Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第一部 揺動のレジナテリス

7.造花の女王 フローラ・ノルドランド(F-025)

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 「おもてを上げなさい」



 ノルドランド王国女王フローラ・ノルドランドは、実弟エリアスの隣に跪いて笑顔を向ける
自身の頬辺に流れる長い栗髪と同じ色の綿毛を見て、思わず王座から立ち上がった。


 訝しがるエリアスに何とか平静を取り戻して、来客と書記のみの静けさの中、
言葉を忘れて咳ばらいで誤魔化す。

再び腰を掛けると、待っていたようにエリアスが口を開いた。


 「失礼致します。昨日拝命致しました調査任務ですが、御報告の前に、
証人として謁見者を二名伴うことをお許し願います」 

 「え、ええ……許します」


 「こ、こんにちは、リコです! そっちはカイル」

 「ええ、お久……いえ、初めまして、座って結構ですよ」
 突如立ち上がった小さな訪問者に釣られそうになりながらも、
感情を出さないように努めて静止し、
頭を下げて微動だにしない褐色の青年に手を差し出した。

 「そちらの貴方も、どうぞお顔を」 
 無言で頭を上げて女王を見上げた青年は、空ろな眼差しを強く、色濃くした。

 「……ぁ……」


 「……どうか致しましたか?」 
 筆頭書記が表情を変えずに、反対側に座る新人書記が不思議そうに、周囲の視線が集まる中、
カイルと呼ばれた青年は何かを隠すように顔を再び伏せて、静寂が戻った。


 「フローラ・ノルドランドです。では……報告をお願いします」

 
 「報告致します。レインフォールに現れた猛獣ビーストは、炎を吐く大型の翼獣でした」 
 
 「翼獣……どういうものですかそれは」
 「翼の生えた二本足の火蜥蜴のような生き物でしたが……そこの二人と共に処理致しました。
その後不審人物を捕らえましたが、その者が翼獣を使役し森を焼いていたようです」

 実の姉と弟でありながら、畏まった言葉を使わなければならないことを寂しく思いながらも、
女王としての責務として厳格を装い、毅然と振る舞う。  

 「それで……その不審人物というのは?」
 「地下に収監してあります。本人の言葉を信じるなら……帝国の第三皇女です」

 「ええっ! ま、まさか!」


 弾けるように再び立ち上がり、静けさの中で無意識に指先で唇を撫でていたことに気づくと、
顔を上げてから一度も目を見ない兵長に、重要な事を確認する。

 「このこと他の者には……」

 「……まだ我々しか知りません。事が事ですので急行した次第です」


 「分かりました……この件は内密にお願いします。リコとカイルもお願いします」
 「お待ち下さい!! 帝国兵がレインフォールに深く侵入して森を焼いていたのですよ!?
明らかに条約違反、侵略行為です!」

 「それは……慎重に考えなくては。まずイサーク卿に橋渡しをお願いして帝国側の状――」
 「――帝国との境を領内に押さえて不審な行動を起こしている張本人こそが奴でしょう!」
 「兵長! 同じ臣民、同胞を疑うようなことは許しません!」
 
 怒りで歪むエリアスの隣で、リコは不思議そうに視線を行き来させる。 
 

 「お話にならない! 失礼します!」
 「エリ!」

 足早に議場を出て行く実弟の後ろ姿は、幼い日に見た小さなそれと重なって見えた。
咄嗟に口にした愛称も、遠い思い出から大事に掘り起こしたように懐かしく感じられた。 

 「ごめんなさい……みっともない所を見せてしまって」 
 「構わ……ない、が……彼……は正、し……い」
 含むように初めて言葉を発したカイルと呼ばれる――青年に見えた――少年の目の奥底には、
暗い何かが見え隠れしていた。低音の声にも多少の抑揚を感じる。

 「そう……でしょうか。私はそうは思いません」


 今のやり取りの意味を真に理解した者が、この場にどれだけ居るだろうか。
二人はともかく、エリアスは兵長としても王子としても弟としても、色々な物を見失っている。 

 王として感情で動いてはいけない、
 国を第一に考えなければならない、

 眼前の抱きしめたくなる存在にも、
 心を偽って接さなければいけない。
 
 ――象徴の女王を演じる、乾いた花を飾るように。
 

 そんな入り乱れた思いを察するかのように、褐色の肌をした少年は深い森の奥のような目を
真っ直ぐに突き付けて、明らかに先程よりも、静かに、力強く――言った。

 「失……う、時……は、一瞬……だ」



 目を伏せ様々な思いを飲み込んだ女王は、優しく微笑んだ。

 「……部屋を用意させますから今日はお泊り下さい。話はまた別の機会に」



 一度長く瞑目し気持ちを落ち着かせてから、衛兵を呼び入れ、案内と言付けを頼んだ。


 話したいことは、公務外に持ち越さなければならないのだから、と自らに言い聞かせて――
 


    ***




 バルコニーのベンチに腰をかけ、街明かりを包み込むようにして寄り添う大小二つの月に、
どこか寂しさを感じて、ふと右隣を覗きこんだ。

 「綺麗ね月。今夜は仲良く見える……お部屋はどう? 足りないものはない?」
 「カイルが『落ち着かない』とか言って床で寝てる。ウチではベッドで寝てたのに」

 「そ、そう?? 変わった人なのね……何かあれば遠慮なく言ってね」
 衛兵に言付けてまで、リコ1人を深夜のバルコニーまで呼び出した理由は幾つかあった。
何よりもこの夜景と星空をもう一度、一緒に――隣で見て欲しかったから。

 
 「あれ……なんだろ……」 
 「リコ……何か、思い出しましたか?」


 「え、なに?」
 「……貴方は、1歳までこの城に住んでいたのよ」


 「えー? そんなわけないよ! だって、ずっと森……で……あれ??」


 必死に何かを思い出そうとして首を捻るリコの髪は、月に照らされて黄金色に輝いていた。
まるでそれが、肩口から流れる自分の金と同化するようで――重ねたいと顔を近づけてしまう。


 「そんな小さい頃の記憶……無くても仕方ないわ」
 
 「うーん……けど、なんか……そこに、誰かいたような……あれ……」
 
 リコが振り返るベンチの隣に朧気に浮かび上がる母の姿と、隣に立つあの人が滲んで溶ける。
綺麗で切なく儚い情景に思わず立ち上がり、手すりの奥に広がる城下の灯りで瞳を癒した。



 「少し……昔の話をしましょうか」



 栗色の泡髪が産毛だったリコを背負い、義父と慕っていた彼が城に来たのは4歳の時だった。
その頃は前王である母もまだ生きていて、きっと母はずっと1人で彼を待っていたのだと思う。 

 リコが生まれるより前から森と城を行き来していた彼は、物心ついた時には既に記憶の中を
占めていて、思い出の中の母はいつも笑っていたように思う。

 彼が本当の父親なら良いのにと思ったことは一度や二度では無かった。
だが彼にはリコの母親である本当の奥さんが居た。

 女王となった母セシリアとも旧友でリコの母でもある森の守護者――名前はヒルダと言った。
一度も会った事が無い彼女は生前母から聞いた話では、とても繊細で大人しい人だったそうだ。

 彼にも何度か彼女の話を聞いたが、いつもはぐらかされたように思う。

 それが納得出来ずムキになって聞く事を止めた時に、
彼に対する複雑な思いも生まれたのだと、今では良く分かる。
 

 そうして彼が来なくなって、母が去り、黒髪の叔父さんも居なくなって私は一人になった。



 「貴方のお母様のヒルダ様、私の母で前女王セシリア、そして貴方のお父様のヴァン様……
城下町の石像はもう見たかしら? 彼らはみな、あの七英雄セプテムヘリオスの一人なのよ」
 
 「へりおす?」
 「《英雄》のこと。本当の意味は《七つの太陽》……とても偉い人達のことよ」
 

 「……えー!」
 
 「知らされてなかったのね。像も風化してるから見ても解らないかもしれないし、
あれを修繕するなって言ったのも貴方のお父様。撤去して欲しがってたのもね」

 「父さんは《炭を焼いて肉を燻す人》だと思ってたよ」
 真顔で可笑しなことを言うリコに微笑みで答えて、再び隣に座る。

 「そう……貴方はこの城に預けられて、お父様は森と城とを行き来する生活をしていたの」

 「どうして??」

 「それは私にも分からない……けど、母さんはヴァン様が来るといつも嬉しそう笑ってた。
そしてあの人が森へ戻った後は、いつも寂しそうにしてた……貴方のこともとても可愛がっていたのよ。
それはもう本当の子供みたいに……けど、ヴァン様は貴方を連れて帰ってしまった。
多分……母さんはとても悲しんでいたと思う。誰にもそうは見せなかったけど」


 「そっか……なんでだろ? 何も無い森の変な石なんかより、城に居ればよかったのに」


 心の底からそう思っていた。

 そうすれば母も、あんなことにはならなかったかもしれない。
 
 私もこんな風には、きっとならなかっただろう。

 
 そういう意味では恨んでいるのかもしれない。

 
 「私も石柱が何なのかは最後まで聞かされなかったけど、森を禁止区域にしたのは
母さんやヴァン様の意向だから続けてるの。けれど……理由が分からないから強く止められないのよ。
民が木材で苦労をしているのは事実だもの……それがエリアスの気に障るのでしょうけど」

 「けど、凄いよあの人! 火を吐く大きい獣だって一撃で首を飛ばしちゃったし!」

 「そう……頑張って訓練してたものね。ただもう少し心に余裕を持って欲しいのだけど」

 「うーん、なんかいつも怒ってるよね。会った時もだけど、ちっとも笑わないし」


 「そうね……あの子も昔はよく笑う子だったのよ。母さんがまだ生きている頃の話だけど。
……ねぇリコ、あの子の友達になってあげてくれないかしら?」
 「ともだち? なにそれ?」


 城の中しか知らなかったエリアスには同年代の友達なんて居た事が無かった。
それでも母が居た時は私もただの姉として、思うままに弟を可愛がることが出来た。
それが出来なくなった今となっては、弟にはきっと近い存在が必要で、それがリコなら心から嬉しく思う。
 

 「ええ、貴方がどうして城に来たのかは知らないけど。しばらくあの子と一緒に居てあげてほしいの。
最初はそれだけでもいいのよ。あの子はいつも一人だったから……」

 「ふーん。良く分からないけど分かっ……あ! そうだ、忘れてた!
カイルが父さんから言われてたのはこれ――」


 そう言ってリコが胸元から引っ張り出したそれは、見慣れた色違いの鍵だった。


 「鍵を持って誰かに会いに行けってだけで、これからどうするとか何も聞いてないんだよ!
聞いてもあの仏頂面で『解、ら、な、い』っていうだけだし」

 「森はもう良いのかしら? ヴァン様もヒルダ様も、何十年も自分達の事を犠牲にしてまで
レインフォールを見守り続けてきたはずだけれど……」

 「だよね? 急に居なくなって、城に行けとか、じゃぁ何で今までずっと森に居たのって」


 「そういえば……あの石柱は中に何かを封じてるって、以前母さんから聞いた事があるわ。
それが何なのかは結局最後まで教えてくれなかったけど」

 「別に何もなかったよ? 物音がするとか声が聞こえるとか、そんなこと一度もないし……
動物の気配とか、そういうのも無かった。あれば少しは分かるはずなんだけどね」


 「そう……この鍵に関係しているような気はするのだけれど」

 首元の銀の鎖を引き抜いて、白い鍵を掌に載せると月の光を浴びて淡く輝いた。


 「あ! 女王様も持ってたんだね、お揃いだ!」 
 「ええ、これはね母さんから受け継いだ白鍵なの……ねぇリコ?
今更だけど、私のことはフローラと呼んでくれないかしら」

 「えー、けど王様を呼び捨てにするのは良くないんじゃないの? 知らないけど」


 「そう……なのかしら……でも……」

 「じゃあさ、フローラ姉さんで……どうかな?」
 リコの言葉を何度も頭で繰り返すと、思わず目尻が潤み、人差し指で拭った。


 「あ……うん、ごめんなさい。もう……エリアスにはそう呼んでもらってないから」
 「そうなんだ? 呼べば良いのにね? ホントのお姉さんなんでしょ?」

 「あの子にとっては……いいえ、きっと今の私にとっても簡単なことじゃないのよ」

 絶望的に刻まれてしまった愛する弟との溝はきっともう埋まらないだろう。
今後の対応でも幾度と無く衝突する事は目に見えている。

 そしてそれを解消する術も、もう多分無いのだろう。
 
 「ところで、リコはどう思った……? あの帝国の皇女の事」
 

 「あ……そうだ」
 「どうしたの?」
 
 「うーん……ホントはちょっと、後悔……してるんだ」
 「ここに来るまでに……何かあった?」
 

 「うん……そんな気はなかったけど、人を傷つけちゃって……アレで良かったのかなって」

 そういって目を伏せて何かに耐えているようなリコを、交差する月明かりに優しく包んだ。


 月になりたいと深く静かに思いながら、輝きを増していく夜の中で大きな安らぎを感じていた。
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