【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第8章 砂漠の英雄

第28話 死兵

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「キャハ♥」

 あいつの声は夜の静寂を切り裂くガラスの破片のように鋭く、不気味なほど無邪気に響き渡った。
 盛り土――名もなき者たちの墓の上にシスター服の少女がつま先立ちで立っている。
 月明かりが彼女のオレンジ色のおさげ髪を淡く照らすシルエットは、夜の闇に舞い降りた妖精のように可憐で儚げに見えた。
 けれど彼女の顔に浮かぶのは、三日月のように歪んだ残酷な笑み。右手の人差し指が、戯れるように虚空をなぞり、スッと自身の目の前に立てられる。

 カタカタカタ……。

 不快な骨の軋む音が、足元の土の中から響き渡る。
 ヴィレッタの放つ神聖な光に浄化されて安らかな眠りについたはずの骸骨兵たちが、再び呪われた生命を吹き込まれ蠢き始めたのだ。
 土くれをかき分け、泥のついた骨の手が次々と地上に現れる。

「ジーニア! 何を⁉」

 反射的にそちらへ意識を向けた私の頬を、鋭い冷気が掠める。

「ローゼさん、よそ見は駄目っす!」

 フィーリアの叫び声で我に返った瞬間、目の前のエリから放たれた氷の槍の連弾が私に向けて殺到していた。
 私は咄嗟に炎の壁を展開して氷を蒸発させる。熱と冷気がぶつかり合い、濃い水蒸気が視界を白く覆う。
 ヴィレッタは骸骨兵の再起動を阻止すべく、さらに強い浄化の光を放ち続けている。
 彼女の守りを解くわけにはいかない。エリの猛攻も止めなくてはならない。
 私とフィーリア、ヘクターさんの3人は、完全にこの場に釘付けにされてしまった。

 ベレニスが「ジーニア! あんたっ!」と怒りの声を上げ、衛兵の1人をレイピアの柄で打ち据えてジーニアへ向かおうとする。
 しかし、すぐに別の衛兵が盾となって彼女の進路を塞ぎ、鈍い金属音が夜闇に響いた。

 レオノールもまた、数人の衛兵に囲まれ、二刀を巧みに振るって薙ぎ倒していくが、表情には焦りの色が濃い。
 致命傷を与えない戦いは、この終わりのない悪夢の前でもどかしく、彼女たちの体力を確実に削っていく。

 ジーニアの登場が、戦況の天秤を完全に傾けたのだ。

 そしてジーニアは、さらに残酷な一手を見せつける。

「クソガキエルフとファインダの姫ねぇ。気絶させた衛兵は今んとこ5人かぁ。キヒ♥ こいつら貰っていぃ?」

 マズい!
 脳裏に王都ベルンで起きた悪夢が鮮明に蘇る。
 血の海に沈んだルインズベリー公爵邸、虚ろな目で教会に彷徨うシスターたちの亡骸。
 あの狂気に満ちた光景を、ここで再現させるわけにはいかない。

「魔女ローゼ、あんたの相手は私でしょ?」

 エリが私の懐に入り覗きこみ放つ氷魔法が、月光を反射して妖しく煌めく。
 彼女の冷徹な視線が、私の一挙手一投足を縛り付ける。

「ああ、いいぜ。ジーニア」

 リョウと激しく剣を打ち合わせながら、クレバスが吐き捨てるように言った。
 クレバスの許可を得た瞬間、ジーニアは地面に倒れていた衛兵の胸に、躊躇なく漆黒の剣を突き立てていく。
 グチュリ、と肉を抉る生々しい音が響く。それは人の命が呆気なく潰える音。
 
 ……くっ! 人の命を、なんだと思ってる!
 
 心臓を貫かれた衛兵は痙攣したかと思うと、ぎこちなく立ち上がる。
 もう瞳に光はなく、傷口からはおびただしい血が流れ落ちているのに、痛みを感じる様子は微塵もない。
 ただ生前の意志とは無関係に、ジーニアの魔力だけを動力源として動く殺戮人形――グールが新たに生まれてしまった。

「私が……私が気絶させた衛兵を……」

 レオノールの声が絶望に震えた。

「レオノール! 動揺しない! 気絶させなきゃジーニアの思い通りにならない!」

 ベレニスが叱咤するが、彼女自身のレイピアの冴えも、明らかに鈍くなっていた。
 目の前の敵を倒せば、より強力な不死の敵となって蘇る事実が、重い枷となって彼女たちの手足を縛り付けているのだ。
 
 衛兵に加え、骸骨兵とグールの対処も2人がする羽目になった状況。
 ヴィレッタの光とフィーリア、ヘクターさんの擁護で本来の能力を封じ込めてはいるものの、負担を増してしまった形勢になってしまった。

「キャハ♥ 全力で相手してやりなってぇ。衛兵たちはみーんな、ここで命を散らすつもりなのにさぁ。本気で相手しないなんて、失礼だと思わなぁい? お姫様はぁ『全ての罪を背負う』んだろ? なら、あたしがその罪、いーっぱい増やしてあげるねぇ。キヒ♥ ……気絶したら文字通り死兵にしてやる。衛兵さんたちぃ、頑張ってねぇ」

 ジーニアの甲高い嘲笑が戦場を支配する。
 狂気は伝染するかのように、リョウやクリスの剣戟からも冷静さを奪い、焦りの色を滲ませ始めていた。

「なぜ……なぜこのような真似ができるのですか! ルインズベリー家を滅ぼし、シャルロッテを邪教に取り込むだけでは飽き足らず、あなたはどこまで非道をすれば気が済むのですか!」

 ヴィレッタの悲痛な叫びが夜空に木霊するも、ジーニアはただ嗤うだけだ。

 私とエリの魔法の応酬も激しさを増す。
 炎と氷が夜闇を焦がし、凍らせる。
 一つでも対処を誤れば戦線のどこかが崩壊する緊張感が、私の精神をギリギリと締め付けていた。

「クスッ、ジーニア、今回見てるだけじゃなかったの? グール兵の話は聞いていたけど凄いじゃない」

「キヒ♥ サービスなだけぇ。戦力差的にぃ、お姫様一行に劣ってそうだったから少ぉしだけねぇ。もう何人かグールにしたら消えるからぁ、ちょおっとだけぇ、愉しませてぇ」

「フフフ……両親の仇の相手を真似するなんて。せっかく私が殺してあげたのに。ねえ、レアード王国の第一王女様」

 ……え?

「エリ! 殺されてえか! 黙って戦ってろ! レアードの姫はてめえもそうだろ!」

「いいじゃない。因縁深いんでしょ? 死ぬ前に、少しぐらいあなたのこと覚えてもらいたいじゃない? ねえ、魔女ローゼ御一行さん?」

 エリの挑発に、ジーニアの無邪気な仮面が剥がれ落ちる。
 感情を爆発させた彼女の顔は、憎悪と苦痛に激しく歪んでいた。
 
 ……レアードの姫? ジーニアとエリさんが?

「聞いたことあるっすね。10年前、レアード王国で死者が蘇った騒ぎの噂を」

「墓から溢れ出た亡霊により、多くの犠牲者が出たって眉唾物の話か。レアードは秘密主義の国で王族の情報は外部に漏れんが……王の逝去は公式に発表されている。先王が逝去したのは10年前。ベルガー王国の先王と先王妃の逝去と……そこにいるローゼマリー姫の逝去の1年後だな」

 ヴィレッタを守りながら、フィーリアとヘクターさんの鋭い視線がジーニアに注ぐ。

「騒ぎを鎮静化させたのは黒髪の老婆の魔女……以前ジーニアが口にしていた『マツバ様があたしを拾ってくれた。マツバ様があたしを育ててくれた。マツバ様があたしに好きに生きていいって言ってくれた』ってセリフ……」

「フィーリア、それってやっぱり六賢魔のマツバ……」

 私の脳裏に千年前の記憶が蘇る。いつも真っ直ぐな黒曜石のような瞳で私を見つめ、時折見せる笑顔が眩しかった側仕えの少女の姿が。

「ちっ……これだからムカつくんだよ! チビジャリドワーフ! エリもだ! 余計なことくっちゃべってねえで戦ってろ!」

「はいはい。グール化の魔力だけ残して消えなさい。南部諸国群に早く行かないと、六賢魔様たちに告げ口するわよ。あとでこいつらのグール化姿、見せてあげるから。イフリート復活の任務があるんでしょ?」

「ちっ……わーったよ。せいぜい頑張んな、エリ……従姉さん」

 ジーニアの姿が、ふっと闇に溶けるように消える。
 あいつの狂気を直接相手にしなくて済むことに安堵すべきか。
 それとも、多くの因縁をここで断ち切れなかったことに絶望すべきか。
 残されたのは倒せば倒すほどに増えていく不死の軍団と、それを率いるクレバスとシオン、それに元凶の魔女エリ。

 私たちの状況は、刻一刻と絶望の色を深めていった。
 
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