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第7章 絶望の鐘
第19話 ディンレル王国滅亡 絹の巻物
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王都リュンカーラの貴族街の一角。
王国軍の将軍ブロッケンの邸宅は、主の謹慎と共に、訪れる者もなく静まり返っていた。
庭の手入れも途絶え、どこか荒れた空気が漂う。
その一室でブロッケンは硬い床に正座し、瞑目している。
脳裏をよぎるのは己が犯した罪の数々。
パルパティーン宰相の甘言に乗り、保身のために忠誠を違えたこと。
そして何より、私怨と歪んだ功名心からキルア族の惨劇を招く遠因となったこと……悪魔が直接手を下したとはいえ、自らの唆しがなければ、あの悲劇は起こらなかったかもしれない。
後悔と自責の念が心を苛む。
もはや処刑されることだけが唯一の贖罪の道だと、彼は固く信じていた。
「……ブロッケン様。陛下、並びにヒイラギ様がお見えになられました」
控えめな使用人の声が重い静寂を破り、ブロッケンは、ゆっくりと目を開けた。
(来たか……ついに、この時が)
背筋を冷たい汗が伝うのを感じながらも、彼の心は不思議と凪いでいる。覚悟はできていた。
「お通ししろ」
短く命じ、立ち上がって訪問者を迎え入れようとすると扉が開き、アノス王がヒイラギただ一人を伴って部屋へと入ってきた。
王自らが、処刑を宣告しに来たのか。あるいは、この場で……
「陛下! このような場所へ、陛下自らお越しになるとは……! いえ、もはや申し上げる言葉もございません。覚悟はできております。陛下の御心が安寧を取り戻せますよう、この首をお刎ねくださいませ!」
ブロッケンは片膝をつき、深く頭を垂れた。
自らの罪の重さを噛み締めながら、断罪の言葉を待つ。
だが、アノス王から発せられたのは予想とは全く異なる言葉だった。
「……頭を上げよ、ブロッケン。感傷に浸るのはまだ早い。本日をもって、其の方の謹慎処分を解く。そして再び将軍として、このディンレル王国に仕えることを命じる」
「な……⁉ へ、陛下、それは……御冗談では……? そ、それがしが犯した罪は、万死に値する大罪! パルパティーンに与し、キルアの民を……ヒイラギ様の故郷を蹂躙する計画に加担した、紛れもない国賊でございますぞ!」
ブロッケンは、信じられないといった表情で王を見上げた。許されるはずがない。
特に隣に立つヒイラギが、この決定を容認するはずがない、と。
「……ブロッケン殿」
静かに口を開いたのは、ヒイラギだった。
彼の瞳には憎しみではなく、驚くほど冷静な光が宿っている。
「貴殿への個人的な恨みが、私の中に無いと言えば嘘になります。ですが、それ以上に、優先すべきことがある。……先の宰相を操り、キルアの民を虐殺し、そして今もこの国のどこかに潜んでいるであろう、真の黒幕……その存在を突き止め、断ち切らねば、私の復讐も、そしてこの国の安寧も決して訪れることはありません」
「……婿殿の言う通りだ」
アノス王が頷く。
「パルパティーンは死んだが、奴を唆し、悪魔の力を与えた者がいる。その『男』を見つけ出すまで、余は王として、この国を守り抜かねばならぬ。そのためにはブロッケン、其の方の力が必要なのだ。失態はあった。だが長年この国に仕えた其の方の軍才と経験は何物にも代えがたい。……もう一度、余に、この国に、力を貸してはくれぬか?」
王の言葉には威厳と共に、宰相の裏切りを経験したことによる脆さはある。
だがヒイラギの私怨を超えた国を思う覚悟。
ブロッケンは2人の真摯な言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
処刑されると思っていた自分が、まさか再び必要とされるとは……
「……陛下……ヒイラギ、様……このブロッケン、もはや何の申し開きもできぬ身。ですが……もし、この老骨が、まだお役に立てるのであれば……この命、陛下と、そして王国の未来のために、再び捧げる覚悟、ここに!」
ブロッケンは涙で滲む視界の中、改めて深く頭を垂れる。
心の奥底にあった国への忠誠心と自らの誇りが再び燃え上がる。
「うむ、頼んだぞ、将軍」
アノス王は、満足げに頷いた。
「ヒイラギも、良いな?」
「はい、陛下。ブロッケン殿の武勇、私も武芸大会で身をもって知っております。これほど頼もしい味方はおりません」
ヒイラギも、ブロッケンに力強い視線を送る。
翌日、王城で正式に将軍職への復帰を許され謹慎を解かれたブロッケンは、帰宅後、自室の卓上に見慣れぬ物が置かれていることに気づいた。
それは滑らかな手触りの、上質な絹で作られた巻物だ。
「……なんだ、これは? 見覚えのない……」
誰が置いたのか? 使用人に尋ねようかと思ったが、好奇心に駆られ、彼はそっと巻物を手に取り、広げてみる。
そこには繊細な筆致で、どこか儚げな、病弱そうな青年の肖像画が描かれていた。
「……ふむ。奇妙な絵姿だ。このような絵が、これほど高価な絹の上に描かれるとは……」
ブロッケンが絵を訝しげに眺めていると、どこからか声が聞こえてくる。
『……あ、あの……ブロッケン、様……? 聞こえ、ますか……?』
か細く、弱々しいが不思議と心に染み入るような声が頭の中に直接響いてきたのだ。
幻聴か? いや、違う。この青年のような声は、明らかにこの巻物から……?
『……こ、怖い……ですよね……? ごめんなさい……でも、どうしても、お伝えしたいことがあって……』
声は、まるで怯えた小動物のように震えている。
ブロッケンは知らず知らずのうちに、声に耳を傾けていた。
『……わ、私は……見てしまったんです……。貴方様が……いずれ、アノス様と……その、アリス様やヒイラギ様に……裏切られ、殺されてしまう未来を……』
「な……⁉」
ブロッケンは思わず息を呑んだ。
馬鹿な、そんなはずはない。陛下は、ヒイラギ様は、私を許し、再び信じてくださったのだ。
『……信じられない、ですよね……でも……考えてみてください……王様って、そういうものじゃないですか……? 都合が悪くなれば、一番下の者に、全ての責任を押し付けて……切り捨てる……パルパティーン宰相様だって……本当は、王様の命令で……いえ、なんでもありません。……ただ……ただ、ブロッケン様が、あの方と同じように、利用されて、捨てられてしまうのが……私は……悲しくて……』
青年の声は心の琴線に触れるかのように、優しく、甘く、哀れみを誘う響きを放つ。
ブロッケンの中に、消えかけたはずの疑念が再び首をもたげる。
(そうだ、陛下は変わられた。以前の陛下なら、私を許すことなどありえなかった。ヒイラギとて、本当に私を許したのか? あれは私を利用するための芝居だったのではないか? パルパティーンのように、用済みになれば……)
『……ごめんなさい、余計なことを……でも、どうか、お気をつけください……貴方様のような、忠義にあつい方が、報われないのは……あんまりです……』
声はそう囁くと、沈黙した。
だが甘美な響きは、ブロッケンの脳裏に深く刻み込まれている。
彼は憑かれたように絹の巻物を大切に懐にしまい込んだ。
(この声の主は、自分のことを理解し、心配してくれている。この声だけは、信じられる……)
ブロッケンは、この巻物を肌身離さず持ち歩くようになる。
彼の心に再び灯ったはずの忠誠の炎は、巻物が囁く甘い毒によって静かに蝕まれ始めていった。
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庭の手入れも途絶え、どこか荒れた空気が漂う。
その一室でブロッケンは硬い床に正座し、瞑目している。
脳裏をよぎるのは己が犯した罪の数々。
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そして何より、私怨と歪んだ功名心からキルア族の惨劇を招く遠因となったこと……悪魔が直接手を下したとはいえ、自らの唆しがなければ、あの悲劇は起こらなかったかもしれない。
後悔と自責の念が心を苛む。
もはや処刑されることだけが唯一の贖罪の道だと、彼は固く信じていた。
「……ブロッケン様。陛下、並びにヒイラギ様がお見えになられました」
控えめな使用人の声が重い静寂を破り、ブロッケンは、ゆっくりと目を開けた。
(来たか……ついに、この時が)
背筋を冷たい汗が伝うのを感じながらも、彼の心は不思議と凪いでいる。覚悟はできていた。
「お通ししろ」
短く命じ、立ち上がって訪問者を迎え入れようとすると扉が開き、アノス王がヒイラギただ一人を伴って部屋へと入ってきた。
王自らが、処刑を宣告しに来たのか。あるいは、この場で……
「陛下! このような場所へ、陛下自らお越しになるとは……! いえ、もはや申し上げる言葉もございません。覚悟はできております。陛下の御心が安寧を取り戻せますよう、この首をお刎ねくださいませ!」
ブロッケンは片膝をつき、深く頭を垂れた。
自らの罪の重さを噛み締めながら、断罪の言葉を待つ。
だが、アノス王から発せられたのは予想とは全く異なる言葉だった。
「……頭を上げよ、ブロッケン。感傷に浸るのはまだ早い。本日をもって、其の方の謹慎処分を解く。そして再び将軍として、このディンレル王国に仕えることを命じる」
「な……⁉ へ、陛下、それは……御冗談では……? そ、それがしが犯した罪は、万死に値する大罪! パルパティーンに与し、キルアの民を……ヒイラギ様の故郷を蹂躙する計画に加担した、紛れもない国賊でございますぞ!」
ブロッケンは、信じられないといった表情で王を見上げた。許されるはずがない。
特に隣に立つヒイラギが、この決定を容認するはずがない、と。
「……ブロッケン殿」
静かに口を開いたのは、ヒイラギだった。
彼の瞳には憎しみではなく、驚くほど冷静な光が宿っている。
「貴殿への個人的な恨みが、私の中に無いと言えば嘘になります。ですが、それ以上に、優先すべきことがある。……先の宰相を操り、キルアの民を虐殺し、そして今もこの国のどこかに潜んでいるであろう、真の黒幕……その存在を突き止め、断ち切らねば、私の復讐も、そしてこの国の安寧も決して訪れることはありません」
「……婿殿の言う通りだ」
アノス王が頷く。
「パルパティーンは死んだが、奴を唆し、悪魔の力を与えた者がいる。その『男』を見つけ出すまで、余は王として、この国を守り抜かねばならぬ。そのためにはブロッケン、其の方の力が必要なのだ。失態はあった。だが長年この国に仕えた其の方の軍才と経験は何物にも代えがたい。……もう一度、余に、この国に、力を貸してはくれぬか?」
王の言葉には威厳と共に、宰相の裏切りを経験したことによる脆さはある。
だがヒイラギの私怨を超えた国を思う覚悟。
ブロッケンは2人の真摯な言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
処刑されると思っていた自分が、まさか再び必要とされるとは……
「……陛下……ヒイラギ、様……このブロッケン、もはや何の申し開きもできぬ身。ですが……もし、この老骨が、まだお役に立てるのであれば……この命、陛下と、そして王国の未来のために、再び捧げる覚悟、ここに!」
ブロッケンは涙で滲む視界の中、改めて深く頭を垂れる。
心の奥底にあった国への忠誠心と自らの誇りが再び燃え上がる。
「うむ、頼んだぞ、将軍」
アノス王は、満足げに頷いた。
「ヒイラギも、良いな?」
「はい、陛下。ブロッケン殿の武勇、私も武芸大会で身をもって知っております。これほど頼もしい味方はおりません」
ヒイラギも、ブロッケンに力強い視線を送る。
翌日、王城で正式に将軍職への復帰を許され謹慎を解かれたブロッケンは、帰宅後、自室の卓上に見慣れぬ物が置かれていることに気づいた。
それは滑らかな手触りの、上質な絹で作られた巻物だ。
「……なんだ、これは? 見覚えのない……」
誰が置いたのか? 使用人に尋ねようかと思ったが、好奇心に駆られ、彼はそっと巻物を手に取り、広げてみる。
そこには繊細な筆致で、どこか儚げな、病弱そうな青年の肖像画が描かれていた。
「……ふむ。奇妙な絵姿だ。このような絵が、これほど高価な絹の上に描かれるとは……」
ブロッケンが絵を訝しげに眺めていると、どこからか声が聞こえてくる。
『……あ、あの……ブロッケン、様……? 聞こえ、ますか……?』
か細く、弱々しいが不思議と心に染み入るような声が頭の中に直接響いてきたのだ。
幻聴か? いや、違う。この青年のような声は、明らかにこの巻物から……?
『……こ、怖い……ですよね……? ごめんなさい……でも、どうしても、お伝えしたいことがあって……』
声は、まるで怯えた小動物のように震えている。
ブロッケンは知らず知らずのうちに、声に耳を傾けていた。
『……わ、私は……見てしまったんです……。貴方様が……いずれ、アノス様と……その、アリス様やヒイラギ様に……裏切られ、殺されてしまう未来を……』
「な……⁉」
ブロッケンは思わず息を呑んだ。
馬鹿な、そんなはずはない。陛下は、ヒイラギ様は、私を許し、再び信じてくださったのだ。
『……信じられない、ですよね……でも……考えてみてください……王様って、そういうものじゃないですか……? 都合が悪くなれば、一番下の者に、全ての責任を押し付けて……切り捨てる……パルパティーン宰相様だって……本当は、王様の命令で……いえ、なんでもありません。……ただ……ただ、ブロッケン様が、あの方と同じように、利用されて、捨てられてしまうのが……私は……悲しくて……』
青年の声は心の琴線に触れるかのように、優しく、甘く、哀れみを誘う響きを放つ。
ブロッケンの中に、消えかけたはずの疑念が再び首をもたげる。
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『……ごめんなさい、余計なことを……でも、どうか、お気をつけください……貴方様のような、忠義にあつい方が、報われないのは……あんまりです……』
声はそう囁くと、沈黙した。
だが甘美な響きは、ブロッケンの脳裏に深く刻み込まれている。
彼は憑かれたように絹の巻物を大切に懐にしまい込んだ。
(この声の主は、自分のことを理解し、心配してくれている。この声だけは、信じられる……)
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