〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。

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伯爵令嬢の責務

4.王女の逃亡

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獣王が復活した。
その報告を受けた私は、グレイと共に被害の確認のため、奔走することとなる。

そして──王都では、獣王の目覚めを聞いた貴族院が、今こそ聖女の生まれ変わりである王女殿下の出番だと王に奏上したらしい。

国王陛下は心情はどうあれ、散々聖女と持て囃してきた手前、王女を匿うことは無理だと悟ったのだろう。

聖女の生まれ変わりと謳われてきた王女殿下は王都を出立した。
そして、獣王の所在地、グルーバー領へ向かうことになったのだ。

「王女殿下は勇ましく王城を発ち、護衛騎士アンドリューはそれに従った……ね」

私は、新聞に記された文章を読み上げた。

グレイと共にピュリフィエの被害の対処をして、一ヶ月。
獣王は縦横無尽に暴れると、グルーバー領地の中央の廃城に立て篭った。

別邸の食堂に放りっぱなしの新聞を手に取り、私はため息を吐いた。

獣王が現れた。復活した。
聖女伝説は、真実だったのだ。

誰も信じていなかった、偽りの伝説。
あれは嘘ではなかったのだ。作り話ではなかったのだ。

今まで誰もそんなもの、本気にしていなかった。
誰もが、眉唾物だと言っていたのに。

今や、王女殿下は国を救う救国の聖女。
民は、今までお飾りに過ぎなかった【聖女の生まれ変わり】という称号を有難るようになったのだ。

新聞に記されていた年月は、先月のものだった。
恐らく王女殿下はもう、このあたりに辿り着いているだろう。

救国の聖女となるか。
あるいは──

私は、新聞をテーブルに放った。

真に、王女殿下が聖女の生まれ変わりなら、私は必要ない。
私が今までしたことは無駄だったことになる。

だけど、私はそのどちらでも良かった。
正しく獣王がふたたび封じられる、あるいは消滅させられるのなら。
その過程は、さほど重要では無いからだ。

(それより、グルーバー領の被害の方が深刻だわ……)

幸い、重傷者こそ出なかったものの獣王は滅茶苦茶に暴れたとのことで、家屋は倒され、畑は踏み潰された。
領民の生活を立て直すのは、そう簡単なことでは無い。
王家からの援助も、あまり期待できないだろう。

獣王はひとしきり暴れて落ち着いたのか、今は活動停止している。
だけどまた活動し始めたら、今度こそ、まずい。

そうなる前に、私は──。

「よし。支度をしましょう」

グレイは連日、領民からの報告を受け、尚且つ彼らに指示を出し、閣下への連絡もしている。
ここ最近、彼とはまともに顔を合わせていない。
おそらく、グレイは寝る間も惜しんで被害の対応に当たっているはずだ。


グレイは忙しい。
だから、行くのは私ひとりだけ。

(……魔法水の作成が間に合ってよかった)

準備ならこの三年間、ずっとしてきた。
この三年の努力を、決して無駄にはしない。

私はメイドを呼ぶと、出かける旨を伝え、動きやすいワンピースを用意してもらった。
長い髪は纏め、リボンで一括りにする。
鏡に映った私は、私らしからぬ深刻な顔をしていた。

「……大丈夫。大丈夫よ」

自分に言い聞かせるようにしながら、私は鏡の中の自分に笑いかけた。

メイドが用意した若草色のワンピースを着ると、私はすぐに獣王討伐の準備を進めた。

まさかこのタイミングで獣王が復活するとは思わなかった。
だから、ほとんどの魔法水は魔法学院に置いてきてしまっていた。

だけど、先日作成したばかりの魔法水これがあれば、話は違う。
それに、手持ちのもので急ごしらえの魔法水は作成できた。

(後は……)

手提げ鞄に必要なものを詰めていった私は、そこで自分の手が震えていることに気がついた。

「…………」

私はそっと、自分の指の震えを、手で包むようにして押さえ込んだ。

五百年前に封印された、幻の獣。

図鑑には、鋭い角に大きな牙、固い毛皮で覆われた巨躯が描かれていた。
近くにひとの姿も書かれていたが、その十倍ほどの大きさだろうか。

死ぬかもしれない。
私の今までの努力は何の意味もなく、無駄に過ぎないかもしれない。
獣王の前に為す術もなく、わたしはしぬことになるかもしれない。

私が居なくても、王女殿下が何とかしてくれるかも──。

それでも、私は行くことを選んだ。

(こうなる、かもしれない・・・・・・ことはもうずっと前から知っていたじゃない)

獣王が復活する可能性があるからこそ、私はこの三年間を魔法学に捧げたのだから。

私は、貴族の娘で、魔法を学べる環境にある。

私は昔から魔法学に興味があった。
そして、それを生かせる環境を求めた。

『お父様、この悪い獣はもう現れないの?』
『そうだよ。たとえ現れたとしても、王女殿下が何とかしてくれるからね』

遠い昔、お父様がそう答えた。
その時、私は違和感を覚えた。

今になって、その意味が分かる。
私はきっと、思ったのだ。

『本当に、王女殿下ひとりに任せてしまっていいの?』

と。
もし、彼女に聖女の力がなければ──
それは、破滅を意味するのではないだろうか。




家を出ようとした時、誰かとぶつかった。
それは、

「グレイ……!?」

ここ一週間ほど、まともに顔を合わせていない私の婚約者だった。
彼は、珍しく焦った顔をしていた。
私を見ると、ホッとしたように息を吐き、言った。

「良かった。いるな、アデル」

「どうしたの?そんな慌てて」

「ああ。落ち着いて聞いてくれ。王女殿下だが──」

彼はそこで言葉を切ると、実にいいにくそうに言った。

「……逃亡したようだ」
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