【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第8章 砂漠の英雄

第14話 故郷

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 遡ることひと月前、ベルガー王国とファインダ王国同盟直前のこと。

 ファインダ王国の王宮に滞在していたベルガー王国の外交官トール・カークスは、目的の人物が宿泊しているという王宮の別館へと足を運んでいた。
 アラン傭兵団所属の少年、リョウ・アルバースに会うためだ。
 ノイズ・グレゴリオ討伐の礼を述べ、また伝えねばならぬ重要な事実もあった。

 別館の一室、衛兵の宿直室を間借りしているという彼の部屋の扉を叩くと、すぐに中から「はい」という短い返事と共に、目的の少年が姿を現す。
 黒髪に黒い瞳、目つきは相変わらず鋭いが、以前ベルガー王国王都ベルンで会った時よりも、幾分雰囲気が柔らかくなったように見えるのは、共に旅をしている少女たちの影響だろうか。
 トールはフッと口元を緩めた。

「これはトール殿、ご無沙汰しております」

 リョウは意外な訪問者に少し驚いた表情を見せたが、すぐに礼儀正しく迎え入れる。
 彼の落ち着き払った態度は、とても十代の少年とは思えないものだ。

「酒は飲めぬのであったな。まあよい、そなたの部屋で語ろう」

 トールは、リョウが酒を好まないことを覚えていた。
 この複雑な過去を持つ少年と、もう少しゆっくり話をする必要があると彼は感じていた。

 そう言ってリョウと共に、質素だが清潔に整頓された部屋へ入る。
 部屋の中央に小さな木製のテーブルと椅子が二脚あるだけだ。
 持ってきた瑞々しい果実を籠ごとテーブルに置くと、トールは椅子に腰を下ろして静かに口を開いた。

「まずは……礼を言わねばなるまい、リョウ殿。とこしえの森での一件は聞いている。あのノイズ・グレゴリオと対峙し、よくぞ退けてくれた」

 トールは偽らざる感謝を述べる。
 あの男の存在は、トール自身の過去にも暗い影を落とし続けていたからだ。

「ラインハルト陛下と、仲間たち……それに、力を貸してくれたエルフ族やリザードマン族の方々のおかげです。俺1人では間違いなく返り討ちにあったでしょう」

 リョウは淡々と事実を述べる。
 彼の言う通り、あのとこしえの森での死闘は奇跡の連続だった。
 過去の七英雄フォレスタの魂の残滓による助けがなければ、自分たちの全滅は免れなかっただろう。

「奴は邪教『真実の眼』のために動いていたのであろうな」

 トールは苦々しげに呟いた。

 邪教『真実の眼』。その名はトールがかつて仕えたパルケニア王国においても、不吉な影として語られていた。
 パルケニアの国教である聖光教団の影に隠れ、古くから水面下で暗躍してきた謎多き集団だ。

 聖光教団自体も女神フェロニアを信奉するものの、教義は独特だ。
『女神は祈るべき存在だが、実際に事を成すのは我ら人間である』と説くのだ。
 故にパルケニアの民は、古来より神の威光よりも己の信念や、指導者のカリスマを重んじる気風が強い。
 その影響か王の失政や国難に際しては民衆が『我らを導く指導者』を求めて立ち上がり、歴史の転換点で革命の嵐が幾度となく吹き荒れている。

 歴史は繰り返される。13年前のデリム叛乱もまた、当時の王の失政が引き金だった。
 アラン傭兵団の介入がなければ、国は分裂していたかもしれない。
 それほどに、民の不満と不信は根深かったのだ。

 デリムの叛乱の中心人物の1人が、ノイズ・グレゴリオである。
 パルケニアの名門グレゴリオ公爵家の嫡男にして、若くして将軍となった天才。
 デリム叛乱の際は王国側として鎮圧の任を負う立場にありながら、突如として叛乱軍側に加担し7年に渡る内戦を引き起こした。
 多くの貴族が隣国レアード王国に亡命し、処刑される中、ノイズはデリムの少年兵を率いて王国軍を最後まで苦しめたのだ。
 そんな忌まわしき部隊の唯一の生存者が、今、目の前にいるリョウ・アルバースである。

「いつ頃から、ノイズは邪教と関与していたのでしょうか? それから……かつてノイズと近しかったとされるトール殿は、いつ頃からノイズを疑い始めたのでしょう? 俺が聞きたいのはその二点です」

 リョウの声は静かだったが、黒い瞳の奥には過去の因縁と、未だ解けぬ疑問に対する強い探求心が宿る。
 かつて、トールもノイズの仲間ではないかと疑い、命を狙ったことさえあるリョウ。
 トールという人物に一定の信頼を置いたとしても、当時の関係性への疑念が、完全に消え去ってはいない。

 リョウの真摯な問いに対し、トールはしばし目を閉じて過去の記憶を手繰り寄せた。
 複雑に絡み合った糸を解きほぐすように、慎重に言葉を選ぶ。

「邪教との関与がいつからだったかは、正直なところ私にも掴めておらぬ。ただ、あのデリムでの不可解な行動を見るに、その頃には何らかの影響下にあったのかもしれん。……パルケニアの先王ソーマが崩御された後、亡骸がベッドに放置されたまま、宮廷内で後継者争いが起きたのは知っているな?」

「……知ったのはアラン傭兵団に拾われた後のことです。デリムの叛乱が始まった直後のことだと聞いています」

「先王ソーマは、残念ながら人を見る目がなかった。己に媚びへつらう無能な者ばかりを重用し、耳の痛い諫言をする者を遠ざけた。あの王の下では、まともな者は息もできない状況であった。当時、唯一宮廷に残っていた有能な人材と言えば……皮肉なことに、ノイズくらいだったのかもしれんな」

 デリム叛乱勃発は、トール自身も度重なる諫言が疎まれ、僻地へと左遷させられた直後の出来事である。
 王の急死と内戦の報に急ぎ王都へ戻り、王太子派の参謀として勝利に貢献し、再び宮廷での発言権を得たが、過程は決して平坦ではなかった。
 あの無力感と、再び掴んだ権力の脆さを、トールは忘れることができない。

「デリムへ出征したノイズには幾度となく『一度王都へ戻り、状況を報告せよ』と急使を出した。だが、奴めは一度として連絡を寄こすこともなく、そのまま叛乱軍へと加担して姿を消したのだ」

「……ソーマ王の死が、ノイズの行動に何らかの影響を与えた、ということでしょうか?」

「わからぬ。今となっては確かめようもない。ただ……今にして思えば奴が忠義という言葉を口にするのを、私自身、一度も見たり聞いたりした記憶がないのだ。奴の心の内は、結局誰にもわからなかったのかもしれぬ」

 内戦はノイズの逃亡という形で終結したが、パルケニアは疲弊し多くの民が苦しんだ。
 トールもまたノイズとの旧交を理由に疑われ、新たに即位した王に処刑されかけた。
 辛くもパルケニアを脱出しダーランドを経て、遠くベルガー王国へと流れ着くことになる。

 ノイズを見つけ出して真相を知りたい。
 その一心だけでトールは今日まで生き延びてきた。

「リョウ殿。残念ながら訂正せねばならぬ情報がある」

 トールは僅かに苦渋の色を浮かべ、リョウの目を真っ直ぐに見据えて続けた。
 その言葉を口にするのは、彼自身にとっても辛いことだったからだ。

「とこしえの森で、奴は死んだように身体が蒸発したと聞く。だが……ヘクター殿が得た最新の情報によれば、ノイズ・グレゴリオは生きている。ここから南西の地……混乱の続く南部諸国群で、何らかの活動を再開している、という確かな情報があるのだ」

 トールの衝撃的な告白に、リョウの纏う空気が再び凍り付いた。
 彼の瞳の奥で抑え込んでいたはずの憎悪の炎が、再び激しく燃え上がる。
 無理もない。ようやく果たしたと思った復讐が幻だったと知らされたのだから。

「……ベルガー王国のサリウス陛下に仕え、こうして重く用いられている恩もある。此度のファインダ王国との同盟交渉という大役も、陛下より直々に拝命した。その信頼には必ず応えねばならぬ。ノイズが生きており、奴の背後にある邪教が再び魔王を解き放とうとしている事実を、断じて見過ごすことはできぬ。だが……今の私にできるのはこうして情報を集め、貴殿のような次代を担う者に託すことだけなのだ。もはや、私自身の手で奴を討つには……時が経ちすぎたのかもしれぬ……」

 トールは己の役割の変化と、過ぎ去った時間への諦念を噛み締めるかのように、リョウに告げた。

「……預かります。情報、感謝いたします」

 リョウは一瞬の動揺の後、すぐに冷静さを取り戻し、短くも意志を込めて応じた。

 ノイズが生きている。

 その事実は許しがたい怒りだが、同時に自らの手で決着をつけるべき相手が存在する、という目的を再確認させるものでもあったのかもしれない。

 それから話題はベルガー王国4大公爵家の一つ、ルインズベリー家の唯一の生存者、シャルロッテ公爵令嬢が邪教に与した事実の確認。
 元公爵令嬢で自由騎士の称号を賜っているヴィレッタと、非公表ながらも元ベルガー王国王女ローゼについて、リョウの口から近況を報告した。

「ときに、リョウ殿はパルケニアには戻らないのか?」

 トールがふと、穏やかな口調で尋ねた。
 彼の声色には、リョウの心情を慮る響きがある。

「……いずれはデリムに赴き、亡くなった仲間たちと両親の魂へ、全てが終わった後に報告をしたいとは思っています。ですが……今は自分のやるべき事がありますので」

 リョウの言葉には過去への決別ではなく、未来への責任感が強く表れている。
 リョウの真っ直ぐな瞳に、トールは望みを見出した気がした。

 トールはリョウの言葉を受け止め、ゆっくりと立ち上がった。

「私はもう二度と、パルケニアの大地を踏むことはできぬであろう。リョウ殿よ。貴殿には複雑な想いは多々あるだろうが……郷里に対して憎悪の念だけは抱いてくれるな。そこからリョウ殿は生まれ、そして今をこうして生きているのだ。故郷に眠る魂たちは、決してリョウ殿を呪うことなどない。むしろ貴殿の未来を、誰よりも強く願っているはずだ」

 トールの声は穏やかで、どこまでも優しかった。
 それは故郷を追われた男が、同じように故郷に複雑な想いを抱える若者へ送る心からの祈りだったからだ。

「……承知、しました」

 リョウはトールの言葉に深く頷く。
 トールの、故郷への切なる愛情と託された未来への希望が、彼の心に温もりと共に強く響いたから。
 
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