【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第28話 現実への帰還

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『ローゼマリー様、貴重な実験結果、誠にありがとうございました』

(……今の声……? ……夢……?)

 意識が浮上する微睡みの中、妙にはっきりとした声が耳に残る。
 誰の声? ヴィレッタでもレオノールでもモリーナでもない。
 あの、控えめな薄桃色の髪の少女の声に似ていたような。
 ……いや、気のせいだろう。あんな状況の後だ、疲れているに違いない。

 次に意識がはっきりとした時、そこは深い闇に包まれた、だだっ広い部屋だった。
 そして何かが私の顔のすぐそばで蠢いている……!
 視線を巡らせると、無数の足、足、足!

 おにょれベレニス! フィーリア! クリス! なんで毎度毎度、私のベッドに潜り込んで寝てやがるんだ⁉
 狭すぎる!

 ……てか、ここは……? 徐々に夜闇に目が慣れてくると、見覚えのある豪奢な天井と調度品が視界に入った。
 ファインダ王国の、リオーネ王宮の賓客室?

 慌てて自分の髪に触れる。指先に触れるのは肩にかからない、慣れ親しんだ短い髪の感触。

 あ……私の髪……短くなっている。
 ということは……戻って来れたんだ。あの偽りの世界から現実の世界へ。

 安堵の息をつくと同時に、ベッドのすぐ横に人の気配を感じた。
 視線を向けると、椅子に座ったまま、うつらうつらと眠りに落ちているヴィレッタの姿があった。
 肩には毛布がかけられているが、それだけではこの冬の夜気は寒かろうに。
 全く、こういうところはヴィレッタは本当に不器用なんだから。

 起こしてあげるべきか。
 ……そっと彼女の柔らかな頬に指で触れてみる。
 ツンツン。
 予想以上に冷たい。顔色も少し青白い気がする。
 偽りの世界での出来事、そしてその後の介抱で、彼女も相当疲れているのだろう。
 その冷たさが、私の指先を通して痛いほど伝わってくる。

「ん……ローゼ……?」

 私の指の感触に気づいたのか、ヴィレッタがゆっくりと瞼を開けた。まだ眠たげな潤んだ碧眼が私を捉える。

「あはは、おはよ、ヴィレッタ。まだ、おはようの時間じゃないのかな? 私、どのくらい寝ていた……うわっ!」

 状況を尋ねようとした私に、目覚めたヴィレッタが勢いよく抱きついてきた。

「よかった……! ローゼ! 本当によかった……! 全く、貴女はいつもいつも、無茶ばかりなさるんですから!」

 抱きしめる腕の力強さと、僅かな震えから、彼女がどれほど心配してくれていたかが伝わってくる。
 ちょっと! くすぐったいんだけど!
 ……はー、でも、本当に心配をかけてしまったね。
 ごめん、ヴィレッタ。

「うっさいわねえ……夜中に騒がないでよ……ん? あっ、ローゼ! あんた、やっと起きたのね! もう、どれだけ心配したと思ってんのよ!」

 私のベッドの足元の方から、寝ぼけまなこのベレニスがむくりと起き上がり、安堵の色を隠せない表情で言い放った。
 下着姿だが。

「ま、ローゼの体温はちゃんとあったから、死んじゃいないとは思っていたけどねえ。この私が一晩中、一緒に寝て温めてあげていたんだから、感謝しなさいよね!」

 むふん、とベレニスがどこか得意げに胸を張る。

「って! 私はひよこの卵じゃなあああああい!」

 思わず全力でツッコミを入れる。人肌で温めるって、どういう発想なんだ!

「ふわあ……起きて早々、元気いっぱいっすね、ローゼさん。こっちは寝たばっかりっすから……詳しい話は、明日の朝でも……いいっすよねえ……すぴー……」

 今度はフィーリアが、もぞもぞと布団の中から顔だけ出して呟くと、そのまま再び寝息を立て始めた。

「ちょっ⁉ フィーリア! さすがに何かしらの状況説明が欲しいんだけど⁉ てか、クリスは完全に寝たままかい! ええい! せめて、あんたたちは別のベッドで寝ろおおおおおおお!」

 なぜか、クリスとフィーリアまで私のベッドに潜り込んでいる始末。
 ベッドは他にもあるでしょ! 狭いわ!
 たしかに夜は冷えるし、人肌で暖まりたい気持ちはわからなくもないが!

 あーもう! ベレニスは大きなあくびをして、再びコロリと横になって寝ちゃうし! これ、どうすりゃいいのよ!

「ていうか! せめて逆さで寝るなああああああ!」

 私がベッドの上で1人、虚しい叫びを上げていると、抱きついてきたままだったヴィレッタが、くすくすと嬉しそうに笑い声を漏らした。

「クスッ。ローゼ。みんな、本当に嬉しいのですよ。ローゼが無事に目を覚ましてくれて」

「いやいやいや、ヴィレッタ。これで喜んでいるって言うの⁉」

 どう見ても、ただ寝たいだけだろう!

 ヴィレッタは私の腕の中で、静かに力強く答えた。

「ええ。もちろん、わたくしの喜びも計り知れません。貴女が、あの魔王と化したモリーナ・レーチェルに、殺されてしまったのではないかと……本当に、生きた心地がしませんでしたもの」

 ヴィレッタの言葉に、私はハッとする。
 そうだ、あの後どうなったの!

「ヴィレッタ! レオノールは⁉ ルリアさんや、他の寮生たちはどうなったの⁉ そして……モリーナは? あ、後……リョウは、どうしているのかな? それから私って、結局どのくらい寝ていたの?」

 矢継ぎ早に質問する私に、ヴィレッタは一度深呼吸をして落ち着かせるように、ゆっくりと説明を始めた。
 その声はいつもの冷静さを取り戻しているようだった。

「落ち着いて、ローゼ。……ええ、そうですね。まずは、あの偽りの世界から脱出し、この現実の世界へ戻ったのが、昨日の深夜のことです。それから丸一日と、さらに数時間が経過しています」

「うへえ……丸一日以上も、寝ていたのか……」

 日付を聞いて驚愕する。あの偽りの女子寮で過ごした、体感的には1週間以上にも感じられた時間は、現実世界ではたったの1日にも満たなかったということか。
 時間の流れが歪んでいたのか、私たちの感覚がおかしくなっていたのか。

「貴女は最後の魔法で、自身の魔力だけでなく生命力まで削っていました。わたくしの神聖魔法による回復も、ほとんど受け付けないほど消耗していたのです」

 ヴィレッタは少し心配そうに私の顔を覗き込む。

「……それから、リョウ様のことですが……」

 ヴィレッタは一瞬言葉を切り、少しだけ眉間を寄せた。

「リョウ様は一度様子を見にきただけです。ずっと看病しようとする気概も見せません。それだからリョウ様は駄目なのです!」

 ぷんすかと少し頬を膨らませて怒るヴィレッタ。
 まあ、リョウらしいと言えば、リョウらしいが……少し寂しい気もする。
 まあでも、この女の子5人が寝起きでごった返している部屋に、リョウがずっといるのも問題だろう。
 うん、リョウの判断は正しかったのかもしれない。……たぶん。

 ヴィレッタは気を取り直して言葉を続けた。

「レオノールは元気です。すでにラインハルト陛下とマーガレット王妃には、事の真相を全て報告したそうです。今は偽りの世界に巻き込まれた他の寮生たちの、心身のケアをテレサさんと共に行っています」

「そっか。レオノールは、もうピンピンしているんだね。よかった」

「ええ。……ただ、レオノールが一部の寮生を扇動して、『我々はすでに、夢の世界でテストを受けたのだから、現実世界での再テストは断固拒否する!』と、暴れそうになったのを、テレサさんが力ずくで抑えつけてくれたのは本当に助かりました」

「……何をやってるんだ、あの脳筋バカ妹は……」

 思わずこめかみを押さえる。本当に、あの子は思ったことを即行動しないと気が済まないのか。

 ヴィレッタは小さく苦笑した。

「女子寮は現在、王宮騎士団によって調査中で閉鎖されています。寮生たちは一時的に王宮内の客室や空き部屋で保護されており、レオノールも王宮の自室へと戻っています。本人はローゼの側に付き添いたがっていましたが、そこはソフィアさんやベーベルさんたち、他のファインダの貴族子女のケアを優先すべきだと考えたのでしょう。今は寮生たちと同じ部屋で、皆を励ましながら過ごしているようです」

「まあ、あれでもこの国の王女だし、そこら辺の責任感はちゃんとあるからね。……って、50人以上の寮生が入れるのかい、レオノールの自室って……」

 王族の部屋の広さに少しだけ呆れる。

 レオノールは私と違って、生まれながらの王族としての責任感は、ちゃんと持っている。
 まあ、その責任感が時々あらぬ方向へ空回りし過ぎるのが、最大の問題点なのだが。

 さて、残るは……

「……モリーナ・レーチェルですが……」

 ヴィレッタの声が翳る。

「ローゼの最後の魔法によって、彼女の暴走した力は奇跡的に抑えられましたが……その反動なのか、あるいは精神的な負荷が大きすぎたのか……未だ意識を取り戻しておりません。王宮の医務室で、厳重な監視下に置かれています」

「そう……」

「彼女の処遇については、ラインハルト陛下や王妃様も苦慮されているようです。恐怖に支配されたファインダの重臣たちからは、『あのような危険な存在は、意識を取り戻す前に処刑すべきだ』という声が大多数だと聞いています。ですが、レオノールが『モリーナ寮長の罪は、あくまで偽りの世界の中で女生徒を危険に晒したことであり、現実世界で裁かれるべきではない。それに、彼女もまた被害者』と、処刑には断固として反対しております」

 そうだろうな。……偽りの世界とはいえ、あの力は脅威だ。
 それに女子寮という閉鎖空間を、丸ごと異界に変貌させた魔法への恐怖は計り知れないだろう。
 いつ、自分たちが巻き込まれるかわからないのだから。

 ヴィレッタは私の様子を窺うように、静かに言葉を続ける。

「さあ、ローゼ。まだ夜明けまで時間があります。貴女ももう少し休んでください。明日からはきっと、事後処理で忙しくなるでしょうから……」

「うん……てか、ヴィレッタもちゃんとベッドで寝なよ。椅子で寝ていたら、身体が痛くなるでしょ。私なら、もう大丈夫だから」

 私は布団に潜り込み直し、まだ私の足元で寝息を立てている邪魔な足ども(ベレニス、フィーリア、クリス)を、できるだけ端に寄せて、なんとか一人分のスペースを確保した。

「あの……えっと。では、お言葉に甘えて、失礼します」

 少し照れたようにヴィレッタが言う。

「だから、遠慮は要らないって。……まあ、ベレニスたちみたいに、あまりにも無遠慮なのは困るけど」

「ちょっとお……うるさいわよローゼ……むにゃむにゃ……」

 足元の方から、またベレニスの寝言が聞こえてきて、思わず苦笑が漏れる。
 そこにヴィレッタがするりと滑り込んできた。

 さっき触れた頬の冷たさが嘘のように、体の芯は温かい。
 隣に入って来たヴィレッタの頭を、そっと抱き寄せてあげる。最初は緊張で少し固まっていた彼女の身体が、ゆっくりと弛緩していくのを感じる。

 ヴィレッタの体温が、私の肌に優しく心地よく触れる。
 彼女の髪からは、ほんのりと甘くて清潔な香りがして、心が不思議と安らいでいった。

 ……まだ疲れが残っているのか、それとも隣にいるヴィレッタの温かさのせいか、急激な眠気が私を襲う。
 私はそのまま、深い、深い眠りの中へと落ちていったのだった。

 あの、目覚める前に聞こえた少女の声を、心のどこかに小さな棘のように引っかかりながら。
 
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