〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。

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伯爵令嬢の責務

10.本当の意味

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その夜、私は夢を見た。
アンドリューと王女殿下の不貞の現場を目の当たりにした私は、彼に問いただした。

『先日、王女殿下と逢引をしていらした?』

アンドリューの回答は、私の記憶にある通り。
彼はペラペラと楽しげに自分の意見を口にした後、言った。

『あなたも貴族の娘ならわかるだろう?あなたにも、僕にも、貴族としての責任を果たす義務がある』

ええ、そうね。
だから、私は頷いて答えたの。

これは、夢だ。
夢だからこそ、あの時、私が言いたかった言葉を。
今だからこそ言える言葉を、口にする。

『私は、果たしたわ。私は私の、貴族の責務ノブレス・オブリージュを』

それに、アンドリューは驚いた顔をした。

夢は、そこで終わった。




目が覚めて、私はゆっくりとまつ毛を持ち上げた。
カーテンの隙間から細く、朝日が入り込んできている。
時計を見ると、朝の四時を示していた。

「……どうして、今になってあんな夢を」

アンドリューは、退行と再生の呪いで、精神に混乱を来たしているという。
まともな会話はほぼ成り立たない上、突然赤子になってしまうこともあるのだ。
その憔悴っぷりは激しく、使用人ですら参ってしまうほどだという。

彼はロッドフォード公爵に、療養と称して辺境の別邸に移り住むことになったそうだ。
彼が、赤子に戻るまであと四ヶ月。

赤子に戻ったあとは、普通の人間と同じように、一年に一歳、歳をとることになるらしい。
アンドリューとして培った教養、知識、常識、記憶、全てを失って、ゼロからスタートすることになるのだ。

十年後、二十年後、ふたたび彼と会っても、きっともうその時の彼は、私のことを覚えていないだろう。


私は、ふたたび眠ろうと目を閉じたが、目が冴えてしまってなかなか寝付けない。

眠ることは諦め、かなり早い時間だが、食堂へと向かった。
キッチンメイドすらまだ起き出していない時間帯だろうけど、ミルクくらいなら私でも温めることができる。
眠れないので、ホットミルクでも飲もうかと思ったのだ。

食堂に降りると、意外なひとに出会った。

それは、私の婚約者である。

「グレイ……」

彼は紅茶を飲みながら新聞を読んでいたようだった。
私に気がつくと、驚いたように僅かに目を見開いた。

珍しく、その髪は下ろされたままだ。

彼は首をかしげ、私を見た。

「珍しいな。早朝から用事でもあるのか?」

私は、彼の隣に座った。
同時に、グレイが席を立つ。

「紅茶で構わないか?」

「あ、自分でやるからいいのに」

「いや、こういったことには慣れてるんだ。だいぶ不規則な生活を送っているからな」

「……不規則?」

紅茶を淹れて戻ってきたグレイに感謝を述べて、カップを受け取る。
紅茶特有の香り豊かな匂いがする。
これはセイロンティーだ。

私が尋ねると、グレイが頷いて答えた。

「寝る時間が遅かったり、朝が早かったり、という意味だ」

「……あなたは、いつもこんな朝早くに起きているの?昨日は何時に寝たの?」

思わず、彼の健康面が心配になって質問を重ねると、グレイが苦笑した。
髪を下ろしていると、普段とは少し違って見えてる。それに、少しドキリとした。

「俺は短時間睡眠でも問題ない体質だ。必要な睡眠はとっている」

「短時間睡眠は、寿命を著しく縮める、と言われているのよ。できるだけ睡眠時間は確保した方がいいわ」

「分かった、善処する」

グレイは殊勝に頷いた。
その時、私は彼の左耳のピアスに気がついた。

それは──

「つけてくれているのね。私が贈ったピアス」

私が言うと、グレイも今気がついたように首を傾げた。
さらりと、その白髪が揺れる。

「ああ。有難く使わせてもらっている」

「良かった」

グレイに贈ったピアスは、男性が身につけるものだからと、男性でも使いやすいシンプルなものにしたのだ。
そのピアスは、一点のアメジストと、その周りを細かいダイヤモンドが覆うようなデザイン。

どうやら、気に入ってもらえたようだ。
使ってくれていることに、ホッと胸を撫で下ろした、その時。

「──」

(そうだ……!そうだわ……!!)

私はあることを思い出し、固まった。
私のその様子に気がついたグレイが、怪訝な視線を私に向けた。

「どうした?」

「いえ……。あの、あの、ね?」

私は、しどろもどろに言ったが、ここで誤魔化しても仕方ない。
私は、腹を括ることにした。

それは──

「ごめんなさい!私、知らなかったの。片耳ピアスの本当の意味を」

そう。

男性が片耳ピアスをする本当の意味は、
【愛する女性ひとがいる】というもの。

【婚約者がいる】という理由でつけるものでは無かったのだ……!!
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