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序章
第9話 サボり魔騎士と、小さな共犯者
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時が止まったかのような静寂。
私の目の前にいるのは、黒髪を無造作に遊ばせた、一人の青年騎士だった。
辺境伯家の紋章が入った深緑の騎士服を着崩し、口には半分齧りかけのリンゴ。
どう見ても、真面目に巡回任務中という風情ではない。
(……この男、見たことあるわね)
エルシアとしての記憶が検索をかける。
名前は確か、クライブ・ザード。
父、ローウェンが率いる騎士団の一員だ。
剣の腕は立つらしいが、性格に難ありというか、とにかく「やる気がない」ことで有名な男だ。
よく言えば飄々としている、悪く言えば不真面目。
そんな男と、よりによって「極秘魔法」の直後に鉢合わせるとは。
私の運も、とことん焼きが回ったものだ。
「……お嬢様、今のは」
クライブが、口元のリンゴを離して、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
その声は意外にも、低いバリトンの落ち着いたトーンだった。
だが、私の「魔女の勘」が警鐘を鳴らしている。
この男、足音を消している。
重心の移動がスムーズすぎて、枯れ葉一枚踏む音すらさせない。
ただのサボり魔ではない。かなりの手練れだ。
「魔法、でございますよね?」
核心を突く質問。
逃げ場はない。けれど、ここで「はいそうです」と認めるわけにはいかない。
私は瞬時に「無垢な六歳児」の仮面を被った。
「まあ、クライブじゃない。こんなところで何をしているの?」
質問を質問で返す。交渉術の基本だ。
私は首を傾げ、愛くるしい上目遣いで彼を見上げた。
クライブは一瞬キョトンとしたが、すぐに困ったように眉を下げた。
「お戯れを。誤魔化さないでください。私はここに来る少し前から見ておりました。お嬢様が何かを呟かれ、手のひらが赤く発光したのを」
「……見間違いじゃないかしら? 今日は日差しが強いし、木の葉の漏れ日がそう見えただけよ」
「漏れ日は、あんなに熱気を帯びたりはしませんよ」
クライブはしゃがみ込み、私の目の高さに視線を合わせた。
その瞳は眠たげに垂れているが、奥にある光は鋭い。
「それに、匂いがします。魔力の焼けた匂いが。……私は鼻だけは良いのです。特に、魔法が使われた後の、あの独特のオゾン臭には敏感でして」
チッ、鋭い男ね。
私は心の中で舌打ちをした。
野生の勘というやつか。一番厄介なタイプだ。
こうなれば、シラを切るのは不可能だ。
下手な嘘を重ねれば、逆に怪しまれて父様やアミナに報告されかねない。
私は大きくため息をつき、肩の力を抜いた。
幼女の演技を、半分だけ剥がす。
「はぁ……そうよ、魔法を使ったわ。それが何か?」
「……やはり」
クライブの表情が少しだけ強張った。
「しかし、お嬢様。確か魔力の状態が芳しくなく、魔法の使用は旦那様から禁じられていたはず。先ほどの出力は、見る限りかなり高かった。お体は大丈夫なのですか?」
「見ての通り、ピンピンしてるわ」
私はその場でくるりと一回転してみせた。
クライブは、さらに困惑の色を深める。
齧りかけのリンゴを持った手が宙で止まっている。
「理解に苦しみます……。あのファイアボールなら、通常はもっと魔力を消費するはず。お嬢様の現在の魔力量では、一発で昏倒してもおかしくないのに」
「普通なら、ね」
私はニヤリと笑った。
ここで彼を完全に煙に巻くには、理解の範疇を超える「理屈」をぶつけるのが一番だ。
「いい? クライブ。あなたは魔法を『自分の魔力を燃料にして燃やすもの』だと思っているでしょ?」
「え? 違うのですか?」
「半分正解で、半分間違いよ。私はね、魔力を燃料にはしていないの」
「は?」
クライブの口がポカンと開く。
「私が使ったのは、空気中の酸素濃度を高めて、そこに最小限の火種として魔力を使っただけ。つまり『現地調達』よ。これなら、魔力消費は抑えられるわ」
私が早口でまくし立てると、クライブは眉間を揉みながら頭を振った。
「お、お待ちください。酸素? 現地調達? 仰っている意味が……」
「要するに、私は『あまり魔力を使わない、超・省エネ魔法』を開発したってことよ」
私は胸を張って言い切った。
クライブは呆然とした顔で、私のことをまるで新種の珍獣を見るような目で見つめている。
「お嬢様……天才という言葉ですら、生温い……」
「お世辞はいいわ。それより」
私は一歩、彼に詰め寄った。
私の目の前にいるのは、黒髪を無造作に遊ばせた、一人の青年騎士だった。
辺境伯家の紋章が入った深緑の騎士服を着崩し、口には半分齧りかけのリンゴ。
どう見ても、真面目に巡回任務中という風情ではない。
(……この男、見たことあるわね)
エルシアとしての記憶が検索をかける。
名前は確か、クライブ・ザード。
父、ローウェンが率いる騎士団の一員だ。
剣の腕は立つらしいが、性格に難ありというか、とにかく「やる気がない」ことで有名な男だ。
よく言えば飄々としている、悪く言えば不真面目。
そんな男と、よりによって「極秘魔法」の直後に鉢合わせるとは。
私の運も、とことん焼きが回ったものだ。
「……お嬢様、今のは」
クライブが、口元のリンゴを離して、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
その声は意外にも、低いバリトンの落ち着いたトーンだった。
だが、私の「魔女の勘」が警鐘を鳴らしている。
この男、足音を消している。
重心の移動がスムーズすぎて、枯れ葉一枚踏む音すらさせない。
ただのサボり魔ではない。かなりの手練れだ。
「魔法、でございますよね?」
核心を突く質問。
逃げ場はない。けれど、ここで「はいそうです」と認めるわけにはいかない。
私は瞬時に「無垢な六歳児」の仮面を被った。
「まあ、クライブじゃない。こんなところで何をしているの?」
質問を質問で返す。交渉術の基本だ。
私は首を傾げ、愛くるしい上目遣いで彼を見上げた。
クライブは一瞬キョトンとしたが、すぐに困ったように眉を下げた。
「お戯れを。誤魔化さないでください。私はここに来る少し前から見ておりました。お嬢様が何かを呟かれ、手のひらが赤く発光したのを」
「……見間違いじゃないかしら? 今日は日差しが強いし、木の葉の漏れ日がそう見えただけよ」
「漏れ日は、あんなに熱気を帯びたりはしませんよ」
クライブはしゃがみ込み、私の目の高さに視線を合わせた。
その瞳は眠たげに垂れているが、奥にある光は鋭い。
「それに、匂いがします。魔力の焼けた匂いが。……私は鼻だけは良いのです。特に、魔法が使われた後の、あの独特のオゾン臭には敏感でして」
チッ、鋭い男ね。
私は心の中で舌打ちをした。
野生の勘というやつか。一番厄介なタイプだ。
こうなれば、シラを切るのは不可能だ。
下手な嘘を重ねれば、逆に怪しまれて父様やアミナに報告されかねない。
私は大きくため息をつき、肩の力を抜いた。
幼女の演技を、半分だけ剥がす。
「はぁ……そうよ、魔法を使ったわ。それが何か?」
「……やはり」
クライブの表情が少しだけ強張った。
「しかし、お嬢様。確か魔力の状態が芳しくなく、魔法の使用は旦那様から禁じられていたはず。先ほどの出力は、見る限りかなり高かった。お体は大丈夫なのですか?」
「見ての通り、ピンピンしてるわ」
私はその場でくるりと一回転してみせた。
クライブは、さらに困惑の色を深める。
齧りかけのリンゴを持った手が宙で止まっている。
「理解に苦しみます……。あのファイアボールなら、通常はもっと魔力を消費するはず。お嬢様の現在の魔力量では、一発で昏倒してもおかしくないのに」
「普通なら、ね」
私はニヤリと笑った。
ここで彼を完全に煙に巻くには、理解の範疇を超える「理屈」をぶつけるのが一番だ。
「いい? クライブ。あなたは魔法を『自分の魔力を燃料にして燃やすもの』だと思っているでしょ?」
「え? 違うのですか?」
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「は?」
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「私が使ったのは、空気中の酸素濃度を高めて、そこに最小限の火種として魔力を使っただけ。つまり『現地調達』よ。これなら、魔力消費は抑えられるわ」
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