〈完結〉優しくされても困ります

ごろごろみかん。

文字の大きさ
1 / 10

1

しおりを挟む

「チェリーディア、お前との婚約を破棄する!」

煌びやかな夜会。
たくさんの人の目が集まる会場で、私はたった今ローゼンハイス公爵子息から婚約破棄を叩きつけられていた。
金の巻き毛が美しいローゼンハイス公爵子息。端正な顔立ちな彼は当然、人目を引く。
私は悲しみのあまり、涙を滲ませた。

「どうしてですか……?私に至らぬ点が……」

「は、至らぬ点……だと?あるに決まってる!!私はお前のような地味でしがないブスとは結婚したくない、身の程を弁えろ!」

「ひどい……」

ついに涙をこぼす。
地味だの醜いだの彼は言うが、確かにその通りかもしれない。私はアールグレイ色の髪に、深い紫色の瞳をしている。全体的に色彩が暗い。
美しい顔立ちの彼にブス、と罵られた私は──


たいへん、興奮していた。

ぞくぞく、と快楽にも似た刺激が背筋を走る。

酷い、と涙しながらも私は興奮していた。

私は昔から、少し困った性格をしていた。
何よりも、美しい人に罵倒され、雑に扱われることに快感を覚えてしまうたちだったのだ。
妾腹の私は生まれの伯爵邸でも嫌われていて、正妻の子であるお嬢様や、奥様から度々悪しように言われてきた。
困ったことに、私は彼女達の罵倒を聞いているといつの間にかぞくぞくとした痺れにも似た快楽を覚えるようになってしまったのだ。
たぶんひとは、それをド変態と呼ぶ。
私は涙に濡れた顔を伏せた。

「ロイド様……」

「名を呼ぶな!気持ち悪い。お前のような何を考えているかわからん女などお断りだ。俺には、マリアンヌがいる。お前と違って美しい色合いを持つ美人だ」

名前が出たマリアンヌは、お嬢様のことだ。
ロイド様は驚いたことに私の姉であるマリアンヌ様を見初めたらしい。
確かに美しい人同士絵になる。

(ああ……そのふたりにゴミのように見られたら)

更には暴言をぶつけられ、ものを投げつけられ、背を押されて階段から落とされでもしたら……。きっと痛いだろう。その痛みを想像するとぞくぞくしてしまう。

私が興奮のあまり口を結んでいると、お嬢様が私を馬鹿にするように見た。銀髪に青眼のお嬢様はハッとするほど美しい。エルフの血を引いているかのよう。

「可哀想なチェリーディア。でもこれも、仕方ないことよね?お前のような陰気な女、誰が好きになるものですか」

「お嬢様……」

「喋らないでよ、耳が汚れるわ。全く、見ているだけで腹が立つ女ね」

露出の多い大胆なドレスに耳を包んだお嬢様が、偉そうにするのはとても絵になる。鞭をふるったらもっと美しいだろう。
私がぽーっとそう考えた時だった。

「これはなんの騒ぎかな、ロイド・ローゼンハイス?」

ハッと気がついてそちらを見る。
見れば、会場は水を打ったように静かになっていた。当然だ。夜会でこんな騒ぎを起こせばみなが注目する。衆目監視の中でブスと罵られた私を、周囲の人間はどう思うだろう。
可哀想に、と思うだろうか。確かに美しくないと思うだろうか。それを考えると興奮してくる。

振り返ると、長い銀髪の男性が眉を寄せてこちらに歩いてきていた。
第二王子のミュリディアス殿下だ。
長い襟足を紐でくくり背に流し、前髪は長め。いつも不機嫌そうな顔をしているが、涼やかな美貌を持つ男性だ。
彼はアイスブルーの瞳を私に向け、それからロイド様に向けた。

「ロイド・ローゼンハイス」

「ミュ、ミュリディアス殿下……」

「これは何の騒ぎかと聞いている」

「それは……」

そうだ。ここは公爵家の邸宅ではなく、王城で開かれた夜会。騒ぎを起こせば当然、王族が状況確認しに来るに決まっている。ロイド様はどうするつもりかとハラハラしながら見ると、ぱちりと目が合ったロイド様の顔が歪んだ。まるで敵を見る目で私を睨みつける。

「その女が!浅ましくも私の妻になりたいというものだから……!」

「えっ」

思わずびっくりして声が出た。
妻になりたい……たしかに、そばにおいてほしいと頼んだことはあるけれど。でも妻になりたいとは言ってないはず……。
私は|ロイド様(うつくしいひと)のそばで雑に扱われるのが何よりも至福なのだから。
悩んでいると、ミュリディアス殿下の視線がこちらに向いた。
何か言おうか口を開きかけるが、そうだ、まだ私は発言を許されてなかった、と口を閉じた。
ミュリディアス殿下はまたロイド様に視線を移す。

「……ロイド・ローゼンハイス。貴殿はチェリーディア・チェルチュアとの婚約を破棄することを望んでいる、それは合っているな?」

「殿下?」

ロイド様が狼狽えた声を出す。
しかし、ミュリディアス殿下の冷たい視線を向けれて、吃りながら答えた。

「も、もちろんです」

ロイド様の腕に、お嬢様が絡みつく。
勝ち誇った顔だ。気の強い美人には良く似合う。

「では、二家の婚約破棄を私が認めよう。私の名において、今、チェルチュア伯爵家令嬢、チェリーディア・チェルチュアと、ローゼンハイス公爵家令息、ロイド・ローゼンハイスの婚約は今この場において破棄されるものとする」

「えっ……」

ロイド様が動揺した声を出す。
どうしたのだろうか。それが目的だったのでは……?
想定外だが、婚約破棄されるであろうことは予想していたので、それについて驚きはしない。仲介にミュリディアス殿下が入ったのは驚いたが。私が目をぱちぱちさせていると、ふいに手を取られた。突然のことにバランスを崩す。

「きゃ……!?」

「では、今しがたフリーの令嬢となったチェリーディア・チェルチュアに私が婚約を申し込んでも、問題は無いな」

「………!?!?」

私は驚きのあまり目を見開いた。
目の前には、美しくも気高い美貌が。
ミュリディアス殿下は、私を見てシニカルな笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ハーレムエンドを目の当たりにした公爵令嬢

基本二度寝
恋愛
「レンニアーネ。公爵家の令嬢、その家格だけで選ばれた君との婚約を破棄する」 この国の王太子殿下が、側近を侍らせて婚約者に告げた。 妃教育のために登城したレンニアーネの帰宅時にわざわざ彼の執務室に呼びつけられて。 王太子の側に見慣れぬ令嬢もいた。 レンニアーネの記憶にないと言うことは、伯爵家以下の令嬢なのだろう。 意味有りげに微笑む彼女に、レンニアーネは憐れみを見せた。 ※BL要素を含みます。 ※タイトル変更します。旧題【ハーレムエンドが幸せな結末であるとは限らない】

再構築って簡単に出来るもんですか

turarin
恋愛
子爵令嬢のキャリーは恋をした。伯爵次男のアーチャーに。 自分はモブだとずっと思っていた。モブって何?って思いながら。 茶色い髪の茶色い瞳、中肉中背。胸は少し大きかったけど、キラキラする令嬢令息の仲間には入れなかった。だから勉強は頑張った。両親の期待に応えて、わずかな領地でもしっかり治めて、それなりの婿を迎えて暮らそうと思っていた。 ところが、会ってしまった。アーチャーに。あっという間に好きになった。 そして奇跡的にアーチャーも。 結婚するまで9年かかった。でも幸せだった。子供にも恵まれた。 だけど、ある日知ってしまった。 アーチャーに恋人がいることを。 離婚はできなかった。子供のためにも、名誉の為にも。それどころではなかったから。 時が経ち、今、目の前の白髪交じりの彼は私に愛を囁く。それは確かに真実かもしれない。 でも私は忘れられない、許せない、あの痛みを、苦しみを。 このまま一緒にいられますか?

婚約破棄でお願いします

基本二度寝
恋愛
王太子の婚約者、カーリンは男爵令嬢に覚えのない悪行を並べ立てられた。 「君は、そんな人だったのか…」 王太子は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして… ※ギャグかもしれない

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

過保護の王は息子の運命を見誤る

基本二度寝
恋愛
王は自身によく似ている息子を今日も微笑ましく見ていた。 妃は子を甘やかせるなときびしく接する。 まだ六つなのに。 王は親に愛された記憶はない。 その反動なのか、我が子には愛情を注ぎたい。 息子の為になる婚約者を選ぶ。 有力なのは公爵家の同じ年の令嬢。 後ろ盾にもなれ、息子の地盤を固めるにも良い。 しかし… 王は己の妃を思う。 両親の意向のまま結ばれた妃を妻に持った己は、幸せなのだろうか。 王は未来視で有名な卜者を呼び、息子の未来を見てもらうことにした。 ※一旦完結とします。蛇足はまた後日。 消えた未来の王太子と卜者と公爵あたりかな?

彼女(ヒロイン)は、バッドエンドが確定している

基本二度寝
恋愛
おそらく彼女(ヒロイン)は記憶持ちだった。 王族が認め、発表した「稀有な能力を覚醒させた」と、『選ばれた平民』。 彼女は侯爵令嬢の婚約者の第二王子と距離が近くなり、噂を立てられるほどになっていた。 しかし、侯爵令嬢はそれに構う余裕はなかった。 侯爵令嬢は、第二王子から急遽開催される夜会に呼び出しを受けた。 とうとう婚約破棄を言い渡されるのだろう。 平民の彼女は第二王子の婚約者から彼を奪いたいのだ。 それが、運命だと信じている。 …穏便に済めば、大事にならないかもしれない。 会場へ向かう馬車の中で侯爵令嬢は息を吐いた。 侯爵令嬢もまた記憶持ちだった。

王族との婚約破棄

基本二度寝
恋愛
【王族×婚約破棄】のショートをまとめました。 2021.01.16 顔も知らぬ婚約者に破棄を宣言した 2021.03.17 王太子を奪い王妃にまで上り詰めた女のその後 2021.03.19 婚約破棄した王太子のその後 2021.03.22 貴方は「君のためだった」などどおっしゃいますが 元ページは非公開済です。

嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした

基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。 その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。 身分の低い者を見下すこともしない。 母国では国民に人気のあった王女だった。 しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。 小国からやってきた王女を見下していた。 極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。 ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。 いや、侍女は『そこにある』のだという。 なにもかけられていないハンガーを指差して。 ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。 「へぇ、あぁそう」 夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。 今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。

処理中です...