巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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巣ごもりオメガと運命の騎妃

21.芽生える不安

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「おかえり、ミシュアル」

 昼過ぎに貴賓宮へ戻ったミシュアルは、扉を開けるなり聞こえた声に目を見はった。まだ会議に出ているはずのイズディハールが、ひとりで部屋にいたのだ。

「戻りました……会議はもう終わったんですか?」

 歩み寄ると、持っていた書面をテーブルに置いたイズディハールの両手が腰を抱いた。

「ああ。ハイダルに急用ができたようで、途中で切り上げになった」
「じゃあ、滞在は延期になりますか?」

 以前では信じられないほどの距離感だが、いまでは肌が触れ合うことで安心する自分がいる。
 去年まではこの髪にさえ触れることも夢のまた夢だったと、座るイズディハールの金茶のつむじを眺めながら思っていると、その頭は左右に振られた。

「会議とは言っても、ほとんど今回の同盟会議での決定事項の再確認だったから、あとで紙面でどうにかなる。明日は予定通りドマルサーニを出よう」
「わかりました」

 夜にはミシュアルたちを見送るための宴を開いてくれると聞いている。おそらく会議は再開されず、けれど宴までは時間がある。導かれるまま長椅子に移動したミシュアルは、サリムに案内してもらった巡香会場のことを話した。

「……それで、アルファは檻に入ってオメガに声をかけるんだそうです」
「私も以前見に行ったが、あれはなかなか驚くな。だが、オメガを檻に入れるよりいいと思う。フェロモンの匂いをかぎ分けられるのはアルファだけだ。オメガはアルファの気配に引きずられる可能性はあるが、その場合はいったん隔離すればいいからな」
「それなんですが……オメガの匂いは、そんなに香るものなんですか?」

 イズディハールはミシュアルの匂いを好ましいと言ってくれることが多いが、ミシュアル自身には自分のフェロモンも、同じオメガのフェロモンもわからない。

 なんとなく自分の手の甲をすんと嗅ぎながら言うと、イズディハールはすかさずその手を取って、自分の鼻先に寄せた。

「アルファなら、よほど鈍くない限りつがいのいないオメガの匂いはわかる。だが、つがいの香りは格別だ。たとえば、私の部屋の扉の前に立つだけで室内にいるかどうかくらいは判別がつく」
「そんなに!?」
「ああ。少なくとも、私はそうだ。他がどうかは聞いたことがないからわからないが」
「そう……なんですか」
(そんなにわかりやすいのか、オメガの匂いは)

 自分ではその匂いも強さもわからないだけに、驚くばかりだ。

 しかし、胸に沸いたのは驚きだけではない。ただのつがいであるミシュアルの匂いですらそれほど香るのだ。もし、運命のつがいが現れた時、どれほど魅力的な香りがするのだろうと考えると、ミシュアルの胸はとたんにぎゅっと引き絞られるように痛んだ。

(オメガは一人としかつがうことができない。でも、アルファは……もし、イズディハール様と運命のつがいが、出会ってしまったら……)

 心がなくとも、惹かれてしまうのだとサリムは言っていた。そんな相手が、この世界のどこかにいるのかもしれない。そして、いつか出会ってしまうかもしれない。そうなった時、自分とイズディハールはどうなってしまうのだろう。

 思いがけず深みに足を取られたような心地になって、ミシュアルは眼下の頭を抱きしめた。

「ミシュアル?」
「陛下……イズディハール様、あの……」

 言ってもいいのだろうかという不安が、口を重たく閉ざさせようとする。伝えたい気持ちはあるのに、言葉にならなくてつい黙り込んだミシュアルを、イズディハールの青い目が見上げた。

「なにを思っている、ミシュアル? 聞かせてくれ。私はお前の不安も喜びも知りたい」

 やはり、二人の関係は変わったのだとミシュアルは思った。イズディハールはミシュアルへの心配や気遣いを言葉にしてくれる。それがわかるようになったし、ミシュアルも、ならば自分も言おうと思えるようになった。

 乾いた喉を唾で潤したミシュアルは、意を決して口を開いた。

「……もしもの話です。俺とイズディハール様の――……」

 ――それぞれの運命が見つかったら、どうしますか?

 勇気を振り絞り、そう言いかけたミシュアルの耳に、不意に騒がしい足音が響いた。
 イズディハールにも聞こえたらしく、視線が扉を向く。どちらともなく体を離したのは、なにか予感があったのかもしれない。
 ノックのあと、失礼しますと静かな声がした。

「ハイダル殿下より、ナハルベルカ国王陛下へのご連絡がございます」

 イズディハールが立ち上がり、扉へ向かう。開いた向こうには、ミシュアルにも見覚えがあるハイダルの側近が立っていた。
 側近がイズディハールに耳打ちする。その横顔はみるみるうちに強張っていった。

「……わかった。ハイダルには、すぐに向かうと伝えてくれ」
「かしこまりました」

 一礼した側近は、来た時と同じようにせわしなく戻っていく。
 扉を閉めたイズディハールは、すぐには振り返らなかった。けれど、ミシュアルが声をかけるより先に、硬い声で言った。

「ミシュアル。……シラージュ帝が、身罷られた」


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