【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第22話 真相へ

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 女子寮の食堂は夕食の時間が始まり、温かな料理の匂いが漂う。
 モリーナ寮長の厳かながらも心のこもった女神フェロニアへの感謝の祈りが終わり、寮生たちが和やかに食事に手をつけ始めた、まさにその瞬間だった。

 突如、天井から巨大な炎の渦が降臨した。
 それはまるで意志を持つ生き物のように、赤やオレンジ、時に青白い光を放ちながら、食堂の中央で妖しくうねり狂う。

「きゃあああっ!」

「な、何⁉」

 悲鳴と混乱が食堂を支配する。
 しかし奇妙なことに、その燃え盛る炎はテーブルクロス一枚焦がすことなく、食器の一つすら溶かすことなく、ただ圧倒的な熱気と不気味な光だけを放っていた。
 触れれば確実に大火傷を負うであろう灼熱の塊が、すぐ目の前で現実離れした光景を展開している。

 呆然と立ち尽くす寮生たちの間で、恐怖と困惑の囁きが波のように広がっていく。

「ひっ……! 怪奇現象……⁉ み、皆さん、落ち着いて! とにかくここから避難を! 一刻も早く外へ!」

 ファインダ王国の第一王女、レオノールが、恐怖に震えながらも必死に声を張り上げる。
 その声には普段の快活さとは裏腹の、切羽詰まった響きがあった。

 だが寮生たちが殺到しようとした出口は、いつの間にか燃え盛る炎の壁によって完全に塞がれていた。

 その炎壁の前で、私、ローゼマリーは静かに立っていた。
 隣には私を守るように息を呑んで私を見つめるヴィレッタと、同じく私の前に立ち状況を冷静に見極めようとしているシャルロッテがいる。

 レオノールは、パニックに陥りそうな寮生たちを必死に宥め、出口から離れた安全な場所へと誘導していた。
 彼女の必死な呼びかけには、王族としての責任感と、仲間を守ろうとする強い意志が感じられた。

「これは一体……⁉ 何が起こっているのです⁉ み、水を! 早く水をかけるのです!」

 モリーナ寮長が鋭い声で指示を飛ばす。
 その声に我に返った数人の寮生が、食堂の隅にある給水所から慌てて水差しや桶に水を汲み、炎に向かって浴びせかける。

 しかし、水は勢いよく燃え盛る炎に触れた瞬間、ジュッという音とともに蒸発するか、あるいは弾き飛ばされるだけで、炎の勢いを弱める気配は全くない。
 それどころか、まるで嘲笑うかのように炎はさらにその輝きを増した。

 当然だ。これは単なる火事ではない。
 私が制御している、魔法の炎なのだから。

「なんてこと……! 消えない……! ムムム……ま、魔法……! そうです、魔法さえ使えれば、こんな炎など……!」

 レオノールが悔しそうに呟き、そして何かを閃いたように顔を上げた。

「そうです! このファインダの地には、その昔、大陸での魔女狩りから逃れた多くの魔女たちが移り住んだという伝説があります! 皆さんの中にも、眠っている魔女の力が宿っているかもしれません! 諦めないで私と一緒に、炎を消すことを強く念じ、手のひらに意識を集中させてみてください!」

 レオノールの突拍子もない提案に、寮生たちは困惑の色を隠せない。
 魔法なんてお伽噺だと思っている彼女たちにとって、それはあまりにも非現実的な要求だっただろう。

 それでも、他に為す術がない絶望的な状況と、王女の必死な訴えに、何人かの生徒が恐る恐る、祈るように手のひらを炎に向け始めた。

 その様子を、私は冷静に観察する。
 目的は、この偽りの世界において、本来持っているはずの魔力の片鱗を見せる者がいないか確認すること。

 ……なるほど。あの娘と、あちらの娘は、微弱ながらも魔力の流れを感じる。素質はあるかもしれない。
 ほほう? 意外にも、ソフィアさんとベーベルさんも、なかなかだな。精神力が強いのか、あるいは血筋か。
 ……さて、この中で、明らかに力を抑制している……あるいは、無意識に制御しているのは?

「えっと……こ、こう、ですか……? きゃあっ⁉」

 ルリアさんが小さな悲鳴を上げた。
 彼女の手のひらから、小さな水の塊が現れ、炎の一部に向かって飛んでいき、僅かに炎を揺らがせた。

「おお! すごい! ルリアさん、やりました! 今、水魔法が出ましたよ!」

 レオノールが興奮して声を上げるが、ルリアさん自身は自分の力に怯え、蒼白になっている。

「で、ですが……レオノール様……! 怖い……! 私たち、このまま炎に飲まれて……死んでしまうのでしょうか……?」

 震える声で訴えるルリアさん。
 もったいない。あれほどの魔力量を秘めているのに、恐怖心が力を抑えつけている。
 自信を持って解き放てば、きっと素晴らしい魔女になれるだろうに。

 その時、モリーナ寮長が凛とした声で叫んだ。

「皆さん! 落ち着きなさい! 怪奇現象などではありません! この世の全ての事象は、必ず人の力が関わっています! このファインダは我々の国、我々の大地です! 何も恐れることはありません! 皆で力を合わせれば、必ずこの困難を乗り越えられます!」

 彼女の言葉には、不思議な説得力があった。
 寮生たちの間に漂っていた恐怖と絶望が、わずかに薄らぎ、代わりに団結と抵抗の意思が芽生え始める。

 ……ほほう。やはり、この寮長、ただ者ではない。
 単なる貴族出身にしては、肝が据わりすぎている。
 そして、その瞳の奥……何かを隠している……?

 寮生たちが再び、水の生成をして炎を押し返そうと必死に念じ始める。
 そこで私は容赦なく炎の勢いを増幅させた。
 渦巻く炎は彼女たちの微弱な抵抗を赤子の手をひねるように打ち消し、天井に届かんばかりに燃え盛る。

 その瞬間、鋭い視線を感じた。シャルロッテだ。
 彼女は燃え盛る炎ではなく、その炎を操る私を、真っ直ぐに見据えていた。
 その瞳には、驚きや恐怖ではなく、冷静な分析と確信にも似た何かが宿っているように見えた。

「……ローゼ姫様。お戯れはそのくらいになさった方がよろしいかと存じます」

 静かだが有無を言わせぬ響きで、シャルロッテが告げてくる。

 ……まずい。シャルロッテを怒らせるのは本意じゃない。
 それに目的は概ね達した。魔力暴走の可能性を探るための荒療治だったが、この状況を作り出している元凶らしき反応は……残念ながら、見られなかった。
 ルリアさんの力は大きいが、この世界全体を歪めるほどではないだろう。
 だとすれば、原因はこう思うしかない。

 私は内心でため息をつき、燃え盛る炎を一気に天井へと舞い上がらせた。
 そして次の瞬間、その灼熱の渦を自分自身の頭上へと引き寄せ、降り注がせた。

「ローゼ姫様⁉」

「ローゼマリー様! お危ない!」

 ソフィアさんとベーベルさんの悲鳴が上がる。
 他の寮生たちも息を呑む。
 しかし炎は私の身体に触れることなく、幻のように掻き消えた。

「……お怪我は、ございませんこと⁉」

 ソフィアさんが駆け寄ろうとするのを手で制し、私は心配そうに見つめる寮生たちに向かって、クスリと意味深な笑みを浮かべてみせた。
 そして再びポン、と手のひらに小さな炎を灯す。

 食堂にどよめきが広がる。

「……さっきの炎は全て私が出したものです。そしてこの通り、魔法という力はお伽噺ではなく、現実に存在するのです」

 寮生たちは、信じられないものを見る目で私と手のひらの炎を交互に見ている。
 無理もない。自分たちが生きてきた世界の常識が、今、目の前で覆されようとしているのだから。

「何人かの方は、ご自身の内に眠る魔法の力の一端を感じられたようですね」

「ローゼマリー様。……いったい、何故このようなことを……? たしかに、魔法が実在することには驚きましたが……! わたくしたちを危険な目に遭わせるなど、許されることではありません!」

 ベーベルさんが、怒りを露わに私を睨みつけ、詰問してくる。
 彼女の瞳には強い正義感と、私への明確な非難の色が浮かんでいた。
 他の寮生たちも、不安と不信感をない交ぜにした表情で私を見ている。

「その点については、深くお詫びします。ですが、これほどの危機的状況に直面しなければ、皆さんはご自身の力に気づくことも、そして……この世界の『真実』に疑問を持つこともなかったでしょう? 私は、皆さんに知ってほしかったのです。魔法がお伽噺だとされ、平和な日々が永遠に続くと信じ込まされているこの世界が、本当に『正しい』ものなのかどうかを」

「世界が……? まるでこの世界そのものが、誰かによって作られたかのような……そんな言い方ですわね」

 ソフィアさんが、ハッとしたように呟く。
 彼女の洞察力は鋭いみたいだ。

「ええ、その通りです。残念ながら、私たちが今いるこの世界は本来の世界ではありません。何者かの強大な力によって作られた、あるいは改変された、『偽りの世界』である可能性が高いのです。本来の世界には魔法が存在し、そして私は……その魔法を使うことができる魔女なのですから」

 私の告白に食堂の空気は水を打ったように静まり返った。
 誰もが私の言葉の意味を測りかね、呆然としている。
 世界を疑うなど、狂人の戯言。そう思われても仕方がない。

 だが私は続ける。信じてもらうことから始めなければならないのだから。

 私は、例の7つのぬいぐるみを懐から取り出し、魔法で宙に浮かべてみせた。

「これは……! 魔除けのぬいぐるみ? でも、こちらの6つはとても可愛らしいです。レオノール様や、ローゼマリー様、ヴィレッタ様にそっくりなものも……」

 ルリアさんが、驚きと好奇心の入り混じった声を上げる。

「ですが……おかしいです。シャルロッテ様のお姿が、ありません。いつもローゼマリー様のお側には、ヴィレッタ様とシャルロッテ様がいらっしゃるはずなのに……」

 ルリアさんの純粋な疑問が、核心を突く。
 私とヴィレッタは、無言でシャルロッテへと視線を送った。

 どう説明すればいいのか言葉を探していると、シャルロッテが、ふう、と一つ息をつき、自ら静かに口を開いた。
 その表情は、驚くほど穏やかだった。

「その疑問に対する答えは……おそらく、こう考えられます。本来の世界の私は、ローゼ姫様やヴィレッタと共に、この時間を過ごしてはいなかったのでしょう。私にも、旧き……姫様が5歳になられる頃までの記憶はございます。ですがそれ以降、この10年間の記憶は靄がかかったように曖昧なのです。それなのに私は今、こうしてここにいる。それはきっと、この『偽りの世界』における、辻褄合わせ……なのでしょうね。ローゼ姫様が何事もなく王女として成長なさり、ここファインダ王国へ留学された、という筋書きの中に、幼き頃からの側近である私の存在がないのは、あまりにも不自然ですから。ですから……今ここにいる私は、恐らく、ローゼ姫様とヴィレッタの記憶の断片から生み出された……偽りのシャルロッテ・ルインズベリーなのでしょう」

 淡々と、どこか寂しさを滲ませて語られるシャルロッテの言葉に、ヴィレッタは「そんな……」と絶句し、ショックを隠せない様子だった。

「わたくしは、そこまで……ローゼ……! 貴女は、いつから……シャルロッテがそうかもしれないとお気づきに?」

「クスッ。ヴィレッタ、また私を呼び捨てにした。フフッ♪ ……多分、その時からかな? 何か、しっくり来たんだよね。本当の私は、もう王女とか、そういう堅苦しい立場じゃなくて……ヴィレッタには、もっと気軽に『ローゼ』って呼んでほしかったんじゃないかなって」

「それで……このぬいぐるみたちが示す仲間たちと、旅を……?」

「うん。……ねえ、シャルロッテ。たとえ今ここにいるあなたが、本当のシャルロッテじゃないのかもしれなくても、私はあなたに力を貸してほしいと願ってる。この偽りの世界から脱出するために。本来の世界での、あなたとの関係は……なんだか、すごく複雑だった気さえする。でも、約束する。必ずあなたを……私の、かけがえのない友達として、笑顔で過ごせる日々を取り戻してみせる、って」

 私は、シャルロッテの目を真っ直ぐに見つめて言った。
 シャルロッテは、一瞬、息を呑んだ。
 そして次の瞬間、彼女の顔に今までに見たことがないほど、幸せそうな美しい笑顔が咲いたのだった。
 
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