ひとりぼっちの千年魔女、転生したら落ちこぼれ令嬢だったので、家族を守るために魔法を極めます! 〜新たな家族ともふもふに愛されました!〜

空月そらら

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序章

第43話 浄化の炎

 激闘の余韻だけが、耳鳴りのように頭蓋の奥で響き続けていた。

 世界がぐらりと揺れる。

 いや、揺れているのは私の視界だけだ。

 地面を踏みしめようとした足が、頼りなく笑っていた。

 膝から崩れ落ちそうになるのを、精神力だけでなんとか食い止める。

 肺が焼けるようだ。

 息を吸うたびに、喉の奥でヒューヒューと情けない音が鳴る。

 私の体は、まるで自分のものじゃないかのように痙攣していた。

 指先一つ動かすのさえ億劫なほどに重く、そして絶え間なく震えている。

 それは魔力を限界まで絞り尽くした反動であり、同時に、死線を潜り抜けた恐怖が遅れてやってきた証でもあった。

 けれど、まだ休むわけにはいかない。

 私の視線の先――数メートルほど離れた地に、その男は倒れていた。

 魔人ナードル。

 私は鉛のように重い足を引きずり、一歩、また一歩と彼に近づいていく。

 ジャリ、と足元の砂利が鳴る音さえ、今の静寂の中ではやけに大きく響いた。

 近づくにつれ、ナードルの状態が露わになる。

 その体は既にボロボロだった。

 私の放った最後の一撃が、彼の身に纏っていた不吉な魔力を根こそぎ剥ぎ取り、その肉体を焼き焦がしていたのだ。

 荒い呼吸音が、彼の方からも聞こえてくる。

 だが、それは今にも途切れそうなほどに微弱なものだった。

 死期が近い。

 誰の目にもそれは明らかだった。

 私が彼のすぐ側までたどり着き、見下ろすような形になると、ナードルの口元がわずかに動いた。

「く、くそ……」

 吐き出されたのは、怨嗟の声。

 焦点の定まらない瞳が、虚空を彷徨っている。

 もはや私の姿さえ、まともに見えていないのかもしれない。

 掠れた声が、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「すみません……魔王、様……」

 その言葉を聞いた瞬間、私の眉がぴくりと動いた。

 魔王。

 やはり、彼の背後にはさらに強大な存在がいる。

 それは予想していたことではあったが、こうして明確な言葉として聞かされると、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 私は震える喉を叱咤し、声を絞り出した。

 極度の渇きで張り付いた唇を無理やり剥がすようにして、問いかける。

「……お前は、この魔法書を、どこで手に入れた」

 私の問いかけに、ナードルはこちらへ視線を向けようと首を動かした。

 その動きは緩慢で、まるで錆びついた人形のようだ。

 しかし、私を認めたその瞳には、敗北者らしからぬ奇妙な色が浮かんでいた。

 彼は、笑ったのだ。

 自身の血で赤く染まった口の端を歪め、引きつったような笑みを浮かべる。

「さあ……な……」

 勿体ぶるような、あるいは自嘲するような響き。

 ナードルは喉の奥でゴロゴロと血の音を鳴らしながら、最期の力を振り絞るように口を開いた。

「私は……魔王様から、一部を頂いただけだ……。だが、魔王様曰く……これは、偉大なお方から授かったものだと……」

「偉大な、お方……?」

「そうだ……魔王様でさえ敬う、絶対的な……」

 そこまで言って、ナードルは激しく咳き込んだ。

 その様子を見下ろしながら、私は冷静に情報を整理する。

 つまり、こいつは末端に過ぎないということだ。
 
 ただ、「偉大なお方」とやらから流れてきた魔法書の一部を、魔王経由で与えられただけ。

 ――どおりで。

 私は心の中で納得していた。

 この男が見せた魔法は、威力こそ凄まじかったものの、その構築式は穴だらけで、魔力の効率も最悪だった。

 まるで、使い方もよく分からないまま、強力な武器を振り回している幼児のように。

 本来、この魔法書に記された魔法は、もっと繊細で、もっと緻密な制御を必要とするはずなのだ。

 私は視線を巡らせ、ナードルの近くに転がっていた一冊の書物に目を留めた。

 黒い革表紙の、古びた本。

 禍々しいオーラを放ち、周囲の空間を僅かに歪ませているようにも見える。

 私は屈み込み、その魔法書を拾い上げた。

 指先から伝わってくるのは、冷たく、そして粘つくような不快な魔力の感触。

 生理的な嫌悪感が背中を駆け上がる。

 パラパラと、ページを捲る。

 そこに記されていたのは、私の記憶にある知識と合致するものばかりだった。

 闇魔法と結界魔法。

 いずれも高度な魔法だが、この書に記されているのは、その中でも特に殺傷能力と破壊に特化した、悪意に満ちたアレンジが施されたものだった。

 ふつふつと、怒りが湧き上がってくる。

 魔法は、本来こんな風に使われるべきものじゃない。

 知識は、誰かを傷つけるための凶器じゃないはずだ。

 私は魔法書を閉じる。

 バタン、という乾いた音が、終わりの合図のように響いた。

 私の右手に、残った魔力を集束させる。

 イメージするのは、浄化の炎。

 全てを無に帰すための、終わりの火。

「……何をする、のだ……」

 ナードルが、私の行動を見て呻くように言った。

 彼にとって、この書は力の源泉であり、縋るべき希望だったのだろう。

 だが、私には関係ない。

 いや、私だからこそ、こんなものはこの世にあってはならないと断言できる。

「燃やすのよ」
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