強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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七本槍

説得

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 安治の活躍の甲斐もあり、神吉城が落ちたのは天正六年七月。その後も羽柴軍は三木城の支城を攻め続け、ついに天正七年十二月、本丸から南に三十間ばかりのとこりにある宮山出城を占領し、敵を数多討ち取り、その周りの砦七つほどを占拠した。そして、本丸から十五間ほど離れた場所に柵を四重、五重張り巡らし、本丸を包囲した。これにより、三木城本丸へ兵糧を運び込むことは不可能となった。羽柴軍の誰しもが、年明けを待たずして、三木城は落ちるもの思っていた。空腹に耐えかねた城兵が、城主別所小三郎の寝首を掻くと踏んでいた。
 ところが、城兵は頑なに抵抗を続けていた。投降を呼び掛けても、誰一人として応じない。いっそ力攻めでと思い、羽柴軍が攻撃を仕掛けると、骨と皮ばかりになった城兵どもが、どこにそんな力があるのかと思うほど、雨あられと礫を投げつけて、羽柴軍の進軍を阻んでいた。幽鬼のごとき城兵どもに、羽柴軍の兵士が恐れをなす始末であった。
 もっとも、城兵がいくら抵抗しようが、兵糧が絶たれている以上、いつか三木城は落ちる。一方で、三木城を囲む羽柴軍にも兵糧はいる。もちろん、味方の軍勢を飢えさせないだけの貯えはある。とはいえ、三万の大軍である。この大軍が一日で食べる兵糧は並大抵のものではない。筑前守は決して顔には出さなかったが、傍でみている安治には、筑前守が焦っていることを感じていた。
 「殿、畏れながら申し上げたい儀、これあり。」
 いつものごとく、まとまりに欠ける軍議において、安治は思い切って、筑前守の前に進み出た。
 「ほう甚内、何か妙案でもあるのか?自慢の槍さばきで、小三郎を討ち取ってくるか?」
 安治の発言に、周りがガヤガヤし始めた。若輩者が何を偉そうに。古参は、そう思っていたに違いない。筑前守もそれは感じ取ったようで、敢えて挑発するように筑前守は、安治の案を待った。
 「僭越ながら、こちらから和睦を打診すべきかと、愚考いたします。」
 「和睦じゃと!?」
 古参の一人が、噛みついてきた。和睦を申し込むなら、向こうの方であろうと言いたいのがありありと伝わった。確かに、黙っていても転がり込んでくる勝利をわざわざ拾いに行く必要もない。古参の言い分も尤もである。
 だが、筑前守は既にその先を見ている。中国戦線において羽柴軍が有利となれば、毛利本国に動揺が走る。その動揺に付け込んで、毛利家に属する国人たちの切り崩しを図ろうとしているのだ。さっさと終わらせたいのが筑前守の思いなのだ。
 「詳しく聞かせてもらおう。」
 古参を制し、筑前守は安治を促した。
  「畏れながら申し上げます。三木城本丸を孤立させてからひと月ほど経ちますが、敵方から投降の兆しはありませぬ。彼らは、もはや生き残ることなど考えておりますまい。城主以下一人残らず果てることで、毛利本国の士気を高め、あまつさえ我が方の悪逆非道ぶりを世間に知らしめることが狙いでありましょう。筑前守様は血も涙もないお方などとあらぬ噂が広まれば、調略に応じる者もいなくなりましょう。そうなれば、我らが払うべき代償も大きなもとのなりましょう。であれば、ここは敢えて城主別所小三郎殿の武士としての矜持を傷つけぬよう、投降を促すのが得策かと愚考する次第でございます。」
 安治の言葉をきいた古参どもが、再びがやがやし始めた。若輩者が考えそうな手ぬるい手よ、羽柴家の力はそんなものではない、そんな声が安治の耳にも届いた。
 「面白い!ならば甚内、見事小三郎を説得して見せよ!」
 筑前守は、周りを制するように安治に下知した。安治は一礼しその場を離れ、控えて覚兵衛を引き連れ、三木城に向かった。
 三木城は静まり返っていた。兵糧を絶ってからの三木城は、いつもこうだ。もぬけの殻かと思って攻撃を仕掛けると、どこからともなく城兵が現れ反撃してくる。羽柴家の兵士どものはこれに恐れをなし、力攻めどころではなかった。
 「拙者、羽柴筑前守家臣、脇坂甚内と申す。羽柴家からの使者として罷り越した。城主別所小三郎殿に面会願いたい!」
 廃墟のような三木城本丸の大手門の前で、安治は声を張り上げた。やがて、音もなく門が開いた。こちらが、安治と覚兵衛は、危険を承知で丸腰で向かっていった。敵方もその意味を理解したようだ。
 もはや立っているのもやっと思われる門番が別所小三郎のもとに安治たちを案内した。広間に通され、しばらく待っていると一人の侍が広間にやってきた。やせ衰えてはいるものの、秀でた額に切れ長の目、切りそろえられた顎鬚を蓄えた美丈夫であった。左三つ巴の紋付袴を着こなすこの男こそ、三木城主別所小三郎その人であった。
 「羽柴家の者が、今頃何しにきおった?」
 別所小三郎は、着座するなり安治に問い質した。
 「別所様のご慈悲を賜りたく、罷り越した次第でございます。」
 安治は、そう言って深々と頭を下げた。
 「慈悲を賜りたい、とな。これは異なことを申すものよ。慈悲を賜るのは“我ら”ではないか!?何故、わしがそなたらに慈悲をかけるのじゃ?」
 「畏れながら申し上げます。三木城本丸が孤立してからひと月が過ぎようとしておりますが、一向に落ちる気配はございませぬ。正直申し上げますと、われらもここまで持ちこたえるとは思いませなんだ。恥ずかしながら、早々に造反者が出てくるものと踏んでおりました。さりながら、一糸乱れぬ統率は揺らぐことなく、城兵一丸となって我らに対抗し、我らの損害も決して軽いものではございませぬ。偏に、別所様のご器量の賜物かと推察する次第でございます。そんな別所様に切にお願い申し上げます。どうぞ、城兵をお救いいただきとう存じます!」
 小三郎は微動だにせず、安治の話を聞いていた。小三郎も安治の意図は感じ取ったようだ。沈黙はしばらく続いた。安治は、仕掛けてみることとした。
 「傲慢と思し召されることも承知の上で、申し上げます。別所様なればこそ、この地獄のような三木城をひと月も持ちこたえさせたと心得ます。武士としての矜持は十二分に示されました。そろそろ城兵を開放してやってはいかがですか?別所様がおられる限り、最後の一兵まで抵抗を続けられることでしょう。さりながら、そうまでされたとて我が方の勝利に間違いはございませぬ。これ以上の抵抗は無益にございます。別所様のご英断一つで、城兵皆が救われます。伏してお願い申し上げます。」
 言い終わった安治は、額ずいた。小三郎もこれには驚いたようであった。降伏勧告にきた使者が頭を下げるなど、ありえないことである。そもそも、放っておいても勝利が転がり込んでくる中、向こうから城兵の助命を打診してきたのである。小三郎としても動揺は隠しきれなかった。そして、これこそが安治の勝負手だった。
 「脇坂殿、面を上げられよ。貴殿の誠意、痛み入る。確かに、貴殿のような男のいる織田家に、毛利家は勝てぬのかもしれぬ。わしはそれをこそ、毛利家に知らせねばならぬやもしれぬ…。筑前殿にかよう申されよ。一兵残らず助命いただけるのであれば、わしは切腹の上、三木城を明け渡すとな。」
 小三郎は、静かに安治に告げた。安治渾身の勝負手は功を奏した。
 「しかと承りました。直ちに我が主、羽柴筑前守に申し上げます。」
 安治は、逸る気持ちを抑えながら三木城を後にした。
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