恋詠花

舘野寧依

文字の大きさ
13 / 36
第二章:新しい環境

第13話 花々の咲き乱れる庭園へ

 ──存外、あの姫は気が強い。

 カルラートはアイシャの先程の叫びに、少々呆然としていた。
 彼女の可憐な容姿から、気の弱そうな感じを受けていた。しかし、今のやりとりでアイシャが本当は芯が強いことにカルラートは気が付いた。

 いくらでも抱いてやるという言葉は、彼女の誇りをかなり傷つけたかもしれないな、とカルラートはアイシャが出て行った扉を見つめながら思う。
 ……確かにあの言葉は我ながら酷すぎた。
 あの姫は今、さぞ怒っていることだろう。
 そう思うと、カルラートはなぜかいてもたってもいられなくなり、執務室を飛び出した。



 カルラートの執務室から出たアイシャは、とぼとぼと自室へと戻ってきた。
 衝動的に出てきてしまったが、もっと冷静になって話し合うべきだったかもしれない。
 そうは思ったが、もう後の祭りだった。


「アイシャ様、陛下とのお話はどうだったのでしょうか?」

 出迎えたライサがアイシャの顔を見て、うまくいかなかったのを察したようではあったが、それでも念のためか聞いてきた。

「……駄目だったわ。兄とただならぬ関係ではないということは納得して頂いたのだけれど、今度は今回の婚礼を威圧的に進めてきたのを謝罪しろと言われたの」
「……それで、アイシャ様はお断りになられたのですね?」

 消沈しているアイシャの様子から、ライサは彼女がなんと答えたか理解したらしかった。

「ええ。兄王の決定を謝罪するわけにはいかないもの」

 アイシャが頷いてライサの言葉を肯定する。
 大国から嫁いで来たものとして、あの答えは正しかったとアイシャは思っている。
 しかし、そのことで形だけの王妃のままでいることが決まってしまったのは、痛い事実だった。
 それでも、ライサは微笑んで頷いた。

「それでよろしいのです。アイシャ様がそこで謝罪してしまわれれば、トゥルティエールの威信にもかかわるでしょうから」
「ええ……」

 ライサに自分の考えを肯定されて、アイシャはいくらか気分が浮上したものの、それでもこれからのことを思うと気が重かった。



 それから少しして、アイシャの居室にいきなりカルラートが現れた。
 王の間と王妃の間は繋がっているため、双方で行き来が可能なのだが、それでも突然のことでアイシャは驚き、息をのんだ。

「あ、あの……」

 いったいなんの用だろうと思っていると、カルラートはおもむろに口を開いた。

「……ここの庭園を案内しようと思ってな。聞いたところによると、そなたはまだ目にしていないらしいからな」

 さきほどアイシャを抱かないと言ったばかりなのに、いったいどういう心境の変化なのだろう。

 もしかしたら、宰相あたりがそうしろとカルラートに言ったのかもしれない、とアイシャは思った。
 それでも、せっかく彼がそう言ってくれているのだから、ありがたくその厚意を受け取っておくべきかもしれない。

「あ、ありがとうございます」
「ああ」

 アイシャが戸惑い気味に礼を言うと、カルラートは実にそっけなく返事を返した。
 それを聞いて、やはりカルラートは本心では庭園を案内などしたくないのかもしれないとアイシャは感じていた。



 心に引っかかるものはあったが、カルラート直々に案内された庭園は美しかった。

「綺麗……」


 トゥルティエールのものと比べたら、多少規模は小さいが、それでも手入れが充分行き届いていることが窺えた。

「──気に入ったか?」
「はい、とても」

 アイシャがにこりと微笑むと、カルラートは少し瞳を見開いた。

「そ、そうか。それならば、今度からここを訪れるといい。少しは退屈しのぎになるだろう」
「はい、ありがとうございます」

 なぜか少々挙動不審になったカルラートをアイシャは不思議に思いながらも、彼に礼を述べる。


 ……もしかして、気を遣ってくれたのかしら。
 さっきはあんな意地悪を言っていたのに、よく分からない方。


 アイシャは彼の矛盾した言動に少々戸惑いつつも、花々の咲き乱れる庭園に目をやる。
 その美しい光景に、慌ただしくこの国に嫁いできて、余裕のなかった心が凪いでいくようなそんな気がした。

 カルラートがアイシャを庭園に案内したのは、見せかけだけでも王妃として扱っているという、国内外への配慮なのかもしれないが、それでも彼がここに連れてきてくれたのをアイシャは嬉しく思った。

「陛下のお気遣い、感謝いたします。わたし、ここがとても気に入りました」

 アイシャが花のように笑うと、カルラートはまた少しうろたえる様子を見せた。

「そ、そうか。ならばいい。よければ少し散策するか」
「はい、ぜひお願いします」

 にこやかにアイシャが笑みを浮かべると、カルラートは少し不機嫌な照れ隠しのような顔になって、こっちだと方向を示した。
 それから二人は、しばらくの間無言で庭園を散策した。


 いろいろ無理難題を言ってくる方だけれど、本当はそう悪い方ではないのかもしれない。
 アイシャはカルラートの後を付いていきながらそう思った。

 忙しいだろうに、それでも彼女に付き合ってくれているカルラートに、アイシャは既にそれほど悪い感情を持てなくなっていた。



 爽やかな風が花々を揺らし、アイシャの灰桜色の長い髪をなびかせる。
 その中でアイシャが美しい光景に微笑む。

 その様子をカルラートが秘やかに熱く見つめていることについぞ彼女は気がつかなかった。
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

次こそあなたと幸せになると決めたのに…中々うまくいきません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のシャレルは、第二王子のジョーンによって無実の罪で投獄されてしまう。絶望の中彼女を救ってくれたのは、ずっと嫌われていると思っていた相手、婚約者で王太子のダーウィンだった。 逃亡生活を送る中、お互い思い合っていたのにすれ違っていた事に気が付く2人。すれ違った時間を取り戻すかのように、一気に距離を縮めていく。 全てを失い絶望の淵にいたシャレルだったが、ダーウィンとの逃避行の時間は、今まで感じた事のないほど、幸せな時間だった。 新天地マーラル王国で、ダーウィンとの幸せな未来を思い描きながら、逃避行は続く。 そしていよいよ、あと少しでマーラル国というところまで来たある日、彼らの前にジョーンが現れたのだ。 天国から地獄に叩き落されたシャレルは、絶望の中生涯の幕を下ろしたはずだったが… ひょんなことから、ダーウィンと婚約を結んだ8歳の時に、戻っていた。 2度目の人生は、絶対にダーウィンと幸せになってみせる、そう決意したシャレルだったが、そううまくはいかず、次第に追い詰められていくのだった。 ※シャレルとダーウィンが幸せを掴むかでのお話しです。 ご都合主義全開ですが、どうぞよろしくお願いします。 カクヨムでも同時投稿しています。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。