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第5章 籠の中の鳥
プロローグ
しおりを挟むレオノールはため息を吐いた。
ここは、ファインダ王国の貴族子弟が通う王立学校の女子寮。
廊下には赤絨毯が敷かれ、壁には歴代の優秀な卒業生の肖像画が飾られていた。
8年前の内乱で焼失したこの寮は、数年前に再建されたばかりで白い壁と青い屋根が美しい。
その談話室にて、灰色ショートヘアにヘーゼル色の瞳の14歳の少女、レオノールは不貞腐れていた。
「よろしいですか、姫殿下? 陛下と妃殿下からくれぐれも脱走を図らぬよう厳命されております。卒業まで王宮に戻れませんので、そのつもりでいてください」
寮長のモリーナ・レーチェルが小言を言うのを、レオノールはそっぽを向いて聞いている。
談話室には柔らかな陽光が差し込み、豪華な調度品や絵画が優雅な空間を演出しているが、レオノールにとってはまるで檻のように感じられた。
「レオノール姫殿下! 聞いておられますか?」
「はい! 要は規則を守って、誰にも発見されずに脱走すればいいのですね!」
「違います。王位継承権第一位として相応しい学業と教養を身に付けるように、とのお達しです。教師一同、微力ながら助力いたしますが、何よりもレオノール姫殿下の努力が必要不可欠です」
モリーナの眼鏡がキラリと光る。
(冗談の通じなさそうな人だなあ。……苦手だ)
モリーナ・レーチェル。27歳。
深緑色の髪に紺色のロングスカート、眼鏡姿が特徴的だ。
レオノールの叔母のテレサ・ファインダが学生の頃の2つ上の先輩であり、昔の女子寮にいたということで話は聞いていた。
いわゆる優等生であり、王族だが問題児であったテレサに、よく説教をする立場だったらしい。
結局、モリーナ卒業から数ヶ月後に起きた戦争と内乱で、テレサは退学どころか王籍も離脱し、アラン傭兵団へ入団してしまうのだが。
先日王都に帰郷したテレサは、モリーナが女子寮の寮長になっていると知って、驚いて会いに行ったそうだ。
入寮するレオノールについても色々頼んだようで、レオノールは内心、余計なお世話だとため息をついたのだった。
寮は2人部屋が基本だが、中途半端な時期に入寮してきたレオノールは、王女という特別な配慮から1人部屋を与えられた。
それはそれで寂しいが、やがてこの国のトップとなる存在なのだ。
相部屋に適当な人選を配置するわけにもいかず、寮の管理者、教師、生徒たちも、誰が自分に都合が良いか、裏でこそこそと策を巡らせているのだ。
順当に選ばれるならソフィアかベーベルだ。
2人ともレオノールと同い年の侯爵家令嬢で、家柄は申し分ない。
ファインダ王国建国の功臣の家柄でもあり、誰もが納得する存在である。
ただ2人とも、常に取り巻きに囲まれていて、当人同士も険悪の仲。
どちらかが選ばれても、裏で陰湿めいた醜い争いが起きてしまうだろう。
レオノールは、互いに張り合って競争し合うならまだわかるが、蹴落とそうとする2人の考えは理解できない。
廊下を歩くたびに、他の生徒たちが慌てて頭を下げる様子にも、レオノールは居心地の悪さを感じた。
(姉様のヴィレッタさんが羨ましい。私にもそういう人がいればなあ)
そんなことを考えつつ、自室へ向かうべく談話室を出たレオノールの耳に、女の人の悲鳴が聞こえてきた。
考えるより先にレオノールは駆けだした。
「何事ですか⁉ ややっ⁉」
レオノールが目にしたのは、腰まで伸びる薄桃色の髪の、同い年くらいの少女が蹲っている姿だった。
少女の翠色の瞳には、恐れと共に何か秘密を隠しているような複雑な色が浮かんでいた。
レオノールは少女に不思議と心惹かれるものを感じた。
その少女を囲んでいるのは、ベーベルとその取り巻きたちだ。
「イジメですか! イジメは良くないですよ、ベーベル!」
「ち、違いますレオノール姫殿下! そ、そう、えっと」
栗色ウェーブヘアのベーベルが慌てふためいていると、取り巻きの1人がベーベルの元にゴニョゴニョと何かを囁いた。
「ネズミですわ! ネズミが集団で通り過ぎましたので、この子が驚いて転んで悲鳴を上げただけなのです!」
「そうなのですか?」
片膝をつき、薄桃色の髪の少女へ、レオノールは目線を合わせた。
王女様、それはあまりにも王女らしくありませんと、慌てふためくベーベルたち。
レオノールは、そんなのどうでもいいと答えるのだった。
「……はい。その通りです。お騒がせして申し訳ございません、レオノール姫殿下」
「そういうことですので、わたくしどもは失礼しますわ。ごきげんよう、レオノール姫殿下」
ベーベルたちは、あたふたして去った。
「いやあ、もうちょっとわかりやすい嘘を言ってほしかったです。本当にネズミの集団が大移動していたら、そこかしこから悲鳴があがりそうなのに。……えっと、立てます? 手を貸しましょうか?」
レオノールはそっと少女へ手を伸ばすが……
「ありがとうございます。大丈夫ですので、お気になさらないでくださいませ。では、ごきげんようレオノール姫殿下」
そう言って、そそくさと去ってしまった。
(あらら、行っちゃいました。名前くらい聞いておけば良かったかなあ)
彼女はソフィア派閥なのかな? なら、そっちのほうに探りを入れてみますか。
レオノールはそう考えながら、自分の部屋へと向かった。
部屋の壁には王家の紋章が刺繍された豪華なタペストリーが掛けられ、書斎には分厚い高級そうな本が並んでいる。
「おお! フカフカな絨毯の上に暖かいカーペットが敷いてあるし、ベッドもふわふわ! 日当たりも良好! 窓には鉄格子! いやこれは要らない! ……と言いますか、絶対これ、他の寮生と比べて贅沢な作りしてますよね? はあ~、別にみんなと同じでいいのになあ」
後で文句を言って変えてもらおうと思いつつ、夕食時まで仮眠すべく、レオノールはベッドへと潜り込むのだった。
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