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8.勘違いの午後
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✻✻✻
甘めのコーヒーを飲み干して、ふぅと一息ついた。この味も既に俺の舌を虜にしている。
「美味しかったですか?」
俺がマグカップを置いたのを見てハルは後ろから声を掛けてきた。先程の朝ごはんの後片付けはどうやら終わったようだ。
「うん、今日も完璧だった」
「よかった」
ふふ、と表情を緩めたその顔を見て、思わずため息が出た。やっぱりこんなはずじゃなかったと思う。
今までのことを思い返していた。出会ったときから、かわいい、いい子と撫でてきた頭は、今や俺より頭一つ分以上上にある。俺の料理を美味しいと喜んでいた頃は懐かしい。今やその立場は逆。完全に胃袋を掴まれた。普段の何気ない気遣いも、どこで覚えてくるのか。
とにかくこう育てた覚えはないのだ。容姿も立ち振る舞いもいちいち刺さる。
「僕夕方に戻るんで、お昼は温めて食べてくださいね」
「おー」
「夜ご飯、何がいいですか?」
「えー…パスタかな」
「了解です」
ダメダメ、甘えすぎ。こういうとこだぞ、と我に返り、支度を始めたハルの背中に問いかける。
「なぁ、ハル。そんな毎日俺のリクエストに応えなくていいんだぞ」
「大丈夫です、ソラさんに喜んでもらいたくてやってるんで」
俺が大丈夫じゃない。ダメ人間まっしぐらだ。
「じゃあもう王宮行くんで…って、何ですかその納得いかない顔」
「このままじゃ俺は無能になる」
「そんなこと考えてたんですか」
ハルはちょっと呆れたように笑って玄関から俺の方に戻ると、両手を取って握りしめた。
「僕がいるんで」
「お、おぉ…」
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい…」
負けた。
✻
お昼過ぎ。
小屋周辺の掃き掃除をしていると、光の樹の方に人影を見た。耳を澄ますと、何やらぶつぶつ呟いている。じいちゃんがレプリカの光の樹じゃ耐えきれなくなって遂に本物を見に来たかと思ったら…
「シェ、シェネリ様!?」
「しっ、しーーっ!」
そこにいたのはアダムの杖を持ったシェネリ様だった。
「いきなり大きな声で呼ばれるものだから驚きました」
「すみません…こちらも驚いて…。だって、お一人ですよね」
「えぇ。お忍び、という訳です。今回は特にバレるわけにはいきません。この杖を持ち出したのがバレたら酷く怒られるので」
今回は、という発言にツッコミを入れたかったが、何より杖まで持ち出してここまで来た理由が知りたかった。
「まるで召喚の儀ですね」
「精霊に挨拶へ来たのです。もうすぐだから、お願いしますって」
あぁ、と納得する。勇者はもうすぐ魔王のもとに着くという連絡が入ったのだ。被召喚者を帰す日もそう遠くない。
ここでハルのことを思い浮かべたのを、多分気付かれたのだろう。シェネリ様はそういえば、と俺に向き直った。
「あ、お城を出るとき、ちょうどハルを見かけました。随分たくましくなって…」
「そうなんですよ、かわいいかわいいって言ってた頃が懐かしくて」
「今はかわいいと思わないのですか?」
「うーん、かわいいと言うより…かっこいい?スマート?なんか最近は余計にそう感じますね…」
「はあ」
「夜遅くなるって言ったら迎えに来てくれたり、買い出しに行ったら荷物全部持ってくれたり…。料理もメキメキ上達してるし」
「…」
「で、なんか、街歩いてると色んな人に見られてて。特に女の子。不安になっちゃいますね。過保護ってやつかもしれない、ハハ…」
「ソラ様…」
いや、途中から、というか割と序盤から、シェネリ様がうんざりしているのには気付いていたのだ。でも止まらなかった。
「すみません、話し過ぎ、ですよね」
「貴方本当に、隙あらば惚気ますよね」
「…の、惚気っ?」
「え、惚気じゃなかったのですか」
「違いますよ、なんかこう、共有したいなって」
「いや、溢れているんですよ、好きって」
「…」
「…」
「…へ?」
「つまるところ好きなんでしょう?ハルのことが」
「………お、俺が!?」
「それ以外に誰がいらっしゃるのですか」
「え、いやいやいやいやいや、なんで!?」
「こちらが聞きたい」
「俺、親代わりですよ!?」
「はぁ、仲睦まじい様で何よりですわ」
シェネリ様はやれやれといった感じで俺の肩に手を置き、ほら、と溢した。
「え…?」
「あ、いえ、なんでも」
気付いていないのですね、と呟いた気がするが、これ以上聞くとシェネリ様の眉間によったシワが元に戻らなくなりそうなのでやめた。
「では、そろそろ王宮に戻りますね」
「えっ、あっ、はい…お気をつけてください」
行ってしまわれた。
好き…?俺がハルのことを…?
あ、もしかしてシェネリ様が言ったのは俺の想像してしまった恋愛的な意味の“好き”ではなかったのかもしれない。それはそれで、勘違いして焦ってしまったので恥ずかしいが。
なぁ~んだそういうことか!なら大丈夫だ、俺は普通にハルのことを愛してるし。何も今までと変わらねぇじゃん!
「ソラさん?」
「うわぁぁぁぁ!?!?!?」
「うわびっくりした」
急に後ろから声かけるなよ~と言うつもりで、振り返ったら。
「ただいま帰りました」
「お…おかえ、り…」
陽だまりの中。少し上がった口角と、その唇が俺の名前をなぞったのが見えて、心臓の音が煩くなった。
「そうそう、夜、ミートパスタにしようと思って」
「あ、あぁ…ありがと…」
「?なんかありました?」
「い、いやいや」
「絶対なんかあったでしょ」
「何もねえよ!」
わっと声をあげたときにはハルは既に俺の目の前に居て、俺の顔を覗き込むように近づいた。
「ぅわ、」
「本当に?」
「お……お前!面白がってるだろ!!」
「ふふふ」
慌てて距離を取る。そろそろ他人にも騒がしい脈拍を感じ取られそう。
「何があったのか知りませんけど。楽しそうで何よりです」
俺の右肩、さっきシェネリ様が触ったのと同じところをポンポンと叩くと、愉快そうに小屋に入っていった。
何だあいつ、からかいやがって。
とは思っても、ハルが居なくなってもまだ煩い心臓に、勘違いだから、と言い聞かせるしか出来なかった。
甘めのコーヒーを飲み干して、ふぅと一息ついた。この味も既に俺の舌を虜にしている。
「美味しかったですか?」
俺がマグカップを置いたのを見てハルは後ろから声を掛けてきた。先程の朝ごはんの後片付けはどうやら終わったようだ。
「うん、今日も完璧だった」
「よかった」
ふふ、と表情を緩めたその顔を見て、思わずため息が出た。やっぱりこんなはずじゃなかったと思う。
今までのことを思い返していた。出会ったときから、かわいい、いい子と撫でてきた頭は、今や俺より頭一つ分以上上にある。俺の料理を美味しいと喜んでいた頃は懐かしい。今やその立場は逆。完全に胃袋を掴まれた。普段の何気ない気遣いも、どこで覚えてくるのか。
とにかくこう育てた覚えはないのだ。容姿も立ち振る舞いもいちいち刺さる。
「僕夕方に戻るんで、お昼は温めて食べてくださいね」
「おー」
「夜ご飯、何がいいですか?」
「えー…パスタかな」
「了解です」
ダメダメ、甘えすぎ。こういうとこだぞ、と我に返り、支度を始めたハルの背中に問いかける。
「なぁ、ハル。そんな毎日俺のリクエストに応えなくていいんだぞ」
「大丈夫です、ソラさんに喜んでもらいたくてやってるんで」
俺が大丈夫じゃない。ダメ人間まっしぐらだ。
「じゃあもう王宮行くんで…って、何ですかその納得いかない顔」
「このままじゃ俺は無能になる」
「そんなこと考えてたんですか」
ハルはちょっと呆れたように笑って玄関から俺の方に戻ると、両手を取って握りしめた。
「僕がいるんで」
「お、おぉ…」
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい…」
負けた。
✻
お昼過ぎ。
小屋周辺の掃き掃除をしていると、光の樹の方に人影を見た。耳を澄ますと、何やらぶつぶつ呟いている。じいちゃんがレプリカの光の樹じゃ耐えきれなくなって遂に本物を見に来たかと思ったら…
「シェ、シェネリ様!?」
「しっ、しーーっ!」
そこにいたのはアダムの杖を持ったシェネリ様だった。
「いきなり大きな声で呼ばれるものだから驚きました」
「すみません…こちらも驚いて…。だって、お一人ですよね」
「えぇ。お忍び、という訳です。今回は特にバレるわけにはいきません。この杖を持ち出したのがバレたら酷く怒られるので」
今回は、という発言にツッコミを入れたかったが、何より杖まで持ち出してここまで来た理由が知りたかった。
「まるで召喚の儀ですね」
「精霊に挨拶へ来たのです。もうすぐだから、お願いしますって」
あぁ、と納得する。勇者はもうすぐ魔王のもとに着くという連絡が入ったのだ。被召喚者を帰す日もそう遠くない。
ここでハルのことを思い浮かべたのを、多分気付かれたのだろう。シェネリ様はそういえば、と俺に向き直った。
「あ、お城を出るとき、ちょうどハルを見かけました。随分たくましくなって…」
「そうなんですよ、かわいいかわいいって言ってた頃が懐かしくて」
「今はかわいいと思わないのですか?」
「うーん、かわいいと言うより…かっこいい?スマート?なんか最近は余計にそう感じますね…」
「はあ」
「夜遅くなるって言ったら迎えに来てくれたり、買い出しに行ったら荷物全部持ってくれたり…。料理もメキメキ上達してるし」
「…」
「で、なんか、街歩いてると色んな人に見られてて。特に女の子。不安になっちゃいますね。過保護ってやつかもしれない、ハハ…」
「ソラ様…」
いや、途中から、というか割と序盤から、シェネリ様がうんざりしているのには気付いていたのだ。でも止まらなかった。
「すみません、話し過ぎ、ですよね」
「貴方本当に、隙あらば惚気ますよね」
「…の、惚気っ?」
「え、惚気じゃなかったのですか」
「違いますよ、なんかこう、共有したいなって」
「いや、溢れているんですよ、好きって」
「…」
「…」
「…へ?」
「つまるところ好きなんでしょう?ハルのことが」
「………お、俺が!?」
「それ以外に誰がいらっしゃるのですか」
「え、いやいやいやいやいや、なんで!?」
「こちらが聞きたい」
「俺、親代わりですよ!?」
「はぁ、仲睦まじい様で何よりですわ」
シェネリ様はやれやれといった感じで俺の肩に手を置き、ほら、と溢した。
「え…?」
「あ、いえ、なんでも」
気付いていないのですね、と呟いた気がするが、これ以上聞くとシェネリ様の眉間によったシワが元に戻らなくなりそうなのでやめた。
「では、そろそろ王宮に戻りますね」
「えっ、あっ、はい…お気をつけてください」
行ってしまわれた。
好き…?俺がハルのことを…?
あ、もしかしてシェネリ様が言ったのは俺の想像してしまった恋愛的な意味の“好き”ではなかったのかもしれない。それはそれで、勘違いして焦ってしまったので恥ずかしいが。
なぁ~んだそういうことか!なら大丈夫だ、俺は普通にハルのことを愛してるし。何も今までと変わらねぇじゃん!
「ソラさん?」
「うわぁぁぁぁ!?!?!?」
「うわびっくりした」
急に後ろから声かけるなよ~と言うつもりで、振り返ったら。
「ただいま帰りました」
「お…おかえ、り…」
陽だまりの中。少し上がった口角と、その唇が俺の名前をなぞったのが見えて、心臓の音が煩くなった。
「そうそう、夜、ミートパスタにしようと思って」
「あ、あぁ…ありがと…」
「?なんかありました?」
「い、いやいや」
「絶対なんかあったでしょ」
「何もねえよ!」
わっと声をあげたときにはハルは既に俺の目の前に居て、俺の顔を覗き込むように近づいた。
「ぅわ、」
「本当に?」
「お……お前!面白がってるだろ!!」
「ふふふ」
慌てて距離を取る。そろそろ他人にも騒がしい脈拍を感じ取られそう。
「何があったのか知りませんけど。楽しそうで何よりです」
俺の右肩、さっきシェネリ様が触ったのと同じところをポンポンと叩くと、愉快そうに小屋に入っていった。
何だあいつ、からかいやがって。
とは思っても、ハルが居なくなってもまだ煩い心臓に、勘違いだから、と言い聞かせるしか出来なかった。
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