14 / 36
第二章:新しい環境
第14話 歩み寄り
しおりを挟む
「陛下、本当にありがとうございました。あのような美しい景色を見ることができてとても嬉しかったです」
庭園を散策した後、王と妃の共同の間まで戻ってきたアイシャは、カルラートに改めて礼を言った。
「そなたが楽しめたのならばいい。……アイシャ」
幾分ためらうようにカルラートに名を呼ばれて、アイシャは瞳を見開く。
「……初めてわたしの名を呼んでくださりましたね、陛下」
彼に名を呼ばれたことで、王妃としてはともかく、個人的には認められたような気分になり、アイシャは嬉しさから頬を染めて微笑んだ。
「いつまでも名を呼ばないのも不便だからな。……そなたもわたしをカルラートと呼べ」
「……カルラート様?」
「敬称はいらない。ただのカルラートでいい。あと、わたしに対して堅苦しい言葉は使うな」
国王に対してそんな言葉遣いでいいのだろうかと不安に思ってアイシャがカルラートを見返すと、彼は肯定するように頷いた。
「堅苦しいのは好きじゃない。……それに、一応そなたはわたしの妃ということになっているからな」
「……本当によろしいのですか?」
トゥルティエールでは王に対してそこまでできる妃は稀だ。……ただ、彼女の母だけは先王に対して対等な口を利いていたけれど。
「くどいぞ。わたしがいいと言っている」
カルラートが少しばかり不機嫌そうに言ったので、アイシャは慌てて頷いた。
せっかく、彼が気を遣ってくれたようなのに、それを無にしてはいけない。
「ええ、分かったわカルラート」
「……分かればいい」
アイシャが彼の名を呼ぶと、いくらか目元を赤く染めてカルラートがそっぽを向く。
どうやら彼が照れているらしいことに気がついて、アイシャは思わずカルラートの顔を凝視してしまった。
そうすると、不機嫌そうにカルラートが文句を付けてきた。
「……なんだ、人の顔をじろじろ見るな」
「あ、ごめんなさい。……もしかして、カルラート照れてるの?」
「照れてなどいない。妙なことを言うな」
彼に睨まれたが、その頬がさらに赤くなったので嘘なのは明白だ。だが、それを追及したら彼の機嫌を損ねてしまうだろう。
「そ、そうね。わたしの勘違いだったみたい。ごめんなさい」
しかし、相手に照れられるとなぜか自分まで照れくさくなってしまってしまい、アイシャも頬を染めながらカルラートに謝った。
「……分かればいい。それから、これからは晩餐をそなたと共にすることにする」
婚礼を挙げてから今まで捨ておかれたも同然だったアイシャにとって、それは破格のことで驚いてしまった。
「……いいの?」
晩餐を共にするということは、これから毎日顔を合わせるということだ。
彼の言葉が信じられなくて、アイシャは思わず確認してしまう。
「そなたを抱かないせめてもの罪滅ぼしだ。女にとっては相当屈辱的なことらしいからな」
どういう心境の変化か、アイシャに対してかなり歩みよってきたカルラートだったが、それだけは譲れないことのようだった。
ああ、それはそうよね。
拒絶されていたのに、いきなりそんなに歩み寄るのはおかしいもの。
これはただ見せかけのためのものなんだわ。
アイシャが思わず溜息をついてしまうと、カルラートが尋ねてきた。
「アイシャ、わたしに抱かれないのは嫌か?」
「王妃としての務めだから。兄にも顔向けできないし」
このままでは子を成すことも無理だろうとアイシャが考えていると、その答えが気に入らなかったらしいカルラートがむっとした。
「……そうか、務めか」
ごく当然のことを言ったつもりだったが、どうやらそれがカルラートの機嫌を損ねたらしいと分かり、アイシャは慌てた。
「あの、カルラート? わたし、なにか気に障ることを言ったかしら?」
「……別に言っていない。それでは、わたしはこれで執務に戻る」
急に無表情になったカルラートはどこか冷たい声で告げると、王の執務室へと戻っていった。
なにか、悪いことをしてしまったみたい。……でもあの場合、なんと返したら良かったの?
わたしから抱いてほしいなんて言うのは、はしたないし。
それに心にある人のこともあってそれを伝えるのはためらわれた。
アイシャは、思いもかけず王妃となる絶好の機会を取り逃がしてしまったのである。
王とその妃の共同の間に一人取り残されたアイシャは、心をざわめかせながらしばらくその場に立ちすくむ。
せっかくカルラートと歩み寄れたと思ったが、どうやら自分は失敗してしまったようだった。
アイシャは後悔したが、しかしそれでもカルラートは宣言通り晩餐の席に現れて彼女を安堵させた。
その席での話題は、このハーメイ王宮のことについてが主だった。
短期間で嫁してきたため知らないことが多数あり、アイシャはカルラートがこの話題を選んでくれて良かったと思った。
それを聞きつつ、アイシャはたとえ見せかけだけの王妃でも、この国の勉学に励んでいこうと心に決めたのである。
──ただ、その夜はアイシャの寝室に彼が訪れることはなかった。
それを当然のこととして受け止めている自分がアイシャはおかしく、そして哀しくもあった。
庭園を散策した後、王と妃の共同の間まで戻ってきたアイシャは、カルラートに改めて礼を言った。
「そなたが楽しめたのならばいい。……アイシャ」
幾分ためらうようにカルラートに名を呼ばれて、アイシャは瞳を見開く。
「……初めてわたしの名を呼んでくださりましたね、陛下」
彼に名を呼ばれたことで、王妃としてはともかく、個人的には認められたような気分になり、アイシャは嬉しさから頬を染めて微笑んだ。
「いつまでも名を呼ばないのも不便だからな。……そなたもわたしをカルラートと呼べ」
「……カルラート様?」
「敬称はいらない。ただのカルラートでいい。あと、わたしに対して堅苦しい言葉は使うな」
国王に対してそんな言葉遣いでいいのだろうかと不安に思ってアイシャがカルラートを見返すと、彼は肯定するように頷いた。
「堅苦しいのは好きじゃない。……それに、一応そなたはわたしの妃ということになっているからな」
「……本当によろしいのですか?」
トゥルティエールでは王に対してそこまでできる妃は稀だ。……ただ、彼女の母だけは先王に対して対等な口を利いていたけれど。
「くどいぞ。わたしがいいと言っている」
カルラートが少しばかり不機嫌そうに言ったので、アイシャは慌てて頷いた。
せっかく、彼が気を遣ってくれたようなのに、それを無にしてはいけない。
「ええ、分かったわカルラート」
「……分かればいい」
アイシャが彼の名を呼ぶと、いくらか目元を赤く染めてカルラートがそっぽを向く。
どうやら彼が照れているらしいことに気がついて、アイシャは思わずカルラートの顔を凝視してしまった。
そうすると、不機嫌そうにカルラートが文句を付けてきた。
「……なんだ、人の顔をじろじろ見るな」
「あ、ごめんなさい。……もしかして、カルラート照れてるの?」
「照れてなどいない。妙なことを言うな」
彼に睨まれたが、その頬がさらに赤くなったので嘘なのは明白だ。だが、それを追及したら彼の機嫌を損ねてしまうだろう。
「そ、そうね。わたしの勘違いだったみたい。ごめんなさい」
しかし、相手に照れられるとなぜか自分まで照れくさくなってしまってしまい、アイシャも頬を染めながらカルラートに謝った。
「……分かればいい。それから、これからは晩餐をそなたと共にすることにする」
婚礼を挙げてから今まで捨ておかれたも同然だったアイシャにとって、それは破格のことで驚いてしまった。
「……いいの?」
晩餐を共にするということは、これから毎日顔を合わせるということだ。
彼の言葉が信じられなくて、アイシャは思わず確認してしまう。
「そなたを抱かないせめてもの罪滅ぼしだ。女にとっては相当屈辱的なことらしいからな」
どういう心境の変化か、アイシャに対してかなり歩みよってきたカルラートだったが、それだけは譲れないことのようだった。
ああ、それはそうよね。
拒絶されていたのに、いきなりそんなに歩み寄るのはおかしいもの。
これはただ見せかけのためのものなんだわ。
アイシャが思わず溜息をついてしまうと、カルラートが尋ねてきた。
「アイシャ、わたしに抱かれないのは嫌か?」
「王妃としての務めだから。兄にも顔向けできないし」
このままでは子を成すことも無理だろうとアイシャが考えていると、その答えが気に入らなかったらしいカルラートがむっとした。
「……そうか、務めか」
ごく当然のことを言ったつもりだったが、どうやらそれがカルラートの機嫌を損ねたらしいと分かり、アイシャは慌てた。
「あの、カルラート? わたし、なにか気に障ることを言ったかしら?」
「……別に言っていない。それでは、わたしはこれで執務に戻る」
急に無表情になったカルラートはどこか冷たい声で告げると、王の執務室へと戻っていった。
なにか、悪いことをしてしまったみたい。……でもあの場合、なんと返したら良かったの?
わたしから抱いてほしいなんて言うのは、はしたないし。
それに心にある人のこともあってそれを伝えるのはためらわれた。
アイシャは、思いもかけず王妃となる絶好の機会を取り逃がしてしまったのである。
王とその妃の共同の間に一人取り残されたアイシャは、心をざわめかせながらしばらくその場に立ちすくむ。
せっかくカルラートと歩み寄れたと思ったが、どうやら自分は失敗してしまったようだった。
アイシャは後悔したが、しかしそれでもカルラートは宣言通り晩餐の席に現れて彼女を安堵させた。
その席での話題は、このハーメイ王宮のことについてが主だった。
短期間で嫁してきたため知らないことが多数あり、アイシャはカルラートがこの話題を選んでくれて良かったと思った。
それを聞きつつ、アイシャはたとえ見せかけだけの王妃でも、この国の勉学に励んでいこうと心に決めたのである。
──ただ、その夜はアイシャの寝室に彼が訪れることはなかった。
それを当然のこととして受け止めている自分がアイシャはおかしく、そして哀しくもあった。
0
あなたにおすすめの小説
しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない
千堂みくま
恋愛
細々と仕事をして生きてきた薬師のノアは、経済的に追い詰められて仕方なく危険な仕事に手を出してしまう。それは因縁の幼なじみ、若き公爵ジオルドに惚れ薬を盛る仕事だった。
失敗して捕らえられたノアに、公爵は「俺の人生を狂わせた女」などと言い、変身魔術がかけられたチョーカーを付けて妙に可愛がる。
ジオルドの指示で王子の友人になったノアは、薬師として成長しようと決意。
公爵から逃げたいノアと、自覚のない思いに悩む公爵の話。
※毎午前中に数話更新します。
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
ナイトメア〜悪夢のような一夜〜【完結】
春の小径
恋愛
私、ちゃんと忠告しましたよね?
『馬鹿なことを考えず真っ直ぐ生きる努力をしてください。けっして愚かな行為に走らないように』って。
私の忠告を聞かなかったからですよ。
他社でも同時投稿
モラハラ王子の真実を知った時
こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。
父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。
王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。
王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。
いえ……幸せでした。
王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。
「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」
人質王女の恋
小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。
数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。
それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。
両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。
聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。
傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。
王女は魔道師団長の愛に溺れる
クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中
恋愛
アルムガルド王国の末姫リーリアは、幼い頃、避暑地からの帰り道に魔物の襲撃を受け、従者たちとはぐれてしまう。森の中で途方に暮れていたリーリアだったが、突如現れた青年に助けられる。
青年の名はユーイン。彼はアルムガルド王国が誇る宮廷魔道師団の一員だった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる