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68、執事エリック(2)
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執事はくるりと振り返り、表情一つ変えず、
「ええ、愛しております」
即答だった。
「あ、愛!?」
真っ赤になって飛び上がるフルールに、それでもエリックは淡々と、
「でも、お嬢様の考えている『愛』とは違うと思います」
「ど……どういうこと?」
「お嬢様は晴れた日が好きですよね?」
「え!? ……ええ」
いきなり飛躍した話に、わけも分からずフルールは頷く。
「でも、太陽と結婚しようとは思いませんよね?」
「ええ、まあ」
太陽は尊いが、恋愛対象ではない。
「私がフルールお嬢様に抱く感情は、それと同じです」
「えぇ!?」
令嬢は何度目かの驚愕の叫びを上げた。
「フルールお嬢様は、私にとっては太陽と同じようにかけがえのないもの。失っては生きていけないもの。しかし……決して手の届かない存在です」
大混乱のフルールに、エリックは微かに笑いかける。
「私が貴女の専属執事になった日のことを覚えていますか?」
「エリックが高等部を卒業した時?」
「いえ、もっと前に……」
彼は瞼の裏に鮮明な風景を思い出しながら、静かに語り出した。
◆ ◇ ◆ ◇
今から二十年前、エリックはマイスナー家の長男として生まれた。
父はブランジェ公爵家の執事、母は同家の上級メイドだ。ブランジェ家は雇用条件がとても良いので長く勤める使用人が多く、何代にも渡って使え続ける者もいる。当然、職場結婚も多く、エリックの家やカトリーナの両親もその中に含まれている。
エリックの母は彼を生んだ後、肥立ちが悪く亡くなってしまい、マイスナー家は父子家庭になったが、福利厚生のしっかりしたブランジェ家には使用人宿舎や託児施設も充実していて、子育てに苦労はなかった。
エリックは他の使用人の子供や、時には公爵家の令息令嬢と共に広い屋敷の庭を駆け回り、すくすく成長した。
彼に再びの悲劇が起こったのは、九歳の時。
父が馬車の事故で命を落としたのだ。
両親を亡くした彼の元に父の遠縁だという夫妻が現れたのは、父の葬式後しばらく経ってからのことだった。彼らは公爵家で扶養されていたエリックを引き取りたいと申し出た。
当主のアルフォンスは夫妻との長い話し合いの上、エリックを彼らに引き渡すことを決めた。
ずっと屋敷に居られると思っていたエリックは、ショックでその場から逃げ出した。物置小屋に隠れていた彼を見つけたのは……当時七歳のフルールだ。
少女は膝を抱えて嗚咽を漏らす少年の隣にしゃがみ込んだ。
「エリックは、新しいおうちに行きたくないの?」
「僕はこのお屋敷に居たい。知らない人の家になんて行きたくない」
ひっくひっくと肩を揺らす彼の頭をよしよしと撫でて、少女は立ち上がった。
「じゃあ、わたくしがなんとかしてあげる!」
へ? と顔を上げたエリックの涙と鼻水にまみれた顔に、絹のハンカチを押し当てる。
「男は容易く泣いちゃダメってお兄様が言っていたわ。泣かずに状況を打破するべきなんですって」
フルールは二歳年上の彼の手を取ると、足音勇ましくまっすぐに当主の書斎へと向かった。
「ええ、愛しております」
即答だった。
「あ、愛!?」
真っ赤になって飛び上がるフルールに、それでもエリックは淡々と、
「でも、お嬢様の考えている『愛』とは違うと思います」
「ど……どういうこと?」
「お嬢様は晴れた日が好きですよね?」
「え!? ……ええ」
いきなり飛躍した話に、わけも分からずフルールは頷く。
「でも、太陽と結婚しようとは思いませんよね?」
「ええ、まあ」
太陽は尊いが、恋愛対象ではない。
「私がフルールお嬢様に抱く感情は、それと同じです」
「えぇ!?」
令嬢は何度目かの驚愕の叫びを上げた。
「フルールお嬢様は、私にとっては太陽と同じようにかけがえのないもの。失っては生きていけないもの。しかし……決して手の届かない存在です」
大混乱のフルールに、エリックは微かに笑いかける。
「私が貴女の専属執事になった日のことを覚えていますか?」
「エリックが高等部を卒業した時?」
「いえ、もっと前に……」
彼は瞼の裏に鮮明な風景を思い出しながら、静かに語り出した。
◆ ◇ ◆ ◇
今から二十年前、エリックはマイスナー家の長男として生まれた。
父はブランジェ公爵家の執事、母は同家の上級メイドだ。ブランジェ家は雇用条件がとても良いので長く勤める使用人が多く、何代にも渡って使え続ける者もいる。当然、職場結婚も多く、エリックの家やカトリーナの両親もその中に含まれている。
エリックの母は彼を生んだ後、肥立ちが悪く亡くなってしまい、マイスナー家は父子家庭になったが、福利厚生のしっかりしたブランジェ家には使用人宿舎や託児施設も充実していて、子育てに苦労はなかった。
エリックは他の使用人の子供や、時には公爵家の令息令嬢と共に広い屋敷の庭を駆け回り、すくすく成長した。
彼に再びの悲劇が起こったのは、九歳の時。
父が馬車の事故で命を落としたのだ。
両親を亡くした彼の元に父の遠縁だという夫妻が現れたのは、父の葬式後しばらく経ってからのことだった。彼らは公爵家で扶養されていたエリックを引き取りたいと申し出た。
当主のアルフォンスは夫妻との長い話し合いの上、エリックを彼らに引き渡すことを決めた。
ずっと屋敷に居られると思っていたエリックは、ショックでその場から逃げ出した。物置小屋に隠れていた彼を見つけたのは……当時七歳のフルールだ。
少女は膝を抱えて嗚咽を漏らす少年の隣にしゃがみ込んだ。
「エリックは、新しいおうちに行きたくないの?」
「僕はこのお屋敷に居たい。知らない人の家になんて行きたくない」
ひっくひっくと肩を揺らす彼の頭をよしよしと撫でて、少女は立ち上がった。
「じゃあ、わたくしがなんとかしてあげる!」
へ? と顔を上げたエリックの涙と鼻水にまみれた顔に、絹のハンカチを押し当てる。
「男は容易く泣いちゃダメってお兄様が言っていたわ。泣かずに状況を打破するべきなんですって」
フルールは二歳年上の彼の手を取ると、足音勇ましくまっすぐに当主の書斎へと向かった。
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