恋詠花

舘野寧依

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第二章:新しい環境

第14話 歩み寄り

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「陛下、本当にありがとうございました。あのような美しい景色を見ることができてとても嬉しかったです」

 庭園を散策した後、王と妃の共同の間まで戻ってきたアイシャは、カルラートに改めて礼を言った。

「そなたが楽しめたのならばいい。……アイシャ」

 幾分ためらうようにカルラートに名を呼ばれて、アイシャは瞳を見開く。

「……初めてわたしの名を呼んでくださりましたね、陛下」

 彼に名を呼ばれたことで、王妃としてはともかく、個人的には認められたような気分になり、アイシャは嬉しさから頬を染めて微笑んだ。

「いつまでも名を呼ばないのも不便だからな。……そなたもわたしをカルラートと呼べ」
「……カルラート様?」
「敬称はいらない。ただのカルラートでいい。あと、わたしに対して堅苦しい言葉は使うな」

 国王に対してそんな言葉遣いでいいのだろうかと不安に思ってアイシャがカルラートを見返すと、彼は肯定するように頷いた。

「堅苦しいのは好きじゃない。……それに、一応そなたはわたしの妃ということになっているからな」
「……本当によろしいのですか?」

 トゥルティエールでは王に対してそこまでできる妃は稀だ。……ただ、彼女の母だけは先王に対して対等な口を利いていたけれど。

「くどいぞ。わたしがいいと言っている」

 カルラートが少しばかり不機嫌そうに言ったので、アイシャは慌てて頷いた。
 せっかく、彼が気を遣ってくれたようなのに、それを無にしてはいけない。

「ええ、分かったわカルラート」
「……分かればいい」

 アイシャが彼の名を呼ぶと、いくらか目元を赤く染めてカルラートがそっぽを向く。

 どうやら彼が照れているらしいことに気がついて、アイシャは思わずカルラートの顔を凝視してしまった。
 そうすると、不機嫌そうにカルラートが文句を付けてきた。

「……なんだ、人の顔をじろじろ見るな」
「あ、ごめんなさい。……もしかして、カルラート照れてるの?」
「照れてなどいない。妙なことを言うな」

 彼に睨まれたが、その頬がさらに赤くなったので嘘なのは明白だ。だが、それを追及したら彼の機嫌を損ねてしまうだろう。

「そ、そうね。わたしの勘違いだったみたい。ごめんなさい」

 しかし、相手に照れられるとなぜか自分まで照れくさくなってしまってしまい、アイシャも頬を染めながらカルラートに謝った。

「……分かればいい。それから、これからは晩餐をそなたと共にすることにする」

 婚礼を挙げてから今まで捨ておかれたも同然だったアイシャにとって、それは破格のことで驚いてしまった。

「……いいの?」

 晩餐を共にするということは、これから毎日顔を合わせるということだ。
 彼の言葉が信じられなくて、アイシャは思わず確認してしまう。

「そなたを抱かないせめてもの罪滅ぼしだ。女にとっては相当屈辱的なことらしいからな」

 どういう心境の変化か、アイシャに対してかなり歩みよってきたカルラートだったが、それだけは譲れないことのようだった。


 ああ、それはそうよね。
 拒絶されていたのに、いきなりそんなに歩み寄るのはおかしいもの。
 これはただ見せかけのためのものなんだわ。


 アイシャが思わず溜息をついてしまうと、カルラートが尋ねてきた。

「アイシャ、わたしに抱かれないのは嫌か?」
「王妃としての務めだから。兄にも顔向けできないし」

 このままでは子を成すことも無理だろうとアイシャが考えていると、その答えが気に入らなかったらしいカルラートがむっとした。

「……そうか、務めか」

 ごく当然のことを言ったつもりだったが、どうやらそれがカルラートの機嫌を損ねたらしいと分かり、アイシャは慌てた。

「あの、カルラート? わたし、なにか気に障ることを言ったかしら?」
「……別に言っていない。それでは、わたしはこれで執務に戻る」

 急に無表情になったカルラートはどこか冷たい声で告げると、王の執務室へと戻っていった。


 なにか、悪いことをしてしまったみたい。……でもあの場合、なんと返したら良かったの?
 わたしから抱いてほしいなんて言うのは、はしたないし。

 それに心にある人のこともあってそれを伝えるのはためらわれた。
 アイシャは、思いもかけず王妃となる絶好の機会を取り逃がしてしまったのである。

 王とその妃の共同の間に一人取り残されたアイシャは、心をざわめかせながらしばらくその場に立ちすくむ。
 せっかくカルラートと歩み寄れたと思ったが、どうやら自分は失敗してしまったようだった。

 アイシャは後悔したが、しかしそれでもカルラートは宣言通り晩餐の席に現れて彼女を安堵させた。
 その席での話題は、このハーメイ王宮のことについてが主だった。
 短期間で嫁してきたため知らないことが多数あり、アイシャはカルラートがこの話題を選んでくれて良かったと思った。

 それを聞きつつ、アイシャはたとえ見せかけだけの王妃でも、この国の勉学に励んでいこうと心に決めたのである。



 ──ただ、その夜はアイシャの寝室に彼が訪れることはなかった。
 それを当然のこととして受け止めている自分がアイシャはおかしく、そして哀しくもあった。
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