【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第15話 長期休暇の予定は?

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 ファインダ王国王都リオーネ。
 活気あふれる街角の喧騒の僅かな隙間を縫うように、異質な気配が漂っていた。

 リョウたちの背後に、音もなく佇むゴスロリ服の少女が2人。

 1人は陽光すら吸い込むような豪奢な黒のドレス。
 眩い金髪のツインテールとは対照的に、右の瞳は漆黒の眼帯に覆われている。リリ。

 もう1人は月光を凍らせたかのような純白のドレス。
 冷たい銀髪のツインテールが肩にかかり、左の瞳は同じく眼帯で隠されている。ロロ。

 邪教に仕える双子の魔女だ。

 彼女たちの周囲だけ、空気が歪んで見えるのは気のせいではないだろう。
 通行人たちは、そこに壁でもあるかのように不自然に彼女たちを避け、しかしその存在自体を深く認識しようとはしない。
 世界そのものが、彼女たちの異常性を薄めようとしているかのようだ。

「女好きのリョウ・アルバース」

 リリが無表情のまま、しかし唇の端を微かに歪めて呟く。

「今も美少女3人を侍らせている。噂通り」

 ロロが応じる。銀色の髪は微風にも揺れず、眼帯の下の瞳は冷たく細められている。

「「私たちも抱いてくださいと言えば、きっと喜んで抱きついてくるはず」」

 シンクロする言葉。寸分違わぬ声色。
 一つの精神が二つの身体を操っているかのようだ。

「「その時が、リョウ・アルバースの最期」」

 無表情な仮面に、一瞬、嗜虐的な愉悦の色が浮かび、すぐに消える。
 彼女たちの瞳の奥には、底なしの狂気が渦巻いていた。

 古の呪詛を紡ぐ魔女のように、双子はターゲットに向かって、音もなく悪意を持って歩みを進める。
 その足は地面に触れているのかいないのか、幻影のように揺らめいていた。

 ***

 新年を目前に控えた王立学校では、長期休暇前の最後の山場であるテスト期間が始まろうとしていた。
 教室にはいつもと違う緊張感が漂い、休み時間にはノートを広げる生徒たちの姿が目立つ。
 もちろん私も例外ではなく、自室でヴィレッタやシャルロッテと一緒にテスト対策に励んでいる真っ最中だ。

 数日後には待ちに待った長期休暇。
 寮生たちの間では、帰省の話題で持ちきりでソワソワした空気が流れている。

 でも私はベルガー王国へは帰国せず、この女子寮に残る予定。
 一応、ファインダの新年を祝う祝賀の儀には、ベルガー王女として顔を出すことになっているが、他にこれといった用事はない。
 休暇中は学校の図書塔に籠って、気になっていた歴史書でも読みふけろうかな、なんて考えている。

 平和で、穏やかで、ちょっと退屈かもしれないけど、悪くない休暇だ。

「ファインダ王国の新年祝賀の儀は、集まった民衆が新年を祝い、女神フェロニア様への感謝を捧げる、厳粛かつ盛大なお祭りです。ローゼ姫様、毎年本国ベルガーでも同様の儀式に参加なさっているので大丈夫だとはお思いでしょうが、くれぐれもあくびをしたり、うたた寝などはなさいませんように。ここは親密な同盟国とはいえ、他国なのです。常に見られているという意識を持ち、王女としてお淑やかな態度を心がけることが肝要です。ローゼ姫様は天がお与えになった類稀なる美貌をお持ちなのですから、それを最大限に活かさねば勿体ないというものでございます」

 私がぼんやりと祝賀の儀での立ち居振る舞いをシミュレーションしていると、目の前の教科書から顔を上げたヴィレッタが、すっと背筋を伸ばして注意してきた。
 真面目な彼女らしい、的確だけどちょっと耳の痛い小言だ。
 その隣では、同じように勉強していたシャルロッテが、ペンを置いてクスクスと笑っている。

「ローゼ姫様が未だにどの殿方とも親密な間柄にならないから、ヴィレッタは心配でやきもきしているのです。そうでしょう、ヴィレッタ?」

 シャルロッテのからかうような言葉に、ヴィレッタは少し眉をひそめる。

「別にわたくしは、ローゼ姫様の将来を案じているだけです。せっかくファインダ王国に留学されているのですから、学業だけでなく、様々な方との交流を通して見聞を広め、有意義な時間を過ごしていただきたいと願っているだけでございます。……大体、ローゼ姫様に相応しい方が見つからなければ、困るのはシャルロッテ、あなたも同じではありませんか。ローゼ姫様のことです。もし本意ではない殿方を婚約者に宛がわれたりしたら大変です。きっと『こんな国、飛び出してやる! 冒険者になって自由を掴む!』とか言い出して、そのまま本当に旅に出てしまいかねません」

「あらあら、それはそれで面白そうね。私とヴィレッタは、姫様のお供として世界中を旅する羽目になるのでしょうね。刺激的で悪くないかも」

 シャルロッテは悪戯っぽく笑いながら、どこか遠い目をする。
 ……あれ? そんな冒険に覚えがあるような……?

「わたくしは少しも面白くありません! ローゼ姫様もシャルロッテも、王侯貴族としての自覚が足りません! よろしいですか? わたくしたち、特にローゼ姫様の双肩には、ベルガー王国億兆の民の未来がかかっているのです。もっとご自身の立場を自覚なさってくださいませ」

 ヴィレッタの熱のこもった説教に、シャルロッテは「はいはい、わかっていますよー」と気のない返事を返す。

 そんな2人のいつものやり取りを微笑ましく見ていると、ヴィレッタが私の方を向いて深いため息をついた。

 私は苦笑いを浮かべて誤魔化すしかない。
 だって、ヴィレッタの言うことは正論だし。

 ちなみに、私たちの会話が白熱している間も、テーブルの向かい側に座るレオノールは、すっかり夢の世界へ旅立っていた。
 開いたノートには無残にも涎の跡が地図を描いている。

 本当によく寝られるなあ、この子は。テスト期間中だというのに。
 これで赤点でも取ったら、ファインダ王国の王女としてどうなのよ。
 まあ、彼女の父母であるラインハルト王とマーガレット妃が、娘に甘くて怒らないかもしれないが。

 けど私の幼馴染にして親友であり、ベルガー王国が誇るレスティア公爵家の令嬢として、完璧主義で誇り高きヴィレッタが絶対に許さないぞ?

 ほら、案の定、レオノールの安らかな寝息に気づいたヴィレッタの眉がピクリと動き、説教の矛先がそちらへ向かった。

「レオノール様、起きてくださいませ」

 隣に座るルリアさんが、慌てて小さな声でレオノールの肩を揺さぶっている。
 そのアワアワした姿がなんだか小動物みたいで可愛くて、思わず吹き出してしまいそうになる。

「レオノール様、起きてください。このままでは赤点を取ってしまいます。そうなったら、長期休暇中ずっとヴィレッタ様によるスパルタ式の勉強漬けの日々が待っています」

「う~ん……あと……はちじかん……むにゃむにゃ……とこしえの森で……姉様と……」

 あのさあ、そういうのって普通『あと5分~』とか言うところだろ?
 8時間って、もう朝だよ。
 それに、とこしえの森? あの未開発の森がどうしたのよ?

「そういえば、ルリアは長期休暇はどうするの? 領地に帰省したりするの?」

 ふと、前から気になっていたが、なんとなく聞く機会がなかったことを、このタイミングで尋ねてみる。
 ルリアさんは、少し驚いたように顔を上げた。

「えっと、私のお父様もお母様も、今は王都の屋敷におりますので、領地に戻る予定はございません」

「へえ、じゃあ、休暇中はご両親と一緒に過ごすんだ。よかったね」

「いえ、両親はその……王都での公務の後に、領地に戻って新年祝賀の儀の準備などで何かと忙しいようですので。私が屋敷に戻っても、かえって邪魔をしてしまうかと。……ですので、寮で静かに過ごそうかと思っております」

 少しだけ寂しそうな、伏せられた翠色の瞳。
 貴族の娘というのも、色々と大変なんだな。……よし!

「そっか。じゃあさ、もしよかったら、休暇中は私と一緒に図書塔で本でも読まない? きっと面白い本がたくさんあるよ!」

「そ、そんな……! ローゼマリー姫様とご一緒させていただくなど、私のような者が、あまりにも畏れ多くて!」

 ルリアさんは、顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を横に振る。

「ルリアさん、この姫様に遠慮など必要ありません。見ての通り、少しお転婆が過ぎる方ですから」

「そうそう。むしろ、ルリアさんみたいな落ち着いた方が側にいてくださると、私たちも助かるくらいです」

 ヴィレッタとシャルロッテが、そんな風に私を軽く扱いながらルリアさんを促す。

「で、では……お言葉に甘えさせていただきます」

 すると、はにかみながら頷いてくれた。

 ……なんか、この流れだと私が一番子供っぽく見えていない?
 ちょっと納得いかないんだけど……まあ、ルリアさんが嬉しそうだからいっか。

「そういえば、モリーナ寮長は休暇中、ご実家で過ごされるとか。ウキウキしてらっしゃいました。なんでも、旦那様と可愛い娘さんと久しぶりにゆっくり過ごせるとか。……愛するご家族がいるというのは、とても羨ましいことです」

 ルリアさんが、ふとそんなことを口にした。

 モリーナ寮長に娘? あれ……? たしか、寮長のご主人は8年前の内乱で……いや、そんなはずないか。
 私の記憶違いかな? というか内乱どころか戦争もずっと起きていないよね?
 ヴィレッタもシャルロッテも特に何も言わないし。

「へえ、モリーナ寮長、あんなに厳格そうなのに、家族の前ではデレデレなのかもね。ちょっと見てみたい気もする」

「寮長というお立場も大変でしょう。お忙しい中でも、家族との時間を大切にされているのですね。ファインダ王家からの信頼も厚いようですし、本当に素晴らしい方だと思います」

 シャルロッテとヴィレッタが感心したように言う。
 うん、モリーナ寮長は厳しいが、寮生のことをちゃんと考えてくれている、立派な人だと思う。

「ローゼマリー様たちは、ベルガー王国へはお戻りにならないのですか?」

 ルリアさんの問いに、私は首を横に振る。

「うん。ベルガーへの留学期間もあと半年で終わりだし、帰国したらもう、こんな風に気軽に他国で過ごすのも難しくなると思うから。残りの期間は、できるだけファインダを満喫したいし、休暇中もなるべくレオノールやルリアと一緒にいたいなって」

 ね? と2人の顔を見ると、レオノールはまだ寝ているが、ルリアさんは嬉しそうに微笑んでくれた。

「きっと、陛下も王妃様も、ローゼ姫様のそのお気持ちを尊重してくださるはずです。このくらいの我儘でしたら、きっと快く許してくださいます」

 シャルロッテが優しく同意してくれる。

「ですが、だからといって、休暇中に寮に籠って本ばかり読まれているのもどうかと思います。他国に留学されているという貴重な機会なのですから。せっかくファインダ王国にいらっしゃるのですし、もっと社交界などに積極的に顔を出されて、様々な方と交流を深めるべきです。見識を広める良い機会です」

 ……出た。ヴィレッタの正論。

 うーん、社交界かあ。正直、あんまり好きじゃないんだよね。
 貴族たちの腹の探り合いとか、令嬢たちの牽制し合う視線とか。
 この前の社交パーティーも、気を張り詰めていたせいか、どっと疲れちゃったし。

「ローゼ姫様は、一度何かに夢中になると、周りが見えなくなるほど没頭なさいますから。今は幸いにも書籍に興味が向かっておりますが、もしこれが……例えば、特定の殿方に夢中になるようなことがあっては大変です。万が一にも……そう、例えば、目つきが悪くて女性の気持ちを一切考えられず、ひたすら戦いにしか興味のないような殿方に心を奪われてしまったら、それこそ大問題です。ローゼ姫様の将来のためにも、そうなる前に社交界で様々なタイプの殿方と接し、男性を見る目を養っておくべきです」

 あれ? ヴィレッタ、さっきからなんか、妙に具体的なことを言っていない?
 その『目つきが悪くて戦いにしか興味のない殿方』って、誰のこと……?
 ヴィレッタの言葉が、妙に私の胸に引っかかる。

「クスッ。ヴィレッタったら、随分と具体的な人物像ね。もしかして、心当たりのある方がいらっしゃるのかしら? ねえ、ローゼ姫様、気になりません?」

 シャルロッテが悪戯っぽい笑みを浮かべて、ヴィレッタに問いかけながら、私の顔を覗き込んでくる。
 え? そうなの? とルリアさんも興味津々な様子でヴィレッタを見つめている。

「あら? わたくしったら。……申し訳ありません、何故か口から勝手に、そのような言葉が出てしまいました。お気になさらないでくださいませ」

 ヴィレッタは一瞬、ハッとしたように口元を押さえ、慌てて取り繕う。
 でも、その白い頬がほんのりと赤く染まっているのを、私は見逃さなかったぞ。
 そんなヴィレッタの様子に、シャルロッテとルリアは楽しそうに笑っている。

 すると私の心臓は、なぜかドクン、ドクンと早鐘を打ちだした。

 えっ? なに? ヴィレッタの言葉、なんでこんなに引っかかるの?
 まるで、私が知っている誰かのことを言われているみたいで。
 ……そういうことなの? それってやっぱり、あの人のこと……?

(……あの人って誰だっけ? 黒髪で、黒い瞳で、いつもぶっきらぼうで……でも、時々、すごく優しくて。……思い出せない。なんで?)

 頭の中に靄がかかったように、大事な記憶が掴めない。
 焦りと不安が胸を締め付ける。

 ふと視線を感じて目をやると、ベッドの下に押し込んだ紙袋の隙間から、あの『魔除け』のぬいぐるみがこちらを見ているような気がした。

 黄土色の皮鎧を着た、目つきの悪い少年のぬいぐるみ。
 そのガラス玉のような瞳が、部屋の薄暗がりの中で不気味に鈍く光っているように見えたのは、きっと気のせいだよね……?
 
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