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第四部 夢幻のレミニセンス
72.絡まり始める因果
しおりを挟む「シェーラ嬢……ミストレスの君がなぜ城に? 業務はどうしたんだい?」
「それはこちらの台詞。護民官の貴方がなぜここに? 貴方が守るべきは『民』ですが」
「あ~……師匠に言われてね。城の防衛に回るように――」
「――嘘はもう良いですよ。語るに落ちましたね? ロータル卿」
「嘘? 何の事?」
「前護民官のエドガー様が有事に護民官を城に送る訳が無いんです。近衛官でもないのに。
あの方はそもそも城を重視しない……民を優先する。忘れましたか?」
サラサラと吹き上げる噴水の音だけが響く庭園に、暫しの沈黙が流れた。
「あー……そっか。師匠はそういう人だったね。うっかりしてたよ」
嘆息交じりに首を垂れたロータルは、諦めたように腕を組んでシェーラに対峙した。
「それで? 君はなぜここに居るんだい?」
「勿論貴方を追って、です」
「へぇ……君にそこまで想われてたなんてね。用が済んだらデートでもするかい?」
「おいこらテメェ、何抜かしてんだ? 姉さん、ヤっちまうか?」
軽口に誰よりも反応したのは、シェーラの隣で眼光を放っていたフォックスだった。
「……相手しなくて良い。それより貴方は貴方のやるべき事があるでしょう」
「けどよ姉さん、コイツそれなりにやるんじゃねぇか? 二人で片づけた方が――」
「――大丈夫。槍相手なら不利だったけど、剣なら問題――ない」
ガキーンと叩きつけた両拳が放つ火花は、金打の音色と共に吹き抜けに舞い上がった。
「わーったよ……すぐに片づけて後を追うからよ。それまで無事でいてくれよな」
薄く笑うシェーラに二本指を立てたフォックスは、正面玄関の方へと走り去って行った。
「驚いたね……アレって夜狐だよね? どうやって手懐けたんだ? あんな猛犬を」
「別に何も? 叩いて躾けただけ。動物でも何でもそうやって覚えさせるでしょ」
「ハハハ、本当に君の二面性は凄いね。ギルドに居る時とは別人だよ?」
「そのように私も躾けられましたから。貴方もご存じの通り」
「そうだね……僕達はパーティー所属時期は被ってないけど、噂話は良く聞いていたよ?
獣でも人でもミンチに刻んでしまう旋風姫、それで剣を捨てさせられたんだっけ?」
「そうですね。けど、これはこれで良いんですよ……ふふふ」
妖しく光るシェーラの暗く綺麗な瞳に、小さく闇が灯る。
「痛みが直に響く……このやり方は、私に……実に合っていますから!!」
真っ直ぐに飛び掛かるシェーラに対し、ロータルは腰の直刀を抜き放った――
***
一方その頃――王都から北に3ケントの距離、ノワールリバー北岸の砂利道を疾走する馬。
間道を南下し対岸の街を望む頃、鞭打つエリアスの背で空を見上げたリーゼが叫んだ。
「王子!! 上! 見て下さい! 何かが……上空に!!」
声に反応して即座に手綱を引いたエリアスは、
ドゥドゥと砂塵の中で停止して、空を見た。
高く昇る日と寝不足に眩む眼に手を翳して、視界を細める。
「何だあれは? 誰か乗って……いや、待て、降りて来るぞ?」
「道なりに走ったらすぐに接触しそうですが……どうしますか? 敵かも知れませんけど」
「一応すぐに戦えるように警戒だけはしておけ。歯向かうようなら……よし、行くぞ!」
再び気勢を上げ合図としたエリアスは、更に川下へと馬を走らせた。
「おい! 何だ貴様等!! その翼獣……まさか帝国兵か!」
上空から降り立った『何か』を目撃した瞬間、数日前に戦った強敵と酷似したその異形に、
エリアスが剣を抜き放ったのは無理も無い事だった。
「ちょ、待て! 俺達は帝国の人間じゃない! 俺はゲイル……クロビレ所属の戦人だ!」
「王子! その者はバスター・ロガーです! 《橙》の手配書が出てます!」
「お、王子!? あ、いや、俺は……」
バスターは慌てながら振り返り、グッタリと背にもたれ込むグロリアを見て観念した。
「……俺はどうなっても良い。だがこの娘は助けてやってくれ。セバール領主の御令嬢だ」
「セバール……というと、ソレル卿の? なぜこんな所に……」
「話せば長い……が時間が余り無い。怪我は無いが疲労が限界なんだ、休ませてやりたい」
「王子……どうしますか?」
エリアスは二人の会話を黙って眺めながら、息を切らしている騎竜を見つめ、思案した。
「……そいつはまだ飛べるか? お前が飛ばせるのか?」
「ソイツ? ああ……テイムしたのはお嬢なんだが、訓練されているのか俺でも飛ばせる。
ただ怪我が治ったばかりで疲労もしてるだろうから、長距離は……」
「ふん、なら王城まではどうだ?」
「それくらいなら……まぁ、多分」
バスターの曖昧な返答を聞いて、エリアスは小さくヨシと頷いた。
「良いだろう……お前は俺を乗せて王城へ向かえ。言う通りにすれば刑罰は赦免してやる。
リーゼ、馬を貸してやるからお前は娘を連れてトゥールに戻りメラニーを頼れ」
「正気ですか!? たった二人で騒動の渦中に飛び込むとか!」
リーゼの言葉に耳を貸さず、エリアスは馬を飛び降り、グロリアをリーゼの背へと移した。
***
少し遅れて――王都から南西3ケントの地点、シアン洞のレインフォール側出口付近。
一夜明けても昇らない狼煙に焦れ始めたロニーの前に一人の青年が現れた。
セントラル山から夜通し駆け、洞内を踏破し飛び出して来た――アクレイアである。
「うわっ! だ、誰!? 何でこんなとこ……」
「眩っ……レインフォール? こんな所に繋が……っと、君……」
たたらを踏むアクレイアは戸惑う男の服装を見て、その素性を《ある程度》看破していた。
それは今までに得た――エスパニ侵攻から王都急襲までの客観的情報によるものである。
本来であれば立場上用いるべき敬意を払う必要が無く、何よりその職を既に放棄している。
故にアクレイアの口からは、提案という形で荒唐無稽な言葉が溢れ出た。
「いや……君の素性は今はどうでも良い。目的は王都だよね? 違うかい?」
「それは……そっちはクインノバトールの手の者?」
「クイン? 何の話かは分からないけど……僕は今すぐに王都に行かないといけないんだ。
僕に出来る事であれば協力する、行きたい場所があるなら教える。どうかな?」
「け、けど……今は人を待って……」
言い淀むロニーの逡巡を見たアクレイアには一つ大きな確信があった。
セントラル地下で見た限り王都は襲撃されており、こんな場所に居る時点で出遅れている。
単身である疑問は解けないが、都合が良いと考えれば瑣末な問題だった。
「君の役目が何かは知らない、けど多分王都は既に何かしらの侵攻を受けているよ」
「そ、それは本当!? 狼煙は見えないけど……」
「こんな所から見える訳がない。けど……僕は道すがら見て来たからね。間違いないよ」
実際セントラル山も道中に代わりは無いが、王都炎上がここから見えないかは分からない。
信用を得る為に混ぜる嘘を、アクレイアは意図的に半分にした。
「アンタは一体誰なんだ? 何の目的で王都に……?」
「僕は西部を拠点にしているただの物書きだ。王都に友人が居て……助けたい」
これも嘘は半分しか言っていない。官僚は既に辞めているし目的はサーシャの救出である。
出来れば司教フランジュの手助けもしたいが、彼女の周りには教徒が少なからず控えている。
優先すべきは身寄りのない後輩だろう。
「……分かった。邪魔しないなら、乗せてあげても良い」
決断力が無く流され易いロニーと、元来王家を重視していないアクレイアの奇妙な契約は、
真っ当ではない有り得ない損得を経て、こうして結ばれた。
***
「ルッチ坊、本当に良かったの? ヴィーノさんと一緒に行きたかったんじゃないの?」
「んなこと無いって言やー嘘になるけど……やっぱルメールが気になるんだよ」
「そうね。けど、セビリスも今頃どうなって……すぐには戻れないかもね」
「とりあえず行ってみるしかないよキサラ姉。まぁ隧道は一本道だし、防げてるでしょ」
「……だと良いけど」
正規の手段で領境を超えていないルシアノとキサラは河岸の古都ペリエを大きく迂回した。
その為情報が入らず、それ以上の問答が出来ずに果樹園を貫く北樹林道を無言で歩く。
州都トゥールと堤防の街アッパービレッジを繋ぐ、
崖岸林道に合流する三叉路を越えた頃、前方に男女三人組が見えた。
一人は蛇髪の男、一人はギルド服の女、もう一人は少女だった。
「……何かしら、あのパーティー。変な構成……」
「けどアレ、ギルド嬢だよな見るからに。バレっかな……?」
「中央に来る事はまず無いから顔は割れてないと思うけど……目立たない方が良いかも」
「何食わぬ顔ですり抜ける? 何かアレコレ話し込んでるみたいだし……行くか」
目と目で合図した二人は歩速を強め、三人に追いつき、追い越して――引き離した。
話に集中していたのか一過を気に留める事も無く、気配は背中越しに小さくなっていった。
「ふぅ……ここまで来りゃ平気かな? なんか深刻そうだったな」
「ハッキリとは聞こえなかったけど、多分エスパニの話をしてたわ。
イベリスがどうとか、セローナがどうとか言ってたから似たような目に遭ったのかもね」
「そ、そっか……目を合わせないようにしてたから気付かなかった。流石はキサラ姉」
「流石じゃないわよ。今はどんな些細な情報も集めておかないと……
トゥールに着いても、フォートレル卿が力を貸してくれるとは限らない。
何が切っ掛けになるか分からないのよ?」
「メル……メリーなら面識あるから大丈夫なんじゃ? 俺この前会ったばっかだし」
「ああ、ルメールに来たんだっけ。けどあの人は公私を分ける人だから。簡単じゃないわ」
「ヴィーノさんと一緒に居た時は感情的だった気がすっけど……何か女装してたし」
「女装? 何言ってるの??」
「ふぇ?」
重要な確認する前にトゥールの門扉に到着した二人は、守衛に誰何されずに街へと入った。
しかし領主館の門兵には見事に行く手を遮られ立往生する事となったのである。
身元が止ん事無い二人だったからこそ、正式な申し入れの無い謁見は困難なものとなった。
***
王城展望台――多くの者が様々な思いを抱き王城の謁見場を目指す中、一人時を待つ男。
アデラル・コルバートは、己が長い月日をかけて紡いだ計画に思いを馳せ、万感の中で佇む。
全ては3年前、この場所にて始まり、この日の為にと打ち続けた大芝居だった。
あの日――王国を天空から照らす太陽が隠れ、王都は闇に包まれた。
動揺し何かに許しを請う民衆達の中で、次第に薄れて行く女王への信心と増していく疑心。
退位を迫る者と――昇神を迫る者、城内も二つに割れた。
似ては居るが結果は大きく違った。
前者側に属したアデラルは、女王の本心を知る数少ない人物だった。
そして時の法務官で盟友オルガー・ブランドもまたその一人だった。
幼い王女や王子は気づかなかったが、女王セシリア・ノルドランドは、最早限界だったのだ。
いつまでも変わらない美しい姿の裏で、心は擦り切れ摩耗し明日をも知れない状態だった。
そんな彼女の独白を打ち明けられた忠臣二人が立てた計画、
それが『昇神計画』だとされる。
昇神とは古くからある概念で、精霊力が損なわれた時に贄を捧げるという所謂因習である。
それに意味があるのか、それとも無いのかは誰にも証明出来ないが、彼等は無いと断定した。
故に『昇神』を装って『退位』させ――女王を西方へと逃がす事に決めた。
その計画の実行役をオルガーが、後始末をアデラルが担ったのは恐らく大きな理由がある。
それはシャンパニ山脈の崖下に沿って流れるブランリバーの上流に、スミ―ル領があること。
そのスミ―ルの領主がアデラルだったことである。
多くの民衆や官僚が注視する中でオルガーが職務の全うと偽り、女王を望楼へと誘導した。
闇に灯された松明だけが頼りの中で、適当な儀式を嘯き、
大きく、出来る限り遠くへと
――投身の後押し――手助けをして、
女王は虚空の中へと消え、沈んで行った。
狂気の賞賛が支配する展望台を唯一冷ややかに眺めていたアデラルは、衛兵に指示を出す。
議会無視の専行と断じて、駆け付け泣き叫ぶ王子を味方につけオルガーを捕縛し、収監した。
而して、太陽は姿を現し、王都は歓喜に包まれた。幾人もの信奉者の怒りを余所に。
それはアデラルも同様だった。
同志オルガーを政変で庇いきれず自ら断罪することとなり、
女王に至っては――遺体が見つからずに外海へと流されたと言われる。
そして今も尚、女王セシリア・ノルドランドの生死、行方は公式には不明とされている。
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