真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 阿賀野は焦っていた。
 普段、不測の事態が起きることは多々ある。発注ミスや連絡不足、急な事故にその他雑多な問題。気を付けていても事業は大きいし、部下も多いだけあって必ずそれらは阿賀野に判断を仰いでくるが、それらを先陣をきって打破していくのが仕事のひとつでもある。
 落ち着いて問題点を客観的に見据え、決して感情的になってはならない。頭の中でフローチャートを作り、いくとおりもの家庭とその先を思い描く。その中で最適な道筋を都合立てて行動に移す。そうやっていくつもの難関を潜り抜けてきた。
 けれど今、阿賀野は迷いに迷っていた。
 なんの話をすれば会話は弾むのか、どういう風に言えば彼との会話が続くのか、なにひとつわからないのだ。
「その……ああ…」
『……』
 電話口の真柴は通話を切らずにいてくれるが、居心地は悪いだろう。
 なにか共通の話題をと記憶をさらった阿賀野は、そういえばとリビングで見た写真を思い出した。
「あの…リビングの」
『リビング? うちのですか』
「そう、さっき借りたリビング。キャビネットに写真があったけど、一緒に写ってたのは文月さんと鷹介さんかな」
『そうですけど……なんで名前知って…』
 そういえば松前から話を聞いただけで、真柴自身から話してもらったわけではない。話題の振り方をしくじったかと思ったが、かけた言葉が今更戻るわけもなく、仕方なく阿賀野は話題をそのまま続けた。
「松前さんに聞いた。ごめん、俺が知りたくて聞いたんだ」
 あれやこれやと漏らしてくれたのは松前だが、話を振ったのは阿賀野だ。自分が発端だと謝ると、真柴の声があの、と歯切れ悪く響いた。
『あの…どこまで聞きましたか』
 どこまで聞いたら駄目だっただろう。
 真柴のプライベートのことであるし、ましてや真柴自身どころか祖父母にまで話は及んでいる。返答次第ではそれこそ嫌われてしまうかもしれない。
 迷ったが、結局阿賀野は誤魔化すことをやめた。
「鷹介さんと文月さんのなれ初めというか…ここに来ることになった経緯を聞いた。あと、真柴くんが都内生まれで、中二の頃にこっちに来たことも」
『…あの、俺がこっちに来た経緯は』
「それは聞いてない。鷹介さんたちの…真柴くんのお祖父さんたちの話がほとんどだったから」
『それは、どういう…』
「ええと……文月さんと鷹介さんの馴れ初めと、真柴くんのお父さんが生まれてから都内に引っ越したことと、この家は療養用に別荘にしていたけど、退職してからまたこっちに戻ってきたことかな」
『祖母の話は、どのくらい…』
 真柴の声に、わずかな動揺が混じる。震えているわけではないが、どこかか細く、弱弱しかった。
 おそらく、文月の実家がオメガ家系として差別を受けていたことに起因しているのだろう。
「生まれつき匂いが強くて、その…事件に巻き込まれかけたこともあった事も聞いた。でも、だから鷹介さんが文月さんの為にこの家を建てた事も聞いたよ。けど、文月さんはすごく愛されてたってことも聞いた。文月さんも幸せそうだったって」
 残念なことに、鷹介も文月も既に鬼籍の人だ。会う事は叶わない。けれど、松前はいつも二人は一緒で、幸せそうだったと言っていた。それを鵜呑みにしていたわけではないが、リビングに飾ってあった写真を見て、言葉の通りだったのだなと阿賀野は思っていた。
「真柴くんから見て、文月さんは幸せそうだった?」
 実際本人から聞いたわけではないが、松前の語った文月の生い立ちはアルファとして生まれ育ってきた阿賀野には思いもよらない話だった。
 けれど、写真の中の文月は笑っていた。
 オメガの性徴についての知識が今よりもずっと周知されておらず、偏見と差別のなかで生きてきただろうに、フレームの中の文月は穏やかな顔をしていた。
 そんな文月を傍で見て育った真柴になんとなく聞きたくなって問いかけると、沈黙が一瞬だけ横たわった。
 外ではまだ風が吹き荒れている。煽られた雨がばしばしと窓にあたり、激しい音を立てている。その中でぽつりと声が落ちた。
『……祖母は、幸せだったと…思います』
 さっきまでどこかよそよそしかった真柴の声が、やわらかく響く。
『すごく祖父と仲が良かったんです。喧嘩もしてたけど、すぐに仲直りして…いつも一緒にいました』
 だからアルバムがたくさんあるんです、祖父はアナログでずっと撮り続けてたので。
 そう言った真柴だったが、ごく小さな声で、すみません、つまらない話ですねとも続けた。
『あまり人と話すこともないんで…』
「そんなことはないよ。真柴くんの事がまた一つ知れて嬉しい」
『そ、…それなら、あの……阿賀野さんの事を教えてください。俺のことばかりで恥ずかしいので……嫌じゃなければでいいんで、あの、すみません……』
 なかば吐息のようになった語尾が、耳の中にふわふわと消えていく。
 電波で繋がっている二人の間に沈黙が横たわったことに阿賀野が気付いたのは、ゆうに数秒経ってからだった。まさか真柴の方から話を振ってくると思わなかったのだ。
 初夏の頃から今日にいたるまで、真柴に対して何度も話しかけてきた。けれど真柴から返ってくる返事は、はいかいいえの短いものがほとんどで、会話ではなく語りかけのような状態だったのだ。
 突然話を広げられて思わず動揺した阿賀野は思わず口を半開きにしたまま呆けたが、身じろいだはずみに軋んだベッドの音で我に返った。
「あっ、ああごめん、電波、悪くて……」
 咄嗟に言い訳をするも、口の中がカラカラだ。
 好きな子に話しかけられなかった小学生の頃でもあるまいしと妙な気恥しさを覚えながらベッドを降りた阿賀野は、水分を求めて部屋を出た。
 抑制剤はすっかり体に回っているようで、匂いは感じなかった。
「俺の話か。そうか、そういえば俺の話は全然してなかった。なにを話そうかな。ああ、先に飲み物を貰ってもいいかな」
『あ、冷蔵庫に麦茶があるので、それを』
「ありがとう。君も何か飲みながら…ってごめん、俺が出たら君が出られないか」
 明かりがついたままの台所は、寝る前に見た時よりも片付いている。水切りカゴも空になっていて、食器棚からコップを一つ拝借すると、電波の向こうにいる真柴も動いたのか、ごそごそと音がした。
『いえ、こっちにも台所があるんで……』
 カチャカチャと陶器のぶつかる音がする。次いで、とぷとぷと水音もした。
「台所が? 離れになってるんだな」
『廊下で繋がっているので、半離れくらいです。トイレもお風呂もあります。ここで暮らしても不便はないですね』
 それなら大丈夫かと、ダイニングテーブルから椅子を引きだして、注いだばかりの麦茶を煽る。普段口にするペットボトルのお茶よりも薄かったが、冷えたそれはすっきりと喉を潤してくれた。
「じゃあ、そっちが真柴くんの部屋だったりするのか……って、ごめん、また君にばかり話させてるな。ええと俺の話…」
 なにを話すべきか、まったく用意など出来ていない。普段会話をするといえば須藤や副島がほとんどで、プライベートでは諏訪園の店に行ったときに彼を相手に益体のない会話に興じる程度だ。
 自分の話をしたところでなにかあるだろうかと考えたところで、ふと須藤の言葉が脳裏を過ぎった。
 ―――自分の事、ちゃんと見つめ直してみなさいよ。
 そうでないとずっと独り身だと須藤は言っていた。その意図はどこにあるのかとぼんやり考えながら麦茶を煽った阿賀野の視界の端に、食器棚が映った。
 硝子戸の向こうにしまわれているのは、白地に薄紅で桜が描かれた小さな小鉢だ。見覚えがあるそれは、サラダがよそわれていたものだった。
 無理に食べたものではあったが、吐くほどのものではないし、思っていたよりも食べられた。幼い頃に野菜を食べた時は吐き出してしまっていたが、慣れない苦味を感じて眉間にしわが寄りはしたものの、完食出来た。口内に不慣れな味は残ったし、麦茶で流し込んだ。どっと疲れを感じたりもしたが、悪い気はしなかった。
「俺の、話は……そうだな、つまらなかったらごめん。小さい頃の話なんだけど」
 話が長くなってしまうかもしれない。けれど朝からさっきまでぐっすり眠ってしまったし、時間も暇も有り余っている。
 電話の向こうには真柴しかいないし、彼になら聞いてほしいと、阿賀野はスマートフォンを持ちかえながら、ダイニングチェアの背もたれに向いて腰を下ろした。
 真柴は、前もって阿賀野が待つ前に話を聞いてしまったせいもあるが、自分の弱いところを見せてくれた。だからというわけではないが、彼に対して、今までの一晩の相手を口説く時のように、自分がアルファとして培ってきたものをさらけ出すのはふさわしくない気がした。
 真柴でなければ、話す気にはならなかったかもしれない。
 アルファのくせにと蔑まれてしまうかもしれないというおそれが、真柴を相手にすると、彼はそんなことは言わないだろうと思いに覆われて消えてしまうからだ。
(間抜けだな)
 適当な相手には、アルファとして生きてきた派手な自分ばかり見せてきた。それなのに、運命だと確信した相手に、アルファらしさなど微塵もない、それどころか大人としてさえ情けない話をしようとしている。
 けれど、間違った選択だとは思わなかった。



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