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巣ごもりオメガと運命の騎妃
22.墜ちる陽
しおりを挟む装飾を抑えた礼服に着替えたミシュアルとイズディハールは、そろって部屋を出た。
昨日までは華々しく晴れやかだった皇宮内は、不気味なほどに静まり返っていた。その中を行き来する人々の布擦れとひそやかな話し声だけが太い柱に支えられた高い天井に吸い込まれていく。
奇妙な静寂の中を早足で横切ったふたりが通されたのは、皇宮の中でも奥まった場所、おそらくは皇帝の私室のある区域だった。
こちらへと案内されたのは中庭に面した一室で、皇妃ディーマとハイダルが石台の前におり、サリムが部屋の隅に立っていた。
「……シラージュ帝」
イズディハールがつぶやくと一瞬ディーマがこちらを向き、そっと一歩退いた。すると、石台の上に横たわる人影が見えた。
つい数日前に会った時、彼の放つ存在感はとても大きなものだった。しかしいま大理石の台に横たわるのは、どっしりとしていながらもどこか寒々しい空虚な体でしかなかった。
「……近頃は、体調がいい方だったの。同盟会議もあるし、イズディハール王、あなたが婚約者を連れて来るからと喜んでいて……」
ぽつぽつと語る皇妃は、細い肩を落としている。その横顔は、数日前とは打って変わってどこか疲れたような顔をしており、凛と鋭くミシュアルを見つめた人物とは別人のようだった。
彼女は細く息を吐くと、ふらりと傾いだ。それを隣にいたハイダルがとっさに支える。
「誰か、皇妃殿下を憩いの間へお連れしろ」
かけつけた侍従たちによって、皇妃は足元もおぼつかないままなかば抱えられるように出て行った。その背を見送り、イズディハールがシラージュ帝の傍に立つ。その後ろをミシュアルも追った。
「遠からずこの日が来るとは思っていたが……すまない、明日が帰国だというのに」
「人の生死を予想できるはずもない。むしろ、今回お会いできて本当に良かった」
ハイダルとイズディハールが話をするなか、ミシュアルはちらりと部屋の隅に視線をやった。そこにはまるで侍従のように隅に控えたサリムがいたが、その表情は暗く、ミシュアルたちが来ていることにさえ気づいていないようにも見える。ハイダルと話し込むイズディハールに一言告げて、ミシュアルはサリムに歩み寄った。
「サリム殿」
「……ミシュアル様」
声をかけられてやっと気づいたのか、サリムはぼんやりとした目を瞬かせた。それからああ、と喘ぐように息を吐き、軽く頭を振った。
「申し訳ありません、お二人をお迎えに行くべきでしたのに……」
「いえ、それどころではありませんから」
「そう……そうですね……」
サリムはためいきのような、忘れていた呼吸を思い出したような、そんな息を吐いた。そしてイズディハールと話し込んでいるハイダルの背を見たあと、おもむろに背筋を伸ばした。顔色はまだ悪かったが、目にはいくばくかの光が戻っていた。
「……しっかりしなければなりませんね。陛下をお見送りしなければ」
「なんでも言ってください。微力ながら、お手伝いします」
「ありがとうございます。……そう言っていただけるだけでも嬉しいです」
そう言って微笑んだサリムは、すぐにハイダルに呼ばれた。ミシュアルもイズディハールと連れ立ち、安置の間を出た。
部屋へ戻るとイズディハールは長椅子に座り込み、一瞬頭を抱えたが、すぐに顔を上げた。
「シラージュ帝は私の祖父の代から付き合いがあった方だ。私も孫のように可愛がってもらった。日程は延びるが、葬儀に参加したい。ミシュアル、ともに参列してくれるか?」
「もちろんです」
イズディハールが世話になった人物の最期を見送る儀式だ。首を振るはずもない。
消沈した様子のイズディハールの隣に腰を下ろすと、すぐに肩に重みがかかる。もたれてきたイズディハールの金茶の髪に頬を寄せながら、ミシュアルは数度しか話せなかった老帝を想って目を閉じた。
長きに渡って大国ドマルサーニを統べた偉大なる皇帝の逝去が国民へ知らされたのは、その日の陽が沈むよりほんの少し前のことだった。
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