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仕官
門前払い
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結局、六角承禎は逃げ切った。だが、敗れた六角承禎に観音寺城を奪還できる見込みは無かった。織田信長が、自ら近江の統治に乗り出したのだ。信長は三井寺に入り、観音寺合戦の戦後処理にあたった。
仕官するなら、今ぞ!安治は、単身、明智十兵衛の本陣を尋ねて訪ねていった。当てのない飛び込みのため、正直、辿り着けるか不安はあったが、人づてに尋ね回るうちに、気づけば目の前が明智十兵衛の本陣だった。
本陣は、浪人と思しき男どもでごった返していた。おそらく、六角家に連なる者どもなのだろう。六角家の凋落が明らかな今、六角家に留まっていては、出世などありえない。少しでも待遇のよい仕官先を探しているうち、明智十兵衛の噂を聞きつけ、何とか働き口を見つけようという算段なのであろう。
思うところは、皆同じか…。安治は、自嘲すると同時に、焦りも感じていた。先の戦において、安治にはこれといった戦功がない。六角承禎をあと一歩のところまで追いつめたものの、逃げられてしまった。父を討った山岡暹慶(せんけい)に見込まれて、命は助かったものの、それでは戦功にならない。尤も、逡巡していてもどうにもならない。意を決して、門番に話しかけた。
「拙者、脇坂安治、通称“甚内”と申す者でございます。ご当家に仕官いたしたく、参上仕りました。取次の程、お願い申し上げる。」
門番は、胡散臭げな面持ちで安治を見返してきた。
「仕官とな…若武者と言えば聞こえはいいが、お主のような若造は、父君の背中を見ながら、修行に励むべきではないのか?」
「誠に遺憾ながら、先の観音寺合戦で、父は敢え無い最期を遂げました。今の拙者にもはや、頼るべきものはございませぬ。己の力で生き抜いてゆかねばなりませぬ。お取次ぎの程、切にお願い申し上げます。」
「父君は討たれたか。それは、無念の極みであろう。お悔やみ申し上げる。さりながら、今のお主では、ろくに槍働きもできまい。なんぞ、先の戦で手柄でも立てたのか?」
門番は、痛いところをついてきた。安治が、咄嗟に答えられずにいると、門番が畳みかけてきた。
「さもありなん。周りを見てみよ。この者どもは、みな当家に仕官を願っているのじゃ。この者どもより、優れた何かをお主持っておるのか?…脇坂とか申したな。聞かぬ姓じゃのう。大方、このあたりの土豪の端くれであろう。存じておろうが、明智様は土岐源氏に連なる由緒正しきお方。氏素性の分からぬ者に仕官の余地などない。頼るべき父君を亡くしたのであれば、仏門にでも入って、菩提を弔うがよい。」
安治は、体よく追い返されてしまった。やはり、戦功が無ければ、仕官は厳しいか…。安治は落胆を隠せなかった。
覚兵衛は、明智様か木下様のいずれかに仕官できれば、先が見えると言っていたが、明智様に直訴して断られたならばいざ知らず、門番に追い出されるようでは先が思いやれる。このままでは、木下様にも会えずじまいなってしまうかもしれぬ…。
安治は、仕官の失敗を引きずりながら、自宅に戻った。
「いかがでございましたか…と、そのお顔では上手くいかなかったようでございますな。」
出迎えた覚兵衛に、いきなり見抜かれてしまった。
「面目ない。明智様に目通り願うどころか、門番に追い払われてしもうた…。」
安治は、覚兵衛もさぞ落胆しているであろうと思っていたが、当の覚兵衛は悔しさを滲ませているわけでもなく、どこか余裕を感じさせる表情をしていた。
「お気を確かにお持ち遊ばせ。大方、氏素性の分からぬ者の仕官など認められぬと追い返されたのでございましょう。むしろ、若には拙者が謝らねばならぬのでございます。」
「わしに謝る?どういうことじゃ?」
「今、織田家中の方に仕官するとすれば、明智様、木下様を置いて他にないと申し上げました。さりながら、こう申しておきながら誠に恐縮でございますが、おそらく明智様へのご仕官は十中八九無理だろうと思うておりました。何故かと申しますと、まさに先ほど拙者が申し上げたとおりでございます。明智様は、配下の出自をお気になさるからでございます。」
「確かに門番も、“明智様は土岐源氏に連なる由緒正しきお方”と申しておった。家柄が誇りというわけか…。」
「ご案じ召されるな、若。その点、木下様なら家柄の心配はございませぬ。何せ、木下様こそ頼るべき家柄を持たず、己の才覚だけでのし上がったお方だからです。もっとも、木下様を見出した織田様こそご慧眼なのでしょうが…それは、さておき、この木下様も配下の家柄にはこだわりませぬ。才覚さえあれば、いかようにも働けましょう。」
「覚兵衛、そこまで考えておったならば、何故、最初から木下様を尋ねよと言わなんだ!?」
「若、それは甘うござるぞ。若は、いまや脇坂家を背負って立つお方。脇坂家の行く末は、偏に若のご決断にかかっております。拙者どもは、若への具申、助言はいくらでもできます。さりながら、それらを取捨選択するのは、若でございます。そして、そのご決断に拙者どもは従うまででございます。」
覚兵衛にそう言われた安治に返す言葉は無かった。明智十兵衛に断られたからとて、安治の仕官の道が絶たれたわけではない。木下藤吉郎にも断られたなら、仕官口を探せばよい。覚兵衛には異論があろうが、このまま浅井家中にいるという選択肢もある。誰に仕えるかは問題ではない。脇坂家の家名を高めることこそが肝要。安治は、明智十兵衛に断られた口惜しさと先行きの不安を脱し、決意を改めた。
「若、その意気でございます。」
まるで安治の心の中を見透かしたかのようように、覚兵衛はやさしく声をかけた。
「そういえば、若。木下様の陣屋の周りには、立札がたっているようにございます。“我と思わん者は、目通りを許す。勲功は其の方次第”と。」
「向こうが仕官を待っていると申すか!?木下様は、面白いお方じゃのう。覚兵衛、助言痛み入る。」
仕官するなら、今ぞ!安治は、単身、明智十兵衛の本陣を尋ねて訪ねていった。当てのない飛び込みのため、正直、辿り着けるか不安はあったが、人づてに尋ね回るうちに、気づけば目の前が明智十兵衛の本陣だった。
本陣は、浪人と思しき男どもでごった返していた。おそらく、六角家に連なる者どもなのだろう。六角家の凋落が明らかな今、六角家に留まっていては、出世などありえない。少しでも待遇のよい仕官先を探しているうち、明智十兵衛の噂を聞きつけ、何とか働き口を見つけようという算段なのであろう。
思うところは、皆同じか…。安治は、自嘲すると同時に、焦りも感じていた。先の戦において、安治にはこれといった戦功がない。六角承禎をあと一歩のところまで追いつめたものの、逃げられてしまった。父を討った山岡暹慶(せんけい)に見込まれて、命は助かったものの、それでは戦功にならない。尤も、逡巡していてもどうにもならない。意を決して、門番に話しかけた。
「拙者、脇坂安治、通称“甚内”と申す者でございます。ご当家に仕官いたしたく、参上仕りました。取次の程、お願い申し上げる。」
門番は、胡散臭げな面持ちで安治を見返してきた。
「仕官とな…若武者と言えば聞こえはいいが、お主のような若造は、父君の背中を見ながら、修行に励むべきではないのか?」
「誠に遺憾ながら、先の観音寺合戦で、父は敢え無い最期を遂げました。今の拙者にもはや、頼るべきものはございませぬ。己の力で生き抜いてゆかねばなりませぬ。お取次ぎの程、切にお願い申し上げます。」
「父君は討たれたか。それは、無念の極みであろう。お悔やみ申し上げる。さりながら、今のお主では、ろくに槍働きもできまい。なんぞ、先の戦で手柄でも立てたのか?」
門番は、痛いところをついてきた。安治が、咄嗟に答えられずにいると、門番が畳みかけてきた。
「さもありなん。周りを見てみよ。この者どもは、みな当家に仕官を願っているのじゃ。この者どもより、優れた何かをお主持っておるのか?…脇坂とか申したな。聞かぬ姓じゃのう。大方、このあたりの土豪の端くれであろう。存じておろうが、明智様は土岐源氏に連なる由緒正しきお方。氏素性の分からぬ者に仕官の余地などない。頼るべき父君を亡くしたのであれば、仏門にでも入って、菩提を弔うがよい。」
安治は、体よく追い返されてしまった。やはり、戦功が無ければ、仕官は厳しいか…。安治は落胆を隠せなかった。
覚兵衛は、明智様か木下様のいずれかに仕官できれば、先が見えると言っていたが、明智様に直訴して断られたならばいざ知らず、門番に追い出されるようでは先が思いやれる。このままでは、木下様にも会えずじまいなってしまうかもしれぬ…。
安治は、仕官の失敗を引きずりながら、自宅に戻った。
「いかがでございましたか…と、そのお顔では上手くいかなかったようでございますな。」
出迎えた覚兵衛に、いきなり見抜かれてしまった。
「面目ない。明智様に目通り願うどころか、門番に追い払われてしもうた…。」
安治は、覚兵衛もさぞ落胆しているであろうと思っていたが、当の覚兵衛は悔しさを滲ませているわけでもなく、どこか余裕を感じさせる表情をしていた。
「お気を確かにお持ち遊ばせ。大方、氏素性の分からぬ者の仕官など認められぬと追い返されたのでございましょう。むしろ、若には拙者が謝らねばならぬのでございます。」
「わしに謝る?どういうことじゃ?」
「今、織田家中の方に仕官するとすれば、明智様、木下様を置いて他にないと申し上げました。さりながら、こう申しておきながら誠に恐縮でございますが、おそらく明智様へのご仕官は十中八九無理だろうと思うておりました。何故かと申しますと、まさに先ほど拙者が申し上げたとおりでございます。明智様は、配下の出自をお気になさるからでございます。」
「確かに門番も、“明智様は土岐源氏に連なる由緒正しきお方”と申しておった。家柄が誇りというわけか…。」
「ご案じ召されるな、若。その点、木下様なら家柄の心配はございませぬ。何せ、木下様こそ頼るべき家柄を持たず、己の才覚だけでのし上がったお方だからです。もっとも、木下様を見出した織田様こそご慧眼なのでしょうが…それは、さておき、この木下様も配下の家柄にはこだわりませぬ。才覚さえあれば、いかようにも働けましょう。」
「覚兵衛、そこまで考えておったならば、何故、最初から木下様を尋ねよと言わなんだ!?」
「若、それは甘うござるぞ。若は、いまや脇坂家を背負って立つお方。脇坂家の行く末は、偏に若のご決断にかかっております。拙者どもは、若への具申、助言はいくらでもできます。さりながら、それらを取捨選択するのは、若でございます。そして、そのご決断に拙者どもは従うまででございます。」
覚兵衛にそう言われた安治に返す言葉は無かった。明智十兵衛に断られたからとて、安治の仕官の道が絶たれたわけではない。木下藤吉郎にも断られたなら、仕官口を探せばよい。覚兵衛には異論があろうが、このまま浅井家中にいるという選択肢もある。誰に仕えるかは問題ではない。脇坂家の家名を高めることこそが肝要。安治は、明智十兵衛に断られた口惜しさと先行きの不安を脱し、決意を改めた。
「若、その意気でございます。」
まるで安治の心の中を見透かしたかのようように、覚兵衛はやさしく声をかけた。
「そういえば、若。木下様の陣屋の周りには、立札がたっているようにございます。“我と思わん者は、目通りを許す。勲功は其の方次第”と。」
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