【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第16話 偽り

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「あっ、もしかして……先日ローゼマリー様たちのお部屋で見かけた、あのぬいぐるみのことでしょうか? たしかにヴィレッタ様が仰っていた、目つきが悪くて……という特徴に似ている気がします。どなたか、モデルになった殿方がいらっしゃるのでしょうか?」

 ルリアさんが、おずおずと興味深そうに尋ねてくる。
 彼女の翠色の瞳が、記憶の糸を手繰り寄せるように揺れた。

「ああ、そういえばありましたね、そんな人形がローゼ姫様のベッドにも、たくさん。……捨ててくださいとお願いしたはずなのですが、まだローゼ姫様はお持ちなのでしょうか?」

 ヴィレッタが思い出したように眉間を寄せた。
 あの時の嫌悪感を隠しきれない様子だ。

「そうそう、誰か寮生のイタズラだって、ヴィレッタはカンカンに怒っていたわよね。ローゼ姫様、ちゃんとお捨てになりました?」

 シャルロッテが面白そうに私を見る。
 うっ、2人の視線が痛い。
 だって、なんとなく捨てられなかったんだもん。

「あったあった、これでしょ?」

 私はちょっと気まずい気持ちで、ベッドの下に押し込んであった紙袋を引っ張り出す。
 中を覗かせると、案の定、ヴィレッタは息を呑んで後ずさり、シャルロッテも顔をしかめた。

「な、なぜ、まだお持ちなのですか、ローゼ姫様⁉ そのような気味の悪いもの……」

 ヴィレッタの声が震えている。そんなに嫌かなあ、これ。

「あらあら、ローゼ姫様は物持ちが良いのですね。……ですが、わたくしもあまり趣味が良いとは思えません」

 シャルロッテもやんわりと苦言を呈してくる。

 えー? そうかなあ? じっと袋の中を見つめる。
 黄土色の皮鎧を着た、小さな剣士の人形。たしかに、お世辞にも愛らしいとは言えない、ちょっと……いや、かなり目つきが悪い。
 でも、なんだろう。このふてぶてしい感じが、妙にしっくりくる。

(……カッコいい、かも?)

 いやいやいや! 何を考えているの私! こんなの全然可愛くない! むしろ、ちょっと不気味だ。
 魔除けの人形、って誰かが言っていたっけ?
 そう、魔除けにはお似合いかもしれない。でも、なんで私、一瞬カッコいいなんて思ったんだろう?

 それに、この人形、誰かに似ている気がする。
 鋭い目つきなのに、時々、寝癖をつけたまま平気な顔をしている、あの人。

(……あの人って誰だっけ?)

 まただ。頭の中に靄がかかって、大事な誰かの顔が思い出せない。
 自分の思考なのに、自分じゃないみたいで、背筋が少し寒くなる。

 私の表情の変化に気づいたのか、ヴィレッタが心配そうに顔を覗き込んできた。

「ローゼ姫様? 顔色が優れませんが、大丈夫でございますか?」

「う、ううん、大丈夫! それより、ほら! テストが終わったら、みんなで王都の散策とかどうかなって!」

 慌てて話題を逸らすも、ヴィレッタは訝しげな表情を崩さない。

「……ローゼ、いえ、ローゼ姫様。たしか、このような人形で、ローゼ姫様ご自身がモデルになったものもあったような……?」

 ヴィレッタが、袋の中の人形を凝視しながら、何かを必死に思い出そうとしている。
 そして、うっかり私を呼び捨てにしそうになったことに、ハッと口元を押さえた。

「も、申し訳ありません、ローゼ姫様! つい……」

「もう、ヴィレッタったら。いかにローゼ姫様と幼馴染で仲が良いとはいえ、敬称を省くのは感心しません」

 シャルロッテが嗜めるように言うと、ヴィレッタはますます恐縮してしまった。

「別に気にしないのに。ヴィレッタもシャルロッテも、昔から『ローゼって呼んで』って言っているでしょ?」

 私がそう言うと、ヴィレッタは少しだけホッとした顔になった。
 でも、すぐにまた難しい顔で考え込んでいる。

「ええ、ありました。ローゼ姫様だけでなく、わたくしたちがモデルになった人形が。……でも、どうしてこの人形だけが、こんなに大量に?」

 そうだ、思い出した。私たちパーティ全員のぬいぐるみが作られたんだ。
 誰が何の目的で作ったんだっけ?

 ……それに、どうしてこの目つきの悪い子の人形だけが、こんなにたくさん、私たちの女子寮の部屋にあったんだろう?
 誰かのイタズラ? でも、何のために?

「ねえ、シャルロッテは見覚えある? ルリアさんは、このぬいぐるみがどこで手に入るか、心当たりとかないかな?」

 2人に尋ねてみるが、芳しい答えは返ってこない。

「さあ……? ベルガー産の生地ではなさそう、としか。それにしても、ローゼ姫様もヴィレッタも、その人形をそんなに真剣に見つめるなんて、少し悪趣味に思えます」

「申し訳ありません。私は……記憶にございません」

 シャルロッテは呆れたように、ルリアさんは申し訳なさそうに首を振る。

「ヴィレッタは何か思い出した?」

「……理由ははっきりと思い出せないのですが……この人形を見ていると、どうしようもなく腹立たしい気持ちになります。もし、この人形のモデルになった殿方が実在するなら……今すぐ目の前に引きずり出して、お説教をしなければ気が済まない気分です。ローゼ姫様が、こんな大変な時に、いったいどこで何をしているのかと」

 ヴィレッタが人形を睨みつけるその瞳には、不機嫌な感情が溢れている。

 ……大変な時? 今の私が? ヴィレッタは何を言っているんだろう?
 それに、ヴィレッタがここまで不機嫌な顔になるなんて、この人形のモデルの人、よっぽどヴィレッタに嫌われるようなことをしたのかな?

 でも、私もヴィレッタと同じように、この人形の『あの人』に対して、何か引っかかるものを感じる。
 怒りとは違う、もっと複雑な、胸がざわつくような。

 コンコン。

 不意に控えめなノックの音がして、扉の外から声が聞こえた。

『もう就寝時間は過ぎております。お静かにお願いいたします』

 モリーナ寮長の声だ。
 私たちは慌てて声を潜め、私は例の人形の入った紙袋を再びベッドの下へと押し込んだ。

 あの人って、いったい誰なんだろう……?
 私の記憶の中には影も形もないはずなのに、どうしてこんなにも心が揺さぶられるんだろう? ……わからない。
 でも、この胸騒ぎは何か良くないことが起きる前触れのような気がして、どうしても不安が拭えなかった。

 ルリアさんは「おやすみなさいませ」と小声で挨拶して、自分の部屋へと戻っていった。

 残された私たちは、それぞれのベッドへ向かう。
 レオノールは……やっぱり私のベッドですでに寝息を立てている。
 全く、この子は相変わらずだ。
 ヴィレッタとシャルロッテが呆れたように、でもどこか微笑ましげにそれを見ていた。

「ローゼ姫様、わたくしたちのベッドをお使いください」

「そうです、姫様。レオノール様と一緒では狭くてお休みになれないでしょう」

 2人がベッドを譲ろうとしてくれるが、首を横に振る。

「ううん、大丈夫。レオノールとこうして寝るの、初めてじゃないし」

「ローゼ姫様、そのようなご発言は、あらぬ誤解を招きますのでお控えくださいませ」

 ヴィレッタが本気で心配そうな顔をする。
 いやいや、変な意味じゃないってば!

 ランプの灯りを消すと、部屋は月明かりだけに照らされる静かな空間になった。
 レオノールの穏やかな寝息だけが聞こえる。

 ……また、あの人のことを考えている。
 この気持ちは、なんなんだろう?
 懐かしいような、切ないような、もどかしいような、思い出せない誰かへの強い感情。

 よし! 寝よう! 寝て綺麗さっぱり忘れよう。
 ……だめだ、やっぱり目が冴えちゃっている。
 ていうかレオノール! 暑い! くっつかないでってば!

 私が隣で寝返りを打とうとした、その時、耳元で、か細くもはっきりとした囁き声が聞こえた。
 それは寝ているはずのレオノールの声だった。

(姉様、そのまま動かないで。落ち着いて聞いてください。……今、私たちが存在しているこの空間は、偽りです)

 その言葉は、冷たい針のように私の鼓膜を突き刺した。
 部屋の空気が一瞬で凍りつき、シンとした静寂の中で、私の心臓の音だけがやけに大きく響いた。

 ***

 ファインダ王国王都リオーネ、活気あふれる中央広場。
 様々な露店が軒を連ね、人々の賑やかな声が響いている。
 その一角で、リョウ、ベレニス、フィーリア、クリスの4人は次の情報収集場所へ移動するため、とある人物を待っていた。

 その彼らに、ふわりと影が差した。
 異質で、どこか現実味のない気配。

 ゴスロリ風の豪奢なドレスに身を包んだ少女が2人。
 周囲の喧騒から切り離されたかのように、静かに立っていた。

 1人は陽光すら吸い込むような黒服の、金髪ツインテールに右目を覆う眼帯をしているリリ。
 もう1人は月光を凍らせたかのような白服の、銀髪ツインテールに左目を覆う眼帯をしているロロ。

 10代半ばの人形のように整った顔立ちの瞳には、一切の感情が宿っていない。

 邪教に仕える双子の魔女だ。

「「リョウ・アルバース」」

 寸分違わぬタイミングで紡がれた、抑揚のない声。
 リョウはその声に、警戒しつつ振り向いた。

「ん? あんたたち誰? ……っていうか、傭兵に可愛い女の子が自分から話しかけるなんて、何かの間違いじゃないの?」

 リョウの隣で、大きな肉串にかぶりついていたベレニスたちが、目を丸くして少女たちを見る。

「「好きです。一晩でいいので抱いてください」」

 再び完璧にシンクロした無機質な声が広場に響く。
 周囲の通行人が一瞬、何事かと視線を向けるが、すぐに興味を失ったように雑踏へと戻る。

 リョウは完全に硬直した。
 口を半開きにし、目を白黒させている。

 クリスは持っていた肉串を落とし、フィーリアは呆気に取られ、ベレニスの長い耳がピクピクと震えだす。

 そのまま奇妙な沈黙が数秒流れる。
 リリとロロは、わずかに小首を傾げた。

(おかしい)
(計算と違う)
(このまま宿へ連行されるはず)
(なぜ反応がない?)

 次の瞬間、リョウは脱兎のごとく駆け出した。
 人混みをかき分け、露店の隙間をすり抜け、まるで背後から恐ろしい魔獣にでも追われているかのような必死の形相で、あっという間にその姿が見えなくなった。

「「…………⁉」」

 リョウが消えた方向を、リリとロロは呆然と見つめていた。
 完璧なはずの計画が、予想外すぎる形で瓦解したのだ。
 無表情な双子の顔に、初めて「絶句」という感情が浮かび上がっていた。

「あーあ、行っちゃった。あんたたち、悪いことは言わないわ。今日のことは誰にも言っちゃダメ。特にローゼっていう子には絶対秘密よ。……本気で殺されちゃうから」

 ベレニスが、心底同情したような顔で双子に忠告する。

「ローゼさんとヴィレッタさんがいなくて、本当によかったっす。……いたら今頃、この広場一帯が更地になってリョウ様は……いえ、考えるのはやめておくっす」

 フィーリアが額に手を当て、深いため息をついた。

「あ! お肉が! ワンちゃんが持っていっちゃった。……うぅ……」

 クリスは、犬に奪われた肉串の串だけを握りしめ、悲しげにうなだれた。

 リリとロロは、しばし呆然としていたが、やがてゆっくりとベレニスたちに背を向けた。
 その無表情な仮面の下で、ふつふつと黒い感情が沸き上がり始めていた。

(女好きに、拒絶された)
(ありえない)
(なぜ?)
(私たちの魅力が、通じなかった?)

 それは彼女たちにとって初めて経験する「屈辱」だった。

「「この借り、必ず返す」」

 憎悪に染まった双子の瞳が、リョウが消えた方向を冷たく見据えていた。
 無機質な人形に、明確な殺意が宿った瞬間だった。
 
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