3 / 63
序章
第3話 魔女の第二の人生は、この温もりを守る
しおりを挟む
鈴を転がしたような、愛らしくも不安げな声。
栗色のサラサラとした髪に、大きな瞳。
そこに立っていたのは、三歳になる私の弟――デイルだった。
記憶の中にあるデイルは、いつも姉であるエルシアの後ろをついて回る甘えん坊だ。
彼は扉の隙間から、部屋の惨状と、汗だくで立ち尽くす私を交互に見ている。
まずいな、心配させてしまったか。
私は慌てて呼吸を整え、努めて平静を装った。
久しい会話。
しかも相手は幼児だ。
どう接すればいいのか、感覚がうまく思い出せない。
だが、エルシアとしての記憶が、自然と私の足を彼の方へと動かした。
私はゆっくりと彼に近づく。
「……デイル。心配をかけてごめん。私は、大丈夫よ」
私はそう言って、精一杯の笑顔を作ってみせた。
しかし、デイルは納得しなかった。
彼はふるふると首を横に振ると、真っ直ぐに私を見上げた。
「うそ、つかないでよ」
デイルは、その小さな手で、私の手をぎゅっと、握った。
その瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「おねえちゃん、いつも、くるしそう……。ボク、しってるもん。おへやから、うめきごえ、きこえるもん……ッ」
「デ、デイル……?」
「しなないで……おねえちゃん、しんじゃやだぁ……!」
ああ、そうか。
この子は知っていたのだ。
姉が部屋に閉じこもり、命を削るような無茶な特訓をしていることを。
家族に隠しているつもりでも、一番近くにいた小さな弟だけは、姉の悲痛な叫びに気づいていた。
三歳児なりに、姉がいなくなってしまうかもしれないという恐怖と、戦っていたのだ。
デイルの手が、震えている。
私の手を握るその力は、三歳児とは思えないほど必死で、強かった。
まるで、少しでも力を緩めれば、私がどこかへ消えてしまうと恐れているかのように。
ズキン、と胸が痛んだ。
千年のあいだ、私はずっと“魔女”として恐れられていた。
その力は凶悪で、触れただけで災厄を招くと噂され――
誰も私に近づこうとはしなかった。
だから私は、森の奥深くに身を潜め、
ただ魔法の研究だけを抱きしめて、生き延びてきたのだ。
こんなふうに、誰かが私を心配して触れてくれるなど、一度も、なかった。
……温かいな。
弟の小さな手のひらの熱が、私の冷え切った指先を通して伝わってくる。
それは、魔力枯渇で冷え切った私の体を芯から温めるようだった。
私は――温もりを知りたいと願った。
これが、その答えか。
ただそこに居てくれるだけで、誰かが自分を想ってくれているという事実だけで、こんなにも力が湧いてくるものなのか。
私は自然と空いている方の手を伸ばし、デイルの頭を撫でていた。
くしゃくしゃと柔らかい髪の感触。
もう、無茶はしない。
この子を泣かせるような真似は、二度としない。
「ごめん、デイル。お姉ちゃんはもう、無理なんてしないよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。約束する」
私は指先でデイルの涙を優しく拭い、強張っていた頬を緩ませた。
鏡を見なくてもわかる。
今の私は、きっと一番優しい顔をしているはずだ。
「デイル。少し、庭で遊ぼうか?」
「おにわ?」
「ああ。天気がいいし、部屋にこもってばかりじゃ体に毒だからな」
そう提案すると、デイルの顔がパッと輝いた。
涙で濡れた瞳が、宝石のようにキラキラと光る。
「うん! いきたい!」
「ふふ、そうだな。よし、行こう」
デイルは嬉しそうに私の手を引くと、グイグイと引っ張り始めた。
その力は弱々しいけれど、私を孤独な闇から光のある場所へと連れ出すには十分すぎるほど力強かった。
部屋を出て、長い廊下を歩き出す。
ぎゅっと握られた手の温もりを感じながら、私は心の中で誓った。
この小さな手も、この子が向ける純粋な愛情も、全て私が守り抜く。
魔力がなかろうが、落ちこぼれだろうが関係ない。
魔女の第二の人生は、この温もりを守るためにあるのだから。
栗色のサラサラとした髪に、大きな瞳。
そこに立っていたのは、三歳になる私の弟――デイルだった。
記憶の中にあるデイルは、いつも姉であるエルシアの後ろをついて回る甘えん坊だ。
彼は扉の隙間から、部屋の惨状と、汗だくで立ち尽くす私を交互に見ている。
まずいな、心配させてしまったか。
私は慌てて呼吸を整え、努めて平静を装った。
久しい会話。
しかも相手は幼児だ。
どう接すればいいのか、感覚がうまく思い出せない。
だが、エルシアとしての記憶が、自然と私の足を彼の方へと動かした。
私はゆっくりと彼に近づく。
「……デイル。心配をかけてごめん。私は、大丈夫よ」
私はそう言って、精一杯の笑顔を作ってみせた。
しかし、デイルは納得しなかった。
彼はふるふると首を横に振ると、真っ直ぐに私を見上げた。
「うそ、つかないでよ」
デイルは、その小さな手で、私の手をぎゅっと、握った。
その瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「おねえちゃん、いつも、くるしそう……。ボク、しってるもん。おへやから、うめきごえ、きこえるもん……ッ」
「デ、デイル……?」
「しなないで……おねえちゃん、しんじゃやだぁ……!」
ああ、そうか。
この子は知っていたのだ。
姉が部屋に閉じこもり、命を削るような無茶な特訓をしていることを。
家族に隠しているつもりでも、一番近くにいた小さな弟だけは、姉の悲痛な叫びに気づいていた。
三歳児なりに、姉がいなくなってしまうかもしれないという恐怖と、戦っていたのだ。
デイルの手が、震えている。
私の手を握るその力は、三歳児とは思えないほど必死で、強かった。
まるで、少しでも力を緩めれば、私がどこかへ消えてしまうと恐れているかのように。
ズキン、と胸が痛んだ。
千年のあいだ、私はずっと“魔女”として恐れられていた。
その力は凶悪で、触れただけで災厄を招くと噂され――
誰も私に近づこうとはしなかった。
だから私は、森の奥深くに身を潜め、
ただ魔法の研究だけを抱きしめて、生き延びてきたのだ。
こんなふうに、誰かが私を心配して触れてくれるなど、一度も、なかった。
……温かいな。
弟の小さな手のひらの熱が、私の冷え切った指先を通して伝わってくる。
それは、魔力枯渇で冷え切った私の体を芯から温めるようだった。
私は――温もりを知りたいと願った。
これが、その答えか。
ただそこに居てくれるだけで、誰かが自分を想ってくれているという事実だけで、こんなにも力が湧いてくるものなのか。
私は自然と空いている方の手を伸ばし、デイルの頭を撫でていた。
くしゃくしゃと柔らかい髪の感触。
もう、無茶はしない。
この子を泣かせるような真似は、二度としない。
「ごめん、デイル。お姉ちゃんはもう、無理なんてしないよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。約束する」
私は指先でデイルの涙を優しく拭い、強張っていた頬を緩ませた。
鏡を見なくてもわかる。
今の私は、きっと一番優しい顔をしているはずだ。
「デイル。少し、庭で遊ぼうか?」
「おにわ?」
「ああ。天気がいいし、部屋にこもってばかりじゃ体に毒だからな」
そう提案すると、デイルの顔がパッと輝いた。
涙で濡れた瞳が、宝石のようにキラキラと光る。
「うん! いきたい!」
「ふふ、そうだな。よし、行こう」
デイルは嬉しそうに私の手を引くと、グイグイと引っ張り始めた。
その力は弱々しいけれど、私を孤独な闇から光のある場所へと連れ出すには十分すぎるほど力強かった。
部屋を出て、長い廊下を歩き出す。
ぎゅっと握られた手の温もりを感じながら、私は心の中で誓った。
この小さな手も、この子が向ける純粋な愛情も、全て私が守り抜く。
魔力がなかろうが、落ちこぼれだろうが関係ない。
魔女の第二の人生は、この温もりを守るためにあるのだから。
248
あなたにおすすめの小説
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
150年のりんご採取で異世界最強の大魔導士になった私は、林檎の聖女と讃えられ可愛い弟子たちと平和なスローライフを満喫します!
風戸輝斗
ファンタジー
「誰かのためにがんばれる子になりなさい」という母からの教えを忠実に守り過労死した降幡理央は、プリオリという若々しい少女となって魔法やモンスターが存在する異世界に転生する。
彼女が転移した地は「林檎の森」と呼ばれる(結界が張られているために世界からは隔絶されている)場所だった。
どれだけ採取しても底尽きることのないりんごであふれるその森で、プリオリはりんご採取の日々に明け暮れる。その間、彼女のスキルである【採取】が機能し、それによりりんごを採取するだけで経験値が入る。
そんな日々を150年繰り返し、プリオリは異世界最強の魔導士となる。
結界の存在を知らず異世界に存在する人間は自分ひとりだけだと思っていたプリオリだが、意図せず結界を壊したことで世界が拓け、人間と交流を育むようになる。
林檎の森が突如現れた謎の地であるため、そこに住んでいたプリオリは魔女だと恐れられ皇女から処刑宣告までされてしまうが、人間と魔族の争いに終止符を打つことで不信感は払拭される。そして、世界を救った林檎の聖女だと人間と魔族双方から讃えられるようになる。林檎の森の聖女様だから、林檎の聖女である。
こうしてはじまる林檎の聖女となったプリオリの新たなスローライフ。
ダンジョンの奥底で助けた謎の金色もふもふペットメープルとふたりで過ごす日常に、盗みたくないけど盗みを繰り返していた13歳の少女モカモカが弟子として加わり、魔族王妃の娘であり人類滅亡を悲願とする13歳の少女ギルティアも弟子として加わって……。
これは、異世界最強の魔導士である林檎の聖女様がスローライフを満喫しようとする物語。
あるいは、お師匠様として、お母さんとして、ふたりの少女を幸せに導こうと奮闘する物語。
※「小説家になろう」「カクヨム」様にもマルチ投稿しています。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆1/19〜1/27まで、予約投稿を1話ずつ行います。
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる