強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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忠臣

詰問

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 筑前守の詰め所まで、一人歩きであればさして時間もかからないところ、二人連れ、ましてや逃がさぬように首っこを締めながら脇差を突きつけて歩くため、倍くらいの時間がかかった。詰め所に戻った頃には、日が傾きかけていた。
 「甚内、只今戻りました。至急、殿にお目通り願いたい。」
 安治は、門番に告げた。告げられた門番は、唖然とした面持ちで安治を眺めていたが、只ならぬことが起きたと感じたようで、直ぐに駆け出していった。
 門番は、血相を変えて戻ってきた。
 「甚内殿、早々に殿の元へ!怒り心頭のご様子でござる。」
 「忝い。」
 安治は門番に会釈し、狼藉者を引き連れ、控えの間に向かった。控えの間には、既に筑前守が着座していた。
 「甚内!これは一体どういうことじゃ!?普請の大事な時に、よくも揉め事を起こしてくれたのう!」
 筑前守は、怒髪天を衝くごとく、安治を詰った。安治もここまでの叱責を受けたことがなかったが、引き下がるわけにはいかない。
 「畏れながら、まずはこの者を逃がさぬように手筈をお願い申し上げます。この者は、丹羽様の配下のようでございます。我らが石を運ぼうとしていたところを妨害し、あろうことか石を縛っている縄を切り落とす挙にでました。たとえ丹羽様の配下であろうと、我らの持ち場で狼藉を働く者を野放しにはできませぬ。手荒な真似は、重々承知の上、騒ぎを早々に収めるべく、この者とともに殿の前に前に罷り越し次第でございます。」
 安治は、淡々と述べた。落ち着き払った安治の態度に、筑前守は何か感じ取ったようだ。
 「甚内、ここまで連れてこられた以上、その者も観念しておろう。その者の吟味は、改めてこちらで行う。一旦、離れるがよい。」
 「承知仕りました。さりながら、拙者はこの者を逃がすまいとの思いだけで戻ってまいりました故、詳しいことは何も尋ねておりますぬ。よくよく吟味の程、切にお願い申し上げます。」
 そういって安治は、丹羽の配下を名乗る男から離れた。余りに強く首元を押さえつけられたため、男はその場にへたり込んでしまった。
 「その方、丹羽様のご配下と申したな。安土普請の総奉行であらせられる丹羽様のご配下に狼藉を働いたとあっては由々しき事ではあるが、仮にこの甚内の申すことが事実であれば、我らとして丹羽様には言上仕らねばならぬ。追って、吟味する故、暫し隣の間で控えられたし。」
 筑前守は近侍の者に目配せをし、その男が引き連れられて行くのを目で追った。筑前守は、安治と二人きりになると、我が子に語り掛けるように口を開いた。
 「甚内。この騒ぎは何としたことぞ!?こともあろうに丹羽様の配下を人質にするとは…。」
 「殿、お言葉ではございますが、あの場ではああするより手立てはなかったと思うております。」
 「お主の申すとおり、落ち度があるのは向こうであろう。であれば、正直に丹羽様にそれを申し立てればよいではないか?丹羽様は公明正大なお方。条理を尽くして申せば、決して我らを悪く扱ったりはせぬであろう。」
 「畏れながら、丹羽様はそうでございましょう。さりながら、丹羽様のご配下までそうとは限りませぬ。」
 「そうとは限らぬとは…?」
 「憚りながら、殿のご栄達を妬むものは山とおります。織田家筆頭格であらせられる丹羽様のご配下からすれば、いつか丹羽様と肩を並べるまでの地位に就くやも知れぬとおちおちしていられない気持ちでございましょう。もちろん、丹羽様にそのようなお心が寸毫もないことは承知しております。さりながら、丹羽様のご配下にとって、主である丹羽様を凌駕するお方が現れたら、丹羽様に同調するあまり、己が踏みにじられたと感じても不思議ではありますまい。そのようなところに、拙者が丹羽様のご配下の非を訴えにいったらどうなりましょうや?」
「“狂言”と思われかねないと?」
「拙者一人が、嘘つきと思われるのであれば、構いませぬ。さりながら、殿が裏で手を引いていたなどと喧伝されたら、それこそ一大事でございます。“火の無いところに煙はたたぬ”と殿を妬む者どもが騒ぎ立てるのは必定でございます。拙者はともかく、殿に濡れ衣を着させるわけにはまいりませぬ。それ故、まずは殿に事の成り行きを申し上げ、ご判断を仰ぎに参った次第でございます。」
 筑前守は、安治の話をじっと聞いていた。一呼吸おいてから語り掛けた。
 「一つ尋ねるが、甚内、お主、わしがお主を“売る”とは考えなかったのか?」
 その言葉を聞いた安治は安堵した。筑前守は、安治に落ち度がないことを確信したようだ。
 「御戯れを。人の機微に聡い殿でございます。間違ってもそのようなことはありますまい。万一、そのようなことがあったとしても羽柴の家に箔がつくのであれば、本望でございます。」
 筑前守りは、苦笑した。
 「…そういう胆の据わり方もあるものかのう。相分かった。ところで、改めて尋ねるが、此度の経緯を教えてくれ。」
 安治は、ありのままを言上した。筑前守は一々頷きながら聞いていた。
 「なるほど。お主は、丹羽様の配下も悪気があったわけではなかったと申すのか!?」
 「御意。仮に殿を貶めるための手だとして、後にそれが“芝居”とわかったなら、どうでしょう?丹羽様が管理不行き届きを問われることになりましょう。家臣としてそのような危険は冒せますまい。おそらく、石奉行の西尾様からなにがしかの訴えがあったことは真実と思われます。そして、そのような訴えに対し、丹羽様におかれましても、早急に解決を図りたいお心もあったことでございましょう。ましてや我らも縄張り普請のため、大石は扱っており申す。言うなれば、丹羽様のご配下は功を焦って、我らの罪としてしまいたかったのでございましょう。」
 「ふむ。道理じゃ。あとは、あの男の申し開きを聞くことにしようか。甚内、大義であった。追って沙汰する故、暫し休んでおれ。」
 筑前守は、そう言って立ち上がった。筑前守が部屋を出かけたとき、振返って言葉をかけた。
 「甚内。確かに、お主の申すとおりじゃ。よくぞ手にかけなかった。見事じゃ。」
 そう言い残して、筑前守は去っていった。わしは間違っていなかった。安治は平伏しながら、ほっと一息ついていた。
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