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第5話 絶望の淵
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婚約破棄の衝撃と、庭園での出来事が追い打ちとなり、私は完全に気力を失ってしまった。部屋のカーテンは閉め切ったまま。侍女が運んでくる食事にもほとんど手を付けず、ただベッドの上で、生きているのか死んでいるのか分からないような時間を過ごしていた。
(もう、どうでもいい……)
未来を考えることすら、億劫だった。貴族社会から爪弾きにされ、家族からも冷遇される私に、一体どんな未来があるというのだろう。このまま、屋敷の片隅で、誰にも知られずに朽ちていくのかもしれない。それもまた、仕方ないことなのかもしれない、とすら思い始めていた。
努力が報われないのなら、頑張る意味なんてない。
誰にも必要とされないのなら、生きている意味なんてない。
そんな暗い思考が、ぐるぐると頭の中を支配していた。涙はもう出なかったけれど、心の奥底は、まるで凍てつく冬の荒野のように、荒涼として冷え切っていた。
そんなある日の午後。いつものように、薄暗い部屋でぼんやりと天井のシミを数えていると、控えめなノックの後に、父の執事であるセバスチャンが部屋に入ってきた。彼の顔には、普段の冷静さはなく、どこか困惑したような、信じられないといった表情が浮かんでいた。
「お嬢様、大変な知らせが……」
セバスチャンは、手に持った一通の封蝋付きの書状を私に示しながら言った。その手は、わずかに震えているように見えた。
「……何ですの?」
私は、億劫そうに体を起こした。どうせまた、私にとって良くない知らせだろう。そう高を括っていた。
「それが……隣国ガルディア王国の、ヴァルテンベルク公爵家より、正式な書状が届きまして……」
「ガルディア……? ヴァルテンベルク公爵……?」
聞き覚えのある名前に、私の心臓がどきりと跳ねた。それは、レオンハルト殿下が侮辱の意味で口にした、あの“冷徹公爵”ライオネルのことではないか。
(まさか……殿下の言葉を真に受けて、何か嫌がらせでも……?)
最悪の想像が頭をよぎる。ただでさえどん底にいる私に、さらに追い打ちをかけるつもりなのだろうか。
しかし、セバスチャンの次の言葉は、私の予想を完全に裏切るものだった。
「は、はい……その、ヴァルテンベルク公爵、ライオネル殿ご本人より……アリアナお嬢様へ、正式な……ご縁談のお申し込みでございます」
「…………え?」
ご、縁談……?
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。聞き間違いだろうか? あの、血も涙もないと噂される冷徹公爵が? この私に? 婚約を破棄され、何の価値もないとされた、この私に?
「冗談……ですわよね? 何かの間違いでは……?」
「いえ、それが間違いなく、公爵家からの正式な使者と書状で……。旦那様も奥様も、大変驚かれて……」
セバスチャンは、なおも信じられないといった様子で書状を見つめている。
私の頭の中は、混乱の極みにあった。なぜ? どうして? あの公爵が、私の何を知っているというのだろう? レオンハルト殿下の当てこすりを真に受けた、たちの悪い悪戯か、あるいは何か裏のある罠なのかもしれない。
(でも……もし、万が一……)
万が一、これが本物の縁談だとしたら?
この息の詰まるような屋敷から、私を蔑む人々から、逃げ出すことができるかもしれない。たとえ相手が冷徹公爵と呼ばれる人物であっても、今のこの状況より悪くなることがあるだろうか?
もちろん、怖い。隣国へ行くことも、見ず知らずの、しかも悪評の高い人物と結婚することも。けれど……。
(もしかしたら……これが、最後のチャンスなのかもしれない……)
このままここにいても、私に未来はない。ならば、一縷の望みに賭けてみる価値はあるのではないか?
絶望の淵に差し込んだ、あまりにも唐突で、不可解な一筋の光。それが希望なのか、それとも更なる絶望への入り口なのかは分からない。
けれど、私の心に、ほんの少しだけ、何かが動き出したのを感じた。凍てついていた心の氷が、ほんの少しだけ、溶け始めたような気がしたのだ。
「……その書状、見せていただけますか?」
私は、震える声でセバスチャンに頼んだ。彼の差し出した書状を受け取る。ずしりと重い、上質な羊皮紙。そこには、間違いなく、ヴァルテンベルク公爵家の紋章が刻まれていた。
この縁談が何を意味するのか、今はまだ分からない。けれど、私の運命が、再び大きく動き出そうとしている予感だけは、確かにあった。
(もう、どうでもいい……)
未来を考えることすら、億劫だった。貴族社会から爪弾きにされ、家族からも冷遇される私に、一体どんな未来があるというのだろう。このまま、屋敷の片隅で、誰にも知られずに朽ちていくのかもしれない。それもまた、仕方ないことなのかもしれない、とすら思い始めていた。
努力が報われないのなら、頑張る意味なんてない。
誰にも必要とされないのなら、生きている意味なんてない。
そんな暗い思考が、ぐるぐると頭の中を支配していた。涙はもう出なかったけれど、心の奥底は、まるで凍てつく冬の荒野のように、荒涼として冷え切っていた。
そんなある日の午後。いつものように、薄暗い部屋でぼんやりと天井のシミを数えていると、控えめなノックの後に、父の執事であるセバスチャンが部屋に入ってきた。彼の顔には、普段の冷静さはなく、どこか困惑したような、信じられないといった表情が浮かんでいた。
「お嬢様、大変な知らせが……」
セバスチャンは、手に持った一通の封蝋付きの書状を私に示しながら言った。その手は、わずかに震えているように見えた。
「……何ですの?」
私は、億劫そうに体を起こした。どうせまた、私にとって良くない知らせだろう。そう高を括っていた。
「それが……隣国ガルディア王国の、ヴァルテンベルク公爵家より、正式な書状が届きまして……」
「ガルディア……? ヴァルテンベルク公爵……?」
聞き覚えのある名前に、私の心臓がどきりと跳ねた。それは、レオンハルト殿下が侮辱の意味で口にした、あの“冷徹公爵”ライオネルのことではないか。
(まさか……殿下の言葉を真に受けて、何か嫌がらせでも……?)
最悪の想像が頭をよぎる。ただでさえどん底にいる私に、さらに追い打ちをかけるつもりなのだろうか。
しかし、セバスチャンの次の言葉は、私の予想を完全に裏切るものだった。
「は、はい……その、ヴァルテンベルク公爵、ライオネル殿ご本人より……アリアナお嬢様へ、正式な……ご縁談のお申し込みでございます」
「…………え?」
ご、縁談……?
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。聞き間違いだろうか? あの、血も涙もないと噂される冷徹公爵が? この私に? 婚約を破棄され、何の価値もないとされた、この私に?
「冗談……ですわよね? 何かの間違いでは……?」
「いえ、それが間違いなく、公爵家からの正式な使者と書状で……。旦那様も奥様も、大変驚かれて……」
セバスチャンは、なおも信じられないといった様子で書状を見つめている。
私の頭の中は、混乱の極みにあった。なぜ? どうして? あの公爵が、私の何を知っているというのだろう? レオンハルト殿下の当てこすりを真に受けた、たちの悪い悪戯か、あるいは何か裏のある罠なのかもしれない。
(でも……もし、万が一……)
万が一、これが本物の縁談だとしたら?
この息の詰まるような屋敷から、私を蔑む人々から、逃げ出すことができるかもしれない。たとえ相手が冷徹公爵と呼ばれる人物であっても、今のこの状況より悪くなることがあるだろうか?
もちろん、怖い。隣国へ行くことも、見ず知らずの、しかも悪評の高い人物と結婚することも。けれど……。
(もしかしたら……これが、最後のチャンスなのかもしれない……)
このままここにいても、私に未来はない。ならば、一縷の望みに賭けてみる価値はあるのではないか?
絶望の淵に差し込んだ、あまりにも唐突で、不可解な一筋の光。それが希望なのか、それとも更なる絶望への入り口なのかは分からない。
けれど、私の心に、ほんの少しだけ、何かが動き出したのを感じた。凍てついていた心の氷が、ほんの少しだけ、溶け始めたような気がしたのだ。
「……その書状、見せていただけますか?」
私は、震える声でセバスチャンに頼んだ。彼の差し出した書状を受け取る。ずしりと重い、上質な羊皮紙。そこには、間違いなく、ヴァルテンベルク公爵家の紋章が刻まれていた。
この縁談が何を意味するのか、今はまだ分からない。けれど、私の運命が、再び大きく動き出そうとしている予感だけは、確かにあった。
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