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第7章 絶望の鐘
第1話 ディンレル王国滅亡 密談
しおりを挟む王妃アメリアの葬儀から数日が経ち、王都リュンカーラはまだ悲しみのヴェールに包まれている。
そんな中、王宮の奥深くの国王アノスの私室は主を失った玉座の間とは違う、重苦しい空気が淀んでいた。
アノス王は側近中の側近である宰相パルパティーンと、長年王国に仕える将軍ブロッケンの2人だけを呼び寄せ、今後の国の舵取りと後継者問題について、腹を割った話し合いを始めていた。
「……アリスめ。母の遺言、『自分の信じる道を自由に生きよ』だったか? それを良いことに、持ち込まれる縁談を片っ端から突っっぱねおって……!」
アノス王は卓上の杯を忌々しげに睨みつけ、苦々しく吐き捨てた。
最愛の妻を失った深い悲しみは未だ癒えぬ傷として彼の胸にある。
だが同時に長女アリスの頑なな態度に対する苛立ちと焦りが、黒い靄のように心を蝕んでいた。
このままでは国の未来が……いや、自らの権勢が危うい。
「陛下、お気持ちは痛いほどお察しいたします。ですが……」
ブロッケン将軍が皺の刻まれた顔に苦笑を浮かべ、宥めるように口を開いた。
「アリス姫君のお気持ちも、わからなくはございません。王が変われば側近も変わるのが、このディンレルの習わし。古くは先王に仕えた宰相や将軍の一族郎党が、新王の代で悉く粛清された、という血なまぐさい歴史もございます。……フフ、それがしが、未だこうして将軍の座に居られるのも、皮肉なことにアリス姫がご自身の戴冠をも望まず、縁談を拒み続けておられるおかげかもしれませぬな」
将軍の言葉は自嘲を含みつつも、暗にアノス王の治世が安泰ではないことを示唆していた。
アリスが王位に就けば、自分たちはどうなるかわからないという不安は将軍だけでなく、隣に座る宰相パルパティーンも共有しているはずだ。
「しかし、将軍。このままでは埒があきませぬぞ」
パルパティーン宰相が、滑らかだがどこか計算高い響きを持つ声で口を挟んだ。
「アノス陛下、我々が進める政策に民がいつまでも従うとは限りませぬ。彼らが真に望むはアメリア様の血を引くアリス姫君の治世。あのお方が亡き母君のように、ふと思い立ったように政務に口を出し始め、我々が掻き乱されるようになるのも、時間の問題かと愚考いたします」
宰相の指摘は的を射ていた。
アリスは奔放さ故に民からの人気は絶大だ。
彼女が本気で政治に関与し始めれば、アノス王や現体制への不満が一気に噴出しかねない。
アノス王はぐうの音も出ず、ただ唇を噛む。
「……アリス姫は待っておられるのでしょうな。陛下が根負けし、あの方がご自身で結婚相手を選ぶ機会を与えられるのを」
ブロッケン将軍が、再び皮肉を込めて呟いた。
彼の瞳の奥には王への忠誠心ゆえの苦渋と、現状への諦念が滲んでいるようにも見える。
「まったく……食えぬ娘よ!」
アノス王は忌々しげに言い、将軍に向き直った。
「……それで、陛下。この難局、如何にして乗り切るおつもりで?」
ブロッケンはあくまで臣下としての立場を崩さず、主君の意向を問う。
「……アリスの意中の相手はわかっておる。あの忌々しい蛮族、キルアのヒイラギだ。だが! 断じて認めん! あのような出自も怪しい蛮族上がりの男に、我が娘を、このディンレルの王位をくれてやるものか! アリスはこの余が選んだ、ディンレルに益をもたらす相手と婚姻させる! それが王としての、父親としての当然の務めだ!」
アノス王は抑えきれない怒りで声を震わせた。
王の感情的な反応を見て、宰相と将軍は一瞬だけ互いに視線を交わす。
彼らの目には憐憫とも嘲笑ともつかぬ、複雑な光が浮かんでいたように、アノス王には見えた。
「……陛下、お言葉ですが、現状で取り得る選択肢は大きく三つかと存じます」
パルパティーン宰相が、指を折りながら冷静に説き始める。
「一つは問題の根源たる、ヒイラギを排除すること。ですが、アリス姫の寵愛を受け、先の武芸大会で将軍閣下をも破った手練れ。容易ではありますまい。下手をすればアリス姫や他の魔女たちの怒りを買い、王国内に更なる混乱を招く恐れもございます」
宰相はちらりとブロッケン将軍に視線を送る。
将軍は黙って頷いた。力でねじ伏せるのは得策ではない、と。
「二つ目はアリス姫を廃嫡し、妹君のアニス姫に婿を取り王位を継がせるという案」
パルパティーン宰相が続けて案を述べる。
「ですが陛下、ご存知の通りアニス姫は姉君以上に気性が激しく、制御が難しいでしょう。いまだ男を知らぬ乙女でもあられますし……何より、民から絶大な人気を誇るアリス姫の廃嫡となれば、それこそ王国を二分する内乱にもなりかねませぬ」
ブロッケン将軍が強い懸念と共に付け加える。
彼は国の安寧を第一に考えている。無用な血が流れるのは避けたいのだ。
「ふむ……」
アノス王は腕を組む。どちらの選択肢もリスクが高すぎる。
「では宰相よ。残る三つ目の選択肢とは何だ?」
「はい」
パルパティーン宰相は待っていましたとばかりに、あくまで控えめな口調で続ける。
「それは……『現状維持』、でございます」
「現状維持、だと?」
「左様。国の慣習を一時的に破ることにはなりますが、重臣たちと民にはこう布告するのです。『アリス姫が良き伴侶を見つけられ、ご成婚なさるその日まで、父君であらせられるアノス陛下が、引き続き国政を代行される』と。これならば他の者たちに余計な口出しをさせる隙を与えず、民もアリス姫ご自身のご意思を尊重する形となるため、納得せざるを得ますまい。そして何より陛下は引き続き、この玉座にお座りになれるのでございます」
宰相の言葉に、アノス王の顔が、ぱあっと明るくなった。そうだ、それならば……!
「……なるほどな。他人にこの玉座を譲るのはどうにも口惜しいと思っていたところだ。余はまだ王でいたいのだ」
アノス王は満足げにニヤリと笑った。
「陛下がそのお考えであれば、第三の宰相閣下の案が、最も穏便かつ現実的かと存じますな……」
ブロッケン将軍は静かに同意したが、声には諦めの響きが混じっていた。
そこへパルパティーン宰相が畳み掛ける。
「……しかし陛下。一つ、懸念がございます。もし、万が一……アリス姫様が、我々の意向を無視し、あの蛮族の男と結婚すると、自ら民の前で宣言し、強引に実行に移されたならば、如何なさいますか? 姉君のためならばアニス様も、クレマンティーヌら魔女どもも、多くの民も、アリス姫の味方につくでしょう。そうなれば陛下は退位を余儀なくされ、我々もまた、全ての地位を失い、この王城から追われることになりましょう」
宰相の目は笑っていなかった。
その指摘はアノス王の心を再び冷たくさせる。
そうだ、アリスならばやりかねん。あの娘の行動力と、民衆への影響力は計り知れない。
「それは、このパルパティーンにお任せを」
「……ほう? 宰相よ。何か、それを防ぐ策があると申すか?」
アノス王の目が再び鋭い光を宿す。
パルパティーン宰相は深く息を吸い込むと恭しく頭を垂れ、やがて顔を上げてニヤリと笑った。
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