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伯爵令嬢の責務
9.言いたいことがある
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「ゲホッ」
その瞬間、グレイが噎せた。
あまりに驚いたのか、その手からせっかく纏めた紙の束が落ちる。
紙の束は空中で解け、カーペットの上にバサバサと広がった。
(……グレイがこんなに露骨に動揺するところを見るのは、初めてかも)
そう思いながら私は、意外な程動揺していなかった。
恐らく、私以上に動揺しているひとが、目の前にいるからだろう。
ひとは、自分より焦っているひとを見ると、冷静になる、と言われている。
そんな、自分の思考についても分析しながら私は、足元まで歩いてきたトゥナを抱き上げた。
「最初は契約だったけど……いいえ。そもそも、好意がなければそんな契約持ちかけるわけがなかったんだわ」
トゥナを抱き上げ、その小さな頭を撫でる。
トゥナはごろごろと鳴いた。
うーん……。
特別猫好き、というわけではなかったけれど。
これは考えを改めなければならないわね……。
そんなことを考えながら、私はぽつり、ぽつりと自身の思いを口にした。
ここ最近、ずっと考えていたことを。
……流石に、恥ずかしいからグレイを見て言うことは出来なかったけれど。
「……契約婚約をあなたに提案したあの時から。きっと、私はあなたに好意を抱いていたのだと思うわ。……これは、アンドリューに不誠実かしら」
あの時、私はアンドリューとの婚約を解消してすぐだった。
婚約者がいるのに、他の男性に惹かれるなんて、不誠実極まりない。
(アンドリューのこと言えないじゃない……)
苦笑すると、それまで聞き手に徹していたグレイが短く言った。
「あんな男に誠実さを捧げる必要は無いだろ」
「…………」
彼らしい言葉に、私は小さく笑った。
私は、きっと、彼のこう言うところに惹かれたのだ。
ハッキリとした物言い。
本心を偽らない言葉。
彼の言葉はいつだって正直で、真っ直ぐだ。
魔法学院にいた時は、『言葉数が少ないひとだから、何を考えているか分かりにくい』と思ったものだけど、話はとても単純だった。
グレイを知るなら、言っていることより、その行動をみればいいだけのことだった。
私は、トゥナを抱え直すと、トゥナに言った。
「そうかしら?そうかも。……さ、トゥナ。おやつの時間にしましょうか」
目が合うと、トゥナが元気よく鳴いた。
「にゃー!」
(本当に、猫そのもの)
恐らく獣王は、虎とか、豹とかその類の獣だったのだろう。つまり、ネコ科。
トゥナを抱き上げたまま、踵を返してその場を逃走しようとすると、腕を掴まれた。
この場にはグレイしかいないので、もちろん、彼に。
「っ……」
本心を口にしたことに動揺は、してはいない。
冷静さもあると自負している。
だけど──流石に、恥ずかしい、のだ。
(だって、ひとに告白したのはこれが初めてだもの)
羞恥が込み上げてきて、じりじりと私の頬は熱を持つ。
私を見上げるトゥナのつぶらな瞳が、妙に突き刺さって辛い。
俯いてグレイからの視線を避けていると、彼の淡々とした声が聞こえて来た。
「待て。俺もきみに言いたいことがある」
「なに──」
「その感情が、きみだけのものだと思わないでくれ」
「──」
その声が彼らしくもない、どこか思い悩むようなものだったから。
思わず顔をあげると同時、くちびるに柔らかい感触を受けた。
「──!?」
「っ……!」
目を見開いた。
くちびるに、柔らかな感触。
目の前には、グレイが。
ということは、つまり──
(今のは、キス──)
「っ……!!」
恐らく、グレイは私の額に口付けをするつもりだったのだろう。
だけど私がいきなり顔を上げたものだから、座標がズレてくちびるに当たってしまったのだ。
「……っ。──っ……!」
何をいえばいいか分からず、はくはくと口を開閉する。驚きだけが駆け抜けていく。
至近距離で視線が交わる。
グレイも、相当驚いたようだ。
これ以上ないほど彼は目を見開き──
「っ……」
ふい、と彼は目を逸らした。
じわじわと、その目尻が赤く染まっていく。
それで、恥ずかしさを覚えているのは私だけではない、と知った。
「先に、食堂に行ってる」
硬い声で言うと、グレイは私からひょいっとトゥナを取っていってしまった。
トゥナを抱いたグレイが執務室を出ていく。その後ろ姿を見ながら、私は思わず──
「……ずるい」
ずるずると、その場にへたりこんでしまった。
その瞬間、グレイが噎せた。
あまりに驚いたのか、その手からせっかく纏めた紙の束が落ちる。
紙の束は空中で解け、カーペットの上にバサバサと広がった。
(……グレイがこんなに露骨に動揺するところを見るのは、初めてかも)
そう思いながら私は、意外な程動揺していなかった。
恐らく、私以上に動揺しているひとが、目の前にいるからだろう。
ひとは、自分より焦っているひとを見ると、冷静になる、と言われている。
そんな、自分の思考についても分析しながら私は、足元まで歩いてきたトゥナを抱き上げた。
「最初は契約だったけど……いいえ。そもそも、好意がなければそんな契約持ちかけるわけがなかったんだわ」
トゥナを抱き上げ、その小さな頭を撫でる。
トゥナはごろごろと鳴いた。
うーん……。
特別猫好き、というわけではなかったけれど。
これは考えを改めなければならないわね……。
そんなことを考えながら、私はぽつり、ぽつりと自身の思いを口にした。
ここ最近、ずっと考えていたことを。
……流石に、恥ずかしいからグレイを見て言うことは出来なかったけれど。
「……契約婚約をあなたに提案したあの時から。きっと、私はあなたに好意を抱いていたのだと思うわ。……これは、アンドリューに不誠実かしら」
あの時、私はアンドリューとの婚約を解消してすぐだった。
婚約者がいるのに、他の男性に惹かれるなんて、不誠実極まりない。
(アンドリューのこと言えないじゃない……)
苦笑すると、それまで聞き手に徹していたグレイが短く言った。
「あんな男に誠実さを捧げる必要は無いだろ」
「…………」
彼らしい言葉に、私は小さく笑った。
私は、きっと、彼のこう言うところに惹かれたのだ。
ハッキリとした物言い。
本心を偽らない言葉。
彼の言葉はいつだって正直で、真っ直ぐだ。
魔法学院にいた時は、『言葉数が少ないひとだから、何を考えているか分かりにくい』と思ったものだけど、話はとても単純だった。
グレイを知るなら、言っていることより、その行動をみればいいだけのことだった。
私は、トゥナを抱え直すと、トゥナに言った。
「そうかしら?そうかも。……さ、トゥナ。おやつの時間にしましょうか」
目が合うと、トゥナが元気よく鳴いた。
「にゃー!」
(本当に、猫そのもの)
恐らく獣王は、虎とか、豹とかその類の獣だったのだろう。つまり、ネコ科。
トゥナを抱き上げたまま、踵を返してその場を逃走しようとすると、腕を掴まれた。
この場にはグレイしかいないので、もちろん、彼に。
「っ……」
本心を口にしたことに動揺は、してはいない。
冷静さもあると自負している。
だけど──流石に、恥ずかしい、のだ。
(だって、ひとに告白したのはこれが初めてだもの)
羞恥が込み上げてきて、じりじりと私の頬は熱を持つ。
私を見上げるトゥナのつぶらな瞳が、妙に突き刺さって辛い。
俯いてグレイからの視線を避けていると、彼の淡々とした声が聞こえて来た。
「待て。俺もきみに言いたいことがある」
「なに──」
「その感情が、きみだけのものだと思わないでくれ」
「──」
その声が彼らしくもない、どこか思い悩むようなものだったから。
思わず顔をあげると同時、くちびるに柔らかい感触を受けた。
「──!?」
「っ……!」
目を見開いた。
くちびるに、柔らかな感触。
目の前には、グレイが。
ということは、つまり──
(今のは、キス──)
「っ……!!」
恐らく、グレイは私の額に口付けをするつもりだったのだろう。
だけど私がいきなり顔を上げたものだから、座標がズレてくちびるに当たってしまったのだ。
「……っ。──っ……!」
何をいえばいいか分からず、はくはくと口を開閉する。驚きだけが駆け抜けていく。
至近距離で視線が交わる。
グレイも、相当驚いたようだ。
これ以上ないほど彼は目を見開き──
「っ……」
ふい、と彼は目を逸らした。
じわじわと、その目尻が赤く染まっていく。
それで、恥ずかしさを覚えているのは私だけではない、と知った。
「先に、食堂に行ってる」
硬い声で言うと、グレイは私からひょいっとトゥナを取っていってしまった。
トゥナを抱いたグレイが執務室を出ていく。その後ろ姿を見ながら、私は思わず──
「……ずるい」
ずるずると、その場にへたりこんでしまった。
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