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第5章 籠の中の鳥
第26話 変質
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砕けたガラスと歪んだ金属の破片が、夕暮れ時の薄暗い食堂に無残に散乱していた。
崩れ落ちた天井からは埃と石膏の粉が舞い降り、焦げ付いたような異臭が鼻をつき、空気を重く淀ませている。
先ほどまでの優雅な空間が、悪夢に塗り替えられたかのように。
ヴィレッタは神聖魔法の柔らかな光を帯びた手で、意識を失い床に倒れた少女たちをそっと抱きかかえ、比較的安全な壁際へと運んでいる。
その献身的な姿は混乱の中にあって唯一の希望の光のように、まさに聖女そのものだった。
降り注ぐ瓦礫から身を挺して仲間を守ろうとする彼女の碧眼には、悲しみと強い決意の色が宿っていた。
「ヴィレッタ! 神聖魔法で倒れている娘たちを護って! 少しでも衝撃がいかないように!」
私は叫ぶように指示を出す。
「レオノール! 剣はなくても、ファインダの王女にして私の従姉妹! 魔力はある! 今もこうして立ち続けているのがその証拠! 私と一緒に魔力を込めて! あの人を止める!」
シャルロッテが私の記憶から再構成された存在として、本来いるべき場所……私とヴィレッタの内に戻ってから、私の魔力量は増した実感がある。
失われた記憶のピースが嵌まったような、あるいは離れていた魂の一部が帰ってきたような感覚。
だが、それでもまだ足りない! 目の前の絶望に染まった魔女を止めるには!
レオノールは私の言葉に力強く頷くと、腹を括ったように前に出た。
私たちは溢れ出す魔力を全開にし、禍々しいオーラを放つモリーナへと、一歩、また一歩と距離を詰める。
もう誰一人として、これ以上傷つけさせはしない。
モリーナの放つプレッシャーに押し返されそうになりながらも、私は最後の希望を託し、恐怖に震えながらも私たちから離れずにいるルリアに叫んだ。
「この世界はモリーナが強く願い、無意識だった私と貴女の膨大な魔力を核として創られた歪んだ空間! 貴女が強く願えば、この偽りの世界を打ち破るきっかけになるかもしれない! 元の世界に戻りたいと、強く願って!」
「わ、私に……そんな力が……? でも、どう願えば……!」
涙目のルリアに、私は全身の力を込めて叫び返す。
「貴女が思うままに! 貴女が本当に望む未来を願えばいい!」
「おのれ小賢しい! 抵抗などしなければ、この偽りの幸福の中で、永遠に安らかに過ごせたものを! 後悔するがいい! くらえぇっ!」
モリーナの絶叫と共に放たれた、憎悪と絶望を凝縮したかのような漆黒の魔力の一撃。
それに対し、私とレオノール、そして覚悟を決めたルリアの放つ希望の光を纏った魔力の奔流が、食堂の中央で激しくぶつかり合った。
閃光と轟音。凄まじい大爆発が食堂全体を揺るがし、壁や柱がさらなる悲鳴を上げる。
咄嗟にヴィレッタと、私が魔法の盾を全力で展開したことで、倒れている少女たちは奇跡的に直接的な被害を免れた。
爆風と煙が徐々に晴れ始め、視界が開ける。
ヴィレッタは倒れた寮生たちを庇いながらも、鋭い視線でモリーナを睨みつけていた。
「モリーナ・レーチェル。……思い出しました。貴女は8年前、ファインダ王国が存亡の危機に瀕した戦いで……ご夫君を亡くされた……そういう過去をお持ちだったのですね」
ヴィレッタの静かな確信に満ちた言葉に、モリーナの声は、怒りとは違う、深い動揺でかすかに震えた。
「……思い出したのね。ありえない……この世界では、そんな戦争は起こらなかったはずなのに……!」
「シャルロッテの存在がきっかけです。彼女はこの世界に存在するはずのない、わたくしたちの記憶から生まれた存在。彼女が消えた瞬間、封じられていた真実の記憶の蓋が開きました。この偽りの世界が生まれる寸前、ローゼが『しまった!』と叫び、わたくしと咄嗟に手を合わせた。……あの瞬間のことも、鮮明に思い出しました」
ヴィレッタは続けた。
「きっと、あの時ローゼは願ったのでしょう。この歪んだ世界に引きずり込まれる中で、せめてわたくしたちの知るシャルロッテが、友人として側にいてくれる世界であれ、と。そしてその願いが、皮肉にもこの偽りの世界をより強固なものにしてしまった……」
「咄嗟だったから、それしか対処できなかったの。……迂闊だった。まさか、あの怪奇現象が寮長自身の力の暴走だったなんて……」
私は正直に自身の見込み違いを口にした。
寮生の中に犯人がいるという思い込み、夜遅くまで見回り、寮生の安全を誰よりも願っているように見えたモリーナが、この絶望的な状況を作り出した張本人だなんて想像もしていなかった。
自分の甘さを、今更ながら深く悔やむしかない。
「私はまだ、全てを理解できたわけではありません。ですが、ファインダの民である私の大切な友人たちを利用し、おのれの悲しみから逃れるためだけに、このような世界を創り出した。……このレオノール! ファインダ王国の王女として、モリーナ寮長、貴女の行いを決して許すわけにはいきません!」
レオノールは強い怒りを込めて言った。
「私もです。……もしかしたら、貴女の仰る通り、元の世界では……私の家は、謀反人の家系として、多くの方から冷たい仕打ちを受けていたのかもしれません。でも……それでも、こんな偽りの幸福は望みません! 自分の運命から、逃げたくありません!」
ルリアもまた、震えながらも、力強く言い切った。
彼女の翠色の瞳には、恐怖を乗り越えた強い意志の光が宿っている。
レオノールとルリアの言葉に私は確信を得た。
私たちはまだ負けていない。ここを乗り越えれば必ず勝てる。
「諦めてください、モリーナさん。貴女が力の源としていた私とルリアさんの魔力は、もう貴女の思い通りにはなりません。戦えば、今度こそ私たちが勝ちます」
私はモリーナへと、最後の降伏勧告を宣言する。
食堂はもはや廃墟同然に崩れ落ちようとしていた。
その瓦礫の中で、モリーナの纏う魔力は収まるどころか、さらに絶望的な輝きを増す。
「諦めろ……? フフ……フフフ、アハハハハ……! ならば、この身を諦めるとしましょう! 人としての形も、心も、記憶も、全て! この悲しみと絶望を力に変えて……この忌まわしい世界ごと、終わらせてくれる!」
モリーナは狂ったように高笑いし、その魔力の質が急速に、そして致命的に変質し始める。
黒く、重く、冷たい……生命そのものを否定するような、破滅の力。
「この夢の世界は、まだ私の思い通り……! 最後の手段……使わせてもらいましょう!」
私は知っている。この禍々しい力の質は……!
「我が名はモリーナ・レーチェル! 我が血よ、我が肉体よ、我が魂よ、積み重ねた悲しみと絶望の記憶全てを贄とし、ただ破壊のためだけの力へと変換せよ! 全てを無に還す、終焉の力となれ!」
モリーナの身体が激しく揺れ、漆黒の魔力が奔流となって彼女の内に渦巻き、迸る。
その姿はもはや人のものではなく、ただ純粋な破壊衝動の塊へと変貌しつつあった。
「そんな……! 自らの存在全てを力に変えるなんて……!」
自暴自棄で、刹那的な……それでいて、計り知れない破壊をもたらす、禁忌の力の発現。
……魔女の魔王化。
「なんてことを……! たとえここが夢に近い偽りの世界だとしても、精神と魂は深く同調している! そんなことをすれば、貴女は二度と、人として……いえ、存在そのものに戻れなくなる!」
私の悲痛な叫びに、変質していくモリーナは、虚ろな瞳で嘲笑うかのように嗤った。
「さあ、足掻きなさい、ローゼマリー姫。この終焉の力の前で、貴女たちの希望がどこまで持つか、見せてもらいましょう……!」
モリーナから放たれる圧倒的な魔力の奔流が、私たちを押し潰さんとばかりに迫ってきた。
それはもはや戦いではなく、一方的な破壊の始まりを告げていた。
崩れ落ちた天井からは埃と石膏の粉が舞い降り、焦げ付いたような異臭が鼻をつき、空気を重く淀ませている。
先ほどまでの優雅な空間が、悪夢に塗り替えられたかのように。
ヴィレッタは神聖魔法の柔らかな光を帯びた手で、意識を失い床に倒れた少女たちをそっと抱きかかえ、比較的安全な壁際へと運んでいる。
その献身的な姿は混乱の中にあって唯一の希望の光のように、まさに聖女そのものだった。
降り注ぐ瓦礫から身を挺して仲間を守ろうとする彼女の碧眼には、悲しみと強い決意の色が宿っていた。
「ヴィレッタ! 神聖魔法で倒れている娘たちを護って! 少しでも衝撃がいかないように!」
私は叫ぶように指示を出す。
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失われた記憶のピースが嵌まったような、あるいは離れていた魂の一部が帰ってきたような感覚。
だが、それでもまだ足りない! 目の前の絶望に染まった魔女を止めるには!
レオノールは私の言葉に力強く頷くと、腹を括ったように前に出た。
私たちは溢れ出す魔力を全開にし、禍々しいオーラを放つモリーナへと、一歩、また一歩と距離を詰める。
もう誰一人として、これ以上傷つけさせはしない。
モリーナの放つプレッシャーに押し返されそうになりながらも、私は最後の希望を託し、恐怖に震えながらも私たちから離れずにいるルリアに叫んだ。
「この世界はモリーナが強く願い、無意識だった私と貴女の膨大な魔力を核として創られた歪んだ空間! 貴女が強く願えば、この偽りの世界を打ち破るきっかけになるかもしれない! 元の世界に戻りたいと、強く願って!」
「わ、私に……そんな力が……? でも、どう願えば……!」
涙目のルリアに、私は全身の力を込めて叫び返す。
「貴女が思うままに! 貴女が本当に望む未来を願えばいい!」
「おのれ小賢しい! 抵抗などしなければ、この偽りの幸福の中で、永遠に安らかに過ごせたものを! 後悔するがいい! くらえぇっ!」
モリーナの絶叫と共に放たれた、憎悪と絶望を凝縮したかのような漆黒の魔力の一撃。
それに対し、私とレオノール、そして覚悟を決めたルリアの放つ希望の光を纏った魔力の奔流が、食堂の中央で激しくぶつかり合った。
閃光と轟音。凄まじい大爆発が食堂全体を揺るがし、壁や柱がさらなる悲鳴を上げる。
咄嗟にヴィレッタと、私が魔法の盾を全力で展開したことで、倒れている少女たちは奇跡的に直接的な被害を免れた。
爆風と煙が徐々に晴れ始め、視界が開ける。
ヴィレッタは倒れた寮生たちを庇いながらも、鋭い視線でモリーナを睨みつけていた。
「モリーナ・レーチェル。……思い出しました。貴女は8年前、ファインダ王国が存亡の危機に瀕した戦いで……ご夫君を亡くされた……そういう過去をお持ちだったのですね」
ヴィレッタの静かな確信に満ちた言葉に、モリーナの声は、怒りとは違う、深い動揺でかすかに震えた。
「……思い出したのね。ありえない……この世界では、そんな戦争は起こらなかったはずなのに……!」
「シャルロッテの存在がきっかけです。彼女はこの世界に存在するはずのない、わたくしたちの記憶から生まれた存在。彼女が消えた瞬間、封じられていた真実の記憶の蓋が開きました。この偽りの世界が生まれる寸前、ローゼが『しまった!』と叫び、わたくしと咄嗟に手を合わせた。……あの瞬間のことも、鮮明に思い出しました」
ヴィレッタは続けた。
「きっと、あの時ローゼは願ったのでしょう。この歪んだ世界に引きずり込まれる中で、せめてわたくしたちの知るシャルロッテが、友人として側にいてくれる世界であれ、と。そしてその願いが、皮肉にもこの偽りの世界をより強固なものにしてしまった……」
「咄嗟だったから、それしか対処できなかったの。……迂闊だった。まさか、あの怪奇現象が寮長自身の力の暴走だったなんて……」
私は正直に自身の見込み違いを口にした。
寮生の中に犯人がいるという思い込み、夜遅くまで見回り、寮生の安全を誰よりも願っているように見えたモリーナが、この絶望的な状況を作り出した張本人だなんて想像もしていなかった。
自分の甘さを、今更ながら深く悔やむしかない。
「私はまだ、全てを理解できたわけではありません。ですが、ファインダの民である私の大切な友人たちを利用し、おのれの悲しみから逃れるためだけに、このような世界を創り出した。……このレオノール! ファインダ王国の王女として、モリーナ寮長、貴女の行いを決して許すわけにはいきません!」
レオノールは強い怒りを込めて言った。
「私もです。……もしかしたら、貴女の仰る通り、元の世界では……私の家は、謀反人の家系として、多くの方から冷たい仕打ちを受けていたのかもしれません。でも……それでも、こんな偽りの幸福は望みません! 自分の運命から、逃げたくありません!」
ルリアもまた、震えながらも、力強く言い切った。
彼女の翠色の瞳には、恐怖を乗り越えた強い意志の光が宿っている。
レオノールとルリアの言葉に私は確信を得た。
私たちはまだ負けていない。ここを乗り越えれば必ず勝てる。
「諦めてください、モリーナさん。貴女が力の源としていた私とルリアさんの魔力は、もう貴女の思い通りにはなりません。戦えば、今度こそ私たちが勝ちます」
私はモリーナへと、最後の降伏勧告を宣言する。
食堂はもはや廃墟同然に崩れ落ちようとしていた。
その瓦礫の中で、モリーナの纏う魔力は収まるどころか、さらに絶望的な輝きを増す。
「諦めろ……? フフ……フフフ、アハハハハ……! ならば、この身を諦めるとしましょう! 人としての形も、心も、記憶も、全て! この悲しみと絶望を力に変えて……この忌まわしい世界ごと、終わらせてくれる!」
モリーナは狂ったように高笑いし、その魔力の質が急速に、そして致命的に変質し始める。
黒く、重く、冷たい……生命そのものを否定するような、破滅の力。
「この夢の世界は、まだ私の思い通り……! 最後の手段……使わせてもらいましょう!」
私は知っている。この禍々しい力の質は……!
「我が名はモリーナ・レーチェル! 我が血よ、我が肉体よ、我が魂よ、積み重ねた悲しみと絶望の記憶全てを贄とし、ただ破壊のためだけの力へと変換せよ! 全てを無に還す、終焉の力となれ!」
モリーナの身体が激しく揺れ、漆黒の魔力が奔流となって彼女の内に渦巻き、迸る。
その姿はもはや人のものではなく、ただ純粋な破壊衝動の塊へと変貌しつつあった。
「そんな……! 自らの存在全てを力に変えるなんて……!」
自暴自棄で、刹那的な……それでいて、計り知れない破壊をもたらす、禁忌の力の発現。
……魔女の魔王化。
「なんてことを……! たとえここが夢に近い偽りの世界だとしても、精神と魂は深く同調している! そんなことをすれば、貴女は二度と、人として……いえ、存在そのものに戻れなくなる!」
私の悲痛な叫びに、変質していくモリーナは、虚ろな瞳で嘲笑うかのように嗤った。
「さあ、足掻きなさい、ローゼマリー姫。この終焉の力の前で、貴女たちの希望がどこまで持つか、見せてもらいましょう……!」
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