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67、執事エリック(1)
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「えいっ、えいっ!」
革のトランクにギュウギュウに衣類を押し込む。
「ん~……っ」
蓋を下ろして全体重を掛けて留め金を回そうとするが……。
「きゃ!」
ボンッ! と爆発するように蓋が跳ね上り、上に乗っていたフルールと共に中の衣類を弾き飛ばした。
「あらら……」
舞い落ちる衣類の雨に晒されながら、令嬢は呆然と床に尻餅をつく。
「……これはまた、豪快な収納の仕方ですね」
ティーセットの載ったトレイを片手に部屋に入ってきたエリックの呆れた声に、フルールは「もうっ!」と頬を膨らます。
「パッキングにはコツがいるのですよ。ドレスやスカートはシワにならないように畳み方に気をつけて、タオル類は小さく丸めて……」
エリックはテキパキと荷物を種類ごとに纏め、隙間なく詰めていく。
「すごいわ。わたくしが詰めた半分のスペースで全部入ってしまったわ!」
基本的に万能なフルールだが、名家のご令嬢である彼女は荷造りなどしたことがない。この件に関しては使用人の専門分野だ。
「エリカ殿下には荷物は少なめにと言われているけど、どうしても増えてしまうのよね。フォーマルドレスなんて、一着でトランク一つ使ってしまうし」
国の使節団なので、行く先々でレセプションパーティーにも出席するだろう。貴族の女性はとにかく衣装に金と手間がかかる。
「消耗品などは現地調達してはいかがでしょう?」
「でも、異国でクワントと似たような品が手に入るとも限らないのよね」
旅の準備は楽しいけれど、かなり大変だ。出発まではあと八日。まだやることは山積みだ。
「ベルタ達の結婚式にも出席できなくなってしまったわね」
縁談が決まっている同窓生の親友三人。約束していたのに、彼女達の晴れ姿を間近で祝福できないことをとても申し訳なく思う。
「ねえ、エリック。旅に出る前にわたくしから三人にはお祝いとお詫びの手紙を書くけれど、お式が近づいたらブランジェ名義でプレゼントを届けてくれない? リストを作っておくわ」
季節や祝辞の贈り物の手配は執事の仕事だ。だからフルールはいつものように何の疑いもなく頼んだのだが……、
「お断りします」
エリックの答えは予想外のものだった。
「え? どうして!?」
びっくり眼で聞き返す令嬢に、執事は当然とばかりに、
「その時は私も国内に居ませんので」
「え? え?? エリックもどこかに旅行に行くの?」
「はい。お嬢様についていきます」
「えぇ!?」
フルールは大混乱だ。
「ついていくって……、エリックも使節団に入るの? 今からでも間に合うの?」
「旦那様がお嬢様の入団承諾書にサインするついでに、私の推薦状も用意して頂きました。すでに許可は下りています」
まあ、許可がなくても自腹でついていく気でした。と嘯く専属執事に、令嬢は呆然としてしまう。エリック・マイスナーは、ある意味フルールよりも行動力のある男だ。
「どうして? エリックにはお屋敷でのお仕事があるでしょう?」
「私の仕事はお嬢様のお世話をすることのみです」
「でも、ここなら何不自由なく暮らせるのに、わざわざややこしい道を……」
「それはお互い様です」
きっぱりと言い切って、主の荷造りの続きを始めるエリック。執事服の黒い背中をぼんやりと眺めながら、フルールの脳裏にいつかの真夜中の光景が蘇った。
すがりつく女性と拒絶する男性の影絵。
フルールは恐る恐る尋ねてみた。
「エリックは……わたくしのことが……好きなのかしら?」
革のトランクにギュウギュウに衣類を押し込む。
「ん~……っ」
蓋を下ろして全体重を掛けて留め金を回そうとするが……。
「きゃ!」
ボンッ! と爆発するように蓋が跳ね上り、上に乗っていたフルールと共に中の衣類を弾き飛ばした。
「あらら……」
舞い落ちる衣類の雨に晒されながら、令嬢は呆然と床に尻餅をつく。
「……これはまた、豪快な収納の仕方ですね」
ティーセットの載ったトレイを片手に部屋に入ってきたエリックの呆れた声に、フルールは「もうっ!」と頬を膨らます。
「パッキングにはコツがいるのですよ。ドレスやスカートはシワにならないように畳み方に気をつけて、タオル類は小さく丸めて……」
エリックはテキパキと荷物を種類ごとに纏め、隙間なく詰めていく。
「すごいわ。わたくしが詰めた半分のスペースで全部入ってしまったわ!」
基本的に万能なフルールだが、名家のご令嬢である彼女は荷造りなどしたことがない。この件に関しては使用人の専門分野だ。
「エリカ殿下には荷物は少なめにと言われているけど、どうしても増えてしまうのよね。フォーマルドレスなんて、一着でトランク一つ使ってしまうし」
国の使節団なので、行く先々でレセプションパーティーにも出席するだろう。貴族の女性はとにかく衣装に金と手間がかかる。
「消耗品などは現地調達してはいかがでしょう?」
「でも、異国でクワントと似たような品が手に入るとも限らないのよね」
旅の準備は楽しいけれど、かなり大変だ。出発まではあと八日。まだやることは山積みだ。
「ベルタ達の結婚式にも出席できなくなってしまったわね」
縁談が決まっている同窓生の親友三人。約束していたのに、彼女達の晴れ姿を間近で祝福できないことをとても申し訳なく思う。
「ねえ、エリック。旅に出る前にわたくしから三人にはお祝いとお詫びの手紙を書くけれど、お式が近づいたらブランジェ名義でプレゼントを届けてくれない? リストを作っておくわ」
季節や祝辞の贈り物の手配は執事の仕事だ。だからフルールはいつものように何の疑いもなく頼んだのだが……、
「お断りします」
エリックの答えは予想外のものだった。
「え? どうして!?」
びっくり眼で聞き返す令嬢に、執事は当然とばかりに、
「その時は私も国内に居ませんので」
「え? え?? エリックもどこかに旅行に行くの?」
「はい。お嬢様についていきます」
「えぇ!?」
フルールは大混乱だ。
「ついていくって……、エリックも使節団に入るの? 今からでも間に合うの?」
「旦那様がお嬢様の入団承諾書にサインするついでに、私の推薦状も用意して頂きました。すでに許可は下りています」
まあ、許可がなくても自腹でついていく気でした。と嘯く専属執事に、令嬢は呆然としてしまう。エリック・マイスナーは、ある意味フルールよりも行動力のある男だ。
「どうして? エリックにはお屋敷でのお仕事があるでしょう?」
「私の仕事はお嬢様のお世話をすることのみです」
「でも、ここなら何不自由なく暮らせるのに、わざわざややこしい道を……」
「それはお互い様です」
きっぱりと言い切って、主の荷造りの続きを始めるエリック。執事服の黒い背中をぼんやりと眺めながら、フルールの脳裏にいつかの真夜中の光景が蘇った。
すがりつく女性と拒絶する男性の影絵。
フルールは恐る恐る尋ねてみた。
「エリックは……わたくしのことが……好きなのかしら?」
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