〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。

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4.(元)悪妃は余暇を楽しむ

自業自得です

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「次の犠牲者が現れれば、ベロニカは解放される……のでしたっけ」

ベルネット伯爵は地位を終われ、その身分を失った。平民の娘となったベロニカに敬称は不要だと判断したのだろう。
メアリーはそう言うと「失礼します」と声をかけ、ホットタオルで私の顔を拭う。

「人形に収納出来る魂はひとつ限り。新たな魂が入ってくれば、収納されている魂は外に出される、けれど……」

「解放までに時間がかかれば……それこそ、百年単位の時間が流れてしまえば戻る肉体が存在しない、とのことでしたわね」

メアリーはホットタオルを外すと、小瓶を傾け、オイルを手に取った。リンパマッサージである。
背後では、リリアが頭皮マッサージを施してくれている。その心地良さに体を預けながらも、私はベロニカのその後を思った。

「例え、肉体に戻れたとしても、記憶はリセットされるらしいわ」

「……それは知りませんでした」

ハーブティーを淹れたサラサが、ティーセットを用意しながら驚いたように言う。その後、彼女はカップにハーブティーを注ぎながら言葉を続けた。

「ですが、それは良いことなのではありませんか?」

「良いこと?」

「ベロニカはとんでもない女でしょう?記憶も、人格も、一度リセットされた方がいいに決まっておりますわ」

はっきり言うサラサに、苦笑した。

「そもそも、彼女が人形に魅入られて魂を吸われたのだって、自業自得です。宝物庫に勝手に立ち入って、人形を持ち出しさえしなければ良いだけの話だったのですわ。自らの欲で身を滅ぼしただけにすぎません」

確かに、彼女の言う通りだ。

あの人形は、今後どうするかルカに尋ねると、今まで通り宝物庫で管理すると彼は答えた。
曰く付きとはいえ、あの人形は純度の高いダイヤモンドで作られている。価値は相当高いだろう。人形から石だけ取り外せられればそれがベストなのだが、職人に預ければ次々に魅入られ、失踪してしまうのだからそれも叶わない。

だけど、緊急時の際には、あの人形は手段のひとつになるだろう。
あまり考えたくないことだけど──戦時中であれば、トラップとしても使うことが出来る。
何せ、見た目だけなら、息を飲むほど美しい宝石人形なのだから。

そういう経緯で、ふたたび人形は宝物庫に収められた。






十日程だったが、ニュンペーを満喫すると、私は城へ戻った。

社交界では、ベロニカこそが真実の悪女だったと囁かれ、それに呑まれるように私の噂は立ち消えになった。
ベロニカの悪事が暴かれたのも大きいし、貴族院が圧をかけたのも大きい。
彼らとしても、お父様クラウゼニッツァーの力は、失いたくないのだろう。

そして、城で猫を飼う、という件については、貴族院と陛下の許可を持って、特例として承認されることとなった。

原則・・、城内に生き物を持ち込むのは禁止】という法案にしておいて良かった。
おかげで、特例が認められるというものだ。
まさか、城で猫を飼うことになるとは思わなかったけれど、万が一に備え、法の抜け穴を用意しておいてよかった。
過去の私の機転に感謝である。



そして──戴冠式を終え、長い夏が終わった。

秋になり、王族専用庭園ロイヤルガーデンでは、旬を迎えたアネモネが咲き誇っている。

今は、ルカの休憩時間に私も付き合い、庭園を散策することになったのだった。
アネモネ花壇の前で、私はルカに尋ねた。

「ルカは……あなたに番が現れたら、どうしますか?」

敬称を取り外したのは、彼に乞われたからだ。
『あなたにそう呼ばれるのは落ち着かない』と言われ、私は彼とふたりきりの時だけ、彼をルカと呼ぶ。

そして彼もまた、砕けた物言いで話すようになった。

ルカは、私の言葉に驚いたようだった。
だけどすぐに苦笑する。

「番?そんなものはいないよ」

『そんなものはいないよ』……!?

その言葉に、私は混乱した。

(……!?!?と、いうことは……番というシステムがそもそも存在しない、ということ?)

いいえ、でも彼は、竜体は番にしか見せないと言ったはずよ……。混乱していると、ルカが、困ったように苦笑した。

「すまない、混乱させてしまったな。もっと言うと、俺は番という存在に懐疑的なんだ」

「それは……なぜですの?」

「歴代当主の日記を読んだことがある。……そして、それを読んで思ったことなんだけど」

彼はそこで言葉を切った。
それから、悩むようにしながらアネモネの花を見る。

「恐らく彼らは、一目惚れを番と称しているように思う」

「それは……」

そんなこと、あるのかしら?

「番だと証明する公的書類はない。存在するのは当事者の発言と、認識だけ。……一目見て、相手を欲しいと思うのは、一目惚れと同じでしょう」

「──」

彼の言葉は、何とも辛辣で、切って捨てるようだった。
その言葉に、思わず笑みをこぼす。

(ルカらしい、といえばらしいけど)


王妃の席に戻ることに、私はひとつだけ懸念があった。
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