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第14話 公爵邸での生活
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ライオネル公爵との最初の面会は、私の予想を良い意味で大きく裏切る形で終わった。縁談の理由が、私のささやかな能力への評価だったという事実は、驚きと共に、長い間凍てついていた私の心に、ほんの少しの温もりを与えてくれた。
その日から、ヴァルテンベルク公爵邸での私の新しい生活が始まった。公爵の言葉通り、私には広々とした、しかしやはり華美な装飾のない、機能的で落ち着いた雰囲気の部屋が与えられた。窓からは手入れの行き届いた庭園が見渡せ、日当たりも良い。エスタードの侯爵邸で与えられていた部屋よりも、ずっと快適な空間だった。
食事は、基本的に公爵と共に、大きなダイニングホールでとることになった。最初のうちは、あの威圧的な公爵と二人きりで(実際には給仕をする使用人たちが常に控えているのだが)食事をするというのは、緊張で味がしないほどだった。会話もほとんどなく、食器の触れ合う音だけが響く、どこかぎこちない時間が過ぎていく。
公爵は、食事中も何か考え事をしているのか、あまり私に話しかけてくることはなかった。私も、何を話せばいいのか分からず、ただ黙々と料理を口に運ぶだけ。出される料理はどれも最高級の食材を使った、洗練されたものばかりだったけれど、最初の数日はその味を堪能する余裕など全くなかった。
公爵邸で働く使用人たちは、皆、執事のクラウスさんを筆頭に、非常に規律正しく、無駄口ひとつ叩かない。彼らは私に対しては礼儀正しく接してくれるものの、どこか距離を置いているような、観察されているような視線を感じることもあった。無理もないだろう。突然現れた、婚約破棄された異国の令嬢。彼らにとって、私は得体の知れない存在に違いない。
(まあ、エスタードの屋敷で、家族にすら冷遇されていたことを思えば、これでもずっとマシだけれど……)
孤独であることには変わりないけれど、少なくともここでは、あからさまな悪意や侮蔑の視線に晒されることはない。ただ、この巨大な屋敷の中で、私はまだ、自分の居場所を見つけられずにいる、という感覚だった。
日中は、特にこれといった役割も与えられず、自室で読書をしたり、庭園を散策したりして過ごすことが多かった。エスタードから持ってきた数少ない書物はすぐに読み終えてしまい、公爵邸の図書室を使わせてもらえないかクラウスさんに尋ねると、彼は少し驚いたような顔をしながらも、快く許可してくれた。
公爵邸の図書室は、想像を絶する規模だった。壁一面に天井まで続く書架には、古今東西のあらゆる分野の書物がぎっしりと並べられている。歴史、法律、経済、哲学、文学、さらには軍事戦略や最新の科学技術に関するものまで。その蔵書の質と量に、私はただただ圧倒された。
(これだけの書物を……公爵は読破されているのかしら……)
あの冷徹な公爵の、知的な側面を垣間見たような気がした。
図書室で過ごす時間は、私にとって唯一の心の安らぎとなった。本を読んでいる間だけは、自分の境遇や未来への不安を忘れ、物語の世界や知識の海に没頭することができたからだ。
そんな日々が数日続いたある日のこと。夕食の席で、ライオネル公爵が不意に私に声をかけてきた。
「ベルンシュタイン嬢。……いや、アリアナ、と呼んでも?」
「え……あ、はい。どうぞ、お構いなく」
突然名前で呼ばれ、私は少し動揺してしまった。公爵が私の名前を呼んだのは、これが初めてだった。
「アリアナ。明日から、私の執務室へ来るように」
「……執務室、でございますか?」
「うむ。君の意見を聞きたい案件がいくつかある。……もちろん、無理強いはしない。気が進まなければ断ってくれて構わないが」
そう言いながらも、彼の黒い瞳は、私の返事を待つようにじっと私を見つめている。その視線には、有無を言わせぬような圧力が、やはり込められていた。
(意見を、聞きたい……?)
それはつまり、私に、何らかの形で公爵の仕事を手伝えということなのだろうか。初対面の時に言っていた、「貴女の才能は我が国でこそ活かされるべきだ」という言葉は、決して社交辞令ではなかったということか。
緊張と、ほんの少しの……期待。もし、私が本当にこの人の役に立てるのだとしたら。もし、ここで自分の能力を発揮できるのだとしたら。それは、私にとって、新しい生きがいを見つけるチャンスになるのかもしれない。
「……いえ、とんでもございません。私でお役に立てることがございましたら、喜んで」
私は、意を決してそう答えた。公爵は、私の返事に満足したのか、ほんのわずかに口元を緩めたように見えた。いや、気のせいかもしれない。彼の表情は、相変わらず読み取りにくいままだったけれど。
明日から、何かが変わるかもしれない。そんな予感が、私の胸をかすかに高鳴らせていた。
その日から、ヴァルテンベルク公爵邸での私の新しい生活が始まった。公爵の言葉通り、私には広々とした、しかしやはり華美な装飾のない、機能的で落ち着いた雰囲気の部屋が与えられた。窓からは手入れの行き届いた庭園が見渡せ、日当たりも良い。エスタードの侯爵邸で与えられていた部屋よりも、ずっと快適な空間だった。
食事は、基本的に公爵と共に、大きなダイニングホールでとることになった。最初のうちは、あの威圧的な公爵と二人きりで(実際には給仕をする使用人たちが常に控えているのだが)食事をするというのは、緊張で味がしないほどだった。会話もほとんどなく、食器の触れ合う音だけが響く、どこかぎこちない時間が過ぎていく。
公爵は、食事中も何か考え事をしているのか、あまり私に話しかけてくることはなかった。私も、何を話せばいいのか分からず、ただ黙々と料理を口に運ぶだけ。出される料理はどれも最高級の食材を使った、洗練されたものばかりだったけれど、最初の数日はその味を堪能する余裕など全くなかった。
公爵邸で働く使用人たちは、皆、執事のクラウスさんを筆頭に、非常に規律正しく、無駄口ひとつ叩かない。彼らは私に対しては礼儀正しく接してくれるものの、どこか距離を置いているような、観察されているような視線を感じることもあった。無理もないだろう。突然現れた、婚約破棄された異国の令嬢。彼らにとって、私は得体の知れない存在に違いない。
(まあ、エスタードの屋敷で、家族にすら冷遇されていたことを思えば、これでもずっとマシだけれど……)
孤独であることには変わりないけれど、少なくともここでは、あからさまな悪意や侮蔑の視線に晒されることはない。ただ、この巨大な屋敷の中で、私はまだ、自分の居場所を見つけられずにいる、という感覚だった。
日中は、特にこれといった役割も与えられず、自室で読書をしたり、庭園を散策したりして過ごすことが多かった。エスタードから持ってきた数少ない書物はすぐに読み終えてしまい、公爵邸の図書室を使わせてもらえないかクラウスさんに尋ねると、彼は少し驚いたような顔をしながらも、快く許可してくれた。
公爵邸の図書室は、想像を絶する規模だった。壁一面に天井まで続く書架には、古今東西のあらゆる分野の書物がぎっしりと並べられている。歴史、法律、経済、哲学、文学、さらには軍事戦略や最新の科学技術に関するものまで。その蔵書の質と量に、私はただただ圧倒された。
(これだけの書物を……公爵は読破されているのかしら……)
あの冷徹な公爵の、知的な側面を垣間見たような気がした。
図書室で過ごす時間は、私にとって唯一の心の安らぎとなった。本を読んでいる間だけは、自分の境遇や未来への不安を忘れ、物語の世界や知識の海に没頭することができたからだ。
そんな日々が数日続いたある日のこと。夕食の席で、ライオネル公爵が不意に私に声をかけてきた。
「ベルンシュタイン嬢。……いや、アリアナ、と呼んでも?」
「え……あ、はい。どうぞ、お構いなく」
突然名前で呼ばれ、私は少し動揺してしまった。公爵が私の名前を呼んだのは、これが初めてだった。
「アリアナ。明日から、私の執務室へ来るように」
「……執務室、でございますか?」
「うむ。君の意見を聞きたい案件がいくつかある。……もちろん、無理強いはしない。気が進まなければ断ってくれて構わないが」
そう言いながらも、彼の黒い瞳は、私の返事を待つようにじっと私を見つめている。その視線には、有無を言わせぬような圧力が、やはり込められていた。
(意見を、聞きたい……?)
それはつまり、私に、何らかの形で公爵の仕事を手伝えということなのだろうか。初対面の時に言っていた、「貴女の才能は我が国でこそ活かされるべきだ」という言葉は、決して社交辞令ではなかったということか。
緊張と、ほんの少しの……期待。もし、私が本当にこの人の役に立てるのだとしたら。もし、ここで自分の能力を発揮できるのだとしたら。それは、私にとって、新しい生きがいを見つけるチャンスになるのかもしれない。
「……いえ、とんでもございません。私でお役に立てることがございましたら、喜んで」
私は、意を決してそう答えた。公爵は、私の返事に満足したのか、ほんのわずかに口元を緩めたように見えた。いや、気のせいかもしれない。彼の表情は、相変わらず読み取りにくいままだったけれど。
明日から、何かが変わるかもしれない。そんな予感が、私の胸をかすかに高鳴らせていた。
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