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第3章 公爵令嬢の選択
プロローグ
しおりを挟む今でも夢を見る。
人生で一番楽しかった頃の記憶だ。
「お待ちください、姫様! お城の中で走り回ると、また叱られてしまいますよ! いえ、わたくしが叱ります!」
「ヴィレッタもはやくはやく~! 大丈夫だから~。私は王女だし! えっへん」
大人たちの足の長さぐらいしかない小さな体を、一生懸命に回転させて、廊下を駆けていくお姫様。
明日5歳を迎える可愛い金髪の幼姫は、好奇心の塊だった。
従者である少女ヴィレッタは、白い肌と長い青髪をなびかせて、主のお姫様を追いかけていたのだった。
「ちょっとシャルロッテ! 貴女も止めてください! 姫様がお城中を駆け回って転んだら大変です!」
「ヴィレッタは過保護過ぎ! 一緒に遊ぶのだっていつものことでしょう?」
シャルロッテと呼ばれた幼女は、赤い髪を揺らしながら、ヴィレッタに反論する。
「ヴィレッタもシャルロッテもはやくはやく~! こっちこっち~!」
お姫様は小さな手で、ヴィレッタとシャルロッテに向けてブルンブルンと手を振る。
その愛くるしい仕草に、ヴィレッタとシャルロッテは顔を見合わせて笑う。
この幼き王女が、2人にとって何よりも大切だった。
それは身分など関係ない。
2人にとっては、誰よりも大切な家族同然の存在だったのだから。
だから今日も3人で遊ぶのだ。
お城の中庭でかくれんぼをしたり、おままごとや鬼ごっこをして遊んだり、時には一緒にお勉強をしたりもするのだ。
明日5歳になる王女はこの国の第一王女であり、将来の女王になる人物だった。
「もう! 姫様ったら! また抜け出したのですね!」
見回りの侍女長に見つかり、3人は追われるかのように中庭へ飛び出す。
走って転んで、泥だらけになって、でも最後には3人で笑い合いながら日が暮れるまで遊ぶのだ。
それは、幼き少女たちにとってかけがえのない時間だった。
この幸せがずっと続くと信じていたから……
「ねえ、ヴィレッタとシャルロッテは大きくなったら何になりたいの?」
王女は2人に尋ねた。
その目は、純粋無垢な少女特有の輝きに満ちている。
「決まってます! 姫様のお付きとして、ずっとお傍にいます!」
ヴィレッタは嬉しそうに答えた。
「私はアデルのような親衛隊長になるの! それで王女様やみんなを護るの!」
シャルロッテは、憧れの騎士のようになりたいと夢を語る。
「うんうん! ヴィレッタもシャルロッテも素敵だね! 私も大きくなったら、素敵な大人になりたいなぁ!」
王女は将来に夢を馳せる。
「姫様はローラ王妃様みたいな、立派な女性になるのがよろしいかと存じます」
ヴィレッタはそう告げる。
ローラ王妃とは、この国の王であるカエサル・ベルガーの妻であり、隣国ファインダの第一王女だった人物だ。
普段は優しく微笑む慈愛に満ちた王妃。
だが、いざという時は毅然とした態度で、貴族や大臣らの前に立ち向かう姿に王女たちは憧れていたのだ。
ローラ王妃は幼い王女の憧れであると同時に、ヴィレッタとシャルロッテにとっても母のような優しい存在だった。
「でも姫様が、お淑やかなローラ王妃様になるなんて想像できないですわね」
シャルロッテはからかうように言う。
ヴィレッタも同意するようにうんうん頷く。
「姫様! そうなりたいのなら、もっとお淑やかにならなければいけません! 今のままでは、ローラ王妃様のような素敵な女性にはなれません! このヴィレッタが、みっちり教育して差し上げます!」
ヴィレッタはドンと胸を叩いて王女に向けて宣言する。
王女は頰を膨らませるも、それがヴィレッタなりの優しさだとわかっているから、駄々をこねたりはしない。
これも彼女たちの日常の一部なのだから。
「ヴィレッタだって同い年なんだから、同じじゃない! いつもプンスカしてると姫様に嫌われちゃうよ?」
シャルロッテの言葉に、シュンとするヴィレッタ。
「そんなことより! 2人に王女である私から命令! 姫様じゃなくって、2人が呼んでいるみたいに名前で呼んで! ローゼマリーが長くて言い辛いならローゼでいいから! お母様やお父様みたいに呼び捨てにして欲しいの!」
王女の言葉に、ヴィレッタとシャルロッテは一瞬困惑したがすぐに頷いた。
彼女たちにとって、王女としての命令よりも何よりも彼女の頼みが大事なのだ。
「わかりました。ローゼ様。いえ、ローゼ。わたくしヴィレッタ・レスティアは生涯をかけて貴女を護ります」
ヴィレッタは跪き、王女の手の甲に口付けをする。
「シャルロッテ・ルインズベリーも、ここに生涯の忠誠を誓います」
シャルロッテも続いて、同じ様に口付けをする。
「ヴィレッタも、シャルロッテも、なんかよそよそしい! 友達なんだからもっと気楽に! ね?」
王女の言葉に2人はクスリと笑う。
「ヴィレッタもシャルロッテも! 私が必ず幸せにするから!」
そんな王女の宣言に、2人の公爵令嬢は、幸せな気分で王女に抱きつくのであった。
明日は王女の5歳の誕生日。
きっと盛大なパーティーの最中にもこの3人で会場を駆け回り、楽しい時を過ごすのだろう。
カエサル王が愉快そうに笑い、ローラ王妃が微笑み、フリッツ・レスティア宰相が頭を抱え、親衛隊長のアデルがオロオロしていく光景が容易に想像できた。
明日だけではなく、明後日も明々後日も来年も10年後も、ずっとこんな日々が続いていくことを、3人は信じて疑わなかった。
しかし、歴史の針は突然大きく動き出すこととなる。
翌日、王女の5歳の誕生日、この日は望んでいた未来の光景だった。
でも、それで終わった。
翌々日、王女も王も王妃も目覚めなかった。
病死と発表された。
ヴィレッタは、何がどうなっているのか全然理解ができなかった。
ヴィレッタの父、宰相フリッツ・レスティアは混乱する王宮をまとめ、カエサル王の弟に王位を継ぐよう説得した。
さらに動揺する民や諸侯、同盟国ファインダ王国、その他の国々にも、ベルガー王国は今まで通りであるとの声明を出した。
フリッツ宰相は陣頭指揮を執りながら、葬儀の準備を行い、関係各所に指示を出し続けたのであった。
そして王の死から4日後、カエサル王、ローラ妃、ローゼマリー王女の国葬が執り行われ、全てが滞りなく終わる……かと思われた。
遺体が眠る棺桶へ、花を入れる時に事件は起こった。
棺桶に花を添える際、ヴィレッタは叫んだ。
「この人! ローゼ様じゃない!」
彼女がもう少し年齢を重ねていて、魔女の知識が豊富であれば、論理的に説明できただろう。
だが、まだ幼き彼女には、ローゼマリー王女の遺体から感じる違和感を説明できる術はなかった。
会場は騒然となったが、王女の側近の幼き少女の錯乱とされ、騒ぎはすぐに収まった。
「シャルロッテもそう思うでしょ⁉ ねえ! シャルロッテ‼」
「落ち着いてヴィレッタ! ローゼ様は死んだの! あれはローゼ様なの!」
王女の5歳の生誕祭から、王の死と王妃と王女の急死。
誰もが信じられない悪夢の中にいた。
だが悪夢は続く。
半年後、新王サリウスを支えるフリッツ宰相が、乗っていた馬車の馬が暴走して死んだ。
レスティア家は没落した。
新たな宰相は貴族たちの推薦により、シャイニング公爵家のテスタなる人物が就いた。
そうして先王の死後から1年も経たない内に、王国はテスタ宰相による独裁政治へと移行していくのであった。
民たちは嘆く。
カエサル王が健在なら。
フリッツ宰相が健在なら。
サリウス王が頼りになる人物だったら。
テスタが宰相にならなければ、と。
ローラ王妃の故郷、同盟国ファインダ王国との関係は悪化した。
各地で盗賊が跋扈し、魔獣が出没し、国々による争いも絶えなくなり、混沌とした状況が続き、民の不安は募り、国の疲弊は増していく。
カエサル王の死から2年後、ベルガー王国はダーランド王国、南部諸国連合王国、レアード王国と4カ国同盟を結びファインダ王国に侵攻した。
だが敗北を喫し、4カ国同盟は形骸化し、翌年には南部諸国連合王国がベルガー王国に侵攻する。
ベルガー王国で、近年唯一の明るい話題はこの戦いであろう。
敵軍10万を、先陣として迎え撃つはアデル・アーノルド率いる千の兵。
アデルは見事、南部諸国連合王国の王すらも討ち取り、亡国の危機を救った。
それからさらに時は流れ、大陸暦1117年9月。
ベルガー王国の2人の公爵令嬢の運命が、大きく動き出す。
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