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第5章 籠の中の鳥
第24話 怪奇現象の正体
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「わたくしはローゼとシャルロッテと共に図書塔でこの大陸の歴史を調べました。既存の知識と一致する一方で、自身の体験とは異なる拭い切れない違和感がありました。それはローゼ姫様だけでなく、わたくし自身の近年の記憶の欠落にも現れています。そして、このぬいぐるみたち……わたくしたちの知るはずのない仲間たちの姿。極めつけは、モリーナ寮長、貴女が隠した入退寮帳簿です。なぜそこまでして、過去の記録を抹消する必要があったのですか? それらを総合して考えると、答えは一つしかありません。この違和感を抱いているのは恐らく、本来この時間、この場所にいないはずの、わたくしたちだけ。世界全体が改変されたのではなく、この女子寮という空間だけが、外部から隔離され、都合の良い『偽りの世界』として維持されている。……わたくしはそのように結論付けました」
ヴィレッタは普段の冷静さを保ちつつも、瞳には確信の色を宿してモリーナを鋭く見据えて言った。
その言葉に隣に立つシャルロッテは静かに頷き、私へと視線を移す。
「正直、楽しかったわ。ローゼ姫様やヴィレッタと、何事もなく、ただ友人として穏やかに成長し続けた未来……もし叶うなら、と願わずにはいられない、そんな世界。でも、それが作られた安寧、籠の中の鳥だと気づいてしまった。……モリーナ寮長。気づいてしまった鳥は、どうすると思います? きっと、たとえ嵐が待っていようとも、自由な大空を望むもの」
シャルロッテのどこか寂しげだけれど強い意志を感じさせる言葉に、モリーナは訝しげな表情を浮かべた。
私は深呼吸をして、覚悟を決めてモリーナに語りかける。
食堂にいる全員の視線が、私の言葉を待っているのがわかる。
「ここから脱出します。そのためには、モリーナさん、あなたの協力が必要です」
「……この期に及んで、まだ説得するつもり? つくづく、甘いわね、ローゼマリー姫。……いいえ、私は戻らない! 決して戻りたくない! この世界には、あの人が生きているの! 戦争で失ったはずの夫が、当たり前のように隣にいて、平和に暮らせる! それが、私がどれほど望んでいたことか……!」
モリーナの瞳から涙が溢れる。それは深い悲しみと、この偽りの幸福への執着の現れだった。
「あなたたちだってそうでしょう! なぜわからないの⁉ ルリア・ニーマイヤー! 真実の世界では、あなたは謀反人の娘として、社会から冷たい視線を浴び続けていた! ソフィア・ハイドリッヒ! ベーベル・ライモント! あなたたちは常に家名を背負い、互いを蹴落とそうと醜い争いを繰り広げていた! ヴィレッタ・レスティア! あなたもベルガーでの政争に巻き込まれ、王の婚約者という立場を失い、魔獣や賊と戦う、危険な日々を送っていた! シャルロッテ・ルインズベリー! あなたなんて、つい数ヶ月前、ベルガー王国で起きたルインズベリー家の惨劇で家族を失い、貴女自身も邪教の魔女に連れ去られ行方不明のはずなのに!」
「えっ⁉ わ、私、行方不明なんですか⁉ 誘拐されたってこと…? それは大変じゃありませんか」
シャルロッテ本人は、モリーナの言葉に衝撃を受けつつも、どこか他人事のように目を丸くしている。
偽りの存在である彼女には、その情報が現実味を帯びていないのかもしれない。
「レオノール姫殿下! あなたはこの世界でようやく、王女としての自覚を持ち始めた! 真実の世界では、剣の稽古に明け暮れて勉学を疎かにし、どれだけ陛下と王妃殿下を嘆かせたことか! ここは誰も傷つかない、誰も争わない、皆が幸福でいられる、優しい世界なのよ!」
「ちょっと待ってください! 私だけ扱いが酷くないですか⁉ 他の皆さんは悲劇的なのに、私だけただの怠け者みたいに言われていますけど⁉」
レオノールはモリーナの言葉に、顔を真っ赤にして反論の声を上げた。
うん、まあでも、概ね間違ってはいない気もするぞ。
でもその裏表のない純真さが、この世界を『偽り』だと直感で見抜いたのだ。
レオノールがいなければ、私たちは永遠にここに閉じ込められたままだっただろう。
さすが私の従妹。その脳筋に感謝!
「そしてローゼマリー姫、あなたもそう。この世界ではベルガー王国の輝かしい王女。でも、真実の世界では……10年前、両親を惨殺され、あなた自身も公には死んだことにされている。身分を隠し、復讐のためだけに魔女となり、危険な冒険者として日銭を稼ぎ、いつ命を落とすかわからない……そんな過酷な日々を送っていた! なのに、なぜこの楽園を捨てようとするの⁉」
モリーナの言葉は、忘れかけていた、あるいは無理やり忘れさせられていた『真実』の断片を抉り出し、心の奥底に突き刺さる。
そうだ、私は……胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。
だが、私は顔を上げる。たとえ真実がどれほど過酷でも目を背けてはいけない。
「……過去は変えられない。そして歪めてもいけない。それが、たとえどれほど辛い現実であったとしても……私は、そう思います。モリーナ寮長、あなたの気持ちも、他の皆が抱える痛みも少しだけわかった気がします。でも、この偽りの平和は誰かの犠牲の上に成り立っているのかもしれない。それに……私は、自分の足で、自分の意思で、未来を選びたい」
それに、この状況を招いた一因は、もしかしたら私自身の力にあるのかもしれない。
だとしたら、私が終わらせないといけない。
「黙れ! 理想論ばかりを……! もはや問答無用! この世界の綻びは、異物を除去し、再び完璧な形でやり直す!」
モリーナが叫ぶと同時に、食堂がカタカタと不気味な音を立てて揺れ始めた。
まるで怪奇現象のように壁や床が歪み、食器がひとりでに動き出す。
モリーナの周囲の空間が黒い靄のように淀み始め、それに呼応するように、寮生たちが次々と意識を失い、その場に崩れ落ちていった。
「ローゼ、これは……⁉」
ヴィレッタが驚きの声をあげる。私も魔力の流れを探り、その原因を突き止めた。
「強制的に寮生の魔力を吸い上げている……! 彼女自身の固有の力に加えて、この世界を維持するために、寮生たちの魔力そのものを糧にしている! 魔力量の弱い者から倒れている……! 怪奇現象の正体は、吸い上げた魔力を彼女が吸収しきれずに、暴走させてしまっていた……そういうことか!」
魔力を感知し、空間の歪みを見つめる。
モリーナに、寮生たちから吸い上げた莫大な魔力が一点集中していくのがわかる。
今だ!
私は一瞬で魔力を練り上げ、食堂の中央、モリーナの頭上目掛けて光の槍を放った。
それは純粋な破壊ではなく、魔力の流れを断ち切るための楔。
「ぐっ……⁉」
不意を突かれたモリーナが苦悶の声を上げる。
魔力吸収が一時的に中断され、空間の歪みが僅かに収まる。
「足りないようですね。きっと、この世界を構築した初期の魔力は、最も魔力量の多かった私とルリアの力を利用したんでしょう?」
ソフィアとベーベルも倒れ、残っているのは私、ヴィレッタ、シャルロッテ、レオノール、そしてルリアさんだけだ。
レオノールは気合で立っているが、かなり辛そうだ。
ルリアさんは恐怖に顔を引き攣らせながらも、必死にモリーナを睨みつけている。
「つまり……ローゼ姫様の力がこの偽りの世界が生まれるきっかけになった、ということですか。そしてその結果、私もヴィレッタと共にここに存在することになった。……喜ぶべきなのか、呆れるべきなのか……本当に、姫様は……」
シャルロッテは自嘲するように、しかしどこか楽しげにクスッと笑うと、私とヴィレッタの方を向いた。
その瞬間、彼女の身体が淡い光を放ち、足元から徐々に透き通り始めた。
「ローゼ! シャルロッテの姿が!」
ヴィレッタが悲鳴に近い声を上げる。
モリーナの力が弱まったことで、この偽りの世界そのもののバランスが崩れ、本来ここにいないはずのシャルロッテの存在を維持できなくなっているのだ。
「……シャルロッテ。ありがとう。……また、必ず会えるよね、本当の世界で」
泣きたくなる感情を抑え、私は精一杯の笑顔で言った。
「ええ。本当の私は……たとえ今は行方不明でも、きっとローゼ姫様やヴィレッタと一緒に過ごしたいと、心の底から願っているはずです。ですから……必ず……」
そう言い残し、シャルロッテの姿は光の粒子となって霧散し、この偽りの世界から掻き消えていった。
私とヴィレッタの内に、戻っていったのだ。
……思い出した。
ヴィレッタは普段の冷静さを保ちつつも、瞳には確信の色を宿してモリーナを鋭く見据えて言った。
その言葉に隣に立つシャルロッテは静かに頷き、私へと視線を移す。
「正直、楽しかったわ。ローゼ姫様やヴィレッタと、何事もなく、ただ友人として穏やかに成長し続けた未来……もし叶うなら、と願わずにはいられない、そんな世界。でも、それが作られた安寧、籠の中の鳥だと気づいてしまった。……モリーナ寮長。気づいてしまった鳥は、どうすると思います? きっと、たとえ嵐が待っていようとも、自由な大空を望むもの」
シャルロッテのどこか寂しげだけれど強い意志を感じさせる言葉に、モリーナは訝しげな表情を浮かべた。
私は深呼吸をして、覚悟を決めてモリーナに語りかける。
食堂にいる全員の視線が、私の言葉を待っているのがわかる。
「ここから脱出します。そのためには、モリーナさん、あなたの協力が必要です」
「……この期に及んで、まだ説得するつもり? つくづく、甘いわね、ローゼマリー姫。……いいえ、私は戻らない! 決して戻りたくない! この世界には、あの人が生きているの! 戦争で失ったはずの夫が、当たり前のように隣にいて、平和に暮らせる! それが、私がどれほど望んでいたことか……!」
モリーナの瞳から涙が溢れる。それは深い悲しみと、この偽りの幸福への執着の現れだった。
「あなたたちだってそうでしょう! なぜわからないの⁉ ルリア・ニーマイヤー! 真実の世界では、あなたは謀反人の娘として、社会から冷たい視線を浴び続けていた! ソフィア・ハイドリッヒ! ベーベル・ライモント! あなたたちは常に家名を背負い、互いを蹴落とそうと醜い争いを繰り広げていた! ヴィレッタ・レスティア! あなたもベルガーでの政争に巻き込まれ、王の婚約者という立場を失い、魔獣や賊と戦う、危険な日々を送っていた! シャルロッテ・ルインズベリー! あなたなんて、つい数ヶ月前、ベルガー王国で起きたルインズベリー家の惨劇で家族を失い、貴女自身も邪教の魔女に連れ去られ行方不明のはずなのに!」
「えっ⁉ わ、私、行方不明なんですか⁉ 誘拐されたってこと…? それは大変じゃありませんか」
シャルロッテ本人は、モリーナの言葉に衝撃を受けつつも、どこか他人事のように目を丸くしている。
偽りの存在である彼女には、その情報が現実味を帯びていないのかもしれない。
「レオノール姫殿下! あなたはこの世界でようやく、王女としての自覚を持ち始めた! 真実の世界では、剣の稽古に明け暮れて勉学を疎かにし、どれだけ陛下と王妃殿下を嘆かせたことか! ここは誰も傷つかない、誰も争わない、皆が幸福でいられる、優しい世界なのよ!」
「ちょっと待ってください! 私だけ扱いが酷くないですか⁉ 他の皆さんは悲劇的なのに、私だけただの怠け者みたいに言われていますけど⁉」
レオノールはモリーナの言葉に、顔を真っ赤にして反論の声を上げた。
うん、まあでも、概ね間違ってはいない気もするぞ。
でもその裏表のない純真さが、この世界を『偽り』だと直感で見抜いたのだ。
レオノールがいなければ、私たちは永遠にここに閉じ込められたままだっただろう。
さすが私の従妹。その脳筋に感謝!
「そしてローゼマリー姫、あなたもそう。この世界ではベルガー王国の輝かしい王女。でも、真実の世界では……10年前、両親を惨殺され、あなた自身も公には死んだことにされている。身分を隠し、復讐のためだけに魔女となり、危険な冒険者として日銭を稼ぎ、いつ命を落とすかわからない……そんな過酷な日々を送っていた! なのに、なぜこの楽園を捨てようとするの⁉」
モリーナの言葉は、忘れかけていた、あるいは無理やり忘れさせられていた『真実』の断片を抉り出し、心の奥底に突き刺さる。
そうだ、私は……胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。
だが、私は顔を上げる。たとえ真実がどれほど過酷でも目を背けてはいけない。
「……過去は変えられない。そして歪めてもいけない。それが、たとえどれほど辛い現実であったとしても……私は、そう思います。モリーナ寮長、あなたの気持ちも、他の皆が抱える痛みも少しだけわかった気がします。でも、この偽りの平和は誰かの犠牲の上に成り立っているのかもしれない。それに……私は、自分の足で、自分の意思で、未来を選びたい」
それに、この状況を招いた一因は、もしかしたら私自身の力にあるのかもしれない。
だとしたら、私が終わらせないといけない。
「黙れ! 理想論ばかりを……! もはや問答無用! この世界の綻びは、異物を除去し、再び完璧な形でやり直す!」
モリーナが叫ぶと同時に、食堂がカタカタと不気味な音を立てて揺れ始めた。
まるで怪奇現象のように壁や床が歪み、食器がひとりでに動き出す。
モリーナの周囲の空間が黒い靄のように淀み始め、それに呼応するように、寮生たちが次々と意識を失い、その場に崩れ落ちていった。
「ローゼ、これは……⁉」
ヴィレッタが驚きの声をあげる。私も魔力の流れを探り、その原因を突き止めた。
「強制的に寮生の魔力を吸い上げている……! 彼女自身の固有の力に加えて、この世界を維持するために、寮生たちの魔力そのものを糧にしている! 魔力量の弱い者から倒れている……! 怪奇現象の正体は、吸い上げた魔力を彼女が吸収しきれずに、暴走させてしまっていた……そういうことか!」
魔力を感知し、空間の歪みを見つめる。
モリーナに、寮生たちから吸い上げた莫大な魔力が一点集中していくのがわかる。
今だ!
私は一瞬で魔力を練り上げ、食堂の中央、モリーナの頭上目掛けて光の槍を放った。
それは純粋な破壊ではなく、魔力の流れを断ち切るための楔。
「ぐっ……⁉」
不意を突かれたモリーナが苦悶の声を上げる。
魔力吸収が一時的に中断され、空間の歪みが僅かに収まる。
「足りないようですね。きっと、この世界を構築した初期の魔力は、最も魔力量の多かった私とルリアの力を利用したんでしょう?」
ソフィアとベーベルも倒れ、残っているのは私、ヴィレッタ、シャルロッテ、レオノール、そしてルリアさんだけだ。
レオノールは気合で立っているが、かなり辛そうだ。
ルリアさんは恐怖に顔を引き攣らせながらも、必死にモリーナを睨みつけている。
「つまり……ローゼ姫様の力がこの偽りの世界が生まれるきっかけになった、ということですか。そしてその結果、私もヴィレッタと共にここに存在することになった。……喜ぶべきなのか、呆れるべきなのか……本当に、姫様は……」
シャルロッテは自嘲するように、しかしどこか楽しげにクスッと笑うと、私とヴィレッタの方を向いた。
その瞬間、彼女の身体が淡い光を放ち、足元から徐々に透き通り始めた。
「ローゼ! シャルロッテの姿が!」
ヴィレッタが悲鳴に近い声を上げる。
モリーナの力が弱まったことで、この偽りの世界そのもののバランスが崩れ、本来ここにいないはずのシャルロッテの存在を維持できなくなっているのだ。
「……シャルロッテ。ありがとう。……また、必ず会えるよね、本当の世界で」
泣きたくなる感情を抑え、私は精一杯の笑顔で言った。
「ええ。本当の私は……たとえ今は行方不明でも、きっとローゼ姫様やヴィレッタと一緒に過ごしたいと、心の底から願っているはずです。ですから……必ず……」
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私とヴィレッタの内に、戻っていったのだ。
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