強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

文字の大きさ
30 / 44
七本槍

難癖

しおりを挟む
 安治は普請奉行として、山崎への大石運びに精を出していた。
 丁度その頃、毛利家から右府の弔いとして銭百貫を携えた使者がやってきた。使者との対面を終えた筑前守が安治を呼んだ。
 「甚内、普請は順調に進んでいるようじゃな。」
 「恐れ入ります。今のところ、人足たちも怪我無く、普請は滞りなく進んでおります。」
 筑前守は、満足げに頷いた。
 「お主の働きのやっかみかのう。修理と三七殿が城の普請に文句をつけてきたのじゃ。」
 「文句でございますか!?拙者何か粗相でもいたしましたでしょうか…。」
 筑前守は、何故か嬉しそうに続けた。
 「いやいや、お主には何の咎もない。標的は、このわしよ。山崎に城を普請するとは何事じゃ、清州で直に申し開きせよと一方的に書状を認めてきおったわ。本来、修理がそのような下知を出す筋合いではないはずじゃが、下手に拒んで謀叛の恐れありと噂が立ってもまずいゆえ、修理の下知に従って清州で申し開きをしておったのじゃ。」
 確かに、安治が普請作業に当たり始めてすぐ、筑前守の姿が見えないときがあった。その時に、筑前守は清州に行っていたのである。
 「憚りながら、殿に申し開きせよと仰せられるのは、いささかやり過ぎではありませぬか。山城は殿が治めることになったはずでございましょう。己の領国に城を普請することで、とやかく言われる筋合いはありますまい。もし、その筋を通すのであれば、修理様が領国に新たに城を普請するようなことがあれば、逆に殿に対して申し開きせねばなりますまい。」
 「お主の申すとおり、わしも修理に申したわ。ついでに、若君に万一のことがあったとき、姫路から駆け付けるのでは到底間に合わぬ。それ故、わしが畿内に拠点を持つことは織田家の安定にも寄与するとな。」
 筑前守は、むしろ事が上手く運んでいるかのような口ぶりで続けた。
 「修理様とて道理がお分かりにならぬお方でもございますまい。畏れながら、あまりに拙速と申しましょうか…。」
 「甚内、お主も物が見えるようになってきたではないか。そうよ、修理は焦っておるのじゃ。何とか織田家筆頭家老の地位を守りたいのじゃ。惟任を葬ったわしが目障りなのじゃよ。何とか、わしを遠くにやってしまいたいのじゃ。じゃからこそ、長浜をわしから奪ったのじゃ。じゃが、わしとて阿呆ではない。山城をもらった以上、然るべきところに城は築くであろう。わしからすれば、修理の方こそ、墓穴を掘ったのじゃ。」
 墓穴を掘った!?安治は一瞬耳を疑った。もしや、殿の狙いは…。
 「結局、山崎の城のことはうやむやのまま終わったが、今度は右府様の葬儀に難癖をつけてきよった。」
 「難癖でございますか…はて、名代を置かぬ以上、喪主は若君様を置いて他に考えられませぬが。席次で修理様を一番にせよとでも…?」
 「それくらいなら、可愛いものじゃ。修理め、喪主は断固として三七殿でなければならぬ喚き散らしたのじゃ。」
 「三七様ですと?それでは、筋が通りますまい。そもそも、惟任様ご討伐の折り、総大将をご辞退遊ばされたのは、三七様ではございませぬか!?」
 「まさにそうじゃ。それにじゃ、百歩譲って、三七殿を喪主にしたとして、三七殿を喪主にするのであれば、次席はわしか五郎左になる。三七殿も惟任討伐には加わっていたのじゃからな。三七殿を喪主にするということはそういうことじゃ。それでもよいのかと問い返したわ。」
 安治は、修理が筑前守の術中にはまっているように思えてならなかった。筑前守は、修理が筑前守の風下につくことだけは許さないと踏んでいた。それを見越して、筑前守は巧妙に挑発を仕掛けていたのだ。事実、言葉とは裏腹に、修理に対する怒りは微塵も感じられない。
 「ついでにこうも付け加えたわ。喪主は若君以外にあり得ぬ。さりながら、織田家の差配は我ら織田家重臣の合議により決める。よって、席次については、修理を筆頭とすることにやぶさかではない、とな。」
 「畏れながら、修理様はご納得遊ばさなかったのではございませぬか?」
 筑前守は、苦虫をかみつぶしたような顔をして頷いた。もっとも、目元がわずかに緩んでいることも、安治は見逃さなかった。
 「どうも修理は、わしの指図に従うのが許せぬらしい。あくまで喪主は三七殿と言って聞かぬ。そうこうするうち、その場にいた三介殿が、不肖ながら拙者が喪主を承るとしゃしゃり出てきた。これでは、まとまる話もまとまらぬ。結局、七月に葬儀は執り行えなくなった。弔いを送ってきた毛利家には詫びねばならぬ。…甚内、もはや手を取り合って織田家を盛り立て行こうと思うものはおらぬ。早晩、ひと悶着あるであろう。頼みにしておるぞ。」
 「承知仕りました。まずは、仰せつかった普請、滞りなく進めます。」
 安治は、何もわかっていないかのごとく、平伏した。
 それを見た、筑前守はしっかりと頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

秀頼に迫られた選択〜トヨトミ・プリンスの究極生存戦略〜

中野八郎
歴史・時代
​慶長十六年、二条城。 老獪な家康との会見に臨んだ豊臣秀頼は、時代の風が冷たく、そして残酷に吹き抜けるのを感じていた。 ​誰もが「豊臣の落日」を避けられぬ宿命と予感する中、若き当主だけは、滅びへと続く血塗られた轍(わだち)を拒絶する「別の道」を模索し始める。 ​母・淀殿の執念、徳川の冷徹な圧迫、そして家臣たちの焦燥。 逃れられぬ包囲網の中で、秀頼が選ぶのは誇り高き死か、それとも――。 ​守るべき命のため、繋ぐべき未来のため。 一人の青年が「理」を武器に、底知れぬ激動の時代へと足を踏み出す。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴

もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。 潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...