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第5章 籠の中の鳥
第27話 偽りの終わり
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パーティーメンバーは私、魔女のローゼ。
神聖魔法の使い手ヴィレッタ。
剣を持たぬ剣士レオノール。
そして、まだ自身の秘めたる力に戸惑う魔女ルリア。
対するは、愛する者を失った絶望から自らの存在すら贄とし、人ならざる破滅の化身へと変貌しつつあるモリーナ。
今の私たちでは、まだ力が足りないかもしれない。
それでも、やるしかない! モリーナを止め、必ず元の世界に戻ってみせる!
食堂に制御を失った魔力の奔流が激しく吹き荒れる。
私たちは必死に魔力を放出して抵抗するが、モリーナの放つ闇の力は桁違いに強力で、じりじりと押し返される。
壁が軋み、床が砕け、偽りの世界そのものが終焉に向かって悲鳴を上げているかのようだ。
「あの! 私では力が足りません……! どうすれば……!」
ルリアの焦燥に満ちた声が、渦巻く魔力の中でか細く響く。
「ルリアさん! 諦めないで! あなたの力は凄いんです! 姉様が言っています! もっと自信を持って!」
レオノールが叫ぶと同時に、彼女は床に散らばったナイフやフォークを拾い上げ、考えるよりも早く、次々とモリーナに向かって投げつけていった。
それは無謀とも思える抵抗だったが、彼女なりの必死の覚悟の表れだった。
「姉様! ヴィレッタさん! 私は気にせずに! 武器はこうして! こうです!」
銀色の食器類は、モリーナが放つ禍々しい魔力障壁に触れた瞬間、吸い込まれるように弾き飛ばされ、役に立たない。
それでもレオノールは怯むことなく、手当たり次第に投げ続ける。
「……羽虫が、鬱陶しいわね」
モリーナは忌々しげにため息をつくと、レオノールめがけて巨大な闇色の魔力弾を放った。
それは触れたもの全てを消滅させんばかりの、純粋な破壊の塊。
「させません!」
ヴィレッタの凛とした声と共に、神聖なる光の障壁がレオノールの前に展開される。
魔力弾は障壁に激突し、眩い光と轟音を発して霧散した。
ヴィレッタの額には汗が滲んでいるが、その瞳は決して揺るがない。
その一瞬の隙を逃さず、私はモリーナの放つ魔力の質と流れを瞬時に分析し、最適な対抗魔法を頭の中で構築する。
「ルリア! 私の魔法に合わせて! あなたの力を信じて!」
戦いに慣れていないルリアを気遣いつつも、私は練り上げた灼熱の火球をモリーナへと放つ。
それとほぼ同時に、ルリアもまた、恐怖を振り払うように両手を突き出し、制御しきれない巨大な炎の奔流を解き放った。
私の精密に計算された火球と、ルリアの荒々しくも強大な炎が空中で接触した瞬間、予想外の相乗効果が生まれた。
二つの炎は混ざり合い、螺旋を描きながら一つの巨大な爆炎となってモリーナへと殺到し、大爆発を引き起こしたのだ!
「ぐっ……⁉」
モリーナの魔力障壁が激しく揺らぎ、僅かに後退する。
だが致命傷には程遠い。態勢を立て直した彼女から、さらに強力な反撃の波動が放たれた。
レオノールが咄嗟にルリアを庇い、ヴィレッタが再び神聖な盾で私を護る。
私たちも吹き飛ばされそうになる衝撃を受けながら、必死に態勢を整えた。
再び、私は次なる魔法を練り上げる。
今のところ、どうにか持ちこたえている。
しかし油断は一瞬たりともできない。
相手はもはや、理性すら失いかけた魔王になりつつある存在なのだから。
次々と魔法を撃ち出す私。
それをレオノールの捨て身の投擲と、ヴィレッタの鉄壁の防御魔法が必死に支える。
だがモリーナの力は消耗するどころか、周囲の空間の歪みを取り込むように、さらに増大していくように感じられた。
やがて防御の僅かな隙を突かれ、ルリアが強力な魔力の衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失ってしまった。
「アハハハ! 戦い慣れぬ者どもと組んで、この私に勝とうなどと笑止! これでまず1人!」
モリーナは高笑いし、意識のないルリアに向かって、とどめの一撃を放つべく、さらに濃密な闇の魔力を練り始めた。
「姉様!」
レオノールは、手元に残っていたありったけのナイフとフォークを、最後の抵抗とばかりにモリーナへと投げつける。
ほんの一瞬、モリーナの注意が逸れた、その刹那。
私はヴィレッタの防御魔法に守られながら、最後の賭けとも言える攻撃魔法へと転じた。
『銀の金属よ、我が魔力を纏い、雷の牙となれ!』
レオノールが投げた無数のナイフとフォークは、モリーナの放つ魔力波によって燃え尽きる寸前、私の込めた魔力によって眩い電撃を帯びた。
それらは軌道を変え、雷の矢となってモリーナの身体の各所へと突き刺さっていった!
「あああああああああ! こ、こんな馬鹿な……⁉ この程度の力で……!」
『雷よ! 彼の者の闇を穿ち、爆ぜよ!』
閃光と爆発音が、崩壊しかけた食堂を満たす。
濃密な黒煙が立ち込め、視界を完全に遮った。
「ローゼ! やりましたか⁉」
気を失ったルリアに治癒魔法を施しながら、ヴィレッタが希望を込めて叫ぶ。
煙が晴れると廃墟と化した食堂の中央で、モリーナは全身から黒い煙を上げ、黒焦げになってうつ伏せに倒れていた。
「……あまり、気分のいい戦いじゃなかったかな……」
勝った、という実感よりも、虚しさがこみ上げる。
モリーナの悲しみ、絶望、そして偽りの幸福への執着を理解してしまっているから。
彼女はもしかしたら私がなりえたかもしれない、もう一つの未来の姿なのだ。
愛する人を失うという絶望に呑まれれば、私もまた、こうなっていたのかもしれない。
「姉様! ともかく寮生たちをもっと安全な場所へ……姉様⁉」
レオノールの安堵の声が、次の瞬間、悲鳴に変わる。
私はいつの間にかモリーナに首を掴まれ、抵抗する間もなく宙へと持ち上げられていた。
魔力の化身モリーナは、黒焦げだったはずの体が完全に修復され、その瞳はもはや人間のものではない底なしの闇をたたえていた。
傷一つないどころか、先ほどよりもさらに強大な力を漲らせている。
私の首を締め上げるモリーナの冷たい指だけが、現実感を伴って意識に焼き付く。
「アハハハ! 最期に笑うのは、やはりこの私よ! さようなら、ローゼマリー姫殿下! いいえ、魔女ローゼ。貴女のその膨大な魔力、私が美味しく頂いて、さらなる高みへと進化させてもらいましょう! あーっはっはっは!」
助けに駆けつけようとしたレオノールとヴィレッタは、モリーナが片手で放った強力な魔力弾によって壁まで吹き飛ばされ、そのまま意識を失ってしまった。
絶望的な状況で、意識のあるのは私だけとなった。
「……それで、本当に……あなたは満足なのですか……? 貴女はただ……愛する人と、平和に暮らしたかった……それだけだったはずでしょう……? 人ならざる存在となった貴女を見て……ご夫君は、どう思われるでしょうか……?」
意識が遠のいていく中、私は必死に言葉を紡ぐ。
彼女の心の奥底に、まだ残っているかもしれない、僅かな人間性に訴えかけるように。
「計画を台無しにしたお前が、何を言うか! お前さえ、お前たちさえ現れなければ、この世界は永遠に平和で、誰もが幸福に生きていけたのだ!」
締め上げる力が強まる。視界が霞み、呼吸ができない。
「そう……でしょうか……? 私には……そうは、思えません。……誰かの犠牲の上に成り立つ幸福なんて……きっと、誰も本当には幸せにはなれない。……だから、私は……!」
意識がブラックアウトしかける。首の骨が軋む音が聞こえる。これが、私の最期……?
その、まさに直前。モリーナの腕に、何かが勢いよくぶつかったような衝撃があった。
「なっ⁉」
締め上げる力が一瞬だけ緩む。その隙に私は床へと落下し、激しく咳き込んだ。
ヤバい……もう、指一本動かせない。
でも……千載一遇の、最後の好機だ。
これが失敗したら……今度こそ、私たち全員が死ぬ。
(……リョウ……?)
朦朧とした意識の中、床に転がっていたリョウのぬいぐるみが、一瞬、私を守るように立ちはだかったような……そんな夢を見た気がした。
信じられない。でも、なぜか心が少しだけ軽くなったのを感じた。
「小癪な……! やはり魔導具だったのか⁉ 虚仮にしおってええええ!」
モリーナの怒りに燃えた闇の魔力弾が、床に転がるリョウのぬいぐるみを燃やし尽くした、その瞬間。
私は最後の力を振り絞り、残された全ての魔力を解き放つ。
『世界に彩るは光! 闇を照らすは希望! 我、全ての魔力を捧げ、ここに祈ろう! 光よ! この歪みを正し、囚われた魂に安らぎを! そして、彼の者に……赦しを……!』
私の叫び声と共に、身体から放たれた純粋な光の奔流は、想像を絶するほどの輝きを放ち、崩壊しかけた食堂全体を、そしてそこにいる全ての存在を優しく、けれども抗いがたい力で包み込んだ。
夜明けの光のように闇を払い、凍てついた心を溶かすかのような、温かくも神々しい光のように。
食堂の壁が、天井が、床が、光の粒子となって消失する。
偽りの世界が、音を立てて崩壊し、消滅しようと歪みだした。
「何故……⁉ 戻るな、世界! 私は、私はまだここにいたい! あの人と過ごした、幸せな日々を! 私をここに置いてゆけえええええええええ!」
モリーナの悲痛な叫びが、光の中に木霊する。
……させない。そんな我儘は、もう許されない。
「モリーナ・レーチェルさん。……共に、元の世界へ戻りましょう。貴女もまた、本当の世界で、その悲しみと向き合い、生きていかなければなりません」
「ふざけるなあああああ! 人ならざる力を手に入れたのだぞ! 元の世界に戻ったとて、この力があれば……! そうだ、この力で、忌まわしい現実の世界を、ぐちゃぐちゃに破壊してやる! フフ、アハハハ、愚かね、魔女ローゼ! いいえ、偽善者のローゼマリー姫殿下! 私をこのまま、この崩壊する世界に残せば、元の世界で多くの命が救われたものを!」
「……そんなことは絶対にさせません。そして貴女にも出来ないはずです」
私は消え入りそうな声で、きっぱりと告げた。
「だって貴女は……心のどこかで、まだ愛しているはずだから。貴女の愛した夫が、懸命に生きた……その世界を」
私の言葉にモリーナの高笑いがぴたりと止み、その虚ろな瞳に、一瞬、人間らしい愕然とした表情が浮かんだように見えた。
私自身の身体も、魔法の強大な反動で内側から軋み、砕けていくような激痛に襲われる。
そんなの構わない。この人を、このままにはしておけない。
どうか……どうか、間に合って……!
私たちを包む光は、ますますその輝きを増し、視界は完全に真っ白に染まった。
意識が完全に途絶える、その直前。
誰かが私の名前を呼ぶ声が……遠くに聞こえた気がした。
神聖魔法の使い手ヴィレッタ。
剣を持たぬ剣士レオノール。
そして、まだ自身の秘めたる力に戸惑う魔女ルリア。
対するは、愛する者を失った絶望から自らの存在すら贄とし、人ならざる破滅の化身へと変貌しつつあるモリーナ。
今の私たちでは、まだ力が足りないかもしれない。
それでも、やるしかない! モリーナを止め、必ず元の世界に戻ってみせる!
食堂に制御を失った魔力の奔流が激しく吹き荒れる。
私たちは必死に魔力を放出して抵抗するが、モリーナの放つ闇の力は桁違いに強力で、じりじりと押し返される。
壁が軋み、床が砕け、偽りの世界そのものが終焉に向かって悲鳴を上げているかのようだ。
「あの! 私では力が足りません……! どうすれば……!」
ルリアの焦燥に満ちた声が、渦巻く魔力の中でか細く響く。
「ルリアさん! 諦めないで! あなたの力は凄いんです! 姉様が言っています! もっと自信を持って!」
レオノールが叫ぶと同時に、彼女は床に散らばったナイフやフォークを拾い上げ、考えるよりも早く、次々とモリーナに向かって投げつけていった。
それは無謀とも思える抵抗だったが、彼女なりの必死の覚悟の表れだった。
「姉様! ヴィレッタさん! 私は気にせずに! 武器はこうして! こうです!」
銀色の食器類は、モリーナが放つ禍々しい魔力障壁に触れた瞬間、吸い込まれるように弾き飛ばされ、役に立たない。
それでもレオノールは怯むことなく、手当たり次第に投げ続ける。
「……羽虫が、鬱陶しいわね」
モリーナは忌々しげにため息をつくと、レオノールめがけて巨大な闇色の魔力弾を放った。
それは触れたもの全てを消滅させんばかりの、純粋な破壊の塊。
「させません!」
ヴィレッタの凛とした声と共に、神聖なる光の障壁がレオノールの前に展開される。
魔力弾は障壁に激突し、眩い光と轟音を発して霧散した。
ヴィレッタの額には汗が滲んでいるが、その瞳は決して揺るがない。
その一瞬の隙を逃さず、私はモリーナの放つ魔力の質と流れを瞬時に分析し、最適な対抗魔法を頭の中で構築する。
「ルリア! 私の魔法に合わせて! あなたの力を信じて!」
戦いに慣れていないルリアを気遣いつつも、私は練り上げた灼熱の火球をモリーナへと放つ。
それとほぼ同時に、ルリアもまた、恐怖を振り払うように両手を突き出し、制御しきれない巨大な炎の奔流を解き放った。
私の精密に計算された火球と、ルリアの荒々しくも強大な炎が空中で接触した瞬間、予想外の相乗効果が生まれた。
二つの炎は混ざり合い、螺旋を描きながら一つの巨大な爆炎となってモリーナへと殺到し、大爆発を引き起こしたのだ!
「ぐっ……⁉」
モリーナの魔力障壁が激しく揺らぎ、僅かに後退する。
だが致命傷には程遠い。態勢を立て直した彼女から、さらに強力な反撃の波動が放たれた。
レオノールが咄嗟にルリアを庇い、ヴィレッタが再び神聖な盾で私を護る。
私たちも吹き飛ばされそうになる衝撃を受けながら、必死に態勢を整えた。
再び、私は次なる魔法を練り上げる。
今のところ、どうにか持ちこたえている。
しかし油断は一瞬たりともできない。
相手はもはや、理性すら失いかけた魔王になりつつある存在なのだから。
次々と魔法を撃ち出す私。
それをレオノールの捨て身の投擲と、ヴィレッタの鉄壁の防御魔法が必死に支える。
だがモリーナの力は消耗するどころか、周囲の空間の歪みを取り込むように、さらに増大していくように感じられた。
やがて防御の僅かな隙を突かれ、ルリアが強力な魔力の衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失ってしまった。
「アハハハ! 戦い慣れぬ者どもと組んで、この私に勝とうなどと笑止! これでまず1人!」
モリーナは高笑いし、意識のないルリアに向かって、とどめの一撃を放つべく、さらに濃密な闇の魔力を練り始めた。
「姉様!」
レオノールは、手元に残っていたありったけのナイフとフォークを、最後の抵抗とばかりにモリーナへと投げつける。
ほんの一瞬、モリーナの注意が逸れた、その刹那。
私はヴィレッタの防御魔法に守られながら、最後の賭けとも言える攻撃魔法へと転じた。
『銀の金属よ、我が魔力を纏い、雷の牙となれ!』
レオノールが投げた無数のナイフとフォークは、モリーナの放つ魔力波によって燃え尽きる寸前、私の込めた魔力によって眩い電撃を帯びた。
それらは軌道を変え、雷の矢となってモリーナの身体の各所へと突き刺さっていった!
「あああああああああ! こ、こんな馬鹿な……⁉ この程度の力で……!」
『雷よ! 彼の者の闇を穿ち、爆ぜよ!』
閃光と爆発音が、崩壊しかけた食堂を満たす。
濃密な黒煙が立ち込め、視界を完全に遮った。
「ローゼ! やりましたか⁉」
気を失ったルリアに治癒魔法を施しながら、ヴィレッタが希望を込めて叫ぶ。
煙が晴れると廃墟と化した食堂の中央で、モリーナは全身から黒い煙を上げ、黒焦げになってうつ伏せに倒れていた。
「……あまり、気分のいい戦いじゃなかったかな……」
勝った、という実感よりも、虚しさがこみ上げる。
モリーナの悲しみ、絶望、そして偽りの幸福への執着を理解してしまっているから。
彼女はもしかしたら私がなりえたかもしれない、もう一つの未来の姿なのだ。
愛する人を失うという絶望に呑まれれば、私もまた、こうなっていたのかもしれない。
「姉様! ともかく寮生たちをもっと安全な場所へ……姉様⁉」
レオノールの安堵の声が、次の瞬間、悲鳴に変わる。
私はいつの間にかモリーナに首を掴まれ、抵抗する間もなく宙へと持ち上げられていた。
魔力の化身モリーナは、黒焦げだったはずの体が完全に修復され、その瞳はもはや人間のものではない底なしの闇をたたえていた。
傷一つないどころか、先ほどよりもさらに強大な力を漲らせている。
私の首を締め上げるモリーナの冷たい指だけが、現実感を伴って意識に焼き付く。
「アハハハ! 最期に笑うのは、やはりこの私よ! さようなら、ローゼマリー姫殿下! いいえ、魔女ローゼ。貴女のその膨大な魔力、私が美味しく頂いて、さらなる高みへと進化させてもらいましょう! あーっはっはっは!」
助けに駆けつけようとしたレオノールとヴィレッタは、モリーナが片手で放った強力な魔力弾によって壁まで吹き飛ばされ、そのまま意識を失ってしまった。
絶望的な状況で、意識のあるのは私だけとなった。
「……それで、本当に……あなたは満足なのですか……? 貴女はただ……愛する人と、平和に暮らしたかった……それだけだったはずでしょう……? 人ならざる存在となった貴女を見て……ご夫君は、どう思われるでしょうか……?」
意識が遠のいていく中、私は必死に言葉を紡ぐ。
彼女の心の奥底に、まだ残っているかもしれない、僅かな人間性に訴えかけるように。
「計画を台無しにしたお前が、何を言うか! お前さえ、お前たちさえ現れなければ、この世界は永遠に平和で、誰もが幸福に生きていけたのだ!」
締め上げる力が強まる。視界が霞み、呼吸ができない。
「そう……でしょうか……? 私には……そうは、思えません。……誰かの犠牲の上に成り立つ幸福なんて……きっと、誰も本当には幸せにはなれない。……だから、私は……!」
意識がブラックアウトしかける。首の骨が軋む音が聞こえる。これが、私の最期……?
その、まさに直前。モリーナの腕に、何かが勢いよくぶつかったような衝撃があった。
「なっ⁉」
締め上げる力が一瞬だけ緩む。その隙に私は床へと落下し、激しく咳き込んだ。
ヤバい……もう、指一本動かせない。
でも……千載一遇の、最後の好機だ。
これが失敗したら……今度こそ、私たち全員が死ぬ。
(……リョウ……?)
朦朧とした意識の中、床に転がっていたリョウのぬいぐるみが、一瞬、私を守るように立ちはだかったような……そんな夢を見た気がした。
信じられない。でも、なぜか心が少しだけ軽くなったのを感じた。
「小癪な……! やはり魔導具だったのか⁉ 虚仮にしおってええええ!」
モリーナの怒りに燃えた闇の魔力弾が、床に転がるリョウのぬいぐるみを燃やし尽くした、その瞬間。
私は最後の力を振り絞り、残された全ての魔力を解き放つ。
『世界に彩るは光! 闇を照らすは希望! 我、全ての魔力を捧げ、ここに祈ろう! 光よ! この歪みを正し、囚われた魂に安らぎを! そして、彼の者に……赦しを……!』
私の叫び声と共に、身体から放たれた純粋な光の奔流は、想像を絶するほどの輝きを放ち、崩壊しかけた食堂全体を、そしてそこにいる全ての存在を優しく、けれども抗いがたい力で包み込んだ。
夜明けの光のように闇を払い、凍てついた心を溶かすかのような、温かくも神々しい光のように。
食堂の壁が、天井が、床が、光の粒子となって消失する。
偽りの世界が、音を立てて崩壊し、消滅しようと歪みだした。
「何故……⁉ 戻るな、世界! 私は、私はまだここにいたい! あの人と過ごした、幸せな日々を! 私をここに置いてゆけえええええええええ!」
モリーナの悲痛な叫びが、光の中に木霊する。
……させない。そんな我儘は、もう許されない。
「モリーナ・レーチェルさん。……共に、元の世界へ戻りましょう。貴女もまた、本当の世界で、その悲しみと向き合い、生きていかなければなりません」
「ふざけるなあああああ! 人ならざる力を手に入れたのだぞ! 元の世界に戻ったとて、この力があれば……! そうだ、この力で、忌まわしい現実の世界を、ぐちゃぐちゃに破壊してやる! フフ、アハハハ、愚かね、魔女ローゼ! いいえ、偽善者のローゼマリー姫殿下! 私をこのまま、この崩壊する世界に残せば、元の世界で多くの命が救われたものを!」
「……そんなことは絶対にさせません。そして貴女にも出来ないはずです」
私は消え入りそうな声で、きっぱりと告げた。
「だって貴女は……心のどこかで、まだ愛しているはずだから。貴女の愛した夫が、懸命に生きた……その世界を」
私の言葉にモリーナの高笑いがぴたりと止み、その虚ろな瞳に、一瞬、人間らしい愕然とした表情が浮かんだように見えた。
私自身の身体も、魔法の強大な反動で内側から軋み、砕けていくような激痛に襲われる。
そんなの構わない。この人を、このままにはしておけない。
どうか……どうか、間に合って……!
私たちを包む光は、ますますその輝きを増し、視界は完全に真っ白に染まった。
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誰かが私の名前を呼ぶ声が……遠くに聞こえた気がした。
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