき存在を、この知恵の館『バイトゥルヒクマ』へと導くのです」
彼女の声に答えたのは、聞き覚えがあるような気もするし、ないような気もする、少女のような声だった。
「あなたは誰? 知恵の館? バイストン・ウェルって何?」
「バイストン・ウェルは違う。バイトゥルヒクマだから」
「そんなのどっちでもいいわ。あなたは誰なの?」
「わたしは、あなたやあなたの母や叔母、そして新生アリステラの傀儡(かいらい)の女王と同じく、アリステラの女王となる資格を持っていた者。
あなたと同じ時代、同じ国に生まれながらも、生前はあなたに会うことも、資格を持つことを知ることさえもなかった、哀れな預言者」
その声の主は死者だということだった。幽霊や霊魂ということだろうか。
だとしたら、自分は死んでしまったのだろうか。
母や叔母もすでに死んでいるということだろうか。
「預言者……あなたも不思議な力を持っていたの?」
「その自覚さえも最期までありませんでしたが。
生前わたしの書いた小説は、大和ショウゴや雨野ユワが辿った数奇な運命や世界の行く末を預言していたと言われていました」
だから、その作者である彼女は預言者と呼ばれていたということなのだろう。
聞き覚えがあるような気がしたのは、彼女は有名人か何かでテレビで見たことがあったのかもしれない。
「知恵の館とは、図書館のようなもの」
また別の少女の声が聞こえた。
今度は全く聞き覚えのない声だった。
「図書館って……どこにも本も雑誌もないじゃない」
「バイトゥルヒクマには、エーテル以外の物質は存在しません。
ですから、図書館のように本が並んでいるわけではないのです」
聞き覚えのない声が答える。
「このどこまでも続く、宇宙と同じ広さを持つ膨大な空間自体がすべてエーテルによって出来ているのです」
と母が続け、
「この空間は、アリステラの父・ブライの妻であったアリスという女神と、第43代女王ステラ、その妹である大賢者ピノアによって作り出されました」
叔母が続けた。
アリス、ステラ、ピノア、その3人の名前を繋げると、アリステラやアリステラピノアになる。
先ほど傀儡の女王呼ばれた、新生アリステラの女王が名乗った名前は、その3人からとられたものだったのだろう。
「歴代の女王や、女王の資格を持つ者たちの、10万年にわたる記憶や経験を、この空間を作るエーテル自体が記録しているのです」
預言者と呼ばれた少女の声もまた。
「アナスタシア様こそ、アリステラピノアなどという、死者を強制的に蘇生させ作り出された、魂を持たない傀儡(くぐつ)の女王などではなく、アリステラの真の最後の女王となるべきお方」
アンナの声だった。
「アンナなの? アンナはわたくしのお姉さまなんでしょう? どこにいるの? お姉さまがいないと寂しいですわ。こんなところにいないで、わたくしといっしょに帰りましょう?」
レインは必死にあたりを見回した。
だが、どこにもアンナの姿はなかった。
「それはできません。今のわたしたちは、バイトゥルヒクマに満たされたエーテルが記録する記憶や経験が、かろうじて人格や精神、魂といったものを再現しているだけなのです」
アンナの声だけが聞こえていた。
「バイトゥルヒクマでは、歴代の女王や女王の資格を持つ者たちの記憶や経験が混ざりあい、もはやわたしはわたしであって、わたしではないのです。間もなく、わたしや、ここにいるあなたのお母様やわたしの母、それにリサさんやマヨリさんの意識は消え、記憶や経験だけがこの空間に残るのです」
「でも、あなたはまだアンナなんでしょう?
わたくし、知ってますのよ。アンナには誰かの体に憑依する力があるって。
わたくしの体をアンナとわたしでシェアすればいいじゃない」
「できません。ですが、わたしを含めたすべての女王とその末裔の記憶と経験が、この空間に記録されなければ、その記録がアナスタシア様の記憶に継承されなければ、あなたはアリステラの最後の真の女王にはなれないのです」
「真の女王になんてならなくったっていいわ。わたくしはわたくしですもの。わたくしはアンナさえいてくれたら……」
「世界が滅びてしまっても?
大和ショウゴさんもいなくなってしまうんですよ」
そう問われたとき、レインは何も言い返せなかった。
地に足がついておらず、そもそも地面や床と呼べるようなものがなかった。
彼女の体は、淡い翡翠色の光の中を、無重力空間にいるように浮かび、上下左右にゆっくりと回転しながら漂っていた。
レインは三半規管が弱かったが、気持ち悪いと感じずにすんだり、吐き気をもよおさないですんでいるのは、おそらくここが夢の中だからだろう。
その空間では、左右は自分の手足からかろうじて分かるが、方角はまるでわからず、上下についてはまったくわからなかった。方角や上下という概念が存在するのかどうかさえも疑問だった。
「アリステラの真の最後の女王、アナスタシア」
懐かしい声が、つい先日レインが封印したばかりの教団での名前を呼んだ。
レインの母の声だった。母が彼女をアナスタシアと呼んだことはなかったが、確かに母の声だった。
「わたしたちはずっと、あなたが『アカシャの門』を開き、ここを訪れるのを待っていました」
今度は叔母の声だった。
「お母様、叔母様、ここは一体どこなんですの? アカシャの門って? 門なんて開いた覚えはないですわ」
夢だと知りながら、レインはどこから聞こえてきているのかすらわからないふたりの声に尋ねた。
「アカシャの門とは、門の形をしているわけではありません。
同じ時代に複数存在する女王の資格を持つ者たちがさまざまな事象によって間引かれていき、最後のひとりになったときにだけ開かれ、アリステラの最後の真の女王になるべき存在を、この知恵の館『バイトゥルヒクマ』へと導くのです」
彼女の声に答えたのは、聞き覚えがあるような気もするし、ないような気もする、少女のような声だった。
「あなたは誰? 知恵の館? バイストン・ウェルって何?」
「バイストン・ウェルは違う。バイトゥルヒクマだから」
「そんなのどっちでもいいわ。あなたは誰なの?」
「わたしは、あなたやあなたの母や叔母、そして新生アリステラの傀儡(かいらい)の女王と同じく、アリステラの女王となる資格を持っていた者。
あなたと同じ時代、同じ国に生まれながらも、生前はあなたに会うことも、資格を持つことを知ることさえもなかった、哀れな預言者」
その声の主は死者だということだった。幽霊や霊魂ということだろうか。
だとしたら、自分は死んでしまったのだろうか。
母や叔母もすでに死んでいるということだろうか。
「預言者……あなたも不思議な力を持っていたの?」
「その自覚さえも最期までありませんでしたが。
生前わたしの書いた小説は、大和ショウゴや雨野ユワが辿った数奇な運命や世界の行く末を預言していたと言われていました」
だから、その作者である彼女は預言者と呼ばれていたということなのだろう。
聞き覚えがあるような気がしたのは、彼女は有名人か何かでテレビで見たことがあったのかもしれない。
「知恵の館とは、図書館のようなもの」
また別の少女の声が聞こえた。
今度は全く聞き覚えのない声だった。
「図書館って……どこにも本も雑誌もないじゃない」
「バイトゥルヒクマには、エーテル以外の物質は存在しません。
ですから、図書館のように本が並んでいるわけではないのです」
聞き覚えのない声が答える。
「このどこまでも続く、宇宙と同じ広さを持つ膨大な空間自体がすべてエーテルによって出来ているのです」
と母が続け、
「この空間は、アリステラの父・ブライの妻であったアリスという女神と、第43代女王ステラ、その妹である大賢者ピノアによって作り出されました」
叔母が続けた。
アリス、ステラ、ピノア、その3人の名前を繋げると、アリステラやアリステラピノアになる。
先ほど傀儡の女王呼ばれた、新生アリステラの女王が名乗った名前は、その3人からとられたものだったのだろう。
「歴代の女王や、女王の資格を持つ者たちの、10万年にわたる記憶や経験を、この空間を作るエーテル自体が記録しているのです」
預言者と呼ばれた少女の声もまた。
「アナスタシア様こそ、アリステラピノアなどという、死者を強制的に蘇生させ作り出された、魂を持たない傀儡(くぐつ)の女王などではなく、アリステラの真の最後の女王となるべきお方」
アンナの声だった。
「アンナなの? アンナはわたくしのお姉さまなんでしょう? どこにいるの? お姉さまがいないと寂しいですわ。こんなところにいないで、わたくしといっしょに帰りましょう?」
レインは必死にあたりを見回した。
だが、どこにもアンナの姿はなかった。
「それはできません。今のわたしたちは、バイトゥルヒクマに満たされたエーテルが記録する記憶や経験が、かろうじて人格や精神、魂といったものを再現しているだけなのです」
アンナの声だけが聞こえていた。
「バイトゥルヒクマでは、歴代の女王や女王の資格を持つ者たちの記憶や経験が混ざりあい、もはやわたしはわたしであって、わたしではないのです。間もなく、わたしや、ここにいるあなたのお母様やわたしの母、それにリサさんやマヨリさんの意識は消え、記憶や経験だけがこの空間に残るのです」
「でも、あなたはまだアンナなんでしょう?
わたくし、知ってますのよ。アンナには誰かの体に憑依する力があるって。
わたくしの体をアンナとわたしでシェアすればいいじゃない」
「できません。ですが、わたしを含めたすべての女王とその末裔の記憶と経験が、この空間に記録されなければ、その記録がアナスタシア様の記憶に継承されなければ、あなたはアリステラの最後の真の女王にはなれないのです」
「真の女王になんてならなくったっていいわ。わたくしはわたくしですもの。わたくしはアンナさえいてくれたら……」
「世界が滅びてしまっても?
大和ショウゴさんもいなくなってしまうんですよ」
そう問われたとき、レインは何も言い返せなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる