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序章
第44話 魔女の罪と誓い
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短く告げると同時に、私の掌から赤い炎が噴き上がった。
炎は生き物のように魔法書へと食らいつき、その不吉な黒い表紙を舐め尽くしていく。
魔法書が断末魔のような音を立てて爆ぜる。
込められていた闇の魔力が炎と反応し、青白い火花を散らしながら、黒い煙となって空へと昇っていく。
「や、やめろ……それは、魔王様から頂いた……最強の、力が……」
ナードルが手を伸ばそうとするが、その手は空を掴むだけだ。
私は燃え盛る魔法書を見つめながら、静かに、けれどはっきりと告げた。
「これは、人を殺す魔法だ」
炎の照り返しが、私の顔を赤く照らしているだろう。
私はナードルを見据える。
「私はこれから、人を救う魔法を作りたい。こんな、悲劇を生むだけの知識なんて……必要ない」
それは、ナードルに向けた言葉であると同時に、私自身への誓いでもあった。
前世の知識。
それがこの世界で大きな力を持つことは、もう十分に理解した。
だからこそ、私は選ばなければならない。
その知識をどう使い、何のために振るうのかを。
破壊のためではない。
支配のためでもない。
大切な家族を、領民を、そしてこの世界を少しでも良くするために。
私の言葉を聞いたナードルは、目を見開いたまま、私を凝視していた。
その瞳に映っていたのは、恐怖か、それとも畏敬か。
彼は最期に、震える唇でこう呟いた。
「やはり……き、さ、ま……」
喉の奥で空気が漏れる音がする。
「……魔女……か……」
ガクリ、と。
糸が切れたように、ナードルの首が傾いだ。
見開かれた瞳から光が失われ、その胸の上下動が完全に停止する。
その声を最後に、奴の命は消えた。
魔人ナードルの死。
それは、この戦いの完全な決着を意味していた。
すると、まるで主の死を悟ったかのように、周囲を取り囲んでいた魔物の群れがざわめき始めた。
統率を失った彼らは、もはや軍団ではない。
ただの烏合の衆だ。
一匹が背を向けて逃げ出すと、それは雪崩のように伝播した。
蜘蛛の子を散らすように、魔物たちが森の奥へと散り散りになっていく。
遠ざかっていく唸り声と地響きを聞きながら、私はようやく、張り詰めていた糸を緩めることができた。
「……終わった……」
ぽつりと呟いた瞬間、世界が燃えるような茜色に染まっていることに気づいた。
西の地平線スレスレに、巨大な太陽が懸かっている。
夕日だ。
長い、本当に長い一日だった。
黄昏の光が、戦場で荒れ果てた大地を赤く、影長く照らし出していく。
その終焉を告げる光景があまりにも美しくて、私はふらりと体勢を崩した。
ドサッ。
背中から地面に倒れ込む。
硬い土の感触でさえ、今は心地よかった。
空を見上げる。
燃えるような赤から、深い群青色へとグラデーションを描いていく空は、もうすぐ夜が来ることを静かに告げていた。
「はあ……疲れた……」
本音が漏れた。
もう、指一本動かせない。
倦怠感が、全身を泥のように重くしている。
視界の端に、黒い影が入ってきた。
クロだ。
私の大切な相棒。
クロは心配そうに、「キュウ……」と小さな鳴き声を上げながら、私の顔の周りをふわふわと浮遊している。
大丈夫だよ、と伝えてあげたいけれど、声を出す気力さえ残っていない。
私はわずかに口元を緩めて、視線だけで彼に応えた。
その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ、と。
慌ただしい足音が、こちらに向かって近づいてくるのが聞こえた。
重厚な鎧の音ではない。
もっと必死で、なりふり構わない足音。
視界に、見慣れた顔が飛び込んできた。
「――っ!」
父だった。
鎧はあちこちがへこみ、返り血で汚れ、マントはボロボロに引き裂かれている。
いつも威厳に満ちている父の、見たこともないほど必死な形相。
父は私のそばに膝をつくと、倒れている私を力強く抱きしめた。
「無事でよかった……! 本当によかった……!」
耳元で叫ぶ父の声は震えていた。
鋼のような腕が、私の華奢な体を包み込む。
痛いほどの強さだったが、そこには確かな温もりがあった。
血と土埃の匂いに混じって、懐かしい父の匂いがする。
その温もりに触れた瞬間、堰き止めていた感情が溢れ出した。
「……父、様……」
私も、父の腕の中で涙する。
怖かった。
この体で魔人と対峙するのは、本当は恐ろしかった。
でも、守りたかった。
この温もりを、この場所を、失いたくなかったから。
父の胸に顔を埋め、私は子供のように泣いた。
父もまた、私の頭を何度も何度も撫でながら、言葉にならない声で私の名前を呼び続けていた。
疲労の影響で、意識が急速に遠のいていくのを感じる。
視界が白く霞み、音の聞こえ方も遠くなっていく。
その霞む視界の中で、私は見た。
騎士クレイブが。
そして、生き残った騎士たちが。
皆、ボロボロの体を引きずりながら、私の周りに集まってきていた。
そして、一人、また一人と、その場に膝をついていく。
それは、主君に対する礼儀以上の、心からの敬意と感謝を表す姿だった。
彼らの眼差しが、私に注がれている。
守られるべき子供としてではない。
領地を救った英雄を見るような、熱い眼差しで。
……みんな、無事でよかった。
家族と、領地を、守ることができた。
その安堵感が、温かい毛布のように私を包み込んでいく。
けれど、完全に意識を手放す前に、私は心に深く刻み込まなければならないことがあった。
ナードルの最期の言葉。
そして、あの魔法書。
弟子が……あの魔法書を悪用し、魔王軍に関わっているなら。
かつて私が記した知識が、歪められ、悪意を持って利用されている。
その事実は、私の胸に重い楔を打ち込んでいた。
もしそうなら、それは私の責任だ。
過去の私が蒔いた種なら、今の私が刈り取らなければならない。
私が、止めなきゃいけない。
そう、固く心に誓う。
それは新たな戦いの予感であり、決して逃れられない宿命の始まりでもあった。
だが、今はもう――。
思考が、泥の中に沈んでいくようだ。
父の腕の温かさと、クロの気配、そして沈みゆく夕日の名残を感じながら。
私は抗いがたい疲労と共に、ゆっくりと目を瞑るのだった。
炎は生き物のように魔法書へと食らいつき、その不吉な黒い表紙を舐め尽くしていく。
魔法書が断末魔のような音を立てて爆ぜる。
込められていた闇の魔力が炎と反応し、青白い火花を散らしながら、黒い煙となって空へと昇っていく。
「や、やめろ……それは、魔王様から頂いた……最強の、力が……」
ナードルが手を伸ばそうとするが、その手は空を掴むだけだ。
私は燃え盛る魔法書を見つめながら、静かに、けれどはっきりと告げた。
「これは、人を殺す魔法だ」
炎の照り返しが、私の顔を赤く照らしているだろう。
私はナードルを見据える。
「私はこれから、人を救う魔法を作りたい。こんな、悲劇を生むだけの知識なんて……必要ない」
それは、ナードルに向けた言葉であると同時に、私自身への誓いでもあった。
前世の知識。
それがこの世界で大きな力を持つことは、もう十分に理解した。
だからこそ、私は選ばなければならない。
その知識をどう使い、何のために振るうのかを。
破壊のためではない。
支配のためでもない。
大切な家族を、領民を、そしてこの世界を少しでも良くするために。
私の言葉を聞いたナードルは、目を見開いたまま、私を凝視していた。
その瞳に映っていたのは、恐怖か、それとも畏敬か。
彼は最期に、震える唇でこう呟いた。
「やはり……き、さ、ま……」
喉の奥で空気が漏れる音がする。
「……魔女……か……」
ガクリ、と。
糸が切れたように、ナードルの首が傾いだ。
見開かれた瞳から光が失われ、その胸の上下動が完全に停止する。
その声を最後に、奴の命は消えた。
魔人ナードルの死。
それは、この戦いの完全な決着を意味していた。
すると、まるで主の死を悟ったかのように、周囲を取り囲んでいた魔物の群れがざわめき始めた。
統率を失った彼らは、もはや軍団ではない。
ただの烏合の衆だ。
一匹が背を向けて逃げ出すと、それは雪崩のように伝播した。
蜘蛛の子を散らすように、魔物たちが森の奥へと散り散りになっていく。
遠ざかっていく唸り声と地響きを聞きながら、私はようやく、張り詰めていた糸を緩めることができた。
「……終わった……」
ぽつりと呟いた瞬間、世界が燃えるような茜色に染まっていることに気づいた。
西の地平線スレスレに、巨大な太陽が懸かっている。
夕日だ。
長い、本当に長い一日だった。
黄昏の光が、戦場で荒れ果てた大地を赤く、影長く照らし出していく。
その終焉を告げる光景があまりにも美しくて、私はふらりと体勢を崩した。
ドサッ。
背中から地面に倒れ込む。
硬い土の感触でさえ、今は心地よかった。
空を見上げる。
燃えるような赤から、深い群青色へとグラデーションを描いていく空は、もうすぐ夜が来ることを静かに告げていた。
「はあ……疲れた……」
本音が漏れた。
もう、指一本動かせない。
倦怠感が、全身を泥のように重くしている。
視界の端に、黒い影が入ってきた。
クロだ。
私の大切な相棒。
クロは心配そうに、「キュウ……」と小さな鳴き声を上げながら、私の顔の周りをふわふわと浮遊している。
大丈夫だよ、と伝えてあげたいけれど、声を出す気力さえ残っていない。
私はわずかに口元を緩めて、視線だけで彼に応えた。
その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ、と。
慌ただしい足音が、こちらに向かって近づいてくるのが聞こえた。
重厚な鎧の音ではない。
もっと必死で、なりふり構わない足音。
視界に、見慣れた顔が飛び込んできた。
「――っ!」
父だった。
鎧はあちこちがへこみ、返り血で汚れ、マントはボロボロに引き裂かれている。
いつも威厳に満ちている父の、見たこともないほど必死な形相。
父は私のそばに膝をつくと、倒れている私を力強く抱きしめた。
「無事でよかった……! 本当によかった……!」
耳元で叫ぶ父の声は震えていた。
鋼のような腕が、私の華奢な体を包み込む。
痛いほどの強さだったが、そこには確かな温もりがあった。
血と土埃の匂いに混じって、懐かしい父の匂いがする。
その温もりに触れた瞬間、堰き止めていた感情が溢れ出した。
「……父、様……」
私も、父の腕の中で涙する。
怖かった。
この体で魔人と対峙するのは、本当は恐ろしかった。
でも、守りたかった。
この温もりを、この場所を、失いたくなかったから。
父の胸に顔を埋め、私は子供のように泣いた。
父もまた、私の頭を何度も何度も撫でながら、言葉にならない声で私の名前を呼び続けていた。
疲労の影響で、意識が急速に遠のいていくのを感じる。
視界が白く霞み、音の聞こえ方も遠くなっていく。
その霞む視界の中で、私は見た。
騎士クレイブが。
そして、生き残った騎士たちが。
皆、ボロボロの体を引きずりながら、私の周りに集まってきていた。
そして、一人、また一人と、その場に膝をついていく。
それは、主君に対する礼儀以上の、心からの敬意と感謝を表す姿だった。
彼らの眼差しが、私に注がれている。
守られるべき子供としてではない。
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……みんな、無事でよかった。
家族と、領地を、守ることができた。
その安堵感が、温かい毛布のように私を包み込んでいく。
けれど、完全に意識を手放す前に、私は心に深く刻み込まなければならないことがあった。
ナードルの最期の言葉。
そして、あの魔法書。
弟子が……あの魔法書を悪用し、魔王軍に関わっているなら。
かつて私が記した知識が、歪められ、悪意を持って利用されている。
その事実は、私の胸に重い楔を打ち込んでいた。
もしそうなら、それは私の責任だ。
過去の私が蒔いた種なら、今の私が刈り取らなければならない。
私が、止めなきゃいけない。
そう、固く心に誓う。
それは新たな戦いの予感であり、決して逃れられない宿命の始まりでもあった。
だが、今はもう――。
思考が、泥の中に沈んでいくようだ。
父の腕の温かさと、クロの気配、そして沈みゆく夕日の名残を感じながら。
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