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4.(元)悪妃は余暇を楽しむ
素敵な思い出で、上書きされたもの。
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それは、この髪だ。
髪を切ったことに、後悔はない。
だけど社交界でこれは、やはり目立ちすぎる。
悩んでいると、ルカがあっさり言った。
『短い髪を次の流行りにしてしまえばよろしいのでは?』と。
大胆不敵な発言に一瞬、瞬いたけれど──その言葉に、背を押された。
彼は、可能だと思っているからこそ、そう言っているのだろう。
彼は希望的観測、あるいは現実味のない慰めを口にするひとではない。
その言葉をきっかけに、私はふたたび王妃の席につくことを決めたのだった。
(……きっと私が、彼の竜体を見て狂わなかったのは、私が前世の記憶を持っているから)
恐らく、それが大きい理由な気がする。
私は狂っていない……と、思う。
断言はできないけれど、大きな変化はないはずだ。侍女や騎士からも、なにか言われることもなかったもの。
私の魂は、純粋なレヴィアタン産ではない。
過去の、前世の魂もきっと、混ざりあっている。
だからこそ、私は彼の影響を受けていないのでは、と私は推測していた。
「だから」と、ルカが言葉を続ける。
現実に意識を引き戻された私は、顔を上げた。
赤いアネモネを手折ったルカが、そっとそれを私の髪に挿して言った。
「竜の愛を、番だと称するなら──俺の番はあなただと思う。クレメンティーナ。俺はあなたに、そうなってほしい」
……暴論だわ。
ルカの言葉に私はまた、笑みを零した。
番というのは、目にした瞬間、こう、直感のようにビリビリと感じるものなのではないだろうか。
少なくとも、ルカとは三年前に出会っている。
当時の私たちは、間違いなく同じ職場で働く同僚だった。
だからきっと、彼の番は私ではない。
だけど、そう言ってくれる彼の気持ちが嬉しかった。
顔を上げると、一面のアネモネが目に映った。
──以前、愛を語らう夫と、その愛人の姿を、ここで見た。
黒の髪は恐ろしいと言われ、赤の瞳は血のようだ、と彼らは言っていた。
その言葉に、確かに私は傷ついた。
(その後のトラブルで有耶無耶になったけれど……それでも、傷つかなかったわけじゃない)
確かにあれは、嫌な記憶として、私の記憶に刻まれたのである。
だから私は、あんなに好きだったアネモネ花壇にそれ以来近づくことはしなかった。
だけど──。
もう、そんな心配もなさそうだ。
(……だって素敵な思い出で、上書きされたもの)
私は、髪に指してもらったアネモネの花を手で抑えながら、彼に言った。
「ありがとう、ルカ。……私も。私の愛もあなたに、捧げたい、とそう思っています」
頬に、僅かな熱が灯る。
情熱的な恋はないけれど。
信頼を伴う愛ならある。
このひとなら信じられる、という思いが。
このひとを信じたい、という思いが。
そして、このひとを幸せに──
ううん、このひとと、幸せになりたい、という思いが、確かにあった。
「……私に幸福を贈ってくださって、ありがとう」
城の一室で飼われている猫ちゃんは、全部で五匹。
クラウゼニッツァーで子猫が生まれたので、その子たちを引き取ったのだ。
朝起きて挨拶、寝る前に猫を吸う。
私の生活は満ち溢れている。
それを贈ってくれたのは、ルカだ。
「早く、部屋に戻りましょう?今ならおやつの時間に間に合うかも」
そう言うと、ルカが懐中時計を取りだして、時間を確認した。そして、その通りだと思ったのだろう。彼は頷いて言った。
「そうだね、今なら間に合うな。俺はあと十分で休憩が終わるからすぐ戻らないといけないが」
「お手伝いしますわ。私に出来ることはあります?」
そう言ってから、なんだか三年前のやり取りを思わせる会話だな、と思った。
そう思ったのは私だけではなかったようで、ルカも微かに微笑んだ。
そして、私たちは赤いアネモネが鮮やかに咲き誇る庭園を後にした。猫ちゃんたちの待つ部屋へ向かったのである。
fin.
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
お読みいただきありがとうございました!
夏なので少しホラーチックのお話にしました。
本当はニュンペーでクレメンティーナとルカが猫カフェを開く話にしようと思っていたのに…。消化不良なので、番外編で書きたいです。
途中、更新に間が空いたにもかかわらず最後までお付き合いくださった皆様に感謝です。お陰様で最後まで書き終えることが出来ました。
♡やエールもありがとうございました、とても励みになりました。
またどこかでお会いできますように!
髪を切ったことに、後悔はない。
だけど社交界でこれは、やはり目立ちすぎる。
悩んでいると、ルカがあっさり言った。
『短い髪を次の流行りにしてしまえばよろしいのでは?』と。
大胆不敵な発言に一瞬、瞬いたけれど──その言葉に、背を押された。
彼は、可能だと思っているからこそ、そう言っているのだろう。
彼は希望的観測、あるいは現実味のない慰めを口にするひとではない。
その言葉をきっかけに、私はふたたび王妃の席につくことを決めたのだった。
(……きっと私が、彼の竜体を見て狂わなかったのは、私が前世の記憶を持っているから)
恐らく、それが大きい理由な気がする。
私は狂っていない……と、思う。
断言はできないけれど、大きな変化はないはずだ。侍女や騎士からも、なにか言われることもなかったもの。
私の魂は、純粋なレヴィアタン産ではない。
過去の、前世の魂もきっと、混ざりあっている。
だからこそ、私は彼の影響を受けていないのでは、と私は推測していた。
「だから」と、ルカが言葉を続ける。
現実に意識を引き戻された私は、顔を上げた。
赤いアネモネを手折ったルカが、そっとそれを私の髪に挿して言った。
「竜の愛を、番だと称するなら──俺の番はあなただと思う。クレメンティーナ。俺はあなたに、そうなってほしい」
……暴論だわ。
ルカの言葉に私はまた、笑みを零した。
番というのは、目にした瞬間、こう、直感のようにビリビリと感じるものなのではないだろうか。
少なくとも、ルカとは三年前に出会っている。
当時の私たちは、間違いなく同じ職場で働く同僚だった。
だからきっと、彼の番は私ではない。
だけど、そう言ってくれる彼の気持ちが嬉しかった。
顔を上げると、一面のアネモネが目に映った。
──以前、愛を語らう夫と、その愛人の姿を、ここで見た。
黒の髪は恐ろしいと言われ、赤の瞳は血のようだ、と彼らは言っていた。
その言葉に、確かに私は傷ついた。
(その後のトラブルで有耶無耶になったけれど……それでも、傷つかなかったわけじゃない)
確かにあれは、嫌な記憶として、私の記憶に刻まれたのである。
だから私は、あんなに好きだったアネモネ花壇にそれ以来近づくことはしなかった。
だけど──。
もう、そんな心配もなさそうだ。
(……だって素敵な思い出で、上書きされたもの)
私は、髪に指してもらったアネモネの花を手で抑えながら、彼に言った。
「ありがとう、ルカ。……私も。私の愛もあなたに、捧げたい、とそう思っています」
頬に、僅かな熱が灯る。
情熱的な恋はないけれど。
信頼を伴う愛ならある。
このひとなら信じられる、という思いが。
このひとを信じたい、という思いが。
そして、このひとを幸せに──
ううん、このひとと、幸せになりたい、という思いが、確かにあった。
「……私に幸福を贈ってくださって、ありがとう」
城の一室で飼われている猫ちゃんは、全部で五匹。
クラウゼニッツァーで子猫が生まれたので、その子たちを引き取ったのだ。
朝起きて挨拶、寝る前に猫を吸う。
私の生活は満ち溢れている。
それを贈ってくれたのは、ルカだ。
「早く、部屋に戻りましょう?今ならおやつの時間に間に合うかも」
そう言うと、ルカが懐中時計を取りだして、時間を確認した。そして、その通りだと思ったのだろう。彼は頷いて言った。
「そうだね、今なら間に合うな。俺はあと十分で休憩が終わるからすぐ戻らないといけないが」
「お手伝いしますわ。私に出来ることはあります?」
そう言ってから、なんだか三年前のやり取りを思わせる会話だな、と思った。
そう思ったのは私だけではなかったようで、ルカも微かに微笑んだ。
そして、私たちは赤いアネモネが鮮やかに咲き誇る庭園を後にした。猫ちゃんたちの待つ部屋へ向かったのである。
fin.
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
お読みいただきありがとうございました!
夏なので少しホラーチックのお話にしました。
本当はニュンペーでクレメンティーナとルカが猫カフェを開く話にしようと思っていたのに…。消化不良なので、番外編で書きたいです。
途中、更新に間が空いたにもかかわらず最後までお付き合いくださった皆様に感謝です。お陰様で最後まで書き終えることが出来ました。
♡やエールもありがとうございました、とても励みになりました。
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