【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第7章 絶望の鐘

第12話 ディンレル王国滅亡 アニスの舌鋒

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 リュンカーラ王城、白亜宮。
 重苦しい沈黙が支配する王の間に、アノス王は1人、玉座で目を閉じていた。
 脳裏をよぎるのは、アリスとアニスが生まれた日の遠い記憶。
 屈託のない笑顔、温かい家庭、隣で微笑む最愛の妻アメリア。
 ……そんな幸せな日々は、アメリアの早すぎる死と共に脆くも崩れ去った。
 残されたのは埋めがたい喪失感と、娘たちとの間に生まれた見えない溝と、玉座にしがみつく孤独な王の姿だけ。

 ふと、アノスは目を開き、現実へと引き戻される。
 隣に立つ宰相パルパティーンに、苛立ちを隠さずに問いかけた。

「……ブロッケンからの報告はまだなのか?」

「はて、たしかに遅うございますな。教会ごときに手こずるとは将軍も老いたか……念のため、確認の兵を派遣させましょう」

 宰相が衛兵に指示を出そうとしたその時。
 カツン、カツン、と高いヒールの音が廊下に響き、王の間の重厚な扉が許可もなく押し開かれた。
 現れたのは凛とした佇まいの第一王女アリス。
 背後にはローレル、アロマティカスが静かに控えている。

「おお、アリス! 無事であったか! よかった……戻ってきてくれて、余は……父は嬉しいぞ」

 アノス王の声には安堵と動揺が混じっている。

「さあ、アニスはすでに自室で待機させてある。お前たちを狙う不穏な輩がいるやもしれん。宮廷魔術師長クレマンティーヌの処刑が済むまで、お前も部屋で大人しくしているが良い」

 父の、どこか必死さすら感じられる言葉に、アリスは一瞬だけ表情を和らげた。
 だが、すぐに瞳に冷たい光を宿し、父王を真っ直ぐに見据えた。

「お父様。お言葉ですが、まずはこちらの要求をお聞き入れください。我が師であり、宮廷魔術師長であるクレマンティーヌ殿を、今すぐ牢より解放していただきたく存じます。キルア族を虐殺したのは彼女ではありません」

「何を愚かなことを申す! あの女狐に誑かされたか、側近の誰ぞに偽情報を吹き込まれたのであろう! まずは部屋で休み、落ち着くのだ。……おお、そうだ。その前に、キルアの兄妹や他の魔女たちはどうした? 王都に戻るよう、帰還命令を出したはずだが……」

 アノス王は話題を逸らそうと試みる。

「ご心配には及びません。全員、この扉の外にて控えております」

「ほう? ならば良い。遠慮なく、全員ここへ入るよう伝えよ」

 アノス王は余裕を取り戻したかに見えたが、目の奥には警戒の色を浮かべて命じた。
 アリスが合図すると、扉の外にいたヒイラギ、マツバ、ディル、チャービル、タイム、フェンネルら、見習い魔女たちが静かに入室し、アリスの後ろに並ぶ。
 これでクレマンティーヌを除く、アリス王女派の主要メンバーが顔を揃えたことになる。

「……ふむ。全員、揃ったようだな」

 アノス王は彼女たちを一瞥すると、ローレルとアロマティカスに向き直った。

「ローレル、アロマティカス。……そなたらの父を処刑した。王に諫言したとはいえ、行き過ぎた処置であったかもしれぬ……許せ」

「「なっ⁉」」

 2人は唇を噛み締め、必死に感情を押し殺して頭を垂れた。
 ここで激情に駆られれば、全てが水泡に帰す。
 主君であるアリスのために、今は耐えるしかなかった。

「……キルアの兄妹、面を上げよ」

 アノス王は次にヒイラギとマツバに視線を移した。

「此度の我が宮廷魔術師長の暴挙により、そなたらの同胞が犠牲となったこと、誠に遺憾に思う。……ついては大罪人クレマンティーヌの処刑の執行の大役を、そなたら兄妹に任せようと思うのだが、引き受けてくれるか?」

 王の言葉にマツバは僅かに肩を震わせたが、ヒイラギと共に、無言で力強く頷いた。
 アノス王は満足げに頷き、隣のパルパティーン宰相も、口の端に歪んだ笑みを浮かべている。
 彼らの目には兄妹の承諾が、クレマンティーヌへの憎悪の表れとしか映っていない。

「よろしい! では宰相よ、早速、処刑の準備に取り掛か……」

「お待ちくださいませ、お父様。ご報告すべきことが、もう一つございます」

 アリスが王の言葉を遮り、静かに告げる。

「……何だ? 改まって。遠慮なく申してみよ」

「はい。実は……先ほど、ザックス神父の教会にて、私、アリス・ディンレルはキルア族族長の嫡男であり、私の側仕えであるヒイラギと、ささやかながら結婚の誓いを立ててまいりました」

 しん、と王の間が静まり返る。
 アノス王の顔から、血の気が引いていくのがわかった。
 宰相の顔は驚愕から怒りへと変わる。

「……陛下。そしてアリス姫様。このヒイラギ、身に余る光栄にございます。未熟者ではございますが、アリス姫の夫として、この国の臣として相応しき者となれますよう、粉骨砕身、努めてまいる所存。どうか、我らの結婚をお許しください」

 ヒイラギはその場で深く頭を垂れ、アノス王に懇願した。
 声にはアリスへの深い愛情と、この無謀とも思える行動への覚悟が滲んでいる。
 アリスはそんなヒイラギの姿を、胸が締め付けられるような思いで見つめていた。

(これが、私たちの選んだ道……)

「……ふ、ふざけるなぁっ!」

 アノス王の絶叫が、王の間に響き渡った。

「き、貴様! この卑しい蛮族めが! 奴隷の分際で、よくも……よくも我が娘を誑かしおったな!」

「陛下! このような不敬、断じて許すわけにはまいりません! 衛兵! 何をしておる! この蛮族ヒイラギを、即刻、この場で斬り捨てい!」

 パルパティーン宰相も怒りに顔を歪ませて叫び、衛兵たちが剣の柄に手をかけ、ヒイラギを取り囲もうとする。

「お待ちを!」

 ヒイラギは衛兵たちを制するように鋭く声を発した。

「斬られる前に一つだけ、陛下にお伺いしたい儀がございます。……陛下……それに宰相閣下は古の悪魔、『フレイムウルフ』なる存在をご存知でいらっしゃいますか?」

 その名にアノス王は訝しげな顔をし、宰相は一瞬だけ動揺したような表情を見せた。

「フレイムウルフ……だと? 馬鹿馬鹿しい! 女神話に出てくる、ただの伝説上の怪物ではないか! 何を訳の分からぬことを……! 衛兵! 聞こえなかったのか! とっとと、その男の首を刎ねい!」

 宰相は動揺を隠すかのように、さらに声を荒らげた。
 彼の焦りが、アリスたちにとっては計画通りに進んでいることの証左。

「ちょっと待ったぁーっ!」

 その時、王の間の扉が再び勢いよく開き、外出禁止を命じられているはずのアニスが部屋へと飛び込んできた。
 しかもアニスは浮遊魔法で、巨大で見るからに禍々しい獣の焼死体を運び込んでいる。

「アニス⁉ お前、なぜここに! しかも、悍ましい獣の骸はなんだ⁉ 余興のつもりか! 度が過ぎるぞ!」

 アノス王が叱責する。

「お父様! よくご覧ください! これこそが、女神フェロニアの神話にも語られる古代の悪魔、フレイムウルフ! その口から吐き出す炎は竜にも匹敵し、我ら魔女の魔法を遥かに凌駕します! キルア族を滅ぼしたのはクレアではありません! この悪魔だったのです!」

 アニスの力強い声が響き渡る。
 衛兵たちは巨大な骸とアニスの言葉に完全に気圧され、動きを止めている。
 アノス王も娘の剣幕と、目の前にあるおぞましい『証拠』を前に、言葉を失った。

「……ふぅ。いやー、大変でしたのよ? まさか王城の地下深く、古代の封印魔法で隠されていたなんて! でも、私と、エルフ族の協力者たちとで、激闘の末、なんとかこの悪魔を討ち取ることができたのです! まさに紙一重の勝利でした! さあ、お父様! これでクレアの無実は証明されました! どうか、今すぐ先生を牢からお出しください!」

 アニスは息を切らしながらも、誇らしげに胸を張ってみせる。

「……む、むぅ……そ、それはまことか……?」

 アノス王は半信半疑ながらも、アニスの言葉に傾きかけている。

「陛下! 騙されてはなりませぬ!」

 パルパティーン宰相が必死の形相で叫んだ。

「フレイムウルフほどの強力な悪魔を、アニス姫とエルフ数名ごときで倒せるはずがございません! そ、その骸は……偽物に決まっております! そうですとも! 巧妙に作られた、ただの作り物です!」

「あらあら、宰相閣下」

 アニスは純粋な子供のようで底意地の悪い笑みを浮かべて、宰相を見つめた。

「何故、そんなに必死になって偽物だと断言なさるのかしら? 宰相閣下ほどの博識な方でも、伝説上の悪魔の骸が本物か偽物かなんて、見ただけでおわかりになるものなのですか? ……まるで本物のフレイムウルフを、どこかでご覧になったことがあるような口ぶりですね?」

 アニスの核心を突く、冷たく鋭い疑問。
 それはじわじわと宰相の心の壁を侵食する。
 宰相はアニスの挑発的な視線を受け、顔を引きつらせた。
 焦り、怒り、長年隠してきた秘密が暴かれるかもしれないという恐怖。
 それらが宰相の冷静さを完全に奪い去った。

「に、偽物だと言ったら偽物だ! き、貴様ら小娘に、この私の深謀遠慮がわかってたまるか! う、ふ、ふ……あはははは!」

 宰相は突然甲高い笑い声を上げ始めた。
 目は狂気に満ちている。

「そうとも! 本物のフレイムウルフは我が秘蔵のこの書物の中に、我が意のままになるよう封印してあるのだ! 古代の秘術! これさえあれば、いつでもあの破壊の化身を呼び出し、意のままに操ることができる! そう、キルア族を焼き滅ぼしたように、このディンレル王国とて、私の意のままに……!」

 自らの口で全てを白状してしまう。
 宰相は自分が何を口走ったのか気づいていないのか、それとも、もうどうでもよくなったのか、狂ったように笑い続けている。

「……さあ、これで役者は揃いましたわね」

 アリスが静かに呟いた。
 声には計略が成功したことへの確信と、これから始まる本当の戦いへの覚悟が込められている。

 彼女たちが教会で立てた秘策……アリスの結婚報告で王と宰相を揺さぶり、アニスが悪魔の偽の骸というブラフで宰相を追い詰め、自白を引き出すという作戦は見事に成功したのだ。

「宰相パルパティーン! キルア族虐殺、及び国家反逆罪の容疑で、あなたを拘束します!」

 アリスは高らかに宣言し、その手に魔法の光を集束させ、ヒイラギ、マツバ、見習い魔女たちも、一斉に臨戦態勢に入る。

 王の間は今、真実と嘘、忠誠と裏切りが入り乱れる、最終決戦の舞台へと変わろうとしていた。
 
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