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顔だけの王の子だった、いつかの私へ。中編
しおりを挟む「貴方、意外とぼーっとしてるのね。そんなのだから、金目当ての人間に騙されるのよ?」
ジェラールが、善は急げした結果。
アシュトンは自分にとっても姉であるという、アンゼリカ王女から説教を受けていた。
ここ数日、居場所を転転とさせられて、今日はこちらかと思ったら、待ち構えていたらしい姉に。
「何なの? 婚約破棄したら嫉妬してもらえる? 馬鹿なの? 女、馬鹿にしてる馬鹿なの? あ、馬鹿ってことも自覚できないお馬鹿さんなのかしら?」
どこか、なぜか、懐かしい気がする白いもふもふとした塊を撫でている姉は、ざくざくと言葉の刃をアシュトンに投げてくる。
アシュトンの思い上がりはぼっきり折られた。王族だからという価値は、自分には、ない。
それをこの数日で、真っ先に思い知った。学んだ。
……穀潰し、だ。
そして今さらに追加された。馬鹿だ。
「姉上、僕がもういろいろ言ったから、そのあたりで」
「あら、そう?」
「まぁ、僕も、なんであんなのに引っかかったかなーとは思うんですけどね。自分は弁えているから妾でいいって、控えめじゃなくて、狙いですよねー」
弟にもトドメさされた。
お兄ちゃんな、さみしかったんよ……。
「寵姫が、一番だと、思ってたんだ……」
「それは……」
「うん。知らなかった。ミセーラに、かわいそうなことをしてしまった」
哀れよと、姉弟の視線が言っている。
まぁ、あちらは金目当てだと、姉が言った通りなのだろうけども。
この数日、あれよあれよと変わる日々で、少し学んだ。
学んだけど、さっきから部屋の中をうろうろしてにゃーにゃー鳴いてる毛玉は何だろ……あ、これが猫?
アシュトンが部屋のもふもふたちを気にしていると、さすがの彼でも存じ上げている側妃さまがお越しになった。
こちらの姉弟の母で、父の側妃の一人で――この宮の主。
そのひとは姉から白いもふもふした塊を奪い取――
「あーん、わたくしのミルク!」
「妾のミルクです」
――受け取ると、優雅に撫で始めた。年季が違うというか、白いもふもふがゴロゴロ言い始めたというか……あれも猫だったんだ……。
側妃は、アシュトンを見つめると、少し目を細めた。手元の猫の目に似ている。
「そなたの身は、妾が預かることとなりました」
この数日――愚かな自分が、婚約破棄してからあっと言う間に。
自分を取り巻く環境は変わった。
まず、父が、母が、自分の住まいが変わるという。
「安心なさい。貴方が成人するまでの生活費くらいは、お父上の資産から捻り出させます」
捻り出させるんだ。
それはともかく、自分の衣食住は保証されるらしい。
「貴方がしなければならないのは、成人するまでにきちんと学ぶことと、どう生きなさるか、お決めになることです」
「どう……」
婿入りという道は断たれたし、今思えば絶たれて良かった。
たくさんのひとを不幸にするところだった。
愛想笑いでも、笑顔を返してくれた優しい婚約者が幸せになって欲しいと、今なら願える。彼女もこんな子供を押し付けられて、かわいそう……いや、本当に申しわけなかった。
ユリーシアたちは確か自分より三つほど年上だったか。本当にこんな横槍がなければ、今頃すでに、婚約どころか婚姻まで、無事に進んでいたのだろうな……。
また改めて、自分の存在の意味に悩む。
成人したら、側妃さまの保護もなくなるんだろうな、とは察した。
平民落ちとか、この数日であちこちで囁かれたけど、それでも父親の血があるおかげでその辺にほっぽり出されることはなかった。王族の血をその辺にばら撒かれたら、ン百年後とかに「やあやあ、我こそは恐れ多くも先の――」と、革命とか、お家乗っ取りとか起きるかもしれない。自分が平民に落とされた記録次第で。悪用されたら。まったく知らない子孫ができるかも、だ。
いやそれ以前――種蒔き以前に。
きっと、平民落ちに、そうされたら生きていける自信はなかった。なんせ穀潰し。囁いたものたちのご期待にはそえなかったが、許してほしい。改めて、どう生きるか、だ。
いろいろありすぎて悩んでいると、弟が何か言ってきた。
「僕、もう数年したらお隣に行くんです」
「そう、言ってたね……」
「うん、猫も行くの」
猫。
さっきから部屋の中を、人間より偉そうにうろうろしてる生き物?
アシュトンは、これが猫かぁ……と、近くに寄ってきた茶色の毛玉に手を伸ばした。
――ふか。
「あ、ふかふか」
思っていたよりやわらかい。このぐにゃぐにゃには、何か懐かしい……既視感が――。
「何で引っかかれないのよぅ……初対面でぇ……」
「ココア、もしや面喰い……」
姉弟の視線が恐い。何で?
「まあ、いいや。いや良くないけど。考えておいて、兄上」
「え?」
「そうね。まだ貴方、間に合うわよ。いくつか道は、選択できるわ。憎たらしいけど」
「道……」
「ほほ、アンゼリカもジェラールも、嫉妬はお止し。この子らが一番好いておるのは妾ぞ?」
きぃ、と姉弟たちが悔しそう。
でもなんだか……楽しそう。
……これが家族なんだ。
側妃の膝の上の白い塊がゴロゴロ鳴く。いつか聞いたことがあるような。
コロコロ笑う、側妃さまの微笑みが、いつか見たことあるような。
「あなたは優しいわ」
――と、他の妃たちにも言われたが。側妃は、自分は人として当たり前のことをしているだけだ。
子供を守るのは大人の役目であろう。己の子が一等ではあるが、他者の子とて、命というものは尊い。
最愛のものを助けられた借りを返しているのもある。
この子の状況に気がついていたのに、上手く手を差し伸べてやれなかった罪悪感を、他の妃たちも思うのか、それは許された。
あの夫と寵姫の子を、庇護下に入れる。
寵姫はある意味、何もせず、できず――王城には解っているものが多くいたとしても。それでもその子に何かしら思うものもいる。
まずは、父の愛を得られなかった他の子らか。
アシュトンを己の宮に引き受け入れると、城の皆に宣言した。
それにより、他の王の子らも、アシュトンを気にしたようだ。今まで、自分たちに向けられたことがない、父からの愛を一身に受けていた兄弟を――彼は、むしろ自分たちよりも愛されていなかったと、知った兄弟は。彼らは一様に驚いた。
自分たちには母が、周りからの、少なくとも。そこにはあたたかい暮らしがあった。ひとりぼっちになったことなどなかった。
アシュトンはそうでなかったと知った、少なくとも彼より先に産まれていた兄姉たちは、反省した。
アシュトンが変わったのもある。
彼は意外とやればできる子だったらしい。いや、今まで与えられなかったものを――植物が水を求めるように。
人間、後がないとわかると死に物狂いになるものだ。
環境をきちんと整えられ、姉弟たちと同じく教師と世話人が改めてつけられると、アシュトンの顔付きから変わった。
脱、穀潰し。
弟が自分に向けたそれは、他の誰かに言われたら陰口だが、面と向かって言う弟の場合は、愛の鞭だった。
世話になるうちに、姉からも。
この姉弟たちだけは、自分を何故か本当の兄弟のように扱ってくれる。
白い猫が時折、にゃあと鳴く。
そうして。最終的に姉の言っていた「道」と言うのも理解した。
姉自身の道は、母と同じく近隣諸国とのバランスのため、この国内の貴族としか婚姻は許されていないという。隣国の血を引く切り札の為に。いずれ有力貴族に嫁ぐのだという。
この国は大国二つに挟まれた、中々難しい位置にある、とも。
ジェラールは国を跨いだ同盟関係をさらに強めるための存在だった。
姉弟たちはその身をもって、政略のただ中にいる。
――自分は、ただの穀潰し。
むしろこの血がある以上……。
「猫のことをきちんと勉強したいです」
側妃の宮に世話になり、二年が経った。
一年目は新しいことや、知らなかったことが多すぎて、そして知ったことで落ち込んだりして、あっと言う間だった。
二年目を過ぎるころ、自分の将来をしっかりと考えた。
自分はこの国にいないほうがいい。
「よくぞ申した!」
側妃さまは手に持った扇で己の反対の手を強く打った。
アシュトンの真面目な話だと猫を横に置いて――くれたのではなく、今日の気分は膝よりクッションな御猫様である。
自分はこの国にいないほうがいい。
それを早いうちから、やんわりと示唆してくれていた弟。しかも、逃げ道すら用意してくれて。やっぱり周りをよく見ている奴だなと、弟だけど尊敬した。
だから、そんな弟に。
恩返しをしようと思った。
彼に仕えよう。
だとしたら中途半端も嫌だと思った。今までそう生きて来たから。
猫のことをきちんと知りたい。勉強したい。役に立てるように。
けれど猫の為にと言ったら、側妃さまの目が、カッと開いた。
「猫のことをお知りになりたいと、学びたいとな?」
「は、はい。お世話に必要なことだけじゃなくて、ええと……お世話する以上は、病気やケガにも対応できるようにならなくちゃ、て……」
ただ「可愛がる」のは弟の役目で。
自分は、弟が気兼ねなく可愛がれるよう、それを整えられるようにならなければ。弟は隣国という、大きなものを抱え込むのだから。
――それが、本当のお世話係だ。
嗚呼、母親は……父にこの猫のように扱われていたのだなと、ようやく理解した。
寵姫とは人間であろうに。
寵姫とは、哀しい。
母は、何を思って生きていたのか。今まだアシュトンにはわからない。
でもここのひとたちは、猫をちゃんと見ている。
病気ではないか、けがはしていないか。
そして飼い主としての責任。誰かに、他所に、迷惑をかけていないか。
ここの人たちはちゃんとしている。
父は、飼い主としても――駄目だった。
――弟がそうならないようにするのを、己の役目にする。
「その意気やよし! よくぞ申された!」
側妃は扇で手を何度も打って、アシュトンの決意を褒めた。
「よろしい! ならば最上の学び先をご用意させましょう!」
――それが猫のためならば。
「いえ、学ぶならばいっそう上を目指しなされ」
――猫だけでなく。
――それはきっと彼の身を助く。どこに住もうとも。行こうとも。
「え、でも……」
「何ぞえ?」
「その、僕……」
アシュトンが気にしているのに息子より周りをよく見ている母親は、すぐに察した。
「ほほ。そなたの余剰の資金はあります」
父親から捻り出させる他に。
進学費はあると、側妃は微笑みを浮かべた。
「かの、そなたの婿入り先であったカランディ家より、詫びとして献上されたのを預かった金があります」
「え? 迷惑かけたのこちらじゃ……」
「そう、確かに。しかし、あれは宰相の落ち度でもありました」
そも、アシュトンの婿入り先のあの一件は。
宰相が上手く立ち回っていたら起きなかったことでもあるのだ。
「カランディ家は見事であった」
こちらが流した「王子が恋人たちを思って、泥を被って身を引いた」と言う話に、即座に乗った。
「なに、あの家にははした金でありましょう」
それほどに裕福だったから、王の目に止まったのだ。
アシュトンが先にやらかしたが――たかが王子の戯言。カランディ家は王命に背く形になるところであったのだ。
すぐさまその話の流れに乗り、アシュトンへ感謝と、王家へ詫びを贈ることで――互いに上手くおさまったと、周りに明らかにした。
カランディ家は王子のおかげでと、今でも感謝をしているそうな。まぁ、勘違いでもない。
「金という形が一番収まりが良いのですよ? 目に見えるゆえ」
「は、はい……」
猫の前にどえらい勉強になった。
「そしてそれを元にして、投資などで増やしておきました」
三倍にはしておいたと、その目がにんまりと細められた。
「……え?」
「憂いなく、しっかりお励みなされ?」
そういえば伝説の如き「商妃」さま。
かの方の子孫は確か他国に流れて行ったという。
――そう、片手をあげた猫を崇める地方もあるという。
アシュトンは、とある獣医のところで住み込みで学ぶことになった。
ジェラールの婿入りもあと数年となっていて、なまじかの勉強では時間もなかった。
だけど……――。
「ほれ! しっかりと腰入れて引けぇ!」
「は、はいいぃ!」
牛の赤子の足先にロープを結び、師の掛け声で引っ張った。何度かして、ずるん――と、ほかほか湯気だしながら仔牛が無事産まれた。安堵で腰抜かした。
命の誕生に感動していたら、一年したら肉になると聞いて吐きかけた。
獣医のところでは、様々なことを学ぶことになった。詰め込まれることになった。
時に農村に泊まりこむこともあれば、師の縁あるという学園の図書館でひたすら医学書を読み込まされたり。
「人間とて動物」
何故か師は町医者にもなった。
――猫、どこ?
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