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第四部 夢幻のレミニセンス
71.停滞濁世の変革者
しおりを挟むクインノバトール――《異端の五傑》と呼ばれた若き才能は、時代の変革者である。
ただ一言で悪と断じてしまうのは拙速過ぎるだろう。
ノルドランドの歴史が人々に語られる際、大きく開拓期、繁栄期、醸成期と分けられるが、
醸成とは名ばかりで実態は停滞と呼んでいい。
停滞とは即ち腐敗である。
滞まる水が澱むように、百年祭を終えた王国は安定と引換えに貴族や豪商の退廃を招いた。
開拓の情熱や繁栄の活気は失われ、富や力の保持に心血を注ぐ者。
その中心に、神像として鎮座したのが前王――セシリア・ノルドランドだった。
彼女の政治に対する姿勢は不関与だった。無関心ではないが無干渉を貫いた。
周囲に祭り上げられ、押し上げられた虚像としての彼女は、それでいて強烈に輝いていた。
その魅力に取り憑かれた者は今も尚、妄執に突き動かされている。
先の元老長、イサーク・エスパニョールもその一人であり、自らの我執によって焼かれた。
長く彼女を支えた監察官アデラル・コルバートも同様である。
そして五傑もまた世代を超えて熱に当てられた者達だった。始まりは王都スクールにある。
同期で構成された五人の筆頭はエンフィールド領主、クローヴィスと言われる。
彼は前王信奉者では無いが、何かの目的を持ち同志を集めた。
その中で最も前王に固執し、国の政体を変えようしたのはフェリックス・マイヤーだろう。
象徴としての王を奉じての議会制の継続を最も強く願った彼は、次第に現王が煩わしくなり、
異なる目的ながら結果が一致するアデラルと組んで、同志フランジュを唆した。
そして同じように煽動され軽挙に走った同志に、アルバン・ゴダートが居る。
アルバンは南オクシテーヌの領主でありながら現財務官で、地位も名誉も備えた人物だが、
未だに年若く才能に釣り合わない程に無垢な青年だった。
無垢と言われれば聞こえは良いが、単純で疑えず白にも黒にも染まってしまう、
ある意味最も危険な存在だった。
五人で最も後輩のそんなアルバンの性質を、先輩フェリックスは良く知っていた。
彼は王国にも前王にも政治にも大した関心が無く、ただただ数字に強いだけの非才であり、
自領の経済、人口や治安と言った数値の上昇のみに拘っている小人だと――
熟知していたからこそ焚きつけたのだ。北オクシテーヌへの侵攻を。
そしてそれを後押しする為に、通告無くノワールゲートを封鎖した。
全てはオクシテーヌと王都の道を分断し――互いの支援を断つ為に。
***
「それで、北と西はどうですか? ロトリー卿」
「ええ、バッチリ準備万端です。セントゲートとブランゲートは既に封鎖されております。
南はまだですが……宜しいので?」
「そうですね。城下で火の手が上がれば王都から中央へ避難の方々が押し寄せるでしょう。
サウス便がアンジェを出発する月狼刻に封鎖してください」
「なるほど、流石フェリックス様。避難の事まで考えておられるとは……感激致しました」
「何を言ってるんですか? 真っ先に逃げて来る連中なんて貴族に決まってるでしょう?
私財を抱えて閉門までにアンジェを駆け抜けるはずです」
「は、はぁ……た、確かに。しかしそれが一体……?」
「察しが悪いですね……貴族が王都から私財を抱えて自ら中央へと流れて来るんですよ?
鶏が並んで謝祭に参加しに来るのに、むざむざ逃がしてどうするんですか」
「それは……で、ですが、クロスビレッジに避難するとは限らないのでは?」
「事が始まれば中央は檻みたいなものです。王都からの干渉が無ければ何とでもなります。
それにこれは特典みたいな物で、本筋には関係ありませんよ」
「そ、そうでした……ところでロータル卿は既に同意を?」
「ええ。根本の所で彼とは目的が一致しています。現王にまで温情をかける甘い方ですが」
「しかし……宜しいのでしょうか? 象徴としての女王は残した方が楽なのでは?」
「目先の利益で言えばそうでしょうね。ですが、あの方は苦労を知らないただの子供です。
大人しくしているならともかく、薄甘い考えで口を出してきますから」
「確かに……改正益獣保護法でしたか? あれは中々に悪法でしたな。
改正以前もですが、更に職を失った職人が大勢出たとか。
特に王都区は森林が限られますので」
「ええ。その挙句レインフォールの不法伐採には目を瞑っているんですから愚かな事です。
保護の理由は解りませんが、自身で決めた法を曲げるのですから」
「そう言えば……レインフォールは前王時から禁足地でしたが、理由があるのでしょうか?
何かが隠されてる、なんて噂は昔からありますが……」
「どうでしょう。スクール時代に前王と遠足に行った事がありますが――」
「――え、遠足……? なんですかそれは?」
「さぁ? 今でもアレが何だったのかは良く分かりませんが……昼食を持って遠出をして、
湖が見える高台で食べたのを覚えています。アレはアレで良い思い出ですが」
「な、なるほど……前王も変わった方でしたな」
「ええ……しかしあの方は素晴らしい人でしたよ。今でも夢に見ます」
***
「お久しぶりです、師フローレン。相変わらず青々と美しい麦畑、実に素晴らしい」
「……エンフィールド伯、本日はいかなる御要件でハイベルクへ?」
「他人行儀は止めて下さい。貴方は我が師、訪ねておかしなことは無いでしょう」
「貴方達が履修を終えて長い時が経ちましたが、一度もお会いしてませんでしたよ」
「それは致し方ない事情もあるでしょう? 先代からのハイベルクとロンサードの諍いで、
エンフィールド家としては一方に寄る事は出来ませんでしたから」
「それは……そうですね。貴方が妹君をロンサード伯へ嫁がせた結果という事でしょうか。
関係があるかは分かりませんが、こちらへの干渉も収まりましたから」
「義弟の領地は耕作に不向き、旧知の恩師である貴女に支援を申し出るのも当然でしょう。
素気無く断られたようで、不肖私めが代わりを務めさせて頂いた次第です」
「それは……亡き夫の遺言でしたから。シル……ロンサード伯には申し訳ありませんが」
「それこそ仕方のない事でしょう。夫君の死には義父が絡んでますから無理もありません。
ですが見方を変えれば貴女の仇を義弟が果たした訳です」
「……今日はその話を? であればお引き取りを」
「いえ。義弟の件は前置きです。本日は先日お送りした書状の返答を頂きたく参りました」
「やはりそちらが本題ですか……王家に仇なす事はありません。それは貴方も解って――」
「――ええ、良く解っています。だから自ら会いに来たのです、手土産を持って……ね」
「それはどういう意味でしょう? 手土産とは……」
「どちらかと言うと土産話でしょうか。現王フローラ・ノルドランドの……父親について」
「そ、それは! 女王国において女王は世界樹の賜り物、そのような者など……」
「それは本気で仰っているのですか? 薄々気づいているはずですよ。公にされていない、
彼女の本当の父親が誰なのか。そして長年焦がされたはずです……嫉妬の炎に」
「……貴方に一体何が解ると言うのです。仮にそうだとして、貴方に何の関係があります!
私は私なりに彼女を愛おしく思っています! そこに嘘偽りはありません!」
「それはそうでしょう。女王は前王と瓜二つですが父親である――彼の容姿も継いでいる。
貴女が慈しんでいるのは……どちらの面影でしょうね?」
「それは……だとしても私があの娘を……」
「焦らないで頂きたい。貴女の深い苦しみを解決する――手土産はここからする話です」
「一体……なんだというのです?」
「ヴァレリアーノ・ヴァレンティ――彼にはもう一人、前王の血を継がない子が居ます」
***
「準備はまだ出来ないのか!? 明日には出発だぞ!」
「お待ちくださいアルバン様! 雇った戦人が碌でもない荒くればかりで……」
「報酬は弾んだだろ?? 何でそんな奴等しか来ないんだ!」
「お言葉ですが! 金に目が眩むような輩はこんなものですよ! 殆どが女目当てです!
北オクシテーヌは大半が女、男はベーレンを拠点にしますから……」
「なんて品性下劣な連中なんだ……ま、まぁ良い。とにかく急がせろ!
遅れた者には……そうだ! 報酬は出さないと脅してやれ!」
「わ、分かりました! そ、それと……父君ヘクトル様の事ですが――」
「――ち、父上がなんだ!?」
「アルバン様を呼べと……領主館は私兵で囲んでますが、門で仁王立ちして……」
「ひっ あ……会わん! 会わないぞ!? これで間違ってないんだ!」
「し、しかし……本当にこれで良かったのでしょうか?
最早完全に王家への謀反ですし、失敗したら我らは……」
「だ、大丈夫だ! 僕にはあの先輩達が付いてる! ノワールゲートも既に封鎖されたし、
中央はフェリ兄が、北はレインバー卿が抑えている! 援軍は来ないはずだ!」
「それは……し、しかし我々が正面からブリブを抜けるか、問題はそこです」
「おいおい、女子供が相手だろ!? 勝てなくてどうすんだよ! 楽勝だろ!」
「アルバン様! 戦いはそんな単純ではありません! まず命令に従うか――」
「あーあー!! うるさいうるさい! 予算が足りないなら言え! それで何とかしろ!」
「で、ですから、お金の話ではないんです! あとイージェンは宜しいのですか!?」
「イージェン? 何であんな所を気にしてるんだ? 山に河に挟まれた僻地だろ?」
「そ、そうですが……一応山を挟んで唯一北と面している街ではあります」
「山の向こうは長い側壁じゃないか。あんなとこ越えられないだろ?」
「それはそうですが……物資がありますし、戦力は回さなくても宜しいのでしょうか?」
「要らないだろ。重要なのはブリブ侵攻だし、あんな田舎に気を取られてもな」
「わ、分かりました……とにかく重要な事は速攻即決です。
ブリブさえ落としてしまえば、トゥールまでは果樹園しか障害がありません。
いざとなれば焼いて進めば――」
「わーった、わーった、しつこい。んなことは分かってるよ。だから早くしろって話だろ?」
「そ、そうですね……再度隊長に指示を出し急がせます。では!」
「これで……これで良いはずなんだ。領地を守る為には……そうですよね、フェリ兄」
***
「――抵抗くらいはさせてもらうけど?」
「……フラン、俺と来い。悪いようにはしない。恨んでるだろうが……信じろ」
「今更アンタの何を信じろって言うの? エド。アタシならとっくに覚悟――」
「――ガタガタ言ってねぇで、いいから来い! 急ぐぞ!」
「ちょっ!! な! は、離してよ!」
「ハァハァ……い、一体どこに……連れて行くつもりなのよ!」
「親父……ゴッツ爺の所だ! お前には親父の助けが必要だ!」
「とりあえず、いい加減手を離しなさいよ! ったく……腕にアザが出来るじゃないのよ。
ていうか今更会ってどうするっての? 第一今のアンタはグラマスでしょうが」
「……そうだ。押し付けられただけだがな。だから俺が公然とお前を助ける事は出来ない。
けどな……だからだ。親父もお前の事は気に掛けてる。俺のケツを蹴ったのも親父なんだ」
「それこそ……今更でしょ。何度も同じ言葉を言わせないで、私はもう覚悟は出来てるの。
城に引っ張って行けばそれで話は終わりでしょ?」
「俺が……俺が嫌なんだよ! ここでデカい借りを一つ返す! 嫌とは言わせん!」
「は、はぁ?? アンタ自分が何を言ってるのか解ってんの?? アンタの立場は――」
「――知らねぇ! 第一俺はお前の犯行を見てない! お前が指示を出した証拠もない!
怪しい奴をひっ捕らえて連行する権限はあっても、それをする義務なんてのは無ぇ!」
「ば……バカなのアンタ。解ってんでしょ? 教徒に暴動指示を出したのは司教のアタシ。
ほら、今上がってる火の手も全てアタシの命令でやってる事よ? 満足した?」
「知らん! 何も聞いていない!」
「アンタねぇ……いい歳したオッサンが何をガキみたいなこと言ってんのよ……」
「俺ぁな、戦う事しか能の無い、一人でアミアスで血みどろになってただけの野蛮な男だ。
元々俺に官僚なんてもん勤まる訳ねぇんだよ。お前も良く解ってんだろ」
「……そうね。けどそんな事言ったらアタシが司教なんかやってるのだって同じ事でしょ。
知ってるわよね? アタシがどういう人間か」
「そうだな。結局俺等は似たもん同志って事だ。だから俺は……助けると決めた」
「……本当に今更ね。助けるったって……どうするつもり?」
問いには答えず、エドガーは南東区の最奥を目指して先行した。
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