強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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 「覚兵衛、只今、帰参いたした。」
 安治は、虚勢を張って声を張り上げた。脇坂家の行く末は、安治にかかっている。とはいえ、初陣で父を失った今、誰を頼りに生きていけばいいか、皆目見当がつかない。今の安治にできることと言えば、やせ我慢くらいだった。
 「若、よくぞご無事で!…して、殿は?」
 脇坂家の郎党、覚兵衛が出迎えた。実のところ、安治は覚兵衛の素性を知らない。安治の記憶の中には、始めから覚兵衛がいた。父は、覚兵衛を我が子のごとく傍らに置いた。覚兵衛もそんな父の期待に応え、懸命に働いた。安治にとって、覚兵衛は兄のような男であった。
 安治は、黙って安明の槍を覚兵衛の前に突き出した。
 「それは、殿の…。もしや!?」
 安治は、六角承禎の逃亡を知った父が後を追ったこと、その途中、甲賀の山岡暹慶(せんけい)の襲撃を受け、敢え無く討たれたことを語った。そして、山岡は安治を見逃しただけでなく、父を密かに弔ったことも手短に加えた。
 「この不肖の身、かような時にこそ、殿の身代わりになるべきところ、何のお力にもなれず、面目次第もございませぬ…。」
 覚兵衛は、安明の槍の前に額ずいた。そんな覚兵衛を見た安治は、改めて忸怩たる思いに駆られていた。安治こそ、父が目の前の死にゆくのを、黙ってみているしかなかったからだ。
 「若、気を確かにお持ち遊ばせ。ここが踏ん張りどころでございますぞ。」
 ゆっくりと頭を上げた覚兵衛が静かに言った。覚兵衛に言われるまでもなく、道すがら己に問いかけていたことだ。
 「それは、分かっておる。じゃからこそ、父上にならい、浅井家中で勲功を上げようと…。」
 「そこでございます。浅井家中で懸命に働くことそのものを見直さねばなりますまい。」
 「…どういうことじゃ?」
 覚兵衛は、仕えるべき相手を考えろと言っている。安治は、そこまでは考えていなかった。
 「覚兵衛、浅井様を頼るのではなく、他家に仕官せよと申すのか?」
 「左様でございます。」
 「その心は?」
 「されば申し上げます。殿であれば、戦功に応じて地位もついてくるでしょう。さりながら、若は浅井家中で知られておりませぬ。人並みに戦功を立てたとて、漸く、あの脇坂の嫡男かと認められるばかりで、言うなれば殿の後塵を拝するばかりとなってしまいます。」
 「それでよいではないか!?」
 「そこが違うのでございます。浅井家中で名を残そうと思召されるなら、殿の倍の勲功を立てねばなりませぬ。もし、それだけの勲功を他家で上げることが出来れば、十分に殿を超えることになります。殿の悲願は、脇坂家の名を世に知らしめること。決して、浅井家中で重きをなすことを目指しておられたわけではございませぬ。脇坂の家名が残ることこそ、殿の本望でございます。これに勝る供養はございますまい。」
 覚兵衛は、安治の目を見据えていた。明らかに、安治に決断を促している。覚兵衛の言っていることは、理に適っている。浅井家からは、これといった恩顧も受けてない。故に、取り立てて義理立ての必要もない。安治程度の者が他家に仕官したところで、波風が立つようなことはないだろう。
 脇坂の家名を残す、か。そういえば、あの暹慶(せんけい)とか申す坊主も言うておったのう。仇討ちは結構。じゃが、その後お主はどうするのじゃ、と。果たして、父上は仇討ちを望んでおられようか?確かに、暹慶(せんけい)は父上の命を奪った張本人。とはういえ、別に父上を裏切ったわけではない。敵として相まみえ、父上は敢え無く討たれたまでのこと。父上も無念ではあろうが、暹慶(せんけい)への私怨はあるまい。まさか、暹慶(せんけい)はそこまで読んでいたのか…!?
 「覚兵衛、ならば問うが、わしはどこに仕官するのがよい?」
 「織田家中の明智十兵衛様か木下藤吉郎様を置いて他におりますまい。」
 覚兵衛は、きっぱりと答えた。安治も、その二人の名は知っていた。観音寺城の戦いにおいて、鬼神のごとき働きをしたのがこの二人だ。和田山、箕作を木下藤吉郎が落としたことが、六角承禎の逃亡につながったのだ。観音寺城の戦いの勝利は、この二人の働きでもたらされたと言っても過言ではない。しかも、この二人、織田家中にあって、古参の者ではない。明智十兵衛に至っては、もともと足利将軍家に近侍していたが、ここ数年で織田家の配下となり、瞬く間に頭角を現していた。織田家中でいま最も勢いのある男が明智十兵衛である。
 「確かにそうかもしれぬが、わしには伝手がない。」
 「何を今更。伝手などなくとも、直訴すればよいではありませぬか?飛ぶ鳥を落とす勢いのお二方であれば、人手も足りぬはず。足軽でもなんでも、もぐりこめればしめたものにございます。そこからのし上がるのは、若の手柄次第でございましょう。」
 ろくに仕官もできぬようでは、脇坂の家名を上げるなど、夢のまた夢。安治には、そう聞こえてならなかった。
 「ようわかった。まず、明智様にあたってみることにする。」
 安治は、きっぱりと告げた。覚兵衛は、深くうなずいた。
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