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第8章 砂漠の英雄
第29話 言葉は言霊
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「目を覚ましてください! 今のベルガー王国でしたら、すべてを詳らかにしても非道な振る舞いはしません! 降伏を!」
レオノールの悲痛な叫びが、剣戟の響く夜闇に吸い込まれていく。
月明かりに照らされた彼女の白銀の鎧は返り血こそ浴びていないものの、無念と焦燥に曇っていた。
「隣国の姫、あんたの言うことは正しいだろうさ。だがな、クレバスの極刑は免れん! そんなのを俺たちが受け入れると思うか!」
衛兵の怒号が鋼の刃となってレオノールの説得を打ち砕く。
彼らの瞳に宿るのは狂信的なまでの覚悟と気迫。
峰打ちで手加減せざるを得ないレオノールの剣を、じりじりと押し返し始めていた。
骸骨兵もグールも致命傷を与えても歩みを止めない。
土と腐臭を纏い、ただ殺戮の本能のままに襲い来る。
武器持つ手を斬り飛ばしても、残る片手で錆びた剣を拾い上げ、虚ろな眼窩をこちらに向けて再び斬り込んでくるのだ。
永遠に終わらない悪夢を見るかのように、狂気は加速する。
「はっ! 魔女が怖かったんでしょ! 呪いの誓約書だか何だか知らないけど、あんたたちは魔女が何をしでかすか怖かった。誓約書が発動して土地を失うのが怖かった。だから偽りの平和を受け入れていただけでしょ!」
ベレニスのレイピアが夜風を切り裂き銀色の軌跡を描く。
相手の剣を鋭く弾き、切っ先は寸でのところで喉元を逸れた。峰打ちも、とどめを刺すのも躊躇い、一瞬距離を取ろうとする彼女の背後から影が躍り出る。
「その通りだよ! エルフ! 俺たちは平和が大好きだ。街に笑顔が溢れる日常が最高だ。そんな日々を永遠に続けるために戦う。それの何が悪い!」
別の衛兵が振り下ろした剣がベレニスの銀髪を掠める。
彼女は身を捻って躱し、忌々しげに舌打ちをした。
リョウもまた、焦燥感に駆られている。
「くっ!」
「おっと、俺を自由にしてくれるのか? つれねえなあ」
ベレニスたちの窮地を援護すべく、リョウの身体が動くも阻むようにクレバスの剣が地を抉り、火花を散らす。
「このままだと衛兵も全滅するぞ! それでいいのか!」
リョウの叫びにクレバスは隻眼を細め、まるで遠い日を懐かしむかのように嗤う。
「みんな、いずれこういう日が来ると知っていたさ。戦って戦って、命を散らす。……8年前のアルベルト様のようにな。そういうのを俺たちはずっと待ち望んでいたんだよ!」
永遠に続く過去の憎悪と、この街の平和を一身に背負う剣。
そんな重く冷たい一撃を、リョウの漆黒の剣が激しく受け止める。二つの刃が撃ち合うたび、夜気が悲鳴を上げた。
「……シオン。シオンと戦うの辛いよ。だってシオン、いい人だって知ってるから……」
クリスの声が哀願するように震えた。彼女の赤い髪が返り血のように月光に濡れている。
「甘いんだね、クリスちゃんは。たった数時間だけ一緒に居ただけなのに情が移るなんて。……勝っても負けても、私にとって最期の戦いなんだ。本気で来てくれないなら、クリスちゃん以外と剣を交えるとするかな!」
キーン! と甲高い金属音。クリスの大剣がシオンの剣を弾き、火花が彼女の涙で濡れた頬を照らした。
「そうこなくっちゃ。クリスちゃん!」
「殺させない。これ以上、シオンに誰も殺させない!」
剣戟の音も魔法の爆音も鳴り止まない。
彼らが死んでも終わらない戦場に、私たちの精神を削る疲労だけがじっとりと濃くなっていく。
そして最悪の事態は唐突に訪れた。
「グフッ……」
レオノールと剣を交えていた衛兵の胸から、無慈悲に突き出された骨の剣。
背後から忍び寄った骸骨兵の一撃だった。
「う……あっ……」
衛兵の瞳から光が消え、身体が崩れ落ちる。
貫かれた剣の切っ先が、レオノールの眉間の前でピタリと止まったのが唯一の救い。
けれども、どす黒い血溜まりに沈んだ衛兵は不気味な痙攣の後に再び立ち上がる。
グールと化した瞳は、もはや何の感情も映さない。
敵の数は減らずにより大きな脅威となり、彼らを守れなかった悔恨が、心の重荷となり私たちにのしかかる。
……いけない。レオノールに負担をかけすぎた。
彼女は現役バリバリの甘やかされて育った姫なのに。
ノイズとの戦闘は経験済みとはいえ、こんな善悪じゃない信念がぶつかり合う対人戦、初めてなのに!
「ベレニス! 余裕ないだろうけど、レオノールをお願い!」
「余裕ないは余計よ、ローゼ! 任せなさい! ……と言いたいけど、ったく……ローゼはレオノールを甘やかしすぎなのよ」
エリの放つ無数の魔力弾を炎の壁で防ぎながら、私は背後のベレニスの声に「え?」と耳を疑う。
彼女の横顔には、フッとした確信に満ちた微笑が浮かんでいた。
刹那、レオノールが天を衝くほどの声量を出した。
「甘く考えていました。皆さんの覚悟を。絶望を。……私も覚悟決めました。全員、護ります! 命ある者を! この剣で! 衛兵方! 思う存分に私たちに襲いかかってください! この私とベレニスさんで、衛兵方も護りながら戦ってみせましょう!」
そんな彼女の声に反応するかのように、月明かりが増した。
ホッと心の中で安堵する。そうだ、レオノールは私の思っていた以上にレオノールなのだ。
絶対に、何が何でも自分の思い通りにするという、気高く我儘な脳筋姫なのだ。
「ったく。ローゼ並のバカよ、レオノールは!」
「姉様並とは光栄です! ベレニスさん、やってやりましょう! 有言実行です! これ以上死者を増やしません!」
「オッケーよ。傭兵! クリス! あんたたちも目の前の敵に集中しなさい! 心配して振り向くなんて真似したら、1ヶ月ご飯奢ってもらうわよ! ローゼ、ヴィレッタ、フィーリアに縮れ毛おっさんも! ……早めに打開策頼むわよ」
陰鬱とした戦況を塗り替えるように、レオノールとベレニスの声が私たち全員に新たな力を付与する。
そうだ、もう……そんなこと言われたら、やってやるしかないじゃない!
リョウもクリスも再び力強い剣を振るいだす。刃にもう迷いはない。
ヴィレッタの弱くなっていた浄化の光も、夜明けの太陽のように輝きを取り戻す。
フィーリアとヘクターさんの思考がフル回転し、瞳に勝機を探る鋭い光が宿った。
ただ、私はまだエリの変幻自在の魔力に翻弄されている。
ジーニアの血縁らしいが、魔力量だけでいえばジーニアより上だろう。
いや、私が今まで出会った魔女の中で、師のディルに匹敵すると言っていい傑物だ。
……ちょっと待って。邪教『真実の眼』の頂点、七賢魔だったディルと同等でいて、邪教の一介の魔女だなんてあり得る?
ジーニアが好例だ。実力のある魔女は、あっちこっちに派遣されて使われている。
それなのに彼女はずっとマーイン領にいる。
……これは私の知っているマツバたちなら絶対にしない選択だ。特に、ローレルとアロマティカスは人を見る目がある。使える駒を喜んで、褒め回して使うはず。
ならば逆に考えろ、私。
彼女がマーイン領にこだわる理由。六賢魔が、彼女をマーイン領に置いておく理由。この地に何が起きた? 何が起きている? そして……何が起ころうとしている?
「ヴィレッタさん! 浄化の光を盛り土へ放つっす!」
「ジーニアがかけたのは、土地そのものの呪いの起動だ! 土地が浄化されれば死者は土へ還る!」
ナイス。フィーリア、ヘクターさん。エリの舌打ちが夜風に混じって聞こえたことで、私も確信したよ。
私へ見え見えの煙幕を張り、ヴィレッタを弑するべく動くエリに、今度は私から仕掛ける。
「邪魔はさせません。あなたの狙いは、土地そのものを巨大な呪いの渦にさせ、無限の魔力を取り込むこと」
上空に無数の氷槍を生み出すエリの真下から、私は炎を纏い彼女の懐へと飛び込む。
同時に頭上から降り注ぐ全ての氷槍を、螺旋を描く炎で蒸発させながら。
「この地を選んだのは、民たちの絶望と怨嗟が丁度よかったから。魔女ヴィルマが、ありもしない呪いの誓約書を民たちに信じさせていたから。恐らくヴィルマは、領主に取り入る方便として誓約書を偽造しただけ。……でも、言葉は言霊。長い年月をかければ、嘘も真実になる」
「おのれローゼマリー・ベルガー! 王女の身分恋しさに泣いてればいいものを!」
エリの余裕の表情が消え、憎悪に歪んだ顔から絶叫が響き渡った。
レオノールの悲痛な叫びが、剣戟の響く夜闇に吸い込まれていく。
月明かりに照らされた彼女の白銀の鎧は返り血こそ浴びていないものの、無念と焦燥に曇っていた。
「隣国の姫、あんたの言うことは正しいだろうさ。だがな、クレバスの極刑は免れん! そんなのを俺たちが受け入れると思うか!」
衛兵の怒号が鋼の刃となってレオノールの説得を打ち砕く。
彼らの瞳に宿るのは狂信的なまでの覚悟と気迫。
峰打ちで手加減せざるを得ないレオノールの剣を、じりじりと押し返し始めていた。
骸骨兵もグールも致命傷を与えても歩みを止めない。
土と腐臭を纏い、ただ殺戮の本能のままに襲い来る。
武器持つ手を斬り飛ばしても、残る片手で錆びた剣を拾い上げ、虚ろな眼窩をこちらに向けて再び斬り込んでくるのだ。
永遠に終わらない悪夢を見るかのように、狂気は加速する。
「はっ! 魔女が怖かったんでしょ! 呪いの誓約書だか何だか知らないけど、あんたたちは魔女が何をしでかすか怖かった。誓約書が発動して土地を失うのが怖かった。だから偽りの平和を受け入れていただけでしょ!」
ベレニスのレイピアが夜風を切り裂き銀色の軌跡を描く。
相手の剣を鋭く弾き、切っ先は寸でのところで喉元を逸れた。峰打ちも、とどめを刺すのも躊躇い、一瞬距離を取ろうとする彼女の背後から影が躍り出る。
「その通りだよ! エルフ! 俺たちは平和が大好きだ。街に笑顔が溢れる日常が最高だ。そんな日々を永遠に続けるために戦う。それの何が悪い!」
別の衛兵が振り下ろした剣がベレニスの銀髪を掠める。
彼女は身を捻って躱し、忌々しげに舌打ちをした。
リョウもまた、焦燥感に駆られている。
「くっ!」
「おっと、俺を自由にしてくれるのか? つれねえなあ」
ベレニスたちの窮地を援護すべく、リョウの身体が動くも阻むようにクレバスの剣が地を抉り、火花を散らす。
「このままだと衛兵も全滅するぞ! それでいいのか!」
リョウの叫びにクレバスは隻眼を細め、まるで遠い日を懐かしむかのように嗤う。
「みんな、いずれこういう日が来ると知っていたさ。戦って戦って、命を散らす。……8年前のアルベルト様のようにな。そういうのを俺たちはずっと待ち望んでいたんだよ!」
永遠に続く過去の憎悪と、この街の平和を一身に背負う剣。
そんな重く冷たい一撃を、リョウの漆黒の剣が激しく受け止める。二つの刃が撃ち合うたび、夜気が悲鳴を上げた。
「……シオン。シオンと戦うの辛いよ。だってシオン、いい人だって知ってるから……」
クリスの声が哀願するように震えた。彼女の赤い髪が返り血のように月光に濡れている。
「甘いんだね、クリスちゃんは。たった数時間だけ一緒に居ただけなのに情が移るなんて。……勝っても負けても、私にとって最期の戦いなんだ。本気で来てくれないなら、クリスちゃん以外と剣を交えるとするかな!」
キーン! と甲高い金属音。クリスの大剣がシオンの剣を弾き、火花が彼女の涙で濡れた頬を照らした。
「そうこなくっちゃ。クリスちゃん!」
「殺させない。これ以上、シオンに誰も殺させない!」
剣戟の音も魔法の爆音も鳴り止まない。
彼らが死んでも終わらない戦場に、私たちの精神を削る疲労だけがじっとりと濃くなっていく。
そして最悪の事態は唐突に訪れた。
「グフッ……」
レオノールと剣を交えていた衛兵の胸から、無慈悲に突き出された骨の剣。
背後から忍び寄った骸骨兵の一撃だった。
「う……あっ……」
衛兵の瞳から光が消え、身体が崩れ落ちる。
貫かれた剣の切っ先が、レオノールの眉間の前でピタリと止まったのが唯一の救い。
けれども、どす黒い血溜まりに沈んだ衛兵は不気味な痙攣の後に再び立ち上がる。
グールと化した瞳は、もはや何の感情も映さない。
敵の数は減らずにより大きな脅威となり、彼らを守れなかった悔恨が、心の重荷となり私たちにのしかかる。
……いけない。レオノールに負担をかけすぎた。
彼女は現役バリバリの甘やかされて育った姫なのに。
ノイズとの戦闘は経験済みとはいえ、こんな善悪じゃない信念がぶつかり合う対人戦、初めてなのに!
「ベレニス! 余裕ないだろうけど、レオノールをお願い!」
「余裕ないは余計よ、ローゼ! 任せなさい! ……と言いたいけど、ったく……ローゼはレオノールを甘やかしすぎなのよ」
エリの放つ無数の魔力弾を炎の壁で防ぎながら、私は背後のベレニスの声に「え?」と耳を疑う。
彼女の横顔には、フッとした確信に満ちた微笑が浮かんでいた。
刹那、レオノールが天を衝くほどの声量を出した。
「甘く考えていました。皆さんの覚悟を。絶望を。……私も覚悟決めました。全員、護ります! 命ある者を! この剣で! 衛兵方! 思う存分に私たちに襲いかかってください! この私とベレニスさんで、衛兵方も護りながら戦ってみせましょう!」
そんな彼女の声に反応するかのように、月明かりが増した。
ホッと心の中で安堵する。そうだ、レオノールは私の思っていた以上にレオノールなのだ。
絶対に、何が何でも自分の思い通りにするという、気高く我儘な脳筋姫なのだ。
「ったく。ローゼ並のバカよ、レオノールは!」
「姉様並とは光栄です! ベレニスさん、やってやりましょう! 有言実行です! これ以上死者を増やしません!」
「オッケーよ。傭兵! クリス! あんたたちも目の前の敵に集中しなさい! 心配して振り向くなんて真似したら、1ヶ月ご飯奢ってもらうわよ! ローゼ、ヴィレッタ、フィーリアに縮れ毛おっさんも! ……早めに打開策頼むわよ」
陰鬱とした戦況を塗り替えるように、レオノールとベレニスの声が私たち全員に新たな力を付与する。
そうだ、もう……そんなこと言われたら、やってやるしかないじゃない!
リョウもクリスも再び力強い剣を振るいだす。刃にもう迷いはない。
ヴィレッタの弱くなっていた浄化の光も、夜明けの太陽のように輝きを取り戻す。
フィーリアとヘクターさんの思考がフル回転し、瞳に勝機を探る鋭い光が宿った。
ただ、私はまだエリの変幻自在の魔力に翻弄されている。
ジーニアの血縁らしいが、魔力量だけでいえばジーニアより上だろう。
いや、私が今まで出会った魔女の中で、師のディルに匹敵すると言っていい傑物だ。
……ちょっと待って。邪教『真実の眼』の頂点、七賢魔だったディルと同等でいて、邪教の一介の魔女だなんてあり得る?
ジーニアが好例だ。実力のある魔女は、あっちこっちに派遣されて使われている。
それなのに彼女はずっとマーイン領にいる。
……これは私の知っているマツバたちなら絶対にしない選択だ。特に、ローレルとアロマティカスは人を見る目がある。使える駒を喜んで、褒め回して使うはず。
ならば逆に考えろ、私。
彼女がマーイン領にこだわる理由。六賢魔が、彼女をマーイン領に置いておく理由。この地に何が起きた? 何が起きている? そして……何が起ころうとしている?
「ヴィレッタさん! 浄化の光を盛り土へ放つっす!」
「ジーニアがかけたのは、土地そのものの呪いの起動だ! 土地が浄化されれば死者は土へ還る!」
ナイス。フィーリア、ヘクターさん。エリの舌打ちが夜風に混じって聞こえたことで、私も確信したよ。
私へ見え見えの煙幕を張り、ヴィレッタを弑するべく動くエリに、今度は私から仕掛ける。
「邪魔はさせません。あなたの狙いは、土地そのものを巨大な呪いの渦にさせ、無限の魔力を取り込むこと」
上空に無数の氷槍を生み出すエリの真下から、私は炎を纏い彼女の懐へと飛び込む。
同時に頭上から降り注ぐ全ての氷槍を、螺旋を描く炎で蒸発させながら。
「この地を選んだのは、民たちの絶望と怨嗟が丁度よかったから。魔女ヴィルマが、ありもしない呪いの誓約書を民たちに信じさせていたから。恐らくヴィルマは、領主に取り入る方便として誓約書を偽造しただけ。……でも、言葉は言霊。長い年月をかければ、嘘も真実になる」
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