強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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戦功

神吉攻め

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 筑前守は、惟任日向守らの援軍を加えた総勢三万騎で神吉城を包囲した。既に筑前守は、野口城を始め三木城の支城を落としていた。この神吉城を落とせば、三木城は丸裸となる。筑前守は、堅牢な三木城を力で落とそうとは考えておらず、三木城を孤立させた後、兵糧攻めを敢行するつもりでいた。兵糧攻めの成否は、この神吉城の行方にかかっていた。
 「覚兵衛、ここは正念場じゃな。敵方も死に物狂いで歯向かってこような?」
 安治は、己に言い聞かせるように覚兵衛に話しかけた。
 「左様。この戦に脇坂家の浮沈がかかっていると言っても過言ではございますまい。」
 覚兵衛は、頷いた。
 「大殿も、神吉城を落とし、首尾よく三木城まで落とせば、織田家中でさらにご飛躍遊ばされることでしょう。大殿の子飼いとして、更なるお引き立てがあるや否や、まさに殿の手柄一つにございます。」
 覚兵衛は、いつになく神妙に安治に語り掛けた。
 「ご案じ召さるな。この覚兵衛、身命を賭して殿をお守りいたす。」
 「覚兵衛、わしの背中は任せたぞ!」
 安治が、固い決意とともに覚兵衛に答えたと同時に、筑前守の伝令が駆け込んできた。
 「筑前守様より伝令!全軍で神吉城に総攻撃をかける。狼煙の合図とともに、一気に攻めかかれ!」
 伝令はそれを二度繰り返して、別の陣に向かっていった。
 「覚兵衛、我らは狼煙の合図の後、大手門の木戸口から攻め入るぞ。配下の者どもに左様、下知せよ!」
 「承知仕った。」
 覚兵衛は、兵卒の詰め所に向かっていった。覚兵衛が安治の元に戻ってから、程なくして狼煙が上がった。
 「覚兵衛、突撃じゃ!」
 安治は言うや否や、形見の槍を握りしめ先頭を走った。覚兵衛以下、配下三百騎も安治に従い駆け出した。
 神吉城の大手門では、既に交戦が始まっていた。総勢三万の大軍で包囲しているとはいえ、さすがの敵も大手門の守備は厚くする。矢、鉄砲で羽柴軍の進軍を防いでいた。
 木戸口を抜けば、一気に形勢が傾く。安治は直感した。敵の矢玉をかいくぐって進むことにはなろうが、躊躇していられない。神吉城の守備兵は多く見積もっても二千。ここは一気に攻め落とさねば、三木城の士気が上がってしまう。仕掛け時とみた安治は、木戸口向かって走り始めた。
 その時、安治は頭をかち割られたような衝撃を受けた。安治もこれには堪え切れず、その場に倒れ込んだ。
 「殿!」
 覚兵衛が血相を変えて駆け寄り、安治を抱き起した。
 「殿、殿、目を開けてくだされ!こんなところで果てる殿ではございますまい!」
 覚兵衛は懸命に安治を励ました。安治は意識が朦朧としていたが、漸く目がさえてきた。そして、覚兵衛と目があった。
 「おお、殿!起き上がれますか?」
 覚兵衛は安治の肩に手を回し、安治が倒れ込まないように支えた。
 「…覚兵衛、この戦、天も味方しておる。このまま、一気に攻め入るぞ!」
 「殿、ご無理はなりませぬ。一旦、お引き遊ばせ!」
 いつになく覚兵衛は慎重だった。身命を賭して安治を守り抜くと言った矢先、流れ弾に見舞われたのでだ。幸い、兜のお陰で致命傷は避けられたが、頭に衝撃を受けたことに変わりはない。一旦、態勢を立て直してからでも遅くはないと考えてのことだろう。
 「柄にもない態度ではないか、覚兵衛?こういう時こそ、わしの尻を叩くのが、お主の役割ではないか?」
 安治は、形見の槍を杖代わりに立ち上がった。
 「当たり所が悪ければ、今の一発で、わしは死んでいた。天がわしを生きながらえさせたのじゃ。殿とともに、泰平の世を築けと、天が命じたのじゃ。この期に及んで、おめおめ引き下がっている場合ではない!」
 安治は、己に喝を入れるべく、槍を二、三度振るった。
 「覚兵衛、続けよ。一気に攻め落とすぞ!」
 安治は、銃弾を受けた者とも思えぬ身のこなしで、木戸口目掛けて駆けて行った。
 「者ども続け!殿を討たせまいぞ!」
 覚兵衛もあらん限りの声を張り上げ、後に続いた。
 安治隊三百騎が木戸口に攻め入った。安治隊の勢いがすさまじく、敵方はもはや鉄砲で応戦する余裕はなかった。白兵戦となれば、兵力に勝る安治隊に分がある。安治隊は、木戸口を占拠した。
 「本陣に注進せよ!脇坂甚内、木戸口制圧。ここを足掛かりに、一気に本丸まで攻め入るべし、とな!」
 安治は、伝令に下知すると共に、部隊を二手に分け、一隊を木戸口の防衛に当たらせ、もう一隊を自ら率い、本体の進軍を助けるべく、出丸の制圧に向かった。
 安治が出丸で戦闘を繰り広げていると、羽柴軍本隊が木戸口から本丸に向かっていったと伝令が知らせてきた。
 羽柴軍本隊が、雲霞のごとく本丸に向かっていく。本丸が羽柴軍に包囲されてから程なくして、勝鬨が聞こえてきた。伝令が安治の元に駆け寄ってきた。
 「神吉民部、討死!神吉城制圧!」
 歓声が神吉城を包んだ。安治も兜を脱ぎ、額をさすった。こぶが出来ているわけでもなく、出血もしていなかった。
 「殿、やりましたな!殿の果断な攻めが功を奏したのでございます。頭は何ともありませぬか?」
 覚兵衛が近寄り、労ってくれた。
 「ああ、大事ない。父上が、見守ってくれたのやもしれぬ。親父殿は、このまま三木も攻め落として、毛利と決戦に臨むことになろう。わしらも休んでいる暇はなさそうじゃの。覚兵衛、引き続き頼んだぞ。」
 「御意。」
 覚兵衛は、力強く頷いた。
 安治は、ふと山岡暹慶のことを思い出した。観音寺合戦の折り、安治は山岡相手に全く手も足も出せなかった。あれから安治は幾多の戦陣に加わった。もし今、あの男と対峙しても、この槍を突くことが出来るであろうか?安治は、筑前守に認められ少しずつ出世していく己にまんざらでもなかったが、一方でそれに見合う力量が伴っているか不安になることもあった。
 六角家滅亡後、山岡暹慶は将軍家の下に身を寄せていた。しかし、将軍家が鞆の浦に動座した後は、織田家重臣の一人、佐久間右衛門の与力になったという話を聞いていた。そう、山岡暹慶は今や味方なのだ。しかし、安治は筑前守に従って各地を転戦しており、また佐久間右衛門と筑前守が連携して何かをすることもなかったため、山岡暹慶と会うこともなかった。
 あの男に認められるくらい、わしも精進せねばなるまいな。槍を握る安治の手に力がこもった。
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