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伯爵令嬢の責務
5.死亡フラグ
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「…………逃亡!?」
思わず、私は叫ぶように言っていた。
グレイは深いため息を吐くと、そのまま玄関ホールに入った。
見れば、彼は外套を纏っており、それは水気を含んでいる。
昨夜は、雨だった。
恐らく、昨夜は邸に戻らなかったのだろう。
慌ててやってきた侍従からタオルを受け取ると、グレイは髪を拭きながら言った。
「もう少しでピュリフィエに到着する予定だった王女殿下だが、突然行方不明になったらしい」
「な……」
絶句すると、グレイは淡々と言葉を続けた。
「だが、無事見つかった」
「見つかったのね……」
彼は、私の言葉に頷いて答えた。
「ああ。無事見つかった王女はだいぶ錯乱していたようだが、強制的に廃城まで移送されたらしい」
「──」
強制的に……それは、言葉通りなのだろう。
移送、と言うくらいなのだから。
その様子を想像した私は、眉を寄せた。
「……」
聖女の生まれ変わりである王女殿下を担ぐことしか出来ないセイクレッドの民。
今までその称号を得ていたからこそ、自由を許されていたというのに、その責務を放棄する王女。
そのどちらにも、苦い感情が込み上がる。
沈黙する私に、グレイが言った。
「獣王のいる廃城にふたりまとめて放り込んだまではいいが、時を置かずに王女殿下は廃城から脱走。護衛騎士のアンドリューは……」
そこで、彼は珍しく言い淀んだ。
顔を上げれば、言いにくそうにしている……というよりも、言葉に悩んでいる、ような。
不思議に思って彼を見れば、私の視線に気がついたグレイが答えた。
「いや、それよりもまずは、王女殿下だ。城から出てきた彼女は、様子がおかしかったらしい。錯乱しているのだろうが、とにかく酷いものだったそうだ」
「酷い……というのは?」
「従者への罵詈雑言と、不平不満のオンパレード。文句ばかりで喚き散らし、とても王女とは思えないほどに発狂した……と報告で聞いている」
「!?」
それは流石に、想像していなかった。
(あの王女殿下が……!?)
おっとりと、淑やか。
淑女の【可愛らしさ】というものをそのまま体現しているような女性の、彼女が。
あの夜会の日のように騒いだのだろうか……。
(なりふり構っていられなかったのかしら……)
とはいえ、今はそれどころではない。
王女殿下が逃亡した、ということは──
「王女殿下に聖女の力はなかった……?」
「そう見ていいだろうな。しかも、彼女が接触したことで、獣王が目覚めた」
事態は私が思っているよりもずっと、最悪のようだった。
その後、グレイは私の格好と手提げ鞄を見て、私がしようとしていたことを悟ったらしい。
「待て、俺も行く」
短くそれだけ言うと、さっさと用意を済ませてしまった。
止める間もない。
驚きに瞬いていると、グレイが怪訝そうに私を見た。
「何だ?」
「あなた……何を言っているか分かっているの?相手は、伝説上の怪物よ。死ぬかもしれないのよ!?」
「それはきみも同じだろう?」
それはそう、なのだけれど。
でも、だって、グレイは。
「あなたは公爵家の嫡男でしょう……!?あなた、言ったじゃない。あなたの代わりはいない、って。あなたがいなければ、グルーバー公爵家の正当性が──」
私は、いいのだ。
覚悟していたことだし、今更止める気もない。
グルーバー公爵家に嫁ぐことが決まり、伯爵家の爵位継承者はアンジーとなった。
元々、継承権は私にも、アンジーにも与えられていたのだ。
お母様は、最初から私たちの意思に任せるつもりだったらしい。
だから、私自身には問題がないのだけど。
グレイはそうも言っていられないだろう。
何せ彼は、大切なグルーバー公爵家の唯一の子供。
失われるようなことがあったら──。
言い募る私に、諭すように反論したのは、グレイだった。
彼は、執事が持ってきた薄手の上着に手を通しながら言った。
「言ったはずだ。グルーバーの咎は、一族のものが請け負うものだと」
「そうだけど──」
「それに」
グレイは、上着の襟を直しながら言った。
「俺を、婚約者ひとりで危地に行かせるような男にさせないでくれ。俺は、俺なりにきみを大切に思っている。大事にしたいと、そう思っている。……きみの婚約者として、夫になる男として、きみを守らせてくれないか」
「──」
その言葉に、息を呑む。
今、グレイは何を──。
唖然としていると、彼が苦笑した。
「……その様子だとどうやら、俺の気持ちは全く伝わっていなかったようだな」
「っ……!…………!」
その言葉を聞いて、私はようやく彼が何を言ったのかを理解した。
はくはくと口を開いては閉じて、そんな動作を繰り返した私は結果、俯いた。
(だって……)
「何で今、そういうこと言うのよ……!」
「今言わなければいつ言うんだ?」
グレイの声は恐ろしいくらいいつも通りだ。
彼には、照れという概念がないのかもしれない。
俯いた私は、床に敷かれたカーペットを睨みつけながら、強く言った。
「そうだけど!そうかもしれないけど……!でもそれ、まるで──」
──死に行くみたいじゃない!?
私、知ってるのよ。
ピュリフィエで過ごして一ヶ月。
滞在してわずかだけど、市井の言葉も少しだけ学んだ。
グレイのその言葉は、そう。
死亡フラグって言うのよ……!!
思わず、私は叫ぶように言っていた。
グレイは深いため息を吐くと、そのまま玄関ホールに入った。
見れば、彼は外套を纏っており、それは水気を含んでいる。
昨夜は、雨だった。
恐らく、昨夜は邸に戻らなかったのだろう。
慌ててやってきた侍従からタオルを受け取ると、グレイは髪を拭きながら言った。
「もう少しでピュリフィエに到着する予定だった王女殿下だが、突然行方不明になったらしい」
「な……」
絶句すると、グレイは淡々と言葉を続けた。
「だが、無事見つかった」
「見つかったのね……」
彼は、私の言葉に頷いて答えた。
「ああ。無事見つかった王女はだいぶ錯乱していたようだが、強制的に廃城まで移送されたらしい」
「──」
強制的に……それは、言葉通りなのだろう。
移送、と言うくらいなのだから。
その様子を想像した私は、眉を寄せた。
「……」
聖女の生まれ変わりである王女殿下を担ぐことしか出来ないセイクレッドの民。
今までその称号を得ていたからこそ、自由を許されていたというのに、その責務を放棄する王女。
そのどちらにも、苦い感情が込み上がる。
沈黙する私に、グレイが言った。
「獣王のいる廃城にふたりまとめて放り込んだまではいいが、時を置かずに王女殿下は廃城から脱走。護衛騎士のアンドリューは……」
そこで、彼は珍しく言い淀んだ。
顔を上げれば、言いにくそうにしている……というよりも、言葉に悩んでいる、ような。
不思議に思って彼を見れば、私の視線に気がついたグレイが答えた。
「いや、それよりもまずは、王女殿下だ。城から出てきた彼女は、様子がおかしかったらしい。錯乱しているのだろうが、とにかく酷いものだったそうだ」
「酷い……というのは?」
「従者への罵詈雑言と、不平不満のオンパレード。文句ばかりで喚き散らし、とても王女とは思えないほどに発狂した……と報告で聞いている」
「!?」
それは流石に、想像していなかった。
(あの王女殿下が……!?)
おっとりと、淑やか。
淑女の【可愛らしさ】というものをそのまま体現しているような女性の、彼女が。
あの夜会の日のように騒いだのだろうか……。
(なりふり構っていられなかったのかしら……)
とはいえ、今はそれどころではない。
王女殿下が逃亡した、ということは──
「王女殿下に聖女の力はなかった……?」
「そう見ていいだろうな。しかも、彼女が接触したことで、獣王が目覚めた」
事態は私が思っているよりもずっと、最悪のようだった。
その後、グレイは私の格好と手提げ鞄を見て、私がしようとしていたことを悟ったらしい。
「待て、俺も行く」
短くそれだけ言うと、さっさと用意を済ませてしまった。
止める間もない。
驚きに瞬いていると、グレイが怪訝そうに私を見た。
「何だ?」
「あなた……何を言っているか分かっているの?相手は、伝説上の怪物よ。死ぬかもしれないのよ!?」
「それはきみも同じだろう?」
それはそう、なのだけれど。
でも、だって、グレイは。
「あなたは公爵家の嫡男でしょう……!?あなた、言ったじゃない。あなたの代わりはいない、って。あなたがいなければ、グルーバー公爵家の正当性が──」
私は、いいのだ。
覚悟していたことだし、今更止める気もない。
グルーバー公爵家に嫁ぐことが決まり、伯爵家の爵位継承者はアンジーとなった。
元々、継承権は私にも、アンジーにも与えられていたのだ。
お母様は、最初から私たちの意思に任せるつもりだったらしい。
だから、私自身には問題がないのだけど。
グレイはそうも言っていられないだろう。
何せ彼は、大切なグルーバー公爵家の唯一の子供。
失われるようなことがあったら──。
言い募る私に、諭すように反論したのは、グレイだった。
彼は、執事が持ってきた薄手の上着に手を通しながら言った。
「言ったはずだ。グルーバーの咎は、一族のものが請け負うものだと」
「そうだけど──」
「それに」
グレイは、上着の襟を直しながら言った。
「俺を、婚約者ひとりで危地に行かせるような男にさせないでくれ。俺は、俺なりにきみを大切に思っている。大事にしたいと、そう思っている。……きみの婚約者として、夫になる男として、きみを守らせてくれないか」
「──」
その言葉に、息を呑む。
今、グレイは何を──。
唖然としていると、彼が苦笑した。
「……その様子だとどうやら、俺の気持ちは全く伝わっていなかったようだな」
「っ……!…………!」
その言葉を聞いて、私はようやく彼が何を言ったのかを理解した。
はくはくと口を開いては閉じて、そんな動作を繰り返した私は結果、俯いた。
(だって……)
「何で今、そういうこと言うのよ……!」
「今言わなければいつ言うんだ?」
グレイの声は恐ろしいくらいいつも通りだ。
彼には、照れという概念がないのかもしれない。
俯いた私は、床に敷かれたカーペットを睨みつけながら、強く言った。
「そうだけど!そうかもしれないけど……!でもそれ、まるで──」
──死に行くみたいじゃない!?
私、知ってるのよ。
ピュリフィエで過ごして一ヶ月。
滞在してわずかだけど、市井の言葉も少しだけ学んだ。
グレイのその言葉は、そう。
死亡フラグって言うのよ……!!
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